海と毒薬 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101123028

感想・レビュー・書評

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  • 人間の良心とは何か?を問う物語。
    太平洋戦争中に、捕虜となった米兵が臨床実験の被験者として使用された事件(九州大学生体解剖事件)を題材とした小説。

    元々著しく良心というものが欠如している人間も確かにいるとは思うけれど、本来多くの人は良心というものを持っているはずで、それによって自分の行動に制限をかけたりする。
    私自身、自分の醜い思いや考えにぞっとする瞬間はあるけれど、ぞっとするということは良心や理性が働いているから。
    だけど時代によっては普段とは逆のことが良しとされる場合もある。洗脳のようにそれが刷り込まれる場合もある。
    戦争だってそうで、おそらくその時代は一人でも多くの人を殺すことが良しとされていて、そういう最中では倫理観にも狂いが生じるのかもしれない。

    この小説はまさにそういう時代、日本人の医師たちが、捕虜のアメリカ人兵士を人体実験に使うまでが描かれていて、何も感じない者もいれば最後まで良心の呵責に悩まされる者もいる。
    それぞれの立場、野心、性格、正義感、いろんな要素が絡み合う。
    その心理が動く様が生々しくて、人間の恐ろしさを深く感じた。
    実際あった事件が題材になっているから、当時批判もあったそうで、著者が当初は続編にも意欲的だったけれど結局はっきりとした続編は書かれなかったらしい。“続編らしき小説”はあるみたいだけど。

    こういう人間の恐ろしかったり醜い部分を抉り出す小説の逃げない姿勢がとても好き。怖いけれど真理だと思う。

    個人的には、罪の意識って便利なものというか、「罪の意識があったからやらなかった」なら分かるけれど、実際やってしまった後に口にする「罪の意識」ってずるいと思う。
    殺人などの重犯罪だって、罪の意識があるかないかで裁判の結果が変わったりする。やったことの中身はどっちでも同じなのに。
    そういう意味でも、人間の良心って何だろう、と考える。
    周りの人間や状況に合わせて変える良心なんて、最初から良心とは呼べないのかもしれない。

  • 実際にあった事件を題材に、日本人とは何か、良心とは何か、みたいなことを問うている。


    印象的だったのが、捕虜を生体解剖している最中に、勝呂と言う医師が、手術室の壁に凭れかかり、ずっと「これはただの手術で、今に無事に終わって患者が助かる」と思い込もうとしているシーン。
    やっぱり実験に関わらなければよかったと言う、後悔の念と焦燥感が、ひしひしと伝わってくる。
    また、戸田と言う医師が実験が終わった後に1人手術室へ入り「良心の呵責」を求める場面があるのだが…そこも非常に印象的であった。

    作中で"おやじ"の妻ヒルダが日本人の看護師に「神さまがこわくないのですか。あなたは神さまの罰を信じないのですか」と言う場面があるのだが……無宗教の人が多い日本で(しかも恐らく看護師もそうであろう)それを彼女に問う意味とは?と思った。

    ヒルダ自身は発言からして恐らくキリスト教徒であり、だからそう言う発言に至ったのだろう。だが、看護師は上司の指示に従っただけで、神を信じてはいないと思う。正に本の裏に書いてある、神なき日本人の"罪の意識"の不在の不気味さ、と言うのが現れていると思う。

    この、上司の指示に従っただけと言うのは、日本人とはを語る上でよく聞く、群衆心理が如実に現れていると感じた。その辺は、今も昔も変わらないのだな。
    日本人論で有名なのは、ルース・ベネディクトの菊と刀だろう。いい機会なので、いずれ再読してみたいと思う。

    かなり重いテーマだったが、読んでよかった。

  • 戦争下の人の心は、平時のそれとは違うものらしい。戦争を経験した人には、共感できる何かがあるのだろう。実話であった話しをもとに作られていることは理解してるし、著者がキリシタンで登場人物に欧米の女性を使って日本人とあえて対比させているかのようで、何か違和感を感じた。

  • 「海」と「毒薬」は何の比喩か。物語の内容とはあんまり関係ないけど、大学のときの教授が「倫理は内面から出てくるものだからある程度ゆるぎないけど、道徳は外圧だから状況に応じてかわるものなんだよー」って言ってたのを思い出した

  • 読んだ後、問いかけられる小説。
    印象的だったのは、戸田の感覚。
    私としては、ちょっと信じられないけれど、あ、こういう感覚で生きてる訳ね。と、重なる医者もちらほら。
    日本人の罪悪感って、社会や世間の目だけではないけど、そこに重きを置いてる人がけっこういるのは確か。
    欲や保身から、長いものに巻かれる人が多い気がする。
    確かに、外国人の方が純粋だと感じることはよくあるのだけど、過激だと思う一方、日本人て静かで、自分の意見を言わない割に陰湿。等々。
    私なりに色々と考えることがあった。
    現代よりも当時の方が日本人特有の倫理観は濃かっただろうから、ましてや戦争中であるし、よけいに対比され易かっただろうか。
    戦争って、日本人、欧米人の倫理観って、人間って。
    という問いがどんどん出てくる。
    これぞ小説。

  • 「良心の呵責」という言葉に該当するものが、英語圏にはあるのだろうか。ちょっと考えてみるとなかなか不思議な言葉だよなあこれ。よくベネディクトなんかを引き合いに出して「罪の文化と恥の文化」とか言うけど、それもほんとのとこはどうだかあやしいもんだし、生まれたときから神さまだとかお天道さまだとかお釈迦さまだとか世間さまだとか、いくつもの超越した視線に晒されていつも誰かれに対して申し訳なく思ってる日本人(僕だけかな)は、大小問わず罪を犯したときに、もはや誰に対して呵責を覚えるのかさえ分からなくなって、「良心」なんていう、いつの間に持たされたんだか分からない曖昧なものに(それが誰にしもあることを希みながら)すがっているだけなんじゃないかとか、思った。

    太宰『人間失格』の、「世間じゃない、あなたでしょう」って言葉、好きなんですけどね。ここでそれを引っぱってくるとちょっと話ややこしくなるんですけどね。

    最初事件とまったく関係ない「私」から始まって、勝呂医師を主人公にした神の視点、それから当日手術室にいた二人の独白、ていう構成が特殊だったけどおもしろかった。解説とかでは「不気味」さをゴリ推ししてるけどいまいち伝わらなかった。

  • 白眉はその構成、特に導入部と戸田の回想だろう。程度の差はあれど、戸田の青年期に似た経験がある自分が、これを読んでまたホッとするという最大の皮肉。
    神なき世界で黒い海のうねりのある波に押し流されながら、われわれは自己を罰することはできるのだろうか


  • 想像力の旅に出たくて読んでみた!
    (新潮文庫の100冊参照)
    うん。普通にキュンタのしおりが欲しかった…笑!

    遠藤周作、なんとなく名前は知ってて
    以前、蚤と爆弾を読んだこともあって
    戦争の小説に興味あったから読んでみることに。

    なんだろう、このどろっとした感じ。
    登場人物みんなどろっとしてる。
    夏場に読んだからなのか、なんだか気持ち悪い。
    グロいのかなって思ったけど、案外そうでもない。
    戦争中の悪いところがしっかり描かれてた。

    それにしても、戸田が本当に苦手で怖かった。
    平気でそういうことができちゃう。
    わたしにはまだ理解できない。
    この小説だけじゃなくて実際にもいるんだよね、
    こういう人。ちゃんと読んだことはないんだけど、彼女は頭が悪いからを思い出しちゃった。



  • 正直に言うと今年のキュンタしおりが欲しくて、「新潮文庫でまだ読んだことなくて持ってないやつ」と平積みされた中からとっさに買った1冊だった。これを読んだのは偶然だったけれど、この時代、この季節に読んで本当に良かったと思う。
    第二次世界大戦末期の、実際に起こった事件を元にした小説。戦後のある街に越してきた「私」が日常をつむぐターンと、例の事件が起きた病棟でのシーンと、時の流れが逆転して描写される。だが、それによって、より仄暗い人間の動きに引き込まれた。
    残虐な行いをした者が、当たり前のように日常を送る。平凡な毎日の隙間に潜む薄暗い気配。全編を通して、勝呂という人間はある意味、日本人の定形パターンとして表れていたのかもしれない。様々な表情を見せる、海鳴りがずっと心に残る。
    この小説を再読するなら、またお盆前の時期にしたいと感じた。

  • とにかく凄い。これ書いた遠藤周作。フジテレビの社長のパパ。周作って名前だけでこの人はきっと凄い人に違いないと思わせるほど凄い本。たとえ、周作という名前のニートであっても。周作という名前の人が何人いるか知らんけど。たくさんいるかな。
    冗談さておき、
    医学かじってる人で読んでない人はマジで読んだ方がいい。そして、山崎豊子の『白い巨塔』を読むことも忘れてはいけないよ

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著者プロフィール

1923年東京に生まれる。母・郁は音楽家。12歳でカトリックの洗礼を受ける。慶應義塾大学仏文科卒。50~53年戦後最初のフランスへの留学生となる。55年「白い人」で芥川賞を、58年『海と毒薬』で毎日出版文化賞を、66年『沈黙』で谷崎潤一郎賞受賞。『沈黙』は、海外翻訳も多数。79年『キリストの誕生』で読売文学賞を、80年『侍』で野間文芸賞を受賞。著書多数。


「2016年 『『沈黙』をめぐる短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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