母の遺産: 新聞小説

著者 :
  • 中央公論新社
3.75
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感想 : 121
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  • Amazon.co.jp ・本 (524ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120043475

感想・レビュー・書評

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  • 親の老後とか介護とか死とか、自分の老後とか、読んでいて身につまされて、めちゃめちゃ暗くなって苦しかったけれど、ものすごく引き込まれて読むのがやめられず、長さもまったく苦にならなかった。もっと続いてもいいくらい(「母」が亡くなってからは読んでるほうもほっとして読むのが少し楽になったし)、この先が知りたいくらい。

    特に後半は、そうそう!と思ったり、ハッと気づいたり、まさに、共感と気づくことの嵐、っていうような感じで。もうすばらしかった。
    人生なにも成せなかった、とか、思い描いていたようにはならなかった、とか、そういうふうに思っても、そういうふうに思う人はいるし、それでもいいのかも、と思えてほっとしたり。年をとってもいつまでも、なにか楽しいことはないか刺激はないか、とか執着するのはやめがほうがいいのかも、とかか考えたり。なんだかこれからの生き方までいろいろ考えさせられたような。
    あまりにいろいろ自分の気持ちに沿うようなものがあって、書ききれないし、うまく言葉にもできないような。
    同年代(40~50代)はみんなそう思うのかしらん。

    文章自体はウエットではなく、どこか客観的で冷静な感じもしてそれもすごく好き。

    でも、読み終わったあとは、なにか少しさわやかというかすがすがしいような気持ちにもなった。

  •  激しく面白く、興奮して読み、大満足で読了。大好きです。満点です。
     何より、文章が素敵です。
     どこがどう、と詳しく言うには勉強と分析が必要なので割愛。
     別に普通の現代文章だけど、ほのかに日本語としての美意識や機能性、といったものが根底にあることが香ります。なんていうか、背筋が伸びます。読んでいるだけでわくわくしてくる文章ですね。
     日本語の文章、というものが好きな人にはゼッタイにタマラナイ小説です。
     僕は個人的に夏目漱石の小説は全体的に好きなので、そういう人にはモウ、何が何だかタマラナイ、という読書になるでしょう。
     でも、そうじゃない人でもOKです。うーん、何て言うか、ちょっとは歯ごたえがある、コリコリした、だけど基本的に物語の面白さを味あわせくれる小説。あと、分からないけど、なんとなく知的で、媚びないけど、目だとうともしてない、ツンケンしてもいないような、そういう女性作家の本を読みたい、という場合にも、お勧めです。

     内容は、母の介護に振り回されて心身ともに疲労し、そこに夫の浮気というダブルパンチを食らった50代の主人公女性が、お金やマンションと言った、物凄く切れば血が出る具体的なことに悩みながら離婚して独居を始めるまで、のお話。主人公の設定は、一見、作者そのものを思わせるような、海外留学経験がある、大学非常勤講師とか翻訳とかそういう世界で、不安定な収入で生きている人。でも当たり前のことだし、どうでもいいことだけど、多分別に水村さんの実体験ではないと思う(そのものではないと思う)
     と書くと、「この本はそういう本ではないのだけど」と自分で思ってしまう。この作品は新聞小説だったそうなので、上記したストオリイで一応の娯楽性はある。けれど、主人公の意識の中で、「主人公と姉、そして二人の母、そして祖母」という女三代の歩みや、思いが、合間合間で描かれる。彼女たちの喜びと悲しみの物語でもある。それぞれの時代の、男性との恋愛とか結婚とかについての物語でもある。日本の近代と現代の個人の自我の変遷の物語でもある。昭和~平成の日本を舞台にした、「ボヴァリー夫人」でもあり、「感情教育」でもある。とにかくオモシロイのである。ニンゲンを描いているのであって、ドラマチックな出来事でゴタゴタと繋いでいるのではないのである。
     その癖(その癖っていうのも失礼な話しだが)、十分な娯楽性もあって、サスペンスもあり、最終段階での「2100万円のやりとり」は、不意打ちのようにドラマチックな感動だったりする。

     これはもう、本当に素敵な小説でした。こんな小説を新刊で読めるなんて、嬉しくて滂沱の涙です(泣いてないけど)。水村美苗さんは、以前に「日本語が亡びるとき」を読んで、あれはあれで大名著だと思った。けれど、小説書きとしてここまでスゴイ人と思わず、読んでいなかった。まず、これから、1作でも2作でも、この人の新刊を読める幸せに感謝! それから、慌てずこの人の旧作を読んでいけることに感謝!
     こんな小説を書いてくれるのであれば、実際の水村さんがどれだけイヤな人でも良いです。きっとコンナ本を書ける人はイヤな人に違いあるまい。

     と、言いつつ、これが万人にお勧めかというと、そうでもないんです。
     何しろ、ここに描かれいることは、目を背けたくなる人の老いであり、親の果てしない介護の地獄であり、虚脱と安らぎでしかない親の死であり、遺産を巡るナマナマしくも現実的な金銭の話であり、若くない夫婦の崩壊であり、住居やらローンやら年金やら仕事やらの不安であり、失われた若き日々の、その愚かさへの甘い後悔であり、子供と親とのままならぬ関係であり、不幸であること全般だったりする。
     まあそれでも、最後に「私は幸せだ」と呟かせる。最後には春のちょいとした日差しのような暖かさで包んでくれる。
     あー、やっぱり素敵な読書だった。

     この本は、暮らしている小さな駅前の小さな書店で、ふっと衝動買いしたものだった。やっぱり、アマゾンも電子書籍も良いんだけど、書店という場所は少なくとも僕が生きている間は元気でいて欲しいものです。

  • 主人公は水村美苗本人なのだろう。老いてもわがままな母の介護に疲れ、夫の浮気にも悩まされる。母の死、離婚の決意、新たな出発にいたるヒロインの心情の変化、新聞連載小説として書いたものだ。特異な母の出自が興味深く、また、母の死後、主人公が芦ノ湖畔のホテルで出会う人びとの話は、それだけで小説になる面白さだ。主人公姉妹と「母」との距離感が私はよくわかる。それでも親だから…。さて、私も親の介護に行くかな…。

  • 寡作ながら質の高い小説を書いている水村美苗の新作。小説には珍しい(だからこそテーマとして選ばれただろう)中年女性の人生について書かれた自伝的小説です。

    素晴らしい小説です。あまりにも生々しく、読んでいて本当に辛く感じることも何度もあり、それでも先を知りたくてページをめくってしまうような作品です。しかし、その生々しさゆえにもう一度読み返すことはとてもできそうにありません。

    例えば、母親の死を看取る描写。わがままに生きた母を看病しつつ、早く死んで欲しいと願い、計算高く遺産の金額を見積もり、憎みつつもやはり血のつながった肉親であるという関係。

    あるいは、夫との離婚に悩み、離婚後の将来設計についてリアルな金額をあげてそろばん勘定をする描写。美津紀の家庭は一般的な基準で言えばかなりの高収入ですが、夫の慰謝料や母からの遺産、自分の所得を計算すると決して裕福な生活ができるわけではない。…そんな風に書かれると美津紀ほど恵まれていない自分の将来なんてもっと絶望的じゃないか!…と思ってしまいます。

    「私小説」で描かれる行くも戻るも決断できない曖昧な葛藤に、年齢による「老い」が加わってますます自縄自縛になっているかのようです。中年女の業とはかくも深いものなのか。

  • 2012年の作品で50代女性が主人公。私にとっては親の世代くらいになり、全く同じに共感というわけではないが、、、女の人生の苦悩の全てがここに…!という感じの辛苦のフルコース(といっても、生きるか死ぬかの生活苦とは無縁の世界の話なのでもっぱら精神的なコトに限られる)。
    同じ女としては心穏やかに読めない「恐怖」小説ですらあるが、どこか細雪的な品のよさがあって、これだけエグいのにエグさで売ってないわよという上質感にひれ伏す思い。ちょっとしたひとこまの表現のうまさにも舌を巻く。そしてこれ自体小説でありながら「小説とはなんたるものか」という批評性まで併せ持つ、なんという視点の高さ。

    何を今さら、、、を承知で言うけれど、すごい作家だ。

  • 女の人が母親を嫌う気持ちというのは、昔ながらのテーマである男が父親を憎む気持ちと、似ているようで全く違うんだな、と感じた。
    ここまで詳細に、母親の表情、言葉、匂い、声、仕草、老醜、娘にとってそのそれぞれがどのように嫌であるか具体的な嫌悪感の有様を示すことができる(そしてそれを小説にすることができる)とは、男と男親の関係からは考えられないのではないか?
    母の死に至る介護小説とも言うべき前半と、母の死後、箱根のホテルで自分のこれからと向かい合う後半に大きく分かれる構成だが、全体を通じて女性の老化と金の話についてはこれでもかというほどの呵責のないリアリティが汪溢する。
    希望が見えるように思えるのはこの長大な小説の最後の数ページである。しかもその救いは直接的には思いがけない多額の収入によって、そして間接的にはこの国を襲った思いがけない巨大な不幸によりもたらされたと読めなくもない。
    恐ろしい小説である。

  • 衝撃的な帯の「ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?」というセリフから年老いた親の介護に疲れた女性の小説・・・と勝手に解釈してしまいましたが、どうしてどうして。

    新聞小説だけあってまさしく読み手を飽きさせず、繰るページごとにそれこそドラマが、情熱が、愕きが潜んでいて主人公のおばあさんに倣って、一ページ一ページ切り取って大事に取っておきたい箇所も数え切れないほど。
    老いを看取るということは自分もいつかは老いる、看取られるのだということに改めて気付かされた思いです。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「日本語が亡びるとき」は、ブームに乗って読んだのですが、
      「続明暗」は漱石を読み返してからと思い未だに積読になっている。そんな訳で、なかなか...
      「日本語が亡びるとき」は、ブームに乗って読んだのですが、
      「続明暗」は漱石を読み返してからと思い未だに積読になっている。そんな訳で、なかなか小説まで・・・
      でも、この話は興味深いなぁ、、、(溜まってる本が終わってからだぞ)
      2012/06/25
  • 二人姉妹の妹の美津紀は晩年の母に振り回された。その母が死んだ。そして姉と分割した遺産が残った。この出だしから、母の生い立ち。姉妹の生い立ち。留学、恋愛、結婚の話が綴られる。そして今、母を送った美津紀は、夫から離婚を切り出されることを知り、芦ノ湖湖畔のホテルに長逗留する。母娘関係の濃さが胸に少し重いので、少しずつ読み進めたが、いい小説だった。

  • 2016.02.17読了。
    今年1冊目。


    読み終わったあと壮大という言葉が浮かんできた。

    金色夜叉の新聞小説から始まった祖母、母、娘姉妹、女三代の物語が娘姉妹の妹、美津紀目線で語られる。
    それぞれの生き方、そして主に母に対する彼女の感情が細かく描かれている。
    それぞれの生きた時代に思いを馳せながら読んだ。

    私は自分の母にあんな気持ちを抱いたことはないしこれからも抱くことはないだろうけど、早く死んでほしいという気持ちがおかしいとは思わなかった。
    彼女の母への感情も、母の老いていく姿も、夫の浮気が発覚してからの感情も、どれも私が味わったことない、経験したことのないことなのにすごくリアルで自分のことのように感じられて不思議な気持ちになった。

    暗い話が続いていたけど最後は希望がある終わり方だったのも良かった。
    単純に遺産をもらえるって羨ましいなと思った笑
    こんなに長い物語だけど、簡単に言ってしまえば母が亡くなり遺産が入ってきたという話で、それがこんなにも壮大な物語になるとは。

    水村美苗さんの本は本格小説とこれで二作品目だけど、とにかくいろいろ細かくて笑
    細かいところがいいところでもあり、まどろっこしいと思うところでもあると思う笑

  • 他のレビューではそんなに母を嫌いにならないとか娘としてひどすぎるとかいうものがあったが、こんなにリアルに母娘の複雑な関係を書いていて、なおかつ希望をみせてくれる作品はない気がする。夫に対する違和感、世間でいう女ではなくなっていく中年女性の悲しみ、実母に早くいなくなってほしいと願ってしまう罪悪感、どれも胸がずきずき痛むほどだったが、結婚や人生に対する思い込みを取り払い違った一面を見せてくれた本作に私自身は本当に救われた気がする。

著者プロフィール

水村美苗(みずむら・みなえ)
東京生まれ。12歳で渡米。イェール大学卒、仏文専攻。同大学院修了後、帰国。のち、プリンストン大学などで日本近代文学を教える。1990年『續明暗』を刊行し芸術選奨新人賞、95年に『私小説from left to right』で野間文芸新人賞、2002年『本格小説』で読売文学賞、08年『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』で小林秀雄賞、12年『母の遺産―新聞小説』で大佛次郎賞を受賞。

「2022年 『日本語で書くということ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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