- Amazon.co.jp ・本 (193ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121006745
感想・レビュー・書評
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クリシュナムルティの参考文献として紹介しよう。木村の文章が苦手である。思弁に傾きすぎて言葉をこねくり回している印象が強い。ドイツに留学したせいもあるのだろう。西洋哲学も同様だが思弁に傾くのは悟性が足りないためだ。
https://sessendo.blogspot.com/2020/04/blog-post_9.html詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
症例を祭りのまえ、あとという時間軸でとらえたところが学びどころ。
祭りの前、こういうことがあったらどうしよう、不幸になるのではないかという不安。
祭りの後、なにかとりかえしのつかないことをしてしまった、もう不幸なのではという不安。
病名にこだわらず、内容をつかむと、意外にみんなもっている不安だとも言える。
私の考えだと、祭りの前は、可能態の不安、祭りの後は、欠如態の不安。どちらも自己や現実をそのままに(現実態)とらえていない。現実態としてものごとをとらえる(→研究方法)のは難しい。 -
昔NHKで「私の1冊 日本の100冊」という番組をやっていて、玄侑宗久が挙げていたのが本書であった。それ以来気になっていた1冊だったのだが、ようやく読み終えてやはり名著だなと感じた。
精神医学的アプローチは哲学的アプローチとは違い、実証性が求められる。よって約40年前の本だし、現代医学では否定されている部分もあるのかもしれないし、そもそもこの種の議論に適しているのだろうか?という疑問を持ちながら読み進めていったのだが、観念論に陥る事なく上手い具合に哲学的議論へと昇華しているような印象を受けた(和辻・ハイデガーの影響を受けているせいか、その偏りが多少あるようにも思えたが)。
「時間と自己」に関しては最近の哲学界隈では個別に論じられるようだし、分離説が優勢のように思えるのだが、医学的には統合説になるのだろうし、後者の方が実感的には受け入れられやすく一般的な共感も得られやすいだろうとは思う。最後のまとめの章で言語の問題が出てきたが、ここは流石に医学領域ではないので検証不足に終わってしまったように思えたが、実は時間と自己の大きな問題として横たわっているのかもしれない(それを論じたのがウィトゲンシュタイン?)。 -
こととしての時間◆時間と精神病理◆時間と自己
著者:木村敏(1931-、朝鮮慶尚南道、医学) -
【由来】
・逆境を乗り越える
【期待したもの】
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※「それは何か」を意識する、つまり、とりあえずの速読用か、テーマに関連していて、何を掴みたいのか、などを明確にする習慣を身につける訓練。
【要約】
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【ノート】
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【目次】
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少し難しく感じたが、期待以上。
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学生時代の卒業論文作成の際に参考とした図書
数年ぶりに読んだが、すべて理解するには時間がかかる。
何度も読み直してみる価値ある書籍。 -
精神病から、時間のとらえ方について考える。
難解。 -
人に強くなる極意
先送りしない -
最高の出来。まさに天才的。時間論をここまで縦断的に、かつ切れ味よく語れたものとは思わなかった。あまり知られていない名著の一つ。