日の名残り (ハヤカワepi文庫 イ 1-1)

  • 早川書房
4.08
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  • Amazon.co.jp ・本 (365ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200038

感想・レビュー・書評

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  • なんだか思いっきり泣いた後にだけ感じる満足感のような、そんな味わいの一冊。

    読書会の課題図書。
    今年話題のノーベル賞受賞作家、カズオ・イシグロさん作。1989年。

    #

    舞台はイギリスです。時代はどうやら、1950年代?1960年代?くらいのようです。
    主人公はスティーブンスさんという、どうやら初老の男性で、職業は「執事」です。
    つまり、大邸宅に住む大金持ちのご主人様に仕え、その邸宅の運営、大勢の召使や女中たちを束ねる仕事です。
    イギリスは、いちはやく資本主義化した一方で、「地主=貴族階級」と「資本家ブルジョワジー」と「労働者階級」という三つの階級が厳然と戦後まで残っている社会の仕組みが特徴的です。
    (どうしてかというと、その階級社会を崩壊させるような内乱が起こらなかったからでしょう)
    その、「地主=貴族階級」のひとり、「ダーリントン卿」に、ながらく仕えていた訳です。主人公のスティーブンスさんは。

    #

    お話は、かつてダーリントン卿のものだった邸宅が、いろいろあったようで、今やアメリカのお金持ちの物になっている時代から始まります。
    そして、執事であるスティーブンスさんも、邸宅とセットでアメリカ人に販売されたようで、今はアメリカ人のご主人様に仕えています。
    どうやらかつての「ダーリントン卿時代」と違い、随分と邸宅の運営はリストラされて、少人数でのやりくりをさせられています。
    そのスティーブンスさんが、ご主人様の親切で、数日間の休暇を貰います。そして、ご主人様の車(フォード)で郊外へ旅で出かけます。
    どうやらその旅というのは、かつての同僚だった「ミス・ケントン」なる女性と久しぶりに会いに行く旅のようです。

    この数日間の、「ミス・ケントン」と会いに行く旅の様子と。

    その旅の間に、スティーブンスさんが回想する、これまで数十年間のよしなしごと。

    というのが入れ替わり立ち代わり語られて、進んでいきます。
    スティーブンスさんの1人称。

    この語り口が、絶妙に上手い(ということは、翻訳もとても上手いと思います)。
    この上手な感じ、食べやすさ、手ざわりっていうのは、どこかしら、村上春樹さんの小説にも似ています。
    とにかくスティーブンスさんの思いに寄り添っているうちに、人物のキャラクターが浮かび上がり、謎が見え始め、哀愁が押し寄せ、サスペンスが生まれてきて、知らぬ間にどきどきしてきます。
    こういうの、なんていうか、感性とか云々は勿論ですが、とにかく小説家としての技術力が極めて高い気がします。

    #

    スティーブンスさんは、長年「ダーリントン卿の執事である」ということに誇りを持って、全身全霊をもって勤めてきたわけです。
    「ダーリントン卿」はどうやら、第1次世界大戦に従軍した貴族?(あるいは貴族的な階級の人)であり、第2次大戦までの年月に、何かしらかの政府の公職にもあったようです。
    そして、ナチス・ドイツとの開戦をなんとか回避しようと、非公式ながら各国の首相や要人と密会や食事会を重ねて、政治的な活動に貢献してきたようです。
    執事であるスティーブンスさんも、そういったVIPたちとの食事会や、宿泊のお世話などに大わらわで、「何か世界の中心に、平和に貢献できている」というプライドを抱いて、結婚も恋愛もせずに勤務してきました。
    スティーブンスさんは、典型的な「イギリス紳士」であるダーリントン卿のもとで、典型的なイギリスの執事として、品格と能力を身に着けた仕事人であろうとして生きてきました。

    つまりは堅物。
    ですが、その徹底した美意識と自己犠牲には、凄味すら感じるものがあります。

    そして、その黄金時代を共に戦った女中頭が「ミス・ケントン」だったようです。

    そこには、プロとして渡り合い、共闘し、時にぶつかりながら、仕事という情熱の平原をともに歩いてきた者同士だけが持てる連帯感も好意も横たわっていました。

    だけれども。
    何かがあって、ダーリントン卿はいなくなってしまった。

    そして、屋敷は(スティーブンスさんごと)アメリカ人に渡ってしまった。

    アメリカ人の主人は、それなりに優しいし素敵だけれども、所詮はダーリントン卿のような「品位あるイギリス紳士」では全くありません。

    つまりは、成金が「イギリスの邸宅っていうものを、執事ごと買ってみた」というだけです。

    そして。

    何かがあって、「ミス・ケントン」は、仕事を辞めてどこか地方に、遠くに、結婚して去ってしまった。
    その上、手紙のニュアンスによると、結婚からもう二十年くらい?三十年くらい?を経て、どうやら現在はあまり幸せでは無いようだ。

    何があったのか???

    スティーブンスさんの独り語りを聴いて、

    「へえ~、本物の執事っていうのはそういう仕事なんだあ。なるほどなあ。戦前のイギリスの、名誉と富を持った階級の暮しっていうのは、そういうものなのかあ」

    と、ページをめくっているうちに、徐々に引き込まれて行きます。

    何があったのか???



    初老になったスティーブンスさんは、ミス・ケントンからの久方ぶりの手紙を頼りに、一人旅を続けます。
    スティーブンスさんは、もしかしたらミス・ケントンがふたたび屋敷に戻ってきて、一緒に働いてくれるのでは?という淡い期待を持っています。
    だけれども、会ったら、自分からそう言って誘うべきなのか、明確な態度は決めかねています。

    物凄くゆがんだ形ですが、恋の香りが漂います。

    どうなるのか???



    (以下、本文より)

    怖かったのですよ、見知らぬ土地へ行って、私を知りもしない、構ってもくれない人たちの間にひとりいることを考えますと、とても怖かったのですよ。

    人生が思い通りにいかなかったからと言って、後ろばかり向き、自分を責めてみても、それは詮無いことです。

    あのときああすれば人生の方向がかわっていたかもしれない---。そう思うことはありましょう。それをいつまで思い悩んでいても意味のないことです。

    #

    それでも、思い悩むんです。
    思い悩んでしまうんですね。

    初老になったスティーブンスさんと、ミス・ケントン。

    夕方から夜にかけて。日没の頃。日の名残り。
    それが一日でいちばん美しい、素敵な時間だ、と語られます。

    スティーブンスさんの掌から砂のようにこぼれおちたものたち。
    つかめなかった、つかまなかった、「幸せ」のようなものたち。

    理屈で言ったら、ぜんぜん救いなんかないんです。

    でも、それでも小説を読み終えて、7割の痛みの奥に、ほっとする何かがあります。

    痛い思いをして、思うようにいかなかったことは、人生そのものの否定なんかぢゃありません。

    なんだか思いっきり泣いた後にだけ感じる満足感のような、そんな味わい、大人の味。美味。

  • 著者の得意な第二次世界大戦の時代を振り返る形式。エンタメ。終盤のどんでん返しが悲しくてよい。
    信用ならない語り手による欺瞞的な回顧という形式も著者が得意とするところだが、今回は全てを執事の品格というフィクションで糊塗する男。語り口が一々うざったらしくてよい。そして豊崎由美氏も指摘するとおり、実質はたんなるだめんず。テンパるとすぐに感情的になり、父の死に目にも会えず、かつての主人を執事盲目的に賛美し。。。
    とはいえ、最後に自己欺瞞に自ら言及し、執事の品格という欺瞞を徹底することで淡い恋を丸く収める点は、一周回った感じで感動的。欺瞞もやり通せば本物になりうるという希望を感じさせる。ジョークを勉強しようという情けないアホさで〆るのもかわゆす。

  • 今年の読み納めになったのは、『日の名残り』。
    時の過ぎていくことを感じさせられる時期だっただけに、ひとしお切なさが胸に迫った。

    二十世紀前半、ダーリントン卿に執事として仕え、戦後、卿の死後は屋敷ごと、アメリカ人富豪に買い取られたスティーヴンス。
    父もまた執事で、執事としての品格に強い執着を持っている。
    頑ななまでのプロ意識。

    一九五六年、老境に達しつつあるスティーヴンスは、新しい主人のファラディの好意で自動車旅行に出かける。
    かつてダーリントン・ホールをともに切り回した女中頭のミス・ケントンに会いに行く。
    面会の理由は、お屋敷への復帰を促すこと。
    しかし、彼の回想する物語からは、抑圧されたミス・ケントンへの思いがありありと読み取れる。
    ミス・ケントンが示した彼への好意を、頑ななプロ意識から拒絶したことへの後悔も滲んでいる。

    時代が変わり、自分も年老いて衰えていく。
    後になってみればつまらない意地を張り通して、つまらない決断をする―。
    誰にでもそんなことはある気がする。
    思うようでなかった人生を噛みしめる人の姿は、悲劇的になってしまいがちだけれど、この物語は少し違う。
    ミス・ケントン、今はミセス・ベンとの再会の後、バス停で一人泣くスティーヴンス。
    通りがかりの老人が「夕方が一番いい時間だ」、人生前を向いて楽しまなくちゃ、と語りかける。
    安っぽい救いではない。
    何とも言えない味わいのある終わり方だった。

  • 傑作。自分の中の2017ブックオブザイヤー、ぜひ推奨したい作品です。
    主人公で執事のスティーブンスは、自らの仕事に邁進するあまり、主人の過ちも、同僚の愛情にも気づかなかったが、誰にでもあり得ることではないか、と強く感じました。

  • 「私を~」もなんか残る作品だったけど、こちらはまた、前半ちょっと辟易するほどの「ザ・英国紳士」感が後半に物凄く効いてきて読後に染み入る事半端ないわ。じわじわと来る。

  • 書店から軒並みその著作が姿を消している、最新のノーベル文学賞受賞作家から。自分の中では、”百年の誤読”で目星をつけて、受賞決定前に購入しておいたものを、このタイミングで読んでみました、って感じ。実は「わたしを~」に対して、心の底から喝采を叫ぶ、ってほどに好きにはなれなかった関係で、本作を買いはしたものの、何となく後回しにしてしまってました。で、これがまた素晴らしかったのです。最近、「海外文学」ウエルカムモードに個人的になっているせいかもしらんけど、かなり深く味わわせて頂きました。特に何が起こる訳でなく、ある執事の小旅行の模様が描かれているだけなんだけど、その回想を通じて明らかになってくる物語が素敵で。終わった後もしばらく余韻に浸っておりました。

  • 再読
    イシグロ氏、ノーベル文学賞受賞おめでとうございます。ということで、また引っ張りだして読んでみた。昔読んだ時は断然「私を離さないで」派だったけど、今読むとこっちの方が好きかも。
    クライマックスのウェイマスの桟橋の夕日のシーンは言わずもがな。もうね、小説の構成が、もうね。全てはこの、隣に居合わせた見知らぬ男に、このセリフを言わせんが為の前振りに過ぎなかったんだなぁという、気持ち良いしてやられた感。
    …と、まあ王道な読み方でも楽しめるし、もちろんちょっとしたイギリス歴史小説としても楽しめるし、私はこの小説、世間知らずのスティーブンスの「初めてのおつかい」的な、コメディタッチの冒険譚としても楽しめるのではないかと。
    主人公のスティーブンス氏って、頑固でプライドが高くて、変に見栄っ張りで、イケ好かない奴なんだけど、馬鹿真面目に努力しても、その努力の方向性がズレズレだったり、憎めないキャラクターなんだよね。
    以下、私が読みながらツッコんだところ。
    旅行1日目、通りすがりのオッサンの挑発に乗り「絶景の丘」にすたこら登るスティーブンス氏。
    ナショジオでしか見たことない世界の景勝地より、やっぱりグレートブリテンの景色には品格があるぜ(ドヤぁ)
    レジナルド様に「生命の神秘」を説こうとシャクナゲの茂みに隠れる、が未遂に終わる。
    気になってるミス・ケントンの前でついついいけずな態度を取ってしまうスティーブンス氏。
    仕事終わりにミス・ケントンの部屋で行われるココア会議(おまいら中学生か!)
    ガス欠になったり、つい見栄張って素性を偽ってしまったりと、失敗した後は素直に失敗を認め、たかと思いきや往生際悪くエクスキューズを並べまくる。(で、毎回言い訳の文がその後2〜3ページ続く。)
    新しいアメリカ人のご主人様にアメリカンジョークで応戦するも、盛大にスベり、ラジオを聴いてネタを仕込むも、田舎の農村の酒場にて(しかも同じ鳥ネタで)場を凍りつかせ、極め付けはラスト「お帰りになったファラディ様を、私は立派なジョークでびっくりさせて差し上げることができるやもしれません。(ニヤリ)」(なんだその鋼のメンタル)
    これ、絶対イシグロ氏も狙ってる〜。
    とか、低俗な視点で楽しんでました。天下のノーベル文学賞に対してスミマセン。
    でも面白かった〜。

  • これほど丁寧語が徹底されて、イヤミ感も皆無な文章は初めて読んだ。
    自分の恋愛感情も深く押し殺して、最後まで執事としての職務を全うする姿勢に感動した。
    AmazonのCEOが心に残る一冊に上げていたので読んでみたけど、一流の人は一流の文学を読んでいるんだなぁ。。。

  • ある一人の執事が往年雇い主に仕えた日々を、女中頭への淡い恋心とともに振り返るという、特にストーリー的にも盛り上がることなく終わる物語なのだが、
    イギリス貴族の重厚な雰囲気と洗練された文章が読んでいて実に心地良い。
    訳文は、下手な受験生の関係代名詞の直訳のような意味の分かりづらい日本語なのだが、それがまたオールドキングスイングリッシュの古めかしい匂いがプンプンして、より一層戦前の大英帝国の雰囲気を醸し出してくれていた。
    2016/09

  • 人生の黄昏に差しかかった老執事が自動車旅行をしながら、仕事に生きた半生や仕えてきた主の思い出を語る。一見地味なこの小説が極めて高い評価を得て、また幅広い人気を誇っている理由は何だろう。

    完全な一人称小説で、邦訳でもスティーブンスの言葉遣いが慎重に構築されている。ここで語られるのはあくまでスティーブンスの目から見たこと・語ってもよいと判断したことだけ。技巧や仕掛けをついつい勘ぐりたくなってしまうのを抑え、まずは虚心坦懐に読んだ。

    スティーブンスは古き佳き英国を体現する人物。彼の語りは実直な人柄をそのまま映し、自らの職務への矜持と昔の主人への敬慕が溢れる。しかしそこに感情の氾濫はない。夕陽を受けて鈍く輝く思い出の数々は、すでに色あせている。邸で開かれた数々の国際会議も、ミス・ケントンとの交情も、劇的なところは全くなくあくまで静かにしみじみと語られる。

    終盤まではただただ「巧いなあ、渋いなあ」と感心しながら読み進めた。しかし最後の最後に感動の大波が来た。旅の目的地に達し、省察を終えたスティーブンスが静かに流す涙に込められた意味は計り知れない。信念を貫き誠心誠意職務に邁進した。今でも誇りを持っているし後悔もない。それでも「これでよかったのか」という思いが襲ってくる。

    三十余歳の作家の視点は驚くほど老成しており、筆力も確か。ただこの小説の滋味は誰でも堪能できるごくシンプルで間口の広いもの。これが本書の最大の強みなのではないか。

  • 読み終わると、静かな余韻が残ります。
    この著者の人物の作りこみ方はやはり見事。
    この人ならそうするだろう、という納得がどの行動からも損なわれることはありません。
    決して胸躍るような展開はありませんが、夢中でページを進めてしまう魅力があります。
    「日の名残り」というタイトルが、この小説にとても良く合っており、極めて良い邦題のように思えました。

  • 過ぎ去った日々に思いをはせる、夢をもう一度見る。イギリスの執事を取り上げている。伝統があるが、現代にはそぐわない感じもする。また、今の時代にどのようにして仕事を続けていくのか?本書では「品格」という言葉で表現している。時代は大戦の前後、旧貴族の生活が大きく変化をした時代背景。ダーリントンホール。卿の裏方としての活躍、世界にどれだけ影響を与えたかは良く分からず。ミスター・スティーブンスの執事として使命は主人に尽くすこと、それが品格であると語られる。屋敷を切り盛り、維持すること、主人の命令には忠実であること。執事として、自分を出してはいけない。感情というものを持たない。父に対しては尊敬、死にもあえず。ミス・ケントン、女中頭、仕事は有能である。感情はある。執事に対して、愛情を持つと思われる。30を境にして、結婚することを選ぶ。旧家屋敷をアメリカ人が購入。主人が米国に帰国する時、執事は1週間、休暇を取り、ミス・ケントン(ミセス・ベン)を尋ねる旅行をする。旅行時の回想で、日々が語られる。1人称の語りであるが、ミス・ケントンの愛が感じられる。執事は、この愛を感じ取っていたのだろうか?愛を感じつつも、品格を優先したと考えるべきか?それは最後に示されている。執事はダーリントンホールとともに役目を終えた。品格を伝統を紳士を守るために、愛することをしなかった。そして今は、家敷と伝統を米国人に買われた。自由を重んじる国に売られた。自分を見ていた。それは過ぎ去りし日々の自分であった。後悔はしない、名残なのだ。

    書かれた時代背景で、イギリスの斜陽時代か?
    男と女の対比であるが、仕事に生きるか生活に生きるかの対比としても受け取れる。それは性の違いとしても描かれる。
    名残、自分を許すこと?

  • 面白かった。
    スティーブンスが後悔している内容の話も多くて、過去の話自体はどこか後ろ向きな感じなのに、前向きに考えたり生きていけるためのヒントみたいなものが沢山散りばめられている気がした。
    正解が何かは正直分からないけど、尊敬の念を抱いてこの人に遣えたいと思える人に出会えたスティーブンスの人生はとても幸せだなって思った。

  • 初カズオ・イシグロ
    ドラマで観た「私を離さないで」が重くて暗かったので、なんとなく遠ざけていた。この「日の名残り」は静かだが暗くはない。謹厳実直な執事には可笑しみさえある。日の名残りの頃「夕日が一日でいちばんいい時間なんだ」と教えてくれた。今まさに人生のその時間辺りにいる私にはタイムリーな作品だった。

  • 執事という職業に誇りを持ち、人生をかけてきた主人公。そんな主人公が旅をしながら、過去を振り返っていく。

    品格とは、他人の前で衣服を脱がないことだと主人公は言う。
    執事という衣服を常に身に纏った彼は、父親の死に際しても、女中頭の涙に際しても、執事としての仕事を全うしようとする。

    執事としての主人公は、確かに素晴らしいものだった。
    だが歳を取り衰える父親に対して、女中頭に対して、執事ではなく一人の人間としてもっと向き合うことが出来たはずだ。あの日、あの時、もっと違う選択をすれば、より良い人生があったかもしれない。
    そんな悲しみ、もどかしさを抱えながら、それでも人は前を向いて歩んでいくしか無いのである。人間は完璧な存在ではないのだから。日は昇り、いつか沈みゆく。日が沈む前の夕日を前に、あなたは何を思うだろう。あなたの隣に、ジョークを言い合える存在が居たとしたら、それはどんなに幸せなことだろう。

    人生を振り返り、またこれからの人生を豊かにする一助となる一冊。

  • 書評にもあったが時間経過の表現が巧みで、すぐ本の世界に浸れた。そしてこんなに自然で読みやすい翻訳は初めてでは、と感激した。

    旅を続け、栄光と衰退の過去と向き合うスティーブンスはどこか寂しそうにみえた。自分の半分を失ったことで、どこに心を置いていいのか分からなくなったんだろうな、と。

    だからこそ海辺のシーンが輝いてみえて、少しホッとした。自分の役割を達成することが仕事だと改めて気づいたスティーブンスには明かりが灯ったようで、それが未来を照らしているように感じた。
    気品溢れるステキな本だった。

  • 自分の仕事に誇りを持ち、どこまでも極めていく人間はかっこいい。

    スティーブンスが最後に「主人が変わって、私には何も残っていない」と珍しく弱音を吐いていたけれど、ドライブにより過去を振り返ることでーーその話を読者代表であるベンチの男に語ることでーー最後は自分が苦手としていたジョークについてトライしてみようと考え、今後も自分の人生を歩んでいこうと前に一歩踏み出せた彼は偉大な執事以外の何者でもないと思いました。

    【心に残った台詞】
    351
    私どものような人間は、何か真に価値あるもののために微力を尽くそうと思い、それを試みるだけで十分であるような気がいたします。そのような試みに人生の多くを犠牲にする覚悟があり、その覚悟を実践したとすれば、結果はどうあれ、そのこと自体がみずからに誇りと満足を覚えて良い十分な理由となりましょう。

    (余談)
    ⚠️以下、『レベッカ』のネタバレを含みます。

    スティーブンスが主人を慕った想いの強さを考えると、ダンヴァーズ夫人があれほどまでにレベッカを慕っていた気持ちが理解できるような気がした。

  • 何度も読んでます。 

  • 読了直後は⭐️3、だけどしばらくして振り返ると⭐️4。
    人物描写が秀逸。

  • 誰もがぼんやりと過去の何気ない思い出にふけったり、あの時ああしていればみたいな後悔や自己嫌悪に陥ったりする瞬間を、とても上手く切り取って描写がされていると素直に感心した。
    この普遍性とノーベル文学賞受賞にはやはりどこかに接点があるのかなとも勝手に解釈した。
    2023.08.05読了

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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