サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

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制作 : 柴田裕之 
  • 河出書房新社 (2016年9月8日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (300ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309226712

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福の感想・レビュー・書評

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  • 2016年を代表する本として各所で絶賛されているが、確かにこれは凄まじく知的好奇心を揺さぶってくれる。

    イスラエルの歴史学者である著者が明らかにするのは、ホモ・サピエンスという生物種がなぜ他の生物種と異なり、地球でここまでの文明を作り上げることに成功したのかという問いへの答えである。そのカギを握るのは、「認知革命」・「農業革命」・「科学革命」という3つの革命であった、というのが骨子となる。

    上巻では、歴史学者としての丁寧な史実関係叙述と不確実な事柄はそのまま不確実さを伝えるという真摯なスタンスにより、「認知革命」と「農業革命」についてが解説される。

    「認知革命」は、ホモ・サピエンスが言語を発明したことや、言語により相互のコミュニケーションが可能になったということではなく、「虚構」を生み出すことにより、様々な共同体を組成できるようになったこと、そしてその共同体とは虚構、別の言葉を用いれば幻想の存在であるということこそが革命の主たるポイントとされる。例えば、宗教や国家、引いては我々の多くが所属する企業に至るまで、あらゆる共同体は「その構成員全てが、会ったことがない他の構成員に関して自らとの同一性を感じ、何らかの協力体制を構築できる」というのが特徴になるが、共同体とは自ら触れて確かめることができないにも関わらず、その存在が疑われないという点で、一種の虚構性を帯びる。

    「農業革命」について刮目すべきは、「人間は小麦などの作物を農業に適した形で栽培化することで、狩猟採集よりも安定的な生存基盤を獲得できた」という考えが実は誤解であるということが明らかにされる点にある。事実はむしろ逆で、「人間は小麦により家畜化され、小麦という種が世界にその遺伝子を残すべく繁栄することに成功した」、つまり人間は小麦の利己的遺伝子を残すためのビークルとして利用された側であるという。これは我々が通説的に考えている狩猟採集社会から農業社会への移行のバックグラウンドの言説を覆す説であり、非常に面白い。

    本書の面白さは、例えば「認知革命」だけを例に取れば、おおむねその主張はベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」で語られていることと軌を同じくしていると思うが、そのスコープが農業、科学など多岐に渡り、なおかつ時間的・空間的な広がりを持っている点において、この一冊で広範な人類の活動の謎を全て知ってしまえるのではないかという奇妙な錯覚を与えてくれる点にある。引き続き下巻へ。

  • 興味の中心は最後の新人類の話だろうけど、それ以外の部分がダメダメだった。自説に都合のいい話を挙げるばかりで、最新の研究を紹介するわけでもなく、新鮮味がない。

  • ベストセラーはがっかりすることも多い。
    だけれどもこの本は面白かった。
    年間ベスト候補にあがりそう。
    下巻はテンション落ちるけど、
    上巻の「目からうろこが落ちる感」ははんぱじゃない。
    で、その中から面白いなぁと思った話。
    それは我々ホモ・サピエンスが生き残れたのは
    陰口と噂話が好きだったから!という珍説。

    その昔我々ホモ・サピエンスには兄弟がいた。
    猿から進化した人類は少なくとも6種族確認されている。
    ネアンデルタール人であるとか
    デニソア人であるとか・・・。
    だけど、今生き残っている人類は
    我々ホモ・サピエンスしかいない。
    生存競争に勝ち残ったわけだ。

    では、なぜ勝ち残れたのか?
    その理由としてこの本で著者があげている理由が面白い。
    それが前述した通りサピエンスは
    「噂話」や「陰口」が大好きだったからという説。
    昔から我々はワイドショーとかスキャンダルみたいなものが
    大好きだったんですね、わかる気もしますが(笑)
    しかしそれが生き残りの決定打になったというのは初耳。

    で、噂話や陰口をするには当然「言語」がなければならない。
    だけど実は人類じゃなくとも鳥でも猿でも
    実は何かしらの言語を持っているんですね。
    具体的に言いますと「敵が来た!」という警告を
    仲間内で知らせ合う鳴き声ということになるのですが。
    それは単一ではなくて鳴き声の違いによって
    どんな危険が迫っているとか、または食い物があるぞ、
    とかいろんな鳴き声の違いがある。
    そうするとこれはもう言語ですね。

    ということはサピエンス以外も言語を使って
    結果的に我々のように進化できていてもおかしくはなかった。
    ところがそうはならなくてその言語自体を進化させて
    結果的に「地球を征服」したと勘違いできるくらいに
    なったのはホモ・サピエンスだけだった。

    鳥や猿たちの言語とサピエンスの言語には何らかの違いがあった。
    その違いの中でも際立って違うのが「何について話すか?」の違いだったんですね。
    猿や鳥たちは敵や食べ物つまり自分たちの集団の外部について話した。
    対してサピエンスは自分たちの集団の内部、
    つまり「あいつはこうだよな」とか「あいつとあいつは付き合ってるらしいぞ」
    みたいな「噂話」や「陰口」を話していたらしいんですね。

    で、その結果何が起こったのか?
    集団の規模を膨らますことができることになったんですね。
    といいますのは同じ生物が同じ場所で共存するというのは
    いろんな意味で物理的な限界があるわけです。
    食べ物の量もそうでしょうし、人が多ければ衝突の回数も増える。
    そのあたりのトラブルのもととなる「情報」を集団内で
    共有しあうのが「噂話」であり「陰口」なんですね。
    あいつは嘘つきだ!とかあいつは信用できる、
    みたいな情報が行き渡っている集団と全くない集団では
    先行きどうなるか想像はつきますよね。

    そしてサピエンスの集団は規模を拡大していくことが可能になった。
    その結果として他の種族との争いに勝つことが出来た。
    ということが「噂話」や「陰口」がサピエンス生き残りのひとつだったという話です。

    まぁこの話というのは著者のいう
    「認知革命」のとっかり部分でしかないのですが
    中々面白い話でもありますね。
    この話からどんどん展開していく理論も大変おもしろい。
    どう展開していくか気になる方は本書をどうぞ。
    上巻は特にオススメです!
    2017/09/09 05:52
    ☆続き(2)
    「認知革命」の続きもう少しいきましょうか。
    噂話や陰口というのも何かと言うと
    目の前にいないもの、つまり想像上または記憶上のものを
    語っているということですよね。
    これが実は他の動物では出来ないと思われるんですね。

    今、目の前に現れる天敵のことを
    「ライオンが現れたぞ!」ということを
    鳴き声的な言語で話しあうことが出来たとしても
    「昨日ライオンがこの場所にいたぞ!」
    という事は鳥や猿たちは言語化出来ないんですね。
    体感的に危険な場所を避けることは
    実際行っているかもしれない。
    しかしその程度の情報というのは
    その「個体」が死んでしまえば消えてしまう情報なんですね。

    ところが目に見えない記憶の中の情報を
    言語化出来るということは
    その「個体」が死んでしまっても
    口伝え的に情報として残るんですね。
    「あの谷には昔からライオンが現れやすい」
    という情報が次の世代に受け継がれていく。

    その不可視の情報の言語化というのは
    噂話や陰口で鍛えられたのかもしれません。
    そして次第に過去のものから
    未だ起こっていない未来を「言語」という
    道具を使って語りだすことが出来るようになった。
    つまり予想出来るようになる。

    そしてその予想とは当たりハズレというよりも
    段々と話者の主観から生まれる抽象的な予言めいてくる。
    例えばあるライオンを目撃したのに襲われなかった、
    それどころかその直後に新しい水場を発見したとか、
    といった、たぐいなラッキーな出来事に出会う。

    すると言語によってふたつの個別の出来事を
    結びつけて新たな(勝手な)解釈が生まれるんですね。
    それが例えば
    「あのライオンは我々の部族の守り神だ!
    なぜなら水飲み場まで導いてくれたからだ!」
    という言語を使った新たな抽象的な概念が生まれる。
    サピエンスはその時点で「虚構」を作る力をもった。
    その虚構のひとつに「宗教」というものがありますね。
    で、宗教が生まれると何が変わるか?

    例えばその宗教で祀られるライオンなりイワシの頭なりに
    報いると「いい事」がある、という期待が生まれる。
    そのいい事とは近い現世の利益かもしれないし
    遠い未来である死んだ後の幸せかもしれない。
    その功徳を感じさせるパターンは様々だけれど
    とにかくサピエンス以外の動物のように
    直近の自分の生命または自分の血統を守るためだけ
    「以外」の目的を「虚構」ではあるが
    サピエンスは手に入れた。
    すると何が起こるか?

    他の種では考えられない規模での
    集団を形成することが可能になった。
    自分のことしか考えられない個体の集まりでは
    大きな集団を形成することは不可能。
    対して、ある特定の「神」のために戦うという目的が
    あるとするなら原理的にはいくらでも大きな集団を形成できる。

    ネアンデルタール人はサピエンスに比べ
    体格も立派で知能も遜色なかった。
    一対一で戦えば大人と子供の戦い位の差で
    ネアンデルタール人が有利だった。

    ところが30人規模のネアンデルタール人に対して
    500人規模集まって攻めてくるサピエンスは
    負けるわけがなかった。
    その結果サピエンスの生き残りとなった。

    で、「認知革命」というのは
    目に見えない「虚構」を認知できるようになったこと。
    まぁ考えてみれば我々の頭の中って
    目に見えないことだらけが渦巻いてますよね。
    そんなことが出来るようになったのが
    何故かサピエンスだけだった。
    その理由として「陰口」や「噂話」が好きだった
    ということになるわけですが、
    では、なんでサピエンスだけが
    そんなに野次馬根性が芽生えたのか?
    どこかの宇宙人から
    「好奇心」とか「ゲス根性」みたいなウィルスを
    注入されたんですかんねぇ。というのは私の妄想(笑)
    2017/09/09 11:08

  • ホモ・サピエンス、つまりわれわれが生まれて、地球を支配する存在となるに至るまでの大きな歴史を著者の観点から分析・整理したものである。かなり壮大な試みでもあり、また面白い。

    著者によると、人類史において、三つの重要な革命があったという。その三つというのは次の通り。

    1. 七万年年前の認知革命
    2. 一万二千年前の農業革命
    3. 五百年前の科学革命

    まずは「認知革命」について。これは人類を人類足らしめ、他の生物との基本的な違いをもたらした「革命」である。そのためには生物学的に大きな脳が必要なのだが、まずはなぜ大きな脳を持つようになったのか、というところから話は始まる。大きな脳はエネルギーを大量に消費するため、必ずしも生存や繁殖に有利とも言えないという事実がある。ヒトの脳が安静時に全消費エネルギーの25%を消費しているのに対して、ヒト以外の霊長類は全体の消費エネルギーの8%しか必要としないらしい。さらに出産においても頭の大きさは弊害になり、おかげで子供が未発達な段階で出産するという代償を払うことになった。その代償を支払った上でも二百万年の間、大きな脳は石器以外のものを残さなかったように見える。何が巨大な脳の成長を進化の過程の中でその代償を支払ってでも促したのかは明らかになっていない。

    「私たちは、大きな脳、道具の使用、優れた学習能力、複雑な社会構造を、大きな強みだと思い込んでいる。これらのおかげで人類が地上最強の動物になったことは自明に思える。だが、人類はまる二百万年にわたってこれらすべての恩恵に浴しながらも、その間ずっと弱く、取るに足らない生き物でしかなかった」

    生物は遺伝子の変異の自然選択によって進化するが、その進化の過程において、大きな脳の獲得にはある種の跳躍が必要であったということだ。著者は、それを可能にした理由を「言語」、つまり抽象的な事象「虚構」について語ることができるコミュニケーションの能力に見る。これが著者の言う人類に生じた「認知革命」である。

    「激しい議論はなお尽きないが、最も有力な答えは、その議論を可能にしているものにほかならない。すなわち、ホモ・サピエンスが世界を征服できたのは、何よりも、その比類なき言語のおかげではないだろうか」

    少し想像してみればわかる通り、実際に生物の集団において「虚構」を流通させることは思いの他難しく、人類以外の生物で言語に近いものを使うことができるものがいたとしても、「虚構」を語ることができる種がいるとは思えない。

    「効力を持つような物語を語るのは楽ではない。難しいのは、物語を語ること自体ではなく、あらゆる人を納得させ、誰からも信じてもらうことだ。歴史の大半は、どうやって膨大な数の人を納得させ、神、あるいは国民、あるいは有限責任会社にまつわる特定の物語を彼らに信じてもらうかという問題を軸に展開してきた」

    多くの集団を結びつける「神話」を成立させる能力が私たちを万物の支配者に仕立てたのだ。当然、この「神話」には、宗教だけでなく、貨幣や国家、共産主義、資本主義なども含まれる。それがなければ、膨大な数をひとつに統合して力とすることは適わない。

    次に語られる革命が「農業革命」だ。この革命により人類は自らを維持するための食料エネルギーの観点で大幅にその数を増やすことが可能になった。

    元々人類は、狩猟採集を行う種であり、そのように進化圧に対応してきた。それは人類が寒冷地であるシベリアにまで拡がっていったことからもわかる。マンモスやトナカイなどの大型の動物が北方には生息していたから、それらの動物を追ってサピエンスが北へその生息域を広げていったことは合理的だといえる。

    「私たちの祖先が狩猟採集した何千もの種のうち、農耕や牧畜の候補として適したものはほんのわずかしかなかった。それらは特定の地域に生息しており、そこが農業革命の舞台となったのだ」ー いくつかの偶然もあり、複数の場所で農耕は始まった。具体的にどのような場所であったかは、ジャレット・ダイアモンドの名著『銃・病原菌・鉄』にも似たような論理が展開される。なぜ特定の場所で文明が栄えたのかの理由にもなっている。

    著者は、農業革命はわれわれに幸福をもたらしたとは言わない。逆に個々人を見れば、生物的特性とのアンマッチなどから来る多くの不幸をもたらした。では、なぜ農業が広まったのかというと、それが人類の数を増やすこと、すなわちDNAのより多くの複製に役に立ったからだ。「小麦を栽培すれば、単位面積当たりの土地からはるかに多くの食物が得られ、そのおかげでホモ・サピエンスは指数関数的に数を増やせたのだ」ー つまり「以前より劣悪な条件下であってもより多くの人を生かしておく能力こそが農業革命の神髄」ということだ 。人類は幸福の最大化ではなく、これまでのすべての生物と同様、DNA複製の最大化によって、その生活様式含めて淘汰されてきたのだ。DNAの観点からは家畜化された牛・豚・羊・鶏は成功と言える。この例からも、種の繁栄とそこに含まれる個体の成功とは合致せず、常にDNAが優先されることがわかる。家畜が幸せでないであろうとの同じ意味で必ずしも農業革命に励む個人にとっては幸せなことではなかった。著者は皮肉を込めて「私たちが小麦を栽培化したのではなく、小麦が私たちを家畜化したのだ」と書く。

    農耕は、当然ながら人類に定住を促した。それは狩猟民族として進化してきた人類に大きな影響を与えることになった。農耕の始まりによって、未来に対する不安が始まった。未来に対して何らかの手が打てたために未来を心配するようになったのだ。結果として、農耕は人類にとってストレスとなった。人類がその長い過程で数十人からなる集団で過ごす中で進化してきたため、農業革命とそれに続いた都市や王国が登場する大規模な協力体制に進化的に適応するには期間が短かった。

    一方で、進化・進展に遺伝子の進化を利用することがなくなったことが発展の速度をこれまでにないものとした。それを可能とした「協力のネットワーク」は、「想像上の秩序」であった。その成立のために「神話」を必要とした。人類の生物学的限界を超えた発展は、「認知革命」により手に入れた「共同主観的秩序」によって成立したのである。

    「人類は、大規模な協力ネットワークを維持するのに必要な生物学的本能を欠いているのに、自らをどう組織してそのようなネットワークを形成したのか、だ。手短に答えれば、人類は想像上の秩序を生み出し、書記体形を考案することによって、となる。これら二つの発明が、私たちが生物学的に受け継いだものに空いていた穴を埋めたのだ」

    著者は、人類が地球上に拡がるために大きな役割を果たした「共同主観的秩序」の例として三つの事例を挙げる。それは、経済面での「貨幣」、政治面での「帝国」、倫理面での「普遍的宗教」だ。人類はこの三つの秩序を発明し、利用し、組み合わせて、地球上でそのフットプリントを拡げることに成功した。

    「貨幣」はいつでもだれもがほしがるが、それは想像の中でしか価値を持っていない。それは、もっとも普遍的で強固な相互信頼の制度である。普遍的転換性と普遍的信頼性という二つの原理に基づいている。「宗教は特定のものを信じるように求めるが、貨幣は他の人々が特定のものを信じていることを信じるように求める」のである。

    「帝国」は、文化的なグローバル化を求める。著者は帝国の条件として、「文化的アイデンティティと独自の領土を持った、いくつもの民族を支配している」ことと「変更可能な境界と潜在的に無尽の欲を特徴とする」ことを挙げる。帝国は人類の多様性が激減した大きな要因だった。その定義において、現在の資本主義のグローバル化は、あらたな「帝国」の出現にほかならない。

    「宗教」は、超人間的な秩序の存在を主張する。宗教は信念であり、そのため、どこにいてもいつでも正しくなくてはならず、すべての人に広めなければならない。そのために、普遍的であり、かつ宣教を求めるものなのだ。人類が、狭い範囲に生活がとどまっていれば普遍宗教は必要なかった。著者は、自由主義、共産主義、資本主義、国民主義、ナチズム、これらはすべて宗教と呼んでもさしつかえない。宗教は対立の象徴として挙げられるが、その前に人類を統一するための重要な要素のひとつだったのだ。

    その後に来た、今のところは最後の革命が「科学革命」だ。科学は「無知の発見」から始まった。それまでは、正しさは常にどこかに存在していた。それを知っているとされている人や「神」に尋ねるだけでよかった。人類には知らないことがあるが、それは探究することで知ることができ、それを知ることにより多くのことを手に入れることができる。だから、探究しよう、という精神性が現れたのが科学革命の鍵であった。農耕でも、世界宗教でも、帝国でも、それまで世界の中心地となったことがなかった西ヨーロッパが近代において世界を席巻することができたのは、近代科学と近代資本主義のおかげであった。拡大再生産は資本主義の原理だが、それまでの過去の歴史上はかならずしもそうではなかった。過去の世界では世界はもっと定常的なものであった。資本主義・消費主義の価値体系は根本的にこれまでの価値体系とは違う。以前の倫理体系はそうではなかった。

    「科学研究は宗教やイデオロギーと提携した場合にのみ栄えることができる。... 科学と帝国と資本主義の間のフィードバック・ループは、過去500年にわたって歴史を動かす最大のエンジンだったと言ってよかろう」

    そのことが幸せにつながっているのかはわからないと著者は言う。そして、幸せの概念もこれらの革命によって規定されていると主張する。

    「ヨーロッパの帝国は、私たちの知っている今の世界を作り上げたのであり、そのなかには、私たちがそれらの諸帝国を評価するのに用いるイデオロギーも含まれているのだ」

    最後に著者は、人類は歴史を通して「幸せ」になっただろうか、そして将来はどうなるだろうと問う。人類は狩猟採集生活に適合するように進化した。それにも関わらず、農業や工業へと移行することとなった。それは生物進化の過程からすると不自然なものだった。大きな影響として、家族と地域コミュニティが崩壊し、国家と市場が台頭した。そして、世界における多様性がなくなった。「過去二世紀の物質面における劇的な状況改善は、家族やコミュニティの崩壊によって相殺されてしまった可能性が浮上する」

    「人類にとって過去数十年間は前代未聞の黄金期だったが、これが歴史の趨勢の抜本的転換を意味するのか、それとも一時的に流れが逆転して幸運に恵まれただけなのかを判断するのは時期尚早だ」

    「幸せ」という概念も将来にはさらに大きく変わる可能性があることを著者は強く示唆する。将来の大きな変化の可能性として「非死」長寿や若さが手に入れられるようになり、貧富の差によってこれまで貧富の差に関係なく平等であった死と老が、貧富の差によって手に入れられるかどうかが決まるようになったとき、さらなる不満が噴き出すのではないか。それは、どちらの立場の人にとっても幸せではないだろう。「非死」が手に入ると、少しでも危険を避けようとするだろうし、死はさらに大きな喪失になるだろう。さらには、「幸せ」を生化学的な状態の操作にしてしまうという可能性だ。安全な幸福薬のようなものが技術的には得られる可能性は十分にあるだろう。そして、政治的な異議や倫理的な異議があったとしても、可能なものは実現するのがこの世界の趨勢でもある。


    「これまでに分かっているところでは、純粋に科学的な視点から言えば、人生には全く何の意味もない。人類は、目的も持たずにやみくもに展開する進化の過程の所産だ。 … 人々が自分の人生に認める意義は、いかなるものもたんなる妄想にすぎない。中世の人々が人生に見出す人間至上主義や、国民主義的意義、資本主義的意義もまた妄想だ...」すべては妄想なのである。が、最後にこう言ってしまう必要はあるのだろうか。

    「文明の構造と人類の幸福」という副題が付いた本書の最後の文章はこうだ。

    「私たちが自分の欲望を操作できるようになる日は近いかもしれないので、ひょっとすると、私たちが直面している真の疑問は、「私たちは何になりたいのか?」ではなく、「私たちは何を望みたいのか?」かもしれない。この疑問に思わず頭を抱えない人は、おそらくまだ、それに十分考えていないのだろう。」

    遺伝子編集技術、ナノテクノロジー、人工知能、といった技術を持った人類に四つ目の「革命」はやってくるのだろうか。人類の認識を変えてしまうほどの「革命」が起きないとは限らないし、起きない方に賭けることも難しい。すでに、それまでの認識をがらりと変えてしまうような三つの革命を経た上で人類の現在があるのだから。世界はどうやら統一の方向に向かって進んでいるようだが、経済も、倫理も、政治も、どのように統一されるのか、想像することは可能だが、その想像自体が現在の中にとらわれた発想でしかないようにも思う。そして、どうやら変化は加速しているらしい。

    あとがきに「自分が何を望んでいるのかもわからない、不満で無責任な神々ほど危険なものがあるだろうか?」と書く。非常に射程の大きな本であった。長いが読む価値がある本。



    ----
    Courier Japan記事「人類の繁栄とは“虚構”の上にあるのです」 『サピエンス全史』著者ユヴァル・ノア・ハラリ大型インタビュー
    http://courrier.jp/news/archives/63841/

    『サピエンス全史(下) 文明の構造と人類の幸福』のレビレビュー ~ 『サピエンス全史と柄谷行人』
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309226728

  • 「銃・病原菌・鉄」以降、流行っている"マクロ歴史学"的本の一種。その種の本の中ではもっとも読みやすく、未来への言及が多いのが特徴だと思う。人類(この本の中ではネアンデルタールなど他の類人猿と区別するためにサピエンスと呼んでいる)は、7万年をかけて3つの革命を経て現在に至り、最終革命を経てサピエンスではない新種の生物に変化するのではないかと上下巻をかけて分かりやすく解説している。

    最初の革命は、7万年前の認知革命。これによりサピエンスは"虚構"という新しい意思疎通の方法を会得し、これにより血族以上の集団を統合する術を身に着けた。その虚構とは神話であり、宗教であり、直近では民主主義や資本主義である。そして、虚構によるサピエンスの統合の最大の発明品が"貨幣"であると作者は指摘する。(確かにそうだ!)

    次の革命は1万年前に起きた農業革命。これにより、食糧事情は安定し、単位あたりの人口密度は増大した。が、代わりに所有と貧富の差が生じ、また労働の長時間化と苦痛化が起きた。

    人類が過去に経験した最後の大革命は500年前の科学革命である。科学革命の核心は"無知の知"である。「我々は何も知らない」から始まる知的探求は、革命前のサピエンスの知識に対する認識(神と神に近い指導者は全てを知っており、昔はよかったという懐古主義となる)からはまさにコペルニクス的転換であり、「何も知らないから調べて知る。知るから未来はより発展する」というフィードバックループをサピエンスの中に作り出した。そして、科学の発展には金(投資)がいる。この無知の知→投資→科学的発展(富の増大)というループの強化に繋がったのが帝国主義であり、特にユーラシア大陸をアラブと中華の帝国主義国に牛耳られていて劣勢にたっていた欧州諸王国がこのループに積極的に関与して新大陸やアフリカ大陸を植民地化していったという歴史的事実は「今日の弱者は未来の強者」という観点からみてとても興味深い。

    現在、科学革命の担い手は資本主義となり、科学革命と資本主義、あるいはそれに付随する自由主義とによって世界は唯一に統合されつつある。その先にあるのが、生命工学的革命であり、それは不老不死や他の生物との遺伝子的融合、工学化(サイボーグ化)である。この段階に及んでサピエンスは有機的な進化から科学的あるいは無機的進化を伴う生物となり(いわゆるシンギュラリティ)、もはやそれはサピエンスではなく別種の生物となり、10万年に渡り繁栄し、地球を支配したサピエンスはここに終焉するし、その時点ではサピエンスの価値観はいまのものとは全く異なるものとなっているので、いまからそれを悲観したり、警戒したりしてもほとんど意味のない議論だろう、と作者は論じている(と思う)

    この本は、まず全体において、人類の歴史を3つの革命と今後起こる最後の革命とに整理して、莫大な事象と理論的解説を経て分かりやすく説明しているのが非常によい。その上で、これらの発展と個々人の幸福との関係性について作者はかなりの字数を割いて論じている(批判している)。要するにこれらの種としての大発展と個々人との幸福は別物であり、ここに我々はこの大発展について立ち止まって考える必要がある、としている点がまたよいと思う。本当にそうだからだ。

    といことで、次は"個々人の幸せ"についてマクロ歴史学的視点で書く本がぜひ読んで見たい気がする。まあ、それは非常に主観的問題なので過去のデータは残りずらく、書くのは難しいかもしれないが。。

    一連のマクロ歴史学的本の中では、分かりやすく読めるという点で、もっともオススメの本だと思います。

  • 予想外に軽くて面白かった。歴史のPhDが一般人向けに書いた歴史人類文化考察という感じ。なんとなく参考書的な装丁で小難しいような前評判を聞いていたが、ところがどっこい大変柔らかく字も大きくてサクっと短いです。まぁ、そこらへんの教科書にのっているような基礎知識は割愛されていて話が早くテンポがよくて読みやすい。主役はサピエンス、本著ではネアンデルタールは別種扱いされているが、今の所はホモ(ヒト属)の基種がサピエンスでネアンデルタールは亜種やと思うんだが、ま、諸説あり。ともかく、著者が生きるユダヤ世界から見ている立ち位置なので日本語への翻訳は大変だったろうと思う、所々原文が気になってしまった(ヘブライは読めんけど)。面白かったのはサピエンスが種として勝ち残った勝因を”虚構を創作する能力”を持っていたと言及しているところ。日本では古事記や日本書紀で書かれているように外来のヤマトが在来の王たちを東征してくときに”嘘”をつける能力が力の差となったのは誰でもしっているが、もしかしたら日本神話はサピエンスに負けたネアンデルタールの記憶伝承なんかもしれん、、、、な〜〜〜んてな妄想を抱きました。文書化したのは和銅5年とはいえ、内容は口承伝承なわけなんだから、実は28万年前の話かもしれん。
    下巻が楽しみです。

  • タイトルが、中々学術的な雰囲気ではあるが、中身は基礎的。非常に理解しやすいし、面白い。ベストセラーになる理由が分かります。それと、「人類の進化を、こう言う風にひも解くのか」刮目させられます。ためになります。

  • ヒトはどこから来て、どこへ向かっていくのか。壮大なテーマで、膨大なリサーチをもとに書かれた本。生き物としての人間の進化と、文化人類学、歴史学、生物学、そして幸せはどうやって感じられるのかという倫理学的なテーマに移っていく。
    よくこんな本書いたな~というのが素直な感想。これだけ散逸するテーマを纏めた本書は、まだ若い著者の人生の集大成に違いない。読むだけでも、爽快な達成感が得られる。
    上巻のネアンデルタール人の箇所が面白かった。「~だろう」ではなく、断定的な文章が印象的だ。下巻のヨーロッパ人がどう帝国を築いたかも、読みごたえがある。
    かつてネアンデルタール人や大型動物を絶滅させたホモサピエンスが、将来は絶滅させられるのだろうか?サイエンスや歴史が好きな人にお勧めの本である。

  • 文句なしに面白い.人類が小麦の栽培という農業革命によって進歩を遂げたというのは異論のない統一見解だと思っていたが,実はそうではなく,逆に小麦に隷属されるようになった,という説が目から鱗.我々は穀物にとっては,植物の花粉を運ぶ昆虫のような役割らしい.単一作物に頼るようになったおかげで,不作の影響をモロにかぶるようにもなった.
    食べ物に火を通すようになって毎日の食事時間の合計が1時間に収まるようになったおかげで,生ものを食べるために毎日食事に5時間かかるチンパンジーと,他の活動に充てる時間が圧倒的に違うこと,帝国の繁栄が被征服民への搾取に依存していること(考えなくても当たり前の話だが,復古主義がナンセンスな理由にもなるだろう),など.
    下巻も楽しみ.

  • ホモ・サピエンス以外の生物の生活の変化は、進化に伴って起こるのに対し、ホモ・サピエンスの生活の変化の速度は、進化の速度をはるかに上回っている、という観点は、非常に素晴らしいと思います。

    ホモ・サピエンスのもつ社会性と攻撃性は、その存在や思考が抱えている矛盾の際たるものだと思います。

    果たして、我々ホモ・サピエンスは、どこへ向かっていくのか。
    生物の一種であるがゆえに、絶滅からは逃れられないと思いますが、せめて破滅には向かわないでほしい、そう願っています。

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ユヴァル・ノア・ハラリの作品

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