『カラマーゾフの兄弟 1』あらすじ
著者より
本書『カラマーゾフの兄弟』の舞台は今から13年前で、主人公アレクセイ・カラマーゾフのほんの青春の一コマといえる物語である。一方、私・作者が構想している「続編」の舞台は現在で、かんじんなのはそちらの方にあたる。
第1部第1編 ある家族の物語
フョードル・カラマーゾフには、死んだ二人の妻の間に三人の息子がいるが、フョードルは息子たちになんの関心も持たず、三人とも幼くして母方の親類に引き取られていってそこで育った。
長男ドミートリー(29歳)は、母から個人的に相続した財産が父親フョードルに不当に横領されたと思い込んで激怒、フョードルのところに殴り込んでくる。――これが「この物語の主題であるところの悲劇」の端緒となった。
そんなドミートリーの帰郷に先立って次男イワン(23歳)も実家に帰っていた。彼の目的はおそらく、美女カテリーナをめぐってドミートリーと話し合いをもつことであろう。ちなみに、イワンはフョードルの住居に寄宿している。
さらにそれより先立つこと1年、修道僧である三男アレクセイ(19歳)がすでに帰郷していた。本人は母の墓参りのためだというが本当のところはわからない。アレクセイは敬愛するゾシマ長老がいる修道院で生活している。
第1部第2編 場違いな会合 【1日目 11時半頃~13時半頃】
フョードルとドミートリーとのあいだにくすぶる火種が大きくなるのを防ぐため、フョードルの思い付きでゾシマ長老から助言をもらおうと、その庵室にカラマーゾフ一家が集合する。加えて、ドミートリーのかつての後見人であったリベラリスト、ビョートル・ミウーソフ、学生ピョートル・カルガーノフ、トゥーラ県の地主マクシーモフ、無口で学識のある病身のパイーシー神父、ヨシフ神父、そして神学生ラキーチンも同席する。
一同は、恥知らずなフョードルがゾシマ長老に失礼な態度をとるのではないかと危惧していたが、肝心のドミートリーが遅刻するなか、さっそく目を覆いたくなるようなフョードルの一人舞台が始まる。ゾシマ長老はいったん席を辞して、長老に会うためにはるばる修道院に押しかけていた民衆たちの元へ歩を運ぶ。――4歳の息子に先立たれ絶望に暮れる母親。軍務に就いている息子からの手紙がないことに不安をつのらせる母親。逆にゾシマ長老を元気づけようとする純朴なロシアの農婦。信仰に素朴な疑問を抱いてしまう、そんな自分に恐れを抱くホフラコーワ夫人――。ゾシマ長老と彼らとのあいだに感動的な対話が交わされる。一方、長老の傍に付き添ってまじめな態度を崩さないアレクセイに茶々を入れる車椅子の美少女リーズを、長老はやんわりと窘める。
ここで再びゾシマ長老が庵室に戻り、カラマーゾフ一家との会合が再開される。イワンがかつて書いて評判になった教会裁判の論文が話題にのぼる(犯罪者救済にかかわる教会裁判の話)。また、彼のニヒリズムが開陳される(魂の不死や神を信じない者にとっては犯罪は必要不可欠であり認められるべきだと)。ミウーソフは社会主義的なキリスト教徒ほど恐ろしいものはないと主張する(『続編』のヒントか?)。この時ようやくドミートリーが到着するのだがさっそく、案にたがわずフョードルとの衝突が始まる。ドミートリーからは、フョードルは父親でありながら自分から盗んだ手形を、スネギリョフという男を遣いに出して、ドミートリーとフョードルが共に狙う美女グルーシェンカにやってしまった、という秘密が明かされる。逆にフョードルからは、この時我を忘れたドミートリーが料理屋「都」の前、衆目の面前でスネギリョフのあご鬚をつかんで振り回したという醜態が暴露される。フョードルの暴言はとどまるところを知らずやがて庵室は彼の独壇場になる。そんな中なぜか急に、ゾシマ長老は不意にドミートリーの足元に額づける。ここで昼食の時間がきたため会合は解散。フョードルは悪態をつきながら帰っていく。
ゾシマ長老はアレクセイに「悲しみのなかに幸せを求めよ」と遺言して、修道院を出るよう命じる。
アレクセイはたれこみ屋の神学生ラキーチンから、ドミートリー、イワン、カテリーナ、グルーシェンカたちの愛憎入り乱れた三角関係を教えられる。
ゾシマ長老と修道院長との昼食が始まる。が、消えたと思っていたフョードルが再び登場、修道院長の前で狼藉のかぎりをつくす。フョードルはマクシーモフを“フォン・ゾーン”といってこきおろし、今度こそ本当に、イワンを伴って馬車で修道院をあとにする。
第1部第3編 女好きな男ども【1日目 13時半頃~20時頃】
フョードルはふだん母屋に一人住んでいる。中庭にある離れには使用人のグレゴーリーとマルファ夫妻がいて、台所もそこにあり、そこからわざわざ母屋に食事を運んでくる。
グレゴーリーは固陋で迷信深い老人だが、フョードルは自分にはないこの男の愚直さに一目置いている。
かつて、……グレゴーリー夫妻のあいだに一度だけ子供ができた。が、それは六本指で生まれてきて数日で亡くなった。竜とあだ名して、一度もその子を愛することができなかったことを、信心深いグレゴーリーはいまだに深く悔い悩んでいる。
六本指の子供を葬ったその日、白痴の少女スメルジャスチャヤがフョードルの屋敷の高い塀を乗り越え中庭で赤ん坊を出産して死ぬ。赤ん坊はグレゴーリー夫妻に引き取られ、(フョードルがスメルジャスチャヤを犯して妊娠させたと噂されることから)パーヴェル・フョードルビッチ・スメルジャコフと名付けられる。
……ところで「場違いな会合」の昼食後アレクセイはカテリーナの元へ急ぐ(ホラコーワ夫人からメモにを渡されていた)。道すがら生垣に身を潜め何かを見張っていドミートリーに呼び止められる。アレクセイはドミートリーから、カテリーナとのこれまでのいきさつを明かされる。すなわち、―――彼女の父が公金を横領し一家が破滅の危機にあったこと。それに乗じてドミートリーは金をちらつかせ(……ドミートリーはフョードルから六千ルーブルの大金をもらっていた。実はその金と引き換えにドミートリーの母の遺産の権利が喪失していたのだが……)カテリーナを凌辱しようとしたこと。結局金を貸し与えるだけで何もせずに終わったが、逆に彼女から男気を勘違いされ慕われるようになったこと。そんな彼女は高潔であり、一方自分は薄汚れているということ。カテリーナからアガーフィアに送金するよう信頼して渡された三千ルーブルを自分は拐帯して、グルーシェンカとジプシーたちとで酒と遊興に蕩尽してしまったこと。フョードルがグルーシェンカを籠絡するため、今まさに三千ルーブルの現金を布団の下に隠しもって彼女を待ちかまえていることなど―――。
ドミートリーはアレクセイに無茶な頼みごとをする。フョードルにその三千ルーブルを無心してくれと。そして自分はその金をカテリーナに返して、晴れて自分はグルーシェンカと結婚するのだと。それから、自分が今見張っているのはグルーシェンカがフョードルのところに来て三千ルーブルをもらって結婚するのを阻止するためだと。グルーシェンカにのぼせ上がってまともな考えができなくなっているドミートリーにアレクセイはあきれかえるが、とりあえずカテリーナのところに行くのを後回しにして、ドミートリーに言われるまま、フョードルに金を頼みに行く。
フョードルは食事をしながら、イワン、スメルジャコフ、グレゴーリーと議論を戦わせている(フョードルはイワンに商用でチェルマシニャー県に遣いにやりたいと考えているが、イワンは返事を保留している)。聖書を揶揄するような理屈を弄するスメルジャコフをフョードルはロバといってバカにする。グレゴーリーは生意気なスメルジャコフにカンカンになって怒っている。イワンが言う「神はいません」「不死だってありません」。と、そこに錯乱したドミートリが怒鳴り込んでくる。家にグルーシェンカが忍び込んだというのだ(単なる見まちがい!)。ドミートリーはフョードルを殴り倒し、アレクセイにカテリーナのところにいくよう指図して姿を消す。したたかに殴られたフョードルはアレクセイに明日の朝、ここに立ち寄ってくれるように頼む。
ようやくカテリーナの家に着いたアレクセイ。ドミートリーの近況を話し合うが、アレクセイにはどうしてもカテリーナの底意がつかめない。カテリーナはグルーシェンカが当時将校だった昔の男とよりを戻すと言ったといって誉めそやす。そこへだしぬけにカーテンの向こうから本物のグルーシェンカが現れる。カテリーナはグルーシェンカを下にも置かない持ち上げようだった(つまりそれまで二人は意気投合していたのだろう)が、ここにきてグルーシェンカは態度を一変、またドミートリーを誘惑してやると言い放ち、面と向かってカテリーナを侮辱し始める。グルーシェンカに痛罵されたカテリーナはそれまでの余裕綽綽の態度が崩壊、返す言葉でグルーシェンカをののしりはじめる。
カテリーナの家を出るとき、アレクセイは小間使いからリーザからの恋文を受け取る。
修道院への帰り道、再び、今度は何か上機嫌なドミートリーに呼び止められる。ドミートリーは意味ありげに、拳骨で自分の胸の上を叩く。(第4部第11篇で明かされるが、このあとドミートリーは居酒屋「都」に行って酔っぱらい、カテリーナに宛てた殺人計画が記された手紙を書く。)
ドミートリーと別れて修道院にやっと帰り着いたアレクセイは、ゾシマ長老がこん睡状態にあることを知らされる。アレクセイは疲れ果てて深い眠りの中へと落ちていく。