吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫) (創元推理文庫 502-1)

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (559ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488502010

作品紹介・あらすじ

トランシルヴァニアの山中、星明かりを封じた暗雲をいただいて黒々と聳える荒れ果てた城。その城の主ドラキュラ伯爵こそは、昼は眠り夜は目覚め、狼やコウモリに姿を変じ、人々の生き血を求めて闇を徘徊する吸血鬼であった。ヨーロッパの辺境から帝都ロンドンへ、不死者と人間の果てしのない闘いが始まろうとしている…時代を越えて読み継がれる吸血鬼小説。

感想・レビュー・書評

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  • 19世紀末、イギリスの弁理士ジョナサン・ハーカーはロンドンの地所を購入したドラキュラ伯爵を訪ねるため、東欧トランシルヴァニアへやってきた。ジョナサンを迎えてくれたドラキュラ老人は親切ながらも、城には不穏な空気が立ち込めていて……。一方、イギリスにいるジョナサンの婚約者ミナは、友人ルーシーの日に日に酷くなる夢遊病に悩まされていた。ルーシーの友人で精神病院を営むジャックは、オランダ人の師匠ヴァン・ヘルシング教授に助けを求める。15世紀の伝説的軍人ヴラド三世と吸血鬼を接続し、19世紀末の大都会ロンドンを悪夢に引きずり込んだヴァンパイア文学の古典。


    長らく積んでいたのが申し訳ないくらい、実際読んでみるとめちゃくちゃリーダビリティの高いエンタメ小説だった!出版当時バカ売れして続々映像化されたほどの人気作なのだから、身構える必要はなかったのかもしれない。展開の速さ、情報開示のテンポ良さ、歴史や伝承にまつわる蘊蓄の面白さなど、とても現代的な作風で読みやすく、1日で読み終えてしまった。積読本ってこういうことある。
    読んでみてわかったこと。いま我々が吸血鬼と聞いて思い浮かべる紳士的で貴族然とした姿は『ドラキュラ』を源流とするイメージだが、それに伴う耽美的な要素はこの小説には全くない。ジョナサンが出会うドラキュラは貴族だけどヒゲの長いおじいちゃんだし、食事の支度やベッドメイクなど城を一人で切り盛りし外壁をトカゲのように這い降りるアグレッシブさはあるものの、誘惑者としての魅力に欠ける。ジョナサンに対する誘惑者の役は三人の吸血女が担っており、彼女たちには『カーミラ』や『死霊の恋』の系譜に連なる妖しい魅力があるものの、これもあっさりとドラキュラおじいちゃんに邪魔されて終わってしまう。
    では『ドラキュラ』にエロティシズムがないのかというとそうでもない。全体に漂うのは、いわゆる"NTRフェチ"の空気感である。ルーシーという超重要人物の存在を私は読むまで知らなかったのだが、彼女が三人の男から求婚され、フラれたうちの一人である医者が彼女を治療するというパートがロンドン編前半の主軸。ルーシーへの輸血をめぐってアーサーとジャックが起こす悶着には「吸血・輸血はNTRの比喩表現であること」が匂わされており、ジャックの日記に吐露された心情を読むと、彼の横恋慕がドラキュラのかたちをとってルーシーを衰弱させたと考えることもできる。六条御息所の19世紀英国紳士版である。
    日記や手紙、電報、新聞の切り抜きなどの文章を寄せ集めたドキュメンタリー風の構成もこの小説の特徴。面白いのは後半、ミナが全ての資料をまとめ、時系列順に並べ直すところ。つまりこの時点で作中人物たちも読者と全く同じものを読み、情報を共有していることになるのだ。それによってミナが立てた推理のフェアネスも担保される。
    そう、『ドラキュラ』は19世紀ロンドンの街が不死の怪物に襲われる怪奇小説でありながら、同時に怪異や迷信を当時最先端の精神分析や犯罪心理学を用いて駆逐しようとする、とても現代的な伝奇ミステリーでもあるのだ。精神病院から逃げ出した患者と難破船の狼の噂をトランシルヴァニアの吸血鬼につなげる手口は都市伝説の成立過程を思わせるし、ヴァン・ヘルシングは「世の中には、きみの知らんことが山ほどあるということ、自分の見ないようなことを見ている人があるということを、きみは考えておるか? 人の説で知ったり、人の説で考えたりするために、肝心のその人間の目で見ないでいることが、世の中にはたくさんあるのだぜ」と、ほぼ中禅寺秋彦そのものな台詞を吐く。講談社ノベルスのノリで読めてしまうのだ。
    ヘルシング教授はドラキュラに次いで読む前と後でイメージがガラッと変わった人。退魔のプロというイメージが先行しているが、実は精神医学の大家として登場し、「精神科やってると吸血鬼なりかけの患者を診ることもあるよね〜」ぐらいのノリで対処法を身につけているアグレッシブおじいちゃんだった。ドラキュラもアグレッシブ爺なので、この小説はアグレッシブ爺同士のバトル小説。ヘルシングはドラキュラを追い込むときにもロンドン警察に怪しまれない方法を細々考えたりと実際的で、この人が中心にいる限り幻想耽美に転ぶ余地がない。オランダ人で大陸側の人間というのもミソ。
    ドラキュラに襲われる乙女役のミナが、速記文字で日記をつけ電車の時刻表を暗記しタイプライターでガンガン情報を整理する19世紀末の〈新しい女性〉だったのも新鮮な驚きだった。それだけに終盤ヴァンパイアハントから仲間はずれにされるくだりは悔しかったし、最後はミナにとどめを刺してほしかった。
    ミナに限らず、作中人物みんなが怪異への対抗手段として〈書く〉ことが有効だと信じているのも、ストーリーと形式が一体化してて面白いところ。読了後に高山宏先生のドラキュラ論「テクストの勝利」(創元ライブラリ『殺す・集める・読む』収録)を読み返したら、『ドラキュラ』は18世紀民話採集ブームから『金枝篇』がでて民俗学が成立した過程を汲んだ"メタ-民話テクスト"だ、と語られていた。口承だった民話が文字として定着することで魔法の力を失っていったことをも取り込んだ小説だということだろう。100年以上経っても面白さが衰えないのも納得の、よく練られたエンターテイメントの傑作だった。

  • 恐怖と冒険!怪奇と武勇!いやあ、面白かった!
    得体の知れない伯爵と、続発する怪奇事件。
    しかし、陰鬱怪異恐怖で終わらず、死闘苦闘の冒険譚に繋がっていくことで読後は意外にも爽やか。
    人間の暗部や陰湿さをあまり描かないというのもあるだろうか。
    この手の怪異譚には人間サイドの醜さを入れて、恐怖や怪異を増幅させることがよくあるが、あくまで人間VS吸血鬼(不死者)に徹している。
    後半の伯爵に立ち向かう冒険譚の存在はかなり良かった。
    (逆に、陰鬱な話や、怪異に翻弄される人間、吸血鬼の悲哀を求める人には合わないかも…)
    平井氏の翻訳は他でも読んだが、時代がかったところはあるけれど終始読みやすい。途中の大立回りは時代小説の殺陣のよう。ジョナサンかっこいいぞ、伯爵は歌舞伎かなにかの悪役?啖呵の切り方がなかなかの悪代官。
    (それとは違うけれど、吸血鬼が家に入り込むための手段とあのが、牡丹燈籠などの「お札はがし」に似ている…気もする。)

    伯爵を除く登場人物たちの手記を中心に描かれている本作。
    伯爵が実際どう行動して、何を考えたのかはわからない。
    伯爵サイドの話を考えるのも面白い。
    人によってはハッピーエンドとは裏腹に、どんでん返しのような裏側を想像するかも。
    個人的には…まあ素直に、ハッピーエンドを裏切らずに想像すると『ドラキュラおじさん、ロンドンに行く』。
    用意は万端に物々しく乗り込んだのに、現地ではチートな最強老博士と仲間たち、コンプライアンスの欠片もない(取引やら書類やらを平気で漏洩する)人間どもに徐々に追い詰められていく。
    素敵なロンドンライフを夢見る伯爵の運命やいかに…!
    というとおもしろみがまったくないけれど。
    手塚大先生からのドジなドラキュラというのは原作でも読み取れるのでは…?
    頑張れ伯爵、夢の海外移住はすぐそこだ。

  • これまで、コッポラ監督の映画化作品も観たし、キングの「呪われた町」や小野不由美さんの「屍鬼」など、本作へのオマージュ的な小説も読んだことはあったけど、本作自体を読むのは初めてでした。
    ただ、上記にあげた以外にも、数々の映像や文学作品に影響を与えただけのことはあるとうなずけるだけの大作でした。
    まず語り口。主要な登場人物たちの日記が交互に切り替わるという形式で物語がすすみます。
    これが登場人物間よりも先に、読者にだけ先に伝わる情報があって、それがハラハラ感やもどかしさを増します。
    次にその重厚かつ幻想的な怖さ。
    19世紀末の暗闇が真の暗闇であったような時代背景のせいもあるのでしょうが、ドラキュラ伯爵の登場時からの怪しげな雰囲気、城の中の不気味な様子の描写などは、読んでいる部屋の空気が重くなるような錯覚を覚えるほどでした。
    そして時代錯誤とすら言われそうですが、そのストーリーの王道的な面白さ。
    若く前途有望な弁理士と、その聡明で美しい新妻が見舞われる災厄に、彼ら自身に加え、その仲間たちが騎士道精神に溢れる心意気と行動で立ち向かいます。
    子供の頃、抄訳版のミステリーやSFを夢中で読み漁った時のようなドキドキを久々に思い出すことができました。

  • 言わずと知れた『吸血鬼』ものの元祖。

    今となっては耳慣れない語彙が散見されたり、内容の割には穏やかな印象だったりするものの、内容的には面白い。
    きちんと山場を作っていて、最後の展開には引き込まれた。
    通り一遍のイメージじゃなくて、古典に当たって本来の姿を知るのって、実は大切。

  • Lideoで読んだ。1897年刊行。物語は手記・日記・蝋管録音・新聞記事などの組み合わせで進む。主な登場人物は7人、ドラキュラ伯爵、弁理士ジョナサン・ハーカー、ジョナサンの妻ミナ・ハーカー、アーサー(ゴダルミング卿)、アメリカ人キンシー、精神科医のセワード、アムステルダム大学の医学・哲学・法学教授ヴァン・ヘルシングである。第一部にあたる物語は、ジョナサンがロンドンの不動産取引でトランシルヴァニアのドラキュラ伯爵をたずね、その居城で怪奇にであうというもの。第二部はミナの友人、ルーシーが夢遊病から吸血鬼になっていく話、この過程で彼女の三人の求婚者、アーサー・セワード・キンシーが集まり、セワードが恩師ヘルシングを呼び寄せ、吸血鬼の謎が解き明かされていく。第三部はルーシーの本当の意味での死の後、ジョナサン・ミナとヘルシングらが合流し、まずロンドンのドラキュラの居場所をつぶしていき、故郷に帰らざるを得なくさせ、ドラキュラ城までの追跡と吸血鬼の打倒である。訳文は非常に読みやすく、構成も短い手記が多いのでページがすすむ。ドラキュラにはいろいろな制約があり、昼間は人間の姿をとらざるを得ないが、夜になると霧・狼・蝙蝠などに変化することができ、吸血鬼や狼などを操り、催眠術も使える。力は二十人力である。鏡には映らず、ニンニク・十字架・聖餅などの品によわく、水を渡ることはできない。また、建物には誰かが「入れ」と言わないと入れない。昼間に首を切られたり、心臓に杭を打ち込まれると四散して死ぬ。吸血鬼になった者もドラキュラが死ぬと呪縛が解かれることになっている。セワードの患者にレンフィールドという食肉性患者がいるが、ハエやクモなどをむさぼり食う。「霊魂なんかいらない、ただ生命が欲しいだけだ」とか、「血は生命である」といった独特の考えをもっていて、ドラキュラがミナを襲うきっかけを作ってしまう。ミナは鉄道マニアで速記、タイプライターができ、吸血鬼にされながらもドラキュラ追跡に同行し、明晰な頭脳でドラキュラの通るルートを推理したりする。作者ブラム・ストーカーの名前はエブラハムでブラムは略称、スコットランド生まれで、オスカーワイルドの先輩、芝居好きで演劇記者や劇団の経営に携わった。ヴァン・ヘルシングのモデルは中央アジアの研究者でブダペスト大学の東洋語の教授アミニウス・ヴァンペリとのこと。作中でもヴァン・ヘルシングの同僚でブダペスト大学教授アルミニウスとして言及されている。全般的に19世紀の科学主義とアッティカの末裔を自称するドラキュラの中世伝説との葛藤の話であるが、輸血で血液型を顧慮していない点や、シャルコーなどフロイト以前の精神医学についても言及があり、十九世紀の科学の雰囲気を知ることができる。

  • とても面白かった。手紙、日記、電報といった記録の数々から物語を読み取っていくという作品のテイストがドラキュラの不気味さをより引き立てているなと感じた。「セリフの応酬をそこまで細かく記録するか?」というところが少し違和感な気もするがそこまで鮮明書かれていたからこそ対ドラキュラへの良い記録となったとも考えられる。

  • 訳が古いせいか西洋の話なのに『経』という言葉が入ってきたりして、和風混在していた。
    脳内変換で『おそらく聖書や祈りの言葉』と思いながら読んだ。
    そんなのがいくつかある。聖餅って何だろう? たぶん、キリスト教の何かだろうともいながら、読んだけど全く想像できなかった。

    調べたら『聖なるパン』らしい。煎餅のような感じとも書いてあった。なるほど。



    あと、輸血の描写が……誰でもいいのか?血液型は――??と一瞬謎に思ったけど、『そういうもの』と飲み込んで読み進めた。こちらもちょっと調べたら、書かれた時代を考えると輸血の知識がそんなになかったのでは?と。なるほど。



    所々、引っかかるものはあるケド、楽しく読めた。



    話は3つに分かれる。
    まず、主人公のジョナサンがドラキュラ城へと幽閉されて、そこから抜け出すまで。
    次は、ジョナサンの恋人の友人ルーシーが不死者へと変わり、殺されるまで。
    最後に、ジョナサンの恋人から妻になったナミと不死者ルーシーを退治した4人+ジョナサンの6人でドラキュラ探しをして、退治するまで。



    ドラキュラのお城とルーシーが死ぬまでは、楽しかった。
    ただ、話の進みが遅い……風景描写が何ページも続く旅の描写もある。すごいけど、物語から気持ちが離れてしまう。



    ラストは……無駄に長い。ドラキュラと対決になるのかと思えば、鬼ごっこになり、延々とドラキュラを追いかける話になっていた。
    最後には追い詰めて退治をするけれども、ドラキュラ退治自体はあっさりしすぎていて拍子抜け。

    むしろその直前の人間対人間の方がバトルして、死者まで出ている。
    吸血鬼よりも人間の方が怖いって言う話かな?と思ってしまった。



    そして時代が時代なせいもあるのだろけれども、『紳士たるもの…うんぬん』とか『淑女は……うんぬん』みたいなのが続いていてウンザリした。間違ってはないし、『お互いにお互いを尊重する精神』からきている部分もあるのだろうけど。
    色々とモヤンとする。



    6人皆で、ドラキュラ退治……と言いながら、最終的にナミが蚊帳の外とか……だったら、最初から外に置いておけばいいのに。
    最後の方は『ドラキュラに汚された』という理由がついて来るけど、なんだかな。



    以前一度読んでいたけど、ルーシーが死ぬという部分しか覚えてなかった。
    ドラキュラ……なのに、ドラキュラがどんなものなのか記憶に一切残らない。
    ルーシーの話のところが一番面白い。



    ドラキュラは……『よく判らない』 大胆不敵なのか?小心者なのか?
    説明がついていたけれど、第三者の視点からだけで直接の描写も『恐ろしいモノ』として書かれている。登場は最初の城のところで主人公とやり取りする程度。

    その後は「ドラキュラに襲われたルーシーとミナ」というだけで、肝心のドラキュラがあまり出てこない。





    分からないモノってそんな感じの方がいいんだろうなとは思うケド、印象に残らず消え去ってしまいそうだ。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/765259

  • 日記形式で展開していく、約550ページの長編。かなり古い時代の話だが、充分に楽しめる。

  • 様々な作品に影響を与えた対策として認識していたが、これまで触れる機会がなかったため購読。
    昨今の作品では巨悪に対して同等の力をもつ、あるいは蓄えてそれを打ち倒すという展開が王道になっているが、何の変哲もない人間が怪物の弱点をついて倒す、という展開もなかなか熱く、手に汗握りながら読み切ってしまった。
    日記調の文体に加えて、最近の”改変された吸血鬼”についての知識も持っていると、ハラハラしながら登場人物たちの行動を楽しむことができるため、非常におススメ。

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