ロマンス小説の七日間 (角川文庫)
- 角川書店(角川グループパブリッシング) (2003年11月22日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (283ページ)
- / ISBN・EAN: 9784043736010
作品紹介・あらすじ
海外ロマンス小説の翻訳を生業とするあかりは、現実にはさえない彼氏と半同棲中の27歳。そんな中ヒストリカル・ロマンス小説の翻訳を引き受ける。最初は内容と現実とのギャップにめまいものだったが……。
感想・レビュー・書評
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吹替か字幕か、洋画を見る時にどちらを選ぶかは意見の分かれるところでしょう。私は断然、字幕です。というのは、以前、ある映画を字幕で見ていた時でした。あるシーンで『何、飲む?』と聞かれた子供は気取った表情で『サイダー!』と元気に答えました。その瞬間私には強烈な違和感が襲ってきました。何故なら、私の耳には、『7Up, please!』と聞こえたからです。同じことを意味しているはずなのに、目の前に見えているものと耳に聞こえてくるものが違うという妙な気持ち悪さ。急に目と耳に集中力が増しました。そして、続きを見ていると、えっ?という感じで、どうしてそれがその字幕になるの?というシーンが続出してとても驚きました。なるほどね、と感心するような字幕もありましたが、いや、それ違うでしょう、と英語なんてからっきしの私でさえ突っ込みたくなるような字幕もありました。これが吹替だったら絶対に気付けていなかった洋画の真実がそこにありました。ということで、以降、映画は字幕でしか見なくなりました。あの子は、7Upが好きであって、サイダーは全くの別物。この二つの飲み物を一緒にするのはどうしても許せない。細かすぎるかもしれませんが、こんな部分の積み重ねが一つの作品を作ると思うので捨て置けない、そう感じました。
『「すべて御心のままに」アリエノールは、使者がうやうやしく差しだした国王からの親書を読み終えると、受胎告知された聖母マリアと同じ言葉を口にした』、と始まるこの作品。三浦さんが書く中世歴史ものなのか?と思いましたが、読み進めると今度はいきなり、『ちょっと。ちょっと待って。なんなの、この急に出てきた「オリハルコン」ってのは。手持ちの辞書にも載ってないんだけど』と、どう考えても現代の日本の日常風景に早変わり。そうです。この作品、中世の歴史小説の翻訳をする仕事をしている遠山あかりという女性の日常を切り取った物語なのです。中世の歴史小説はあかりが翻訳したもの。そして、一方であかりの日常生活が流れていく。この両者のストーリーが7日間かけて交互に描かれていくという非常に凝った面白い構成の作品になっています。
『ああ、不安だ。この小説を訳さなきゃならないなんて。しかもあと一週間で!無理。そんなの絶対・「無理だー!」と叫んでも誰も助けてくれるわけでもない』と嘆くあかり。そんなあかりと付き合っている神名は、『ぐびぐびとビールを飲み、一つげっぷをしてから私の方を見た。「俺、会社辞めてきた」』と、あかりを助けるどころか、『会社辞めてきた爆弾』という大きなダメージをあかりに与えるばかりです。でもそんな二人はある意味似たもの同士『海が荒れたら船は出さない。波が凪ぐのをじっと待ち、面倒なことは先送りにする。熟練の漁師みたいな神名と私』というお互い勝手知ったる仲です。
現実世界が極めて庶民的な表現に溢れている一方で、中世歴史ものの世界は『恋の罠に落ちるのは、なんとたやすいことだろう。目眩にも似た陶酔とともに、彼はため息をつく。手入れされた王宮の薔薇園も、谷間の百合の清楚な気高さの前では色褪せる』と、極めて格調高い世界が描かれます。これが交互に襲ってくるというとんでもない落差の激しさに読者はついていかなければなりません。実際のところ、最初は中世歴史ものの世界観に違和感満載でした。そもそも今までこういった歴史ものは読んだことがなかったこともあって、読み飛ばしてやろうかと読書のスピードが上がりました。でも流石に三浦さんです。次第に、この中世歴史ものの世界観に魅せられ、その面白さにハマっていくのを感じました。
ただ、『私は皿に載った目玉焼きもハムもトマトもいっしょくたにパンに挟んで食べるけど、神名は目玉焼き、パン、ハム、パン、トマト、牛乳、パン、ときちんと「三角食べ」をする』なんていう表現の出てくる現代のあかりの日常世界もとても面白いです。
『剣についた血塊を払う暇もなく、その男の脳天に一撃を加えて地面に振り落とす』と生々しい戦いの描写。『読者を幻滅させては、ロマンス小説翻訳者として失格だ』というあかり。でも次第に『訳すうちにどんどん展開に私の創作が混じってきてしまっている』となり、最後には『これはもう翻訳じゃない。完全に私の創作物になっている』と、翻訳業を忘れて創作にのめり込むあかり。さて、お仕事としての翻訳は締め切りに間に合うのでしょうか…。
7Upをサイダーと訳すのもある意味、創作だと思います。でも、文化が違う世界の作品を違う文化の世界に持ち込む際には、必ずしもそのままが良いとは限らないという考え方もわからないではありません。まあ、あかりのように原作では生き抜く人間を殺してしまったり、と別物に仕上げるのはどうかと思いますが、翻訳というのもなかなかに難しいサジ加減があるのだろうな、ということはとてもよくわかりました。そんな中で、翻訳というお仕事の面白さ、魅力が少し分かった気がしました。
『共に過ごした時間の長さと、互いへの理解の深まりとが、必ずしも比例しないのはなぜだろう』など、神名とあかりの日常会話の中には、なかなかに考えさせられる言葉もたくさん登場するこの作品。一冊の本を読んだだけなのに、読み終わったのは二冊分の物語だった。二冊分のそれぞれ異なる読後感が読み終わった瞬間に同時に心を支配する、というとても不思議な経験ができました。ある意味、実験小説、というような感じなのでしょうか。ということで、なかなかに興味深い読書ができました、そんな作品でした。
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2冊の本を読んでるような気持ちになった。
この2つの話が上手く絡んでるのかな?そうなんだろうけどシンクロしてる部分は2箇所くらいしか見つけられなくて、集中力に欠けていたのかもしれない、、
すごく時間かかって読んだが、おもしろかった。
神名のなんともいえない感じが理解し難いけど、それでも2人の関係は特別なものなのだろう。あかりに感情移入した。
小説内の創作小説もなかなか面白く、最後のところで儚いような気持ちになった。 -
海外ロマンス小説の翻訳家のあかりは、恋人の神名と同棲中。上手くいってた2人だけど、恋人が突然仕事を辞めてきて、何考えてんだー!となり、翻訳中の小説を捏造し始めたあたりから面白かったです。あかり達のお話と、ロマンス小説と一冊の本で2倍楽しめます。
あとがきもなかなか面白かったので、今度しをんさんのエッセイを読んでみようかな。 -
三浦しをんさんはハマると抜け出せない魅力がある、沼の人。
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後書きまでおもしろい。笑
妄想万歳、ですかね。笑 -
しをんさん、本当に愉快な人だなぁ。
エッセイを読んだことがあるからか、しをんさんへの親しみを持って読めた。小説なのに、なぜか著者が常に意識にあがるという…。
内容についていうと、友だちのもどかしい恋を応援する気持ちになる。
主人公、寛大過ぎでは?と思ったが、当の主人公は自分の不寛容さに落ち込んでいる。
自分と違う恋愛観だから楽しめた。 -
ロマンス小説と、現実と。
あかりと同じように神名にむかむかしたりもしたけれど、どうなるかわからないけど、でも、まぁ、いいよね、とそんな軽い気持ちにさせてもらえた。
あかりのロマンス小説、すきだなぁ(笑)