- Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101162010
感想・レビュー・書評
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キリスト教(ヤソ)信者にかこまれて育ち、後に自らも信者となった信夫の生涯を描いた傑作。
信仰とはそもそもなんなのか。
信仰に生きて信仰に死ぬこととはなんなのか。
読み終えてもまだ完全には掴みかねるが、それでも信仰の尊さをひしひしと感じた。
「義人なし、一人だになし」という聖句が頻出する。
本当に罪の無い人というものは一人として存在しない、という意味だ。
どれだけ良い人であったとしても、私たちは生まれながらにして心の中に妬み嫉み呪いの気持ち、すなわち原罪を抱えて生きている。
ゆえに神の前においては、私たちは誰一人残らず罪人となる。過失を犯さずには生きていけない罪人。
愚かな罪を赦すためだけにその身を磔にされて死んだイエス=キリストだけが義人なのである。
私は考え込まずにはいられない。そんなことできるだろうか?他人のために、罪深き他人のために自分を犠牲にすることなど。
信夫や、信夫を待っていたふじ子、親友の吉川、彼らはほんとうに救われたのだろうか。でもきっと救われたのだろう。だって信じる者は救われるのだから。
このご時世で、私は現在進行形で困っている人にほんの少しでも目を向けただろうか。自分を犠牲にするなんて、私にはまだまだ遠い先の姿なのだろうが、それでも私は信夫のことを忘れはしまいだろう。信仰を諦めたくはないな、と思う。いつか分かるときが来ると思い続けたい。罪の問題を、自分の問題として知りたい。
実はこの塩狩峠、16歳のときにプレゼントされて一度読んでみたことがある。でも当時の私にはあまりに退屈で、読み進めることができなかった。
それから10年以上も本棚で眠り続け、今こうして読んでみたら易しくて美しい文章が生きる意味について問うテーマにするすると惹き込まれていくのだから、やはり本には読むべき時、開かれる瞬間というのがちゃんとあるのだなと、ひしひし思う。
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幼少期、母がキリスト教信者であるが故に破門され祖母に育てられた永野信夫。祖母の死後突如母と妹が家に訪れ、父も含めた4人の生活が始まるが、母なし生活の誘因となったキリスト教を、信夫はどうしても受け入れられない。
生真面目で誠実な信夫は、成長と共に<生きることとは、死ぬこととは、罪とは、、>と真摯に自分に向き合うが、次第にキリスト教に気持ちが引き込まれていく。
人は初めから聖人なのではなく、自らの罪深さをしり、悔い改め、自問自答し苦しみながら変わっていくのだと知った。信仰は思っているより深いことなのかもしれない。
信夫の最期は彼らしいのかもしれないが、婚約者のふじ子があまりに悲しい。
自由と自己顕示欲と承認欲求にあふれた現代、自分自身に誠実に向き合う姿はとても新鮮で、読んでいると心が穏やかになっていく感じがした。真の豊かな生き方とはこういうことなのかと思い知らされた。
しかもあとがきを読んでさらに驚愕。実話のエピソードがあったとは。
心を穏やかにし、自らの生き方に向き合うことができる作品だった。
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三人称で読むのにとても時間がかかったが、最後までもう読むの疲れたとなるような文章ではなく、一つ一つの場面がとても丁寧に描かれていて、メッセージ性がある。
以下ネタバレ含む。
最後まで読んで、実際人のために犠牲になれるとか本当にわたしにはできないなあって思った。多分傍観するか、わたしもあの場にもし居たら、怯えてるだけだと思う。信夫はすごいね。これが実話っていうのがまたすごい。
信夫の父の言葉がとても印象的だった。
最初から守る気のない約束は、約束ではないよ。
少ない言葉の数なのに心にどっしり来る。 -
高校の時好きな先生が薦めてたのをずっと覚えていて、いつか読みたいと思いながらようやく手に取った。感動押し付けストーリーか何かだと勝手に認識していたが、もっと早く読むべきだった。
生死とは、善悪とは、信仰心とは、という多くの問いを主人公のみずみずしい視点を通して提示してくる。遠藤周作の「沈黙」にも似た読了後の余韻。
おそらく今後の人生、何度か読み返すことになると思う。
久々にこれは、と思える作品に出会った。 -
愛とキリスト教への信仰を貫いた主人公の生涯。
中学生の頃に読んで感動し、人のために生きること、犠牲を厭わないこと、そんなふうに生きたいと思った記憶があります。
あれから数十年…父から送られてきた本たちの中に入っていて再会した「塩狩峠」。
主人公のあまりに清く正しい生き方に驚き、残された者の喪失感や悲しみを思いとても心が苦しくなりました。 -
「なんという本を読んでしまったんだろう」という、三浦綾子さんの著作に共通する読後の感覚。しばらく呆然としてしまうような、体の内部に重りが入ったようなズンとした感覚。小説というものの力をまざまざと見せつけられるようで、素晴らしかった。
50年以上も前に出版された話とは思えないほど、今を生きる人にも響く話だと思う。(文中に出てくる言葉で、現代ではあまり聞かず知らないものがたまにあり、そこは調べながら読んだ。)
生きるとは何か、愛とは、罪とは、犠牲とは、、、著者のキリスト教の考え方に深く根をはりながらも、信仰関係なく敬服してしまうような展開と人物描写だった。
「氷点」シリーズを読んでいたのでなんとなく予想はしていたけど、終わりにかけてようやく信夫とふじ子が幸せになるのかな、と思った矢先の不幸には泣いた。
信者が皆、穏やかで光り輝くような表情で書かれていたのが印象的。
あとがきを呼んで、主人公の元となり塩狩峠で殉職した人物が本当にいるのには驚き。明治42年の出来事だそう。
何かのエッセイで出てきてメモしていた本だったので、教えてくれたその方に感謝したい(どなたか分からなくなってしまったけど)。 -
ブクログの紹介作品だったので読みました
主人公が鉄道事故で死ぬまでのお話
主人公の子供からのお話で長く感じましたが
最後はなにかあっけなさすぎました
彼の人生にキリスト教が大いに影響をあたえたことは
わかりました
身近にキリスト教が多かったのもあるかもしれませんが
主人公の人としてそれはでも自然な流れだったのかもしれない -
高校一年の頃、45年ほど前に読みました。徹夜をして読んだ記憶があります。古本屋で文庫本を見つけて懐かしくて読みました。結末だけは記憶にあったのですが、興味深く読めました。読みやすい文体、ストーリー。一気読みしたのもわかりました。信仰から出た青年の犠牲的な行動とも読めるのですが、私は正義感の強い誠実な青年の行動だと感じました。感動的なストーリーです。
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初の三浦先生作品。主人公の成長を通して、他者への愛と自分の信念について考えさせられる。ラストは泣ける。
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塩狩峠で起きた鉄道事故を身を犠牲にして大事故を防いだ、キリスト教徒をモデルとした創作小説。
主人公信雄は、母は死んだという嘘を信じ、祖母に育てられたられた。偶然、母は生きていて妹までいる事を知る。それを知った祖母は、卒倒して亡くなった。その後、家族として父母妹と生活が始まる。
幼少期から、北海道へ行くまでの、信雄の心理描写は、引き込まれる。ここまでは、自分を律する者は自分の意思と理性である、と考える。
その後、キリスト教を深く信仰していくのだが、流れが、少し駆け足的。だが、ラストの事故を防ぐシーンは、迷いのない精神と行動に感銘する。
多くの人が感動する名作ですが、信雄の母と妹さんがどうしても好きになれないんですよ。姑に信仰を疎まれ家を出されたのですが、夫は別宅に通ってくれるし、息子を置いてきているのに、次の子供を作る。姑はすぐ亡くなったので一日の介護は無し。亡くなった後は、家に戻り平然と、私が母ですという。息子は姑と寂しく暮らしているのに、自分は娘と毎週教会に通い、父親との家庭を与えていた。妹は、遠慮もなく家に入り態度も大きい。父親が亡くなった後は、信雄が進学をやめて二人を養う。母親は信仰について時折触れてはいるのですが、あまりに平和な二人がちょっと受け入れ難い。って、私が信仰について無知だからかなぁ