きらきらひかる (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.77
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感想 : 2402
  • Amazon.co.jp ・本 (213ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101339115

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  • 『生涯未婚率』という統計がある。5年に一度の国勢調査により導き出される『50歳の時点で一度も結婚歴がない人の割合』を示す数字。今から30年前、1990年の調査以降この割合が急増しているという。1990年に男性5.6%、女性4.3%に過ぎなかったこの数字が直近ではそれぞれ4倍と3倍に跳ね上がっているという事実。結婚をしなくなっていく日本人たち。その一方で結婚に違う意味・意義を見出していく人たちもいる。この本が書かれたのはそんなこの国の価値観が大きく変わる分岐点となった1991年のことでした。

    『私たちは10日前に結婚した。しかし、私たちの結婚について説明するのは、おそろしくやっかいである』、イタリア語の翻訳をしているという笑子、内科医の睦月、お見合いで結婚したという二人。結婚しないという価値観が生まれ出す時代に、『普通』に結婚した二人。説明が難しいのは、『グラスにウイスキーをたらたらと注ぎたした。この、とろっと深い金色をみると、私はうっとりしてしまう』というアルコールに異常な興味を持つ妻に対して、『睦月は女性を抱くのが好きじゃない。だから、キスもしてくれない。つまり、そういうことなのだ』という夫。そう、これは『アル中の妻にホモの夫。まったく、脛に傷持つ者同士』の結婚だということ。そして、さらに話をややこしくするのが『夫には当然「男」の恋人がいる』という点。『僕たちは、恋人を持つ自由のある夫婦なのだ。結婚するときに、きちんとそう決めた』と、二人の中では全てを割り切った上での結婚ということになりますが、30年経った現代でも、なかなかにスルッと理解出来る人も少ないと思える複雑な 夫婦+1 の関係が描かれていきます。

    笑子視点と、睦月視点が章によって交互にテンポよく切り替わっていくこの作品。『たまには紺くんと会った方がよくない?。きっと淋しがってるわ』と語る笑子。流石の睦月も『変な感じだ。妻が、夫の恋人の心配をしているのだ』と妻が自身の恋人・紺の気持ちを慮ることに若干の違和感を感じてしまいます。また一方で睦月も『彼女をおいつめているのは僕なのだ、と思った。 ひどくせつなかった』と自身の立場を責めます。絶妙な視点の切り替わりによって、それぞれの場面で、お互いが相手のことをとても思いやっているのがよく伝わってきました。

    そんな彼らの周囲も彼らの関係に気を揉みます。笑子の精神状態が落ち着かないのを心配した友人の瑞穂は『子供つくればおちつくって。私も主人の出張が淋しかったけど、佑太が生まれてから全然平気だもん』。そんな言葉に逆に『何のために結婚したのだろうか。子供うむためじゃない』と逆に思い詰める笑子。一方の睦月も実母から『あなたが笑子さんから女の幸福をとりあげてるんだと思うと、お母さん辛いのよ』と子どもを作るよう迫られます。

    生涯未婚率が上昇する一方で、笑子と睦月は『普通』に結婚をしています。『普通』だけど説明が難しいとても複雑な関係。でも、それは周囲の人たちから見ればという視点であって、笑子と睦月、そして睦月の恋人である紺の三人にとっては、なんだか妙に安定したとても良い関係性が続いている現実があります。

    江國さんは、この作品を『シンプルな恋愛小説です』と一言で説明します。何をもって『シンプル』なのか、何をもって『普通』と捉えるのか、この作品が世に出て30年が経過して、世の価値観も大きく変化しました。生涯未婚率が急上昇しているのも、『結婚』とは何なのかと、昔の人たちのようには、大人になったら結婚するものと単純には考えない人が増えたからでもあるのだと思います。そして、結婚してもこの作品で描かれるように、その形は決して同じではない、他人から見ると、理解できない形の中に、本人たちは意義を見出している、意味を感じている、そういう考え方もあるのかもしれない、みんなで色んな形を自然に認めあっていく時代になっているのかもしれない、そう感じました。

    考え方としては自分の中でも整理がついた気はします。でも、どこか心の中の引っ掛かりは消えない、少なくとも今の私はそう感じてしまいます。幸せを感じるってどういうことだろう、幸せの形ってどういうものだろう、幸せって誰のためにあるのだろう、色んなことが頭に思い浮かびます。

    希望を持って「きらきらひかる」、希望があるから 「きらきらひかる」、そして明日へ、希望ある未来へ、色んな思いに満たされた、そんな作品でした。

  • テンポが良くてこれは楽しい読書になるかと思っていたら、睦月、笑子の抱えているものが重いことに気づく。
    (同性愛者である)睦月は笑子に優しすぎていたいたしいほど。直球でぶつかる笑子は繊細、言動が個性的すぎて、アル中であり情緒不安定。笑子の関心の偏りは、今でいう(発達障害)にも見えてくる。二人のあいだに一般的でいう夫婦関係は無い。だが二人は心の深い絆で結ばれている。

    ひとりならいい(どれだけ個性が強かろうと)、ふたりだとぶつかることもあり、三人になると(紺が加わって)またややこしくなる。(紺は睦月の恋人。)
    親も加わると、子供は?という問題をつつかれ、世間からは異質扱いされる。
    これは30年(?)も前の作品、時代を経て価値観も変わってはきた。諸問題に受け入れ体制は出来つつはあるが、根本的なところでは、一般的なという概念で通すのがベストな風潮は変わってないと思った。
    両方の親が親族会議をする。睦月のことを「おとこおんな」と表現する義父。(今も私の親世代はそう表現するだろう。)根本的に結婚する資格がない人種、などと言い放つ。また片方の親は笑子の精神病を咎め、小競り合いの展開のない会議となった。
    結局二人に紺が加わって、この先どうなるんだろう(?)
    睦月、笑子、そして紺の純粋さが、きらきら輝いていた。シーツにアイロンをかける笑子が健気だ。
    夫に恋人がいることも認める。睦月が求める愛が自分以外にあるのならば。笑子なんて優しいのだろう。
    思う反面、理解し難いところもあり。私の年代的に、親の立場でものをみてしまうので、自分の身内がという目でみると複雑だ。読んだ後ざわざわとした。

  • アル中の妻 笑子と同性愛者の夫 睦月、そしてその恋人の生活を描いた話。

    この不思議な関係は絶妙な心のバランスで成り立っているなと思う。今は良くても、笑子の未来は暗いとしか思えなくて、何回もこの生活やめたほうがいいよって言いたくなった。

    特に大きな事件は起こらないのに、感情が揺さぶられる不思議な話でした。

  • 積みっ放しだったけどもっと早くに読めばよかったかも。「人はみんな天涯孤独だ」という、あとがきも良くて…一回読んだだけじゃよくわからない事があったりしたので、たぶん何回か読み返すかもしれない。笑子と紺に惹かれた。ただ登場人物が20代ということに驚いた。雰囲気からするとなんとなく30だとか40代あたりかと…思った。

    出版された頃の世間一般的な精神年齢と実年齢と今とかどんどんかけ離れていくような…宇宙ぽさを感じたり…。

  • 凄く素敵だった、夢を見てるみたい。
    紺くんも睦月も笑子もどうしようもなくて愛しい。3人にしかわからない幸せ。
    金魚をお風呂で泳がせること、木に紅茶をあげること、絵画のおじいちゃんに歌を歌うこと。
    淡々と受け入れる睦月が好き。ちぐはぐなのにまっすぐな笑子が好き。飄々としてるのに繊細な紺くんが好き。

  • きらきらひかるを久しぶりに手に取った。
    中学生の頃、学校の図書館ではなく市の図書館で初めて借りた本は江國香織さんの本だった。
    今まで児童図書ばかり読んでいた私にとって、文章が詩的で、SEXやお酒などの大人の文化が美しく描かれ、教訓とか感動とかを押し売りしていない水の様に清らかな物語は衝撃だった。
    自分が日常で感じた思いを物語として表現するという小説の形があるのだと初めて知った。
    それから多分、その頃出ていた江國さんの本は全て読んだ。ただ、きらきらひかるは私にとって特に難解なもので、いまいち理解出来ていなかった記憶がある。

    同性愛者で医者の優しい睦月とその妻である少し精神異常でアル中の笑子、そして睦月の恋人の若くて天真爛漫で自由な青年紺くん。
    そんな3人の恋愛模様が描かれている。

    初めて読んでから10年以上経って、この物語の良さや深みがようやくわかってきたような気がする。

    とはいえ、やっぱり私は笑子と睦月と紺くんの三人の関係をどうしたって受け入れられないのだなぁと思った。
    ただ、初めて読んだ中学生の頃と違い三人の気持ちを理解は出来るようになった。
    睦月は二人のことをとても愛し、笑子と結婚しながらも紺くんという昔からの恋人を大切にした。(結果的に、笑子と紺くんも同様に自分以外の二人を愛すことになるのだけど。)

    睦月がとてもとても自分を愛しているのを笑子自身も感じ取り、肉体的な愛情の結びつきがなくても、笑子は睦月を愛し睦月が夜勤明けに買ってくるドーナッツを嬉しそうに食べたし、このままの関係がずっと続くことを七夕の短冊に願った。
    睦月は誠実な男だから確かに二人を心から愛したけど、彼はそもそもそのことで二人を苦しめているとは感じなかったのだろうか。
    あの紺くんでさえ、病院で笑子が三人の子を人工授精でつくろうとしていた話を聞いた時、感情的になった。睦月は紺くんのこともずっとずっと苦しめていた。確かに睦月は誠実で、深く二人を愛したけれど誠実であるということは残酷だと感じた。
    私はやっぱり女だから、笑子の味方をしてしまう。笑子があんな風に三人の子をつくりたいと願う程、三人の絆を強固にしようとした姿は痛々しく感じた。「睦月の人生の中で、私はどうしたって紺くんにおいつけない」その言葉は、三人の絆を強くしたいと願った最大の理由なんじゃないだろうか。

    それでも三人はお互いを傷つけない代わりに、少しずつ自分を傷つけていたにも関わらず、最終的には三人の生活を今までより少しだけ親密に続けることを決めた。愛している人の愛しているものを愛す。愛している人の愛しているものは当たり前だけど、たいてい趣味がいいものだ。自分が愛した人だから価値観を理解することが出来る。または、あまりにも誰かを愛するとその人を取り巻く人間関係まで受け入れたくなるものなのかと知れない。

    そんな風に三人は三人とも見返りの愛情とか束縛とかを全てを捨てて愛を与えながら生きる道を選んだように思えた。
    ただ、それは今の感情によって成立するもので、とても壊れやすいものだと思う。三人が三人共、自分以外の二人のことを同じように愛し、愛されたいという欲望を捨てなければならない。ただでさえ、二人の男女が愛し合うことも難しいのに…。なんとなく私にはそんな風な関係に見えてしまった。もちろん。三人は三人ともこの関係を心から望んでいることはもちろん分かるのだけどね。

    そしてもう一つの私が心うたれた点は、銀のライオンたちの優しさだ。
    銀のライオンは笑子のいう「普通とは違う人」のこと。毛色が違い孤立した美しいライオンたちは、笑子、睦月、紺くん、柿井さん、樫部さんのこと。
    アル中で同性愛者で、医者の変人で突拍子もない思い突きを平気で行い、躁鬱気味。
    特に好きな場面は三人が睦月と笑子の家を訪れる場面。
    睦月が想像していたように上手くいかないことを誰もがなんとなく想像していたに違いない。しかし、実際は5人はよく食べよく飲みよく笑った。居心地のいい空間を作ったのは笑子だ。それは笑子が最初から自分を取り繕わなかったからだと思う。不自然な食卓と間のずれた会話。それでいてのびのびとした姿。そんな彼女を見て、普段は社会の中でなんとかうまく取り繕い生きていた銀のライオンたちはのびのびと息を吸うことが出来た。普通でなくていい、そのままの自分でいいという関係を笑子が自然に作り上げたと感じた。
    また彼等は他人と理解し合えないということを自分自身で痛いほどわかっているからこそ他人に強要や世間の価値観の押しつけをしていないように思った。
    やっぱり、すこしだけ歪んでいるからこそ、世界に優しくできるんだなぁと思った。


    初めて読んだ中学生の頃に、人を愛するという気持ちや世間の常識が荒波の様に迫ってくること、人の感情は変化していくこと。そういうこを理解する方が難しかったのだと思う。
    誰かを愛するということは至極美しく、至極悲しいことなのだと、それでもやはり不意に恋に落ちてしまうものなのだと。

    江國香織の本をもう一度、じっくり雨の日やお風呂の中で読んでみたいと思う。

  • 家族の形とは?

    情緒不安定な嫁
    男性しか愛せない夫

    簡単に言えば、そんな夫婦が成り立つ訳がない。
    けれど2人は出会った時から、その形で
    その形だからこそ結婚した。

    けど、2人はそれだからこそ愛し合っていて
    2人は硬い絆があるのだ。

    とても読みやすく、ドラマを見てるように
    あっという間に読んでしまった。

    最後は旦那の恋人と三人で食事する様子で終わり、何とも面白かった(笑)

    どんな形であれ、誰に分からなくてもお互いにしか分からない絆があればいいじゃないか。そう思わされた…『当たり前(常識)』の壁を越えた作品に勇気づけられた。

  • 知人におすすめされて。 

    いろんな好きがあっていい。
    いろんな夫婦の在り方がある。

  • 再読。
    大人びた文章で、奇抜な夫婦、昔読んだときは合わなかった記憶がある。

    再度読んでみると自分の夫婦関係と比べて共感できるところがあることに気づく。

    もともと他人が結婚して暮らすわけだから、誰にだって欠点があるわけだし、補い合って生きていくことには変わりない。
    この小説はそれがホモの男性とアルコール中毒の女性ってだけ。


  • 第一印象は、
    大人の小説だなって思った。

    大人だから、相手の気持ちを考えられるし、
    受け入れようと考えられるのだろう。

    自分の普通を、考え直す作業も
    必要なことなんだろうな。

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著者プロフィール

江國香織/東京生まれ。『こうばしい日々』(あかね書房)で産経児童出版文化賞、坪田譲治文学賞、『ぼくの小鳥ちゃん』(あかね書房)で路傍の石文学賞、『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』(ホーム社/集英社)で山本周五郎賞、『号泣する準備はできていた』(新潮社)で直木賞など、受賞作多数。また『オズの魔法使い』や『ゴールデン・バスケットホテル』(ともにBL出版)などの翻訳も数多く手がけている。

「2021年 『ひとりぼっちのもみの木』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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