- Amazon.co.jp ・本 (250ページ)
- / ISBN・EAN: 9784102045039
感想・レビュー・書評
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つらい、つらい、つらい。
どうしても異なる宗教への理解が不足しているので、アリサがなぜそのような行動をとるのか、本質では理解が出来ない。
もちろんそれを間違っていると非難することはないのだけれど、なんの飾り気もない感想としては、いやだ!というしかない。愛する人には、隣にいてほしいじゃないか。隣で微笑んでくれるだけでも幸せになるじゃないか。
愚直なまでにひとりの男を愛し抜いた、これもひとつの愛のかたちなんよねぇ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
従姉のアリサに盲目的に恋をする主人公ジェロームと、ジェロームを愛しながらも高い徳に到達するために自己犠牲を貫いたアリサの物語。
自分さえ手をのばせばすぐ手に入る幸福を、信仰のために捨て去る、という行為を真に理解することは私には難しいと思った。彼女がそこまで執着した「徳」とは一体何なんだろう。けれど、現実世界での幸福よりも理想を選んだ彼女の、苦悩を綴った個所はとても人間らしい気がした。 -
私は無宗教なのでヒロインのアリサの気持ちは理解できないのだけれど、宗教の違いだけで片付けられるような単純な物語(作者の意に倣い物語とする)ではなかった。想いあってるのに結ばれない。今の時代じゃ有り得ない手紙でのやり取りに胸が痛かった。タイトルの意味がわかると凄くハッとした。一度ではこの物語の深さを理解できないと思うので数年後にもう一度読みたい。次はアリサがジッドの妻の投影であることを踏まえて。2011/594
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現代にあてはめるならば、遠距離恋愛ってことでいいのかな…?手紙で語り合ってるときの方が互いに対する愛情が高まったり、実際に会うとちょっとぎこちなくなったり。
ただ、アリサに感情移入はできなかったなあ。好きならば好きな人と結ばれるべきだ、と思ってしまったり…。アリサがなぜそこまで自分の幸せを追い求められないのかな、と思ってしまった。
ジッドが思うキリスト教の精神とはそういう物だったのかな、それとも、自らが愛した従姉妹がそのように見えたのかな? -
彼女の可能性の門は宗教によって狭められるなって。もったいない
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信仰と愛と三角関係、ということで
連想した本は、
福永武彦「草の花」(というか全般)と
グレアム・グリーン「情事の終り」
というかテーマが似た上の作品を先に読んでしまっていたせいで(情事〜についてはうろ覚えですが)今回は印象がうすかったような。
(あと文通していたら突然死んじゃうあたりで武者小路実篤「愛と死」も思い出しました。これは関係ない。)
アリサの「存在」…とか…については考える余裕がなかったので、次よむときにはもうちょっと広く考えていけたらまた違うかな。 -
10代の頃なら、もっと感銘を受けていたと思うけど、同時に読んでなくって良かった。恋人へ偶像崇拝と天上へ愛に葛藤する話。
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プラトニックであり、美しい。確かに美しいが、人生経験の不足ゆえなのか少々理解に苦しんだ。
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純愛とはその言葉に反して決して純粋なものではない。それは純粋さという虎の威を借りたエゴイズムの裏返しであり、道徳心の裏でほくそ笑む権威への服従だ。だからこそ純愛は人間らしいのであって、それは決して否定できるものではない。ジェロームからのひたむきな求愛を受けるアリサはそれを決して承諾せず、自己犠牲的な姿勢を変えようとしない。その理由を母親の不倫やキリスト教的価値観に求めるのは簡単だが、幸福に対する恐怖心、それこそが本当にアリサを縛り付けていたものなのだろう。そしてその恐怖心には、とても共感できてしまうのだ。
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3冊あり