- Amazon.co.jp ・本 (356ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103534044
作品紹介・あらすじ
猫が消えたことは、始まりに過ぎなかった。謎の女はその奇妙な暗い部屋から、僕に向かって電話をかけつづける。「私の名前を見つけてちょうだい」。加納クレタは耐えがたい痛みに満ちた人生から、無痛の薄明をくぐり抜け、新しい名前を持った自己へと向かう。名前、名前、名前。名づけられようのないものが名前を求め、名前のあるものが空白の中にこぼれ落ちていく。そして僕が不思議な井戸の底で見いだしたものは…。
感想・レビュー・書評
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1994年5月20日 第三刷 再読
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感想は最後で。
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続けて第3部も読むけど、リアルタイムではここでいったん区切りがついていたはずなので、現時点で思ってることをまとめておきたいと思う。モヤモヤが多いですが、第3部まで読んだら解決するのでしょうか。
*女性の強烈な性欲とか性的快感とか、一連のセックスがらみのあれこれは何を象徴しているつもりなのだろうか。そんで、僕とのセックスを通してクレタが生まれ変わった感じになったり、メイをして「あなたが私のために一生懸命何かと闘ってくれているんじゃないか」と言わしめたり、僕がやたらと力を持たされているかのようなのはなんでか。お母さんが小さい子を「ほら、あなたならできるよ!!」と励ますみたいなことか?これは自分が以前はなんとなく「僕」の側に立って読んでいたのが、今回クミコやクレタの側に立って読まずにいられなかったせいかもしれないんだけど、とりわけクレタの娼婦としての人生があたかも「…でしたとさ」というような寓話的語り口で回想されることには不満だし、気持ち悪く感じた。クミコやクレタが体の中に抱えるどろっとした塊とか苦しさって、顔の表面にできたあざどころじゃないでしょう?
第1部で晩御飯ゴミ箱に捨てた時にも思ったけど、クミコの堕胎の件についてこの人肝心なところがまったくわかっていないように思えるんだが、そういう「男ってわかってないなあ」ってレベルの話ではないはずだし、2部のラストで何かを探し求めようと決意してるけど、根本的にこの人だいじょうぶか?いろいろよくわからない。(いっぽうで、この人の悪い意味でのナイーブさがいまだに自分にもあることは否定できない)(第3部ですっきりさせてほしい)
*綿谷ノボル(が代表するもの)に対する憎悪や怒りがかなり凄くて、「下品な島の猿の話」とかちょっとこっちが引くほど怒ってて面白かった。「やれやれ」と言いながらアイロンかけてるだけの人、っていう勝手なイメージだけが記憶に残ってたから余計に。その思い込みについては謝りたい。
*辛島デイヴィッドさんの本に書いてあった、ルービンさんが章ごと省いたという15章、新宿伊勢丹の近くの路上で若いあんちゃんに突き飛ばされるところとか、僕の脆弱さ口ほどにもなさが端的にわかって、いい場面だと思ったけどな。でもたしかに続いてたテンションがふっと緩む章ではある。さらにルービンさんは第2部の最後の章もまるっと省いて、第3部の最初の方もいろいろ変えているらしく、興味深い。
*体の中からぬるっと何かが出てくる描写とか、上に書いた不満とはべつに、映像的にやっぱりすごいし楽しめてしまうんだよね。
*札幌で会った奇術師?を東京で追いかける場面は、オースターとかミルハウザーの幻影師のやつとか柴田元幸さんが訳しそうな世界で、スリルがあってよかった。
*細かいことだけど、最後の章で、クリーニング屋さんについて「この小さな世界では、何ひとつ変化というものはないのだ(P337)」「前衛もなく、後衛もない。進歩もなく、後退もない」とかって続くけど、クリーニング屋さんってお客さんの汚れた服預かって、汗だくになってアイロンかけて、そんな無味無臭のリズムのいい文章でさらっと表現できる仕事ではないと思うんだが、これはそこわかったうえで僕の(悪い意味での)ナイーブさをあらわすために書かれてるのか。まずはクリーニング屋でバイトするべきではないか(って、実は自分も昔人にそう勧められたことあるんだけど)
*ノモンハンのパートが生煮えだから、そこは第3部に期待したい。 -
2冊目の読書ノート 1993/9/5~2005/4/30に記載
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[鹿大図書館学生選書ツアーコメント]
私が村上春樹さんに出会ったきっかけは大学図書館で借りたことであります。世界の村上春樹、と言われるほど世界的に人気な著者の本を読むことは日本人として誇るべきことだと考えます。多くの国で愛される村上春樹さんの本を大学図書館に置いて欲しいと思い、選書しました。
[鹿大図書館・冊子体所蔵はコチラ]
https://catalog.lib.kagoshima-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BN10565907 -
自分も井戸に入って、考え事してみたい。
メイとの会話、面白かった。
奥さんとの関係はどうなるのか? -
淡々と読めるが、他作品と感じが同じ気がした。
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満州やロシアの複雑な話のところは読むのがちょっと面倒になった。
だんだん混乱してきた。
私だったらクレタ島行きたいな。逃げたい。 -
理不尽さや、性、暴力に井戸の底に張り付くほど転落させられた男の、これは恢復譚なのだろうとテーマがぼんやり見えてきた。主人公のあまりにも属性や性格のとらえどころがないことに一巻目までは戸惑っていたが、性や暴力のダメージの強さを際立たせるために、このスカスカの人物設定にせざるを得なかったように思う。何か所も回りくどく、同じような思考や幻想妄想明晰夢が頻出するため読みづらいところを含めて楽しい。さて、どうにでも持っていけるお膳立ては整っての最終巻へ!
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2巻メモ。
妻の失踪。加納クレタ、気になってるのか?
綿谷ノボル、やっぱりこんな奴。
井戸の底。
妻クミコとの出会い。水族館のクラゲ。妊娠、堕胎。
帰還。妻の手紙。隣に寝ていた加納クレタの話。クレタ島。
叔父の言葉。若い男。間宮中尉への手紙と返信。
宮脇さんの家の解体。笠原メイ。
プールの中で。
話の展開が凄くてどんどん読み進めた。あと1冊で解決するのか。 -
再読。
電話の主は最初からわかっていた。
再読だけどその点はすっぽり忘れてた。
でもわかった。 -
最終巻にまとめています。
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第1部は読み進めるのに時間がかかったけど、第2部は比較的すぐに読み終わった。けど意味はよく分からない。第3部はどうやって終わるのかが気になる。
http://www.lib.miyakyo-u.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=188797 -
おもしろいじゃないか!ちょ〜おもしろいじゃんよ〜!
万華鏡を覗く様に、変化していく世界に目が離せなくなる。
私は村上春樹を『ノルウェーの森』で嫌いになり、『海辺のカフカ』で大好きになり、『ねじまき鳥クロニクル』で夢中になっている。
好き嫌いの激しい私をとりこにするなんて。
あっぱれ! -
突き落とされた感じ。
重い。思い。想い。…
ちょっと頭の整理が必要かな?
彼同様に…
もわもわしたまま第3章へ -
ねじまき鳥は村上作品の中でおそらく一番わくわくさせられた本
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出て行った妻を取り戻そうとする話。
ありきたりな設定にも関わらず、想像もつかない展開。
ノモンハンでのエピソード、ディテールの細かさには村上春樹の知識の広さを感じる。
村上春樹の作品は一貫して、自分を取り戻すっていうイメージ。
編集するこのレビューを掲載する -
作者のまだ初期の頃に書かれた作品だから、「海辺のカフカ」や「1Q84」につながる手の内を見せていて、春樹作品はこの本から読み始めれば良かったと思う。
肉体をかりそめの殻として、名前そのものにさしたる意味を与えていなかったり、闇というのが複雑な問題を含んでいる事など、次への作品へと引き継がれている。
僕がどの世界のネジを巻くのか?妻のクミコは同じ世界に戻れるのか? まだまだ先が楽しみ。
だから春樹小説がぐっと面白くなった。
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第一部に比べると…
文庫本で読んだのも影響してるかも(=゚ω゚)ノ
第三部はハードカバーを確保してるので楽しみ♪( ´θ`)ノ
井戸の底で過す時間ってどんな感じやろうか。
そこまではないけど、たまには一人で外界から隔絶されたとこで向き合う時間って必要かも。
足したり加えたりではなく、引いたり除いたりして、自分の中に既に備わっているものに気付く時間、
( ´Д`)y━・~~ -
本田亨の妻クミコは家出をした。失意の亨は近所の廃屋となった庭に残された井戸の底に潜って思索する。叔父の言葉に従い、11日間人々の顔だけを眺めて過ごし、一人の男を追跡してアパートへ。バットで襲われるが反撃する。加納クレタにクレタ島で一緒に暮らさないかと誘われ、その気になるが、結局は行かない。空き家の井戸の底に身を横たえ思索しているうち、いつか電話をかけてきた謎の女はクミコだと気付く。
相変わらずつかみ所のない小説だが、ポイントポイントでは引き込まれる。何か雰囲気が変わった描写を「大きな船がかじを切ったように」などとするのは、才能なのかなやっぱり。長い物語だが、次編でいよいよ決着が付くのか? -
村上さんの長編というと、たいがい奥さんに逃げられる話ですが。
今回も逃げられています。
自分よりずっと若い女の子も、コンパス役で出てくる。
でも、この物語では第二部に入って、流れが変わってきます。
逃げられっぱなしではないらしい!
第三部ではどうなるんだろう? -
物語の中の「超自然的」に見える物ごとを、分析するのではなく、文章から浮かんだ映像を体感しながら読んでいくと、自分自身も実体を無くしてシュールな空間に漂うような浮遊感を覚えます。失踪した妻、顔にできたアザ‥不可思議なことが連続しますが、SFでも推理小説でもなく、どのカテゴリにも属さない物語。春樹氏自身、アメリカにいた4年間に没頭して書いた作品であり、作品中の「壁抜け」を実際に体験したといいます。
私が今まで当たり前のようにしてきた読書をするという作業を、もう一度別の角度から見直した作品。
初版時に読了。再読。 -
『人生というものは、その渦中にある人々が考えられているよりはずっと限定されたものなのです。人生という行為の中に光が射し込んでくるのは、限られたほんの短い期間のことなのです。あるいはそれは十数秒のことかもしれません。それが過ぎ去ってしまえば、そしてもしそこに示された掲示を摑み取ることに失敗してしまったなら、そこには二度目の機会というものは存在しないのです。そして人はその後の人生を救いのない深い孤独と悔悟の世界になって、人はもう何ものをも待ち受けることはできません。彼が手にしているものは、あるべきであったものの儚い残骸に過ぎないのです。』
この文章に心打たれました。
寂しいけれど、どうしようもないこともあります。
過ぎ去ってしまったチャンスはもう取り戻せないのです。 -
2007.07. 読めば読むほど、出口の見えない薄暗い森の中(もしかしたら井戸なのかもしれない)に入りこんでいくみたいで、ぼやぼやした不安定な心地になった。つかめない、よくわからないけれど悲しみをたたえた小さな・大きな出来事の積み重ねは、すぐにでも崩れ落ちてしまいそう。すごく珍しいんだけど、読んでいると眠くないのにどんどんまぶたが重くなって、2,3章読むたびにふっと居眠りしてしまった。どうなるのか、全くどうにも、わからない。けれど、最終巻も読まなくちゃ。
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"913-M
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アストゥリアス皇太子賞文学部門 村上春樹受賞
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