柔かい月 (河出文庫 カ 2-2)

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (229ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309462325

感想・レビュー・書評

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  • 20世紀イタリアの小説家イタロ・カルヴィーノ(1923-1985)による短篇集で『レ・コスミコミケ』の続編、1967年。前作のようなナンセンスで知的な可笑しみのある物語といった趣ではなく、前作以上に科学的な概念や論理的な分析を駆使した実験的な作品。

    文学とは、言語表現の限界を超え出ようとすること。言語表現の限界を超え出ようとすることで、意識と世界の限界も更新されて、以てそこに別様の可能性を現出させること。それが何であるかもわからないまま。実際にどんな様態であるかだとか、どんな意味があるかだとか、どんな効用があるかだとか、そういったことを先回りして取り沙汰することなく。ただそれが現実と別様であるというだけで。

    「文学の闘争は、まさにことばの境界の外に出るための努力だ。文学が身を乗り出すのは表現できるものの極限からであり、文学を動かすのは語彙に外にあるものの呼び声だ。」(p227文庫版解説、「サイバネティクスと幻影」と題された講演記録からの引用)

    「ちがいはないんだ! 怪物も怪物でないものもずっとたがいに隣りあっていたのだ! いままで存在しなかったものはずっと絶えず……」(p40「鳥の起源」)



    「ミトシス(間接核分裂)」
    自己への意識、自己の外部への欲求、他者の発見、自己が世界の複数性の一部であるという自覚、恋の衝動などを、細胞分裂の過程に準えて語られる。ヘーゲル『精神現象学』における意識の展開過程の記述のよう。

    「ある位置である瞬間に私が占有しており、そして他の瞬間に他の位置において、一連の他の瞬間と位置とにおいて、私が占有するであろう空なるものとして私に映っていた外部が存在していた、要するにそれは私がまだそこに存在はしていないが私の存在が潜在的に投影されたものであり、したがってその空なるものは世界であり未来なのであったが、私はまだそれを認識していなかったということである、〔略〕、しかし、私は私の外には私ならざるこの空なるものが存在し、それがもしかすると私になるかもしれないという満足感は抱いていた、〔略〕、とにかくそれは私になりうるかも知れぬ空なるものであるがその瞬間にはまだ私でなく、そして結局は決して私になることはないであろうものなのであった、それはまだなにかではないがとにかく私ではない何か他のもの、と言おうかその瞬間その位置における私ではないもの、したがって他のものの発見であった、そしてその発見は心楽しい、いや、心を引き裂くような興奮を、めまいのするような苦しみを、すべてが可能な、すべての他の位置、他の時、他の方法が可能な空に対する、私にとってすべてであったあのすべてを補充する空に対するめくるめきを、私にもたらしたのである、そしてこの沈黙し空なる他の位置、他の時、他のふうなるものに対する愛が私を満たしたのである。」(p88-89)

    「ティ・ゼロ」「追跡」「夜の運転手」
    時空間のある一点における状況を、論理的分析によって過剰に細分化していくことで、別スケールの世界を現出させる。ニコルソン・ベイカー『中二階』(1988年)の先駆けのよう。

  •  途中で挫折したくせに、不意にカルヴィーノ独特の語り口や世界観が恋しくなって手に取った。
     苦戦した前回と違って、今度はすんなりと心地良く読めた。そして、いい本だとも思えた。どうしてだろう。

     いくつもの短編から成るこの本はどんな話なのかを伝えるのが難しい。
     第一部、第二部、第三部、と分けられ、すべてQfwfq氏が物語を語る構成ではあるがそれぞれテーマは異なる。
     
     第三部の「ティ・ゼロ」「追跡」「夜の運転者」は空間と時間と存在について書かれていて、私もよく考えることだったのでとても読みやすかった。
     たぶん一般的にも第三部が最も分かりやすいんじゃないかと思う。最初は第一部と第二部に苦戦したのだが、二回目ともなるとずぶりとカルヴィーノの世界に入ってしまえばいいのだということが分かっているから、何も考えずにその不思議な世界を楽しむことができた。こういう気分にさせてくれる本はなかなかない。カルヴィーノが「小説の魔術師」と呼ばれるのがわかる。カルヴィーノの世界の捉え方というのは、好きな人にはたまらないと思う。

  • 変幻自在な語り部Qfwfq氏。あるときは地球の起源の目撃者となり、あるときは生物の進化過程の生殖細胞となって、宇宙史と生命史の途方もなく奇想天外な物語を繰り広げる。現代イタリア文学界を代表する作家が、伝統的な小説技法を打ち破り、自由奔放に想像の翼をはばたかせて描いた連作短編集。幻想と科学的認識とが、高密度で結晶した傑作。

  • 2008年10月16日~21日。
    「見えない都市」よりもずっととっつきやすかった。
     それでも途中、辛い箇所もあった。
    「柔らかい月」と「追跡」はスバ抜けて面白かった。

  • 変幻自在な語り部Qfwfq氏。あるときは地球の起源の目撃者となり、あるときは生物の進化過程の生殖細胞となって、宇宙史と生命史の途方もなく奇想天外な物語を繰り広げる。現代イタリア文学界を代表する作家が、伝統的な小説技法を打ち破り、自由奔放に想像の翼をはばたかせて描いた連作短編集。幻想と科学的認識とが、高密度で結晶した傑作。

  • Qfwfq氏が主人公のSF連作短編集。「レ・コスミコミケ」の続編。

    ※収録
    <第一部>
    Qfwfq氏の話/柔らかい月/鳥の起源/結晶/血・海
    <第二部>プリシッラ
    ミトシス(間接核分裂)/メイオシス(減数分裂)/死
    <第三部>
    ティ・セロ/追跡/夜の運転者/モンテ・クリスト伯爵

  • 第一部は『柔らかい月』『結晶』が好きです。多分、そのあたりの方面の勉強をしていたからでしょうか。知らなくても美しさだけは解る。『鳥の起源』は手塚漫画で再生された。これは記述法による部分が大きいだろう。
    第二部はイメージの奔流に飲まれて読んだ。この手の知識が無いのも要因だけれど。まるで「君」と「僕」のような語り口でとんでもなく変な事を描いているなと。第一部よりその深化は進む。最近の国内だと舞城王太郎か円城塔を想起するのは僕の読書量がすくない所為か。
    第三部ティ・ゼロ『ティ・ゼロ』が愉しくて仕方ない。なんとなく実家に帰ってきた感じでほっとする。ぐっと読みやすくなった。つまるところ知識のバックグラウンドの所為だ。再度書くことになったが、ここまででも心から愉しめたのは『柔かい月』『結晶』なので、基本的にバックグラウンドを共有できるとより愉しめるのだと思う。『追跡』『夜の運転者』などは描写の偏執的加減が「中二階」を彷彿とさせ、また『南部高速道路』を思い出したりする。そこに科学的な視点(ただし、科学的に考察しているのではなく、科学的なものからの視点という試みであるが)が顕著なので読書感はまたちがったものである。基本、詩を読むような軽さがあるのでそれがこの書の美点だと思う。

  • 妄想している人の頭の中をそのまま覗き見てしまったような、なんとも不思議な短編集。表題作、かなり夢中で読みました!しかし、さらに深〜い妄想が続くので、読み終わるにはかなりの忍耐力が必要です(苦笑)

  • 『レ・コスミコミケ』の続編とも言われるカルヴィーノ 1967年の作品。コスミコミケでは宇宙創成から地球造成、生物誕生を客観した Qfwfq 氏が引き続き地球の歴史を語る第一部、DNA とその分裂、有性生殖を語る第二部、そして想像が時空を越えていく第三部からなる。「小説」の対象が宇宙物理学から分子生物学へ、そして再び超紐理論を思わせる宇宙物理へと飛躍する様は圧巻を通り越して茫然の一言。しかし、訳の問題か、コスミコミケの魅力の一つであった Qfwfq 氏のユニークな語り口調は失なわれている。

  • きっと、このような文学/小説のかたちをとる必要がない。不毛で、「見えない都市」を書いた作家には思えない。初期の模索の熱量だけが唯一の救い。

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著者プロフィール

イタロ・カルヴィーノ(Italo Calvino)
1923 — 85年。イタリアの作家。
第二次世界大戦末期のレジスタンス体験を経て、
『くもの巣の小道』でパヴェーゼに認められる。
『まっぷたつの子爵』『木のぼり男爵』『不在の騎士』『レ・コスミコミケ』
『見えない都市』『冬の夜ひとりの旅人が』などの小説の他、文学・社会
評論『水に流して』『カルヴィーノの文学講義』などがある。

「2021年 『スモッグの雲』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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