近頃珍しくもない、食べ物アンソロジーに過ぎないといえば過ぎないが、『ひんやりと、甘味』、じめじめじわじわじりじりと暑くなる今の季節、甘いもの好きの私にはぴったりの本だった。
本自体は二〇一五年出版。著者の中のいちばん若い人は朝吹真理子(一九八四年生まれ)、いちばん古い人は久保田万太郎(一八八九年生まれ)、という振れ幅の中での短文集で、「幼い頃、まだ日本が貧しかった時代に食べた、なんてことないアレが美味しかった」という系統の昔話が多かったような印象が残るが、海外ネタを入れてくる人もあれば、当世風で軽やかに決める人もいて、彩り豊かで楽しかった。全体の構成も、名前順とか年代順とかではなく、順々に読んでいったときの読み心地へのこだわりが感じられる。
思ったのは、俳句で言う「類想」というのか、内容だけ要約したらだいたい似たりよったりなことを語っている話が少なくないのだ。それなのに、作家(に限らず文筆家)というのは何でもないことを面白く、その人らしく書くから本当にすごいよなあ、ということ。
以下、全部は無理だけどお気に入りをいくつか、自分のための備忘メモ。
・江國香織『スイカシェイクとひろみちゃん』
昔いくつか恋愛小説を読んだきりだけど、なんだか懐かしい。
・池部良『みつまめ』
父と母とみつまめやにふりまわされる、少年時代の夏の日の思い出、落語みたいでおもしろい。
・向田邦子『水羊羹』
「水羊羹を四つ食った、なんて威張るのは馬鹿です。」
「水羊羹と羊羹の区別のつかない男の子には、水羊羹を食べさせてはいけません。」
・久世光彦『ところてん』
ところてんを「食べたことがない」という話でこの場に参戦したところが面白い(って久世光彦は参戦したつもりはないだろうが)。すぐ「女を知らない」みたいな話に喩えたがるところは好きではないが、でもそこも文章術だなあと思う。
・内館牧子『アイスキャンデー』
体が弱くて食べさせてもらえなかった系の話はたくさんあったが、やるせなさがとても伝わってきた。
・川上弘美『八月某日 晴』
このアンソロジーの大トリなのだが、短さ、なんでもなさ、八月の夜、すごくいい。川上弘美さんもいいけど、これで締めた編者のセンスがいい。
奥付によると編者は、杉田淳子、武藤正人(go passion)。
- 感想投稿日 : 2023年7月6日
- 読了日 : 2023年7月6日
- 本棚登録日 : 2023年7月5日
みんなの感想をみる