- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784004313250
感想・レビュー・書評
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考古学と文献史学から見た古代国家概観。
邪馬台国の成立前に日本国内に騒乱があったことを考古学の観点からも述べている点に感心した。 -
邪馬台国については畿内説をとっており、その前提での話の展開になるが、各地の古墳形式の年代や出土品などをもとに考証し、憶測が突っ走ってないので、信頼を置いて読める本だと感じた。
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この時代の話を最近、見ていなかったので、国家の成立過程について大変、勉強になった。
考古学の魅力を味わわせてくれる。 -
(欲しい!/新書)
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古墳時代を中心とする考古学による古代国家形成論の概説。叙述が平明で過不足なく、研究史・学説史への目配りもあり、現状では古代国家・王権論の最適な入門書だろう。
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弥生時代から律令制度が整うまでを考古学の立場からまとめたもの。
政権の中心の変遷が、朝鮮半島の鉄資源をめぐる大陸との友好関係と情勢変化の結果であり、それが古墳の全国的な変動にも見られるとの説明がおもしろい。根拠を示しながらていねいに説明されており、この時代の社会の大まかな動きが見えてくる。
・環濠集落は、古代国家ができる前の集団間の争いが激しい時期に誕生することが、世界各地で共通している。
・鉄は1世紀代まで北部九州で最も普及していた。楽浪郡を支配していた後漢王朝が「ツクシ政権」を庇護していたため。2世紀末に後漢王朝が弱体化したため、畿内が鉄を運ぶルートを掌握して力を増した(山尾幸久)。
・4世紀半ばから5世紀初頭、中国が五胡十六国時代に入って弱体化したため奈良盆地の勢力が衰退し、朝鮮半島の百済や伽耶との友好に積極的な河内の新興勢力が優位に立った。船の埴輪は外海輸送の大型船が活躍した時代を物語る。大阪の法円坂遺跡:5世紀後半の巨大倉庫
・朝鮮半島南西部にある前方後円墳は6世紀前半の倭人の墓。百済政権との深い関係を物語る。
・各地の有力氏族の権力を誇示する手段だった古墳は、6世紀に中央政権が地方行政組織の長である国造を任命するようになって意味を失い、急速に減少した。
・6世紀末の大王クラスの首長墓は、前方後円墳に代わって方墳が採用された(用明陵古墳、推古陵古墳、石舞台古墳)。北魏の制度のまねと考えられ、仏寺の建立を伴う。 -
日本列島で「国家」はいつ成立したのか。それを解き明かす一つの鍵が考古学の成果にある。集落の構造、住居間の格差、富を蓄えた倉庫の様子など、社会構造の変遷を追っていったとき、邪馬台国は国家なのか、倭の五王の頃はどうか、あるいは7世紀以降の律令体制を待つのか……。諸外国の集落との比較も交え、わかりやすく語る
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この本超面白い