- Amazon.co.jp ・本 (348ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087520095
作品紹介・あらすじ
「私」は、鎌倉の海で出会った「先生」の不思議な人柄に強く惹かれ、関心を持つ。「先生」が、恋人を得るため親友を裏切り、自殺に追い込んだ過去は、その遺書によって明らかにされてゆく。近代知識人の苦悩を、透徹した文章で描いた著者の代表作。
感想・レビュー・書評
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これが「岩波文庫読者が選ぶ100冊」の一位に選ばれたのは、納得です。見事なエンタメ推理小説でした。最初に「謎」が提示されて、「伏線」が張り巡らされて、「事件」が起きる。そして「真の原因」は「何処か」に隠されている。
私はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執っても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない。(6p)
冒頭である。「先生」と呼ばれる過去形の人物は一体何者なのか。この書き方自体に何かの「事件」の匂いがぷんぷんする。
38pには意外な展開が書き込まれていた。まさかこれが青年の先生への同性愛の恋物語だとは知らなかった。しかも、青年はそのことに気がついていないが、先生はきちんと気がついていながら「私は男としてどうしてもあなたに満足を与えられない人間なのです。それから、ある特別の事情があって、なおさらあなたに満足を与えられないでいるのです。私は実際お気の毒に思っています。あなたが私からよそへ動いて行くのは仕方がない。私はむしろそれを希望しているのです。しかし……」と断る。 こんな生々しい会話もしているわけです。しかも、ここで「ある特別の事情」と伏線が張られる。
「あなたは本当に真面目なんですか」と先生が念を押した。「私は過去の因果で、人を疑りつけている。だから実はあなたも疑っている。しかしどうもあなただけは疑りたくない。あなたは疑るにはあまりに単純すぎるようだ。私は死ぬ前にたった一人で好いから、他を信用して死にたいと思っている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。あなたははらの底から真面目ですか」「もし私の命が真面目なものなら、私の今いった事も真面目です」私の声は頸えた。(87p)
この頃になると、死亡フラグ立ちっぱなし。
事件の真相らしきものは、第三部の「先生と遺書」によって展開されるのではあるが、実はテーマとしては第一部の「先生と私」で出尽くしていると言って良い。名探偵ならば第一部で「解決したよ、小林くん」と云うべきところだろう。
「私は嫌われてるとは思いません。嫌われる訳がないんですもの。しかし先生は世間が嫌いなんでしょう。世間というより近頃では人間が嫌いになっているんでしょう。だからその人間の一人として、私も好かれるはずがないじゃありませんか」(50p)
一般的に事件の蚊帳の外に置かれていたと云う評価の「奥さん」ではあるが、常に先生の側に居て約15年、彼女が先生の自殺の「真相」に気がつかなかったわけがない。この言葉に自殺の真相が集約されている。と私は観る。単純に親友Kへの罪の意識でもなければ、「明治の精神」に殉死したのでもない、「人間は淋しい」といったウジウジした気持ちでもない。そして奥さん自身はとっくにそんな夫を馬鹿な男と客観視出来ていることも、この言葉から読み取れる。
人間の心の不可思議さを位置づけた素晴らしい推理小説でした。
2013年7月21日読了 -
人間の罪や本質、今の時代にも通じる寂しや優しさが詰まった作品でした。Kの手紙のもっと早く死ぬべきだったのに、なぜ今まで生きてきたのだろうという言葉に泣きました。
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40年ぶり位の再読になる。
人生経験を積めば、それなりに読み方が深くなるという。
まあ、自分に限って言えば、そんなことはありません。(笑)
と言うものの、最初に読んだのが高校生の時で、今が50代になっているので、父の死を経験したりで、死が少しは身近なものになっている。
面白いと思ったのは、「先生と遺書」の45。
先生がお嬢さんを嫁にしたいと、母親に話す場面。
母親の言葉が、「宜ござんす、差し上げましょう」という件。
時代が今とは違うというものの、本人に確認もせずに、あっさりと決めており、思わず笑ってしまった。
●2023年4月6日、追記。
某所に、つぎのような記述あり。
---引用開始
Kは、「医者になれ」という養父の希望を裏切り、僧侶の実父とも折り合わず、孤独と生活苦の中にいた。そのKに手を差し伸べ、自分の下宿に連れて来た先生は、どうしてKを救えなかったのか。
---引用終了 -
上「先生と私」を読んでる時は当然遺書の内容は知らない状態で読んでいたので、単純に先生と私、その間にいる妻との話を読んでいるだけだったので何も気には留めなかった。
しかし先生の遺書の話になってから、叔父に裏切られたり、親友のKの自殺の話を見てガラリと最初の話の捉え方が変わってしまった。
こんなにも取り返しのつかないことってあるのだということを知った。 -
やはり純文学は自分にはまだ早いと痛感した。
自分はこの作品で何よりも先生に先立たれた奥さんが可哀想でならなかったのだが解説を読み、もしかしたら奥さんは全てを察した上で先生に接していたのかもしれないと思うとそれもそれであるのかなとも思った。
また、「私」が先生に恋愛的な感情を抱いていたという解説にも納得させられた。
いつか自分もこの解説で書かれているくらいのことを考察できるようになりたいなーと思った。
いやー、ここまでページをめくる手が進まないのは久しぶりだったな。 -
人間ってこんなもんだよねと、一部やりすぎだろ〜とは思うけど、それぐらいが丁度良くてわかりやすい。
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心地よい鬱
上、中、下の構成で、下からは一気に物語のスピード感が増して真実が明らかになっていくのが楽しくもあるし心を掻き乱されもする
私は推理小説だと思わずに読んでいたので、読み解けていなかった視点に驚かされました。
まだまだ漱石さんの読解力は足りてな...
私は推理小説だと思わずに読んでいたので、読み解けていなかった視点に驚かされました。
まだまだ漱石さんの読解力は足りてないですが、もっと読んでいきたいです。
そうなんです。
これ、案外エンタメなんですよね。10年前初めてきちんと読んで、その構成に驚きました。夏目漱石、ホント小説巧者...
そうなんです。
これ、案外エンタメなんですよね。10年前初めてきちんと読んで、その構成に驚きました。夏目漱石、ホント小説巧者!