- Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101255262
感想・レビュー・書評
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話自体は11/30個だったけど、面白かった。四大悲劇(ハムレット、オセロー、リア王、マクベス)も分かったし、ジュリアス・シーザーはカエサルだって知れたし(笑) 意外と収穫の多い本だった、また忘れた頃に読み直したい。
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お勉強になりました。
戯曲とは相性が悪く、喰わず嫌いなところがあったが、シェクスピィアの時代を超えた凄さも少し分かったし、人間洞察の深さもわかった。
取り敢えず、文庫で読めるだけ読むかな。訳者を誰にするか悩むところ。 -
シェイクスピア入門ガイド
シェイクスピアって難しそう
読むの面倒
そういう方にあらすじと時代背景、シェイクスピアのねらいなど
わかりやすく教えてくれます。
これであなたもシェイクスピア博士? -
大人の教養とはシェイクスピアを知っていることである、となぜか思い込んでいた10代の頃。シェイクスピアの戯曲集を手に取ったものの台詞だけでは人間関係もあらすじも掴めず、これを理解するには演出家の目が必要だとあきらめ、結局映画を見て知ったつもりになっていました。この本は小説家の視点から見たシェイクスピア作品の解説です。
やっぱり戯曲というのは誰にとっても読みにくいものなんだな、とひと安心。戯曲を頑張って読んでは見たものの展開についていけず、どこか読み飛ばしたかな?と前のページを読み返したこともありましたが、そもそも戯曲に記載がなかった、とわかってもうひと安心。そしてシェイクスピアが書いたままの英語でないと楽しみが半減する、当時のイギリスの状況がわかっていないと腑に落ちない点もある、と聞いていろいろ納得しました。そもそも舞台になって初めて完成するものなのであって、小説のように読んで完結するのではないんですね。そして文学作品ではないから人格や展開の破綻があってもいい。「遊びのある脚本の、遊びの部分を埋めるのが役者」とどなたか言っていた気がしますが、そういうことかと。
今は教養というより人間の機微がわかる大人として、シェイクスピア劇を理解できるようになりたいです。 -
正直に言うと、この本を読んだきっかけは、その前に読んだ演劇についての本で、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」とか「ハムレット」などを、例え話に使っていたからなんです。それを読んで、「あれ?アレってどんな話だっけ?」とか思った訳です。
よーく考えたら、何十年も前に、岩波少年文庫で「シェイクスピア作品集」的なものを手にとって・・・多分、全く面白いと思わずに、挫折したんですね。で、シェイクスピアの有名な劇の、劇的要素というか、情熱というか、そういうものはチョット知っておきたいなあ、と。
ただ、この20年の間に、僕は何度もシェイクスピアに再び三たび、挑んでるんですね。読書的に。その度に挫折してます。面白くないから。ワケワカンナイですもん。
で、流石に大人になって、その理由がわかっています。なんで、天下の、あの有名な、シェイクスピアなのに、僕は面白いと思えないのか。
それは、
<誰が読んだって面白くないから>
なんですね。コレ、ほんとです。
嘘だと思うなら、新潮文庫でも坪内逍遥訳でも、あるいは英語原文でも、とにかく読んでください。
まずですね。シェイクスピアさんっていうのは、小説家じゃないんです。演劇の台本書く人です。その上、日本で言えば関ヶ原時代の人です。その上、イギリス人です。日本語で言えば、室町時代や鎌倉時代の書物を原文で読みます?そンなことは研究者しかしません。娯楽という地平からはもう、アウトですね。
日本の演劇で言えば、その頃から残っているものもあるでしょう。能とか狂言といった分野ですね。コレはコレで、多少の約束事が分かっている人が鑑賞する分には、娯楽として成立します。マーケットはかなり小さいですが。
ところが、です。じゃあその能・狂言の台本を、印刷物として、娯楽として、読めると思いますか?
これはやっぱり、研究者の世界ですね。
つまり、時代的な風雪だけで言ったって、原文では娯楽としてまず成立しない、遠い昔に書かれた言葉。それをなおかつ、英語から翻訳してるんですよ?しかもなおかつ、シェークスピアの戯曲のコトバとしての特徴は、語呂合わせ、隠喩なわけでしょ?400年前の古語英語の。そんなもの、翻訳して娯楽として通用する訳がないぢゃないですか。
源氏物語っていうのがありますね。有名ですよね。僕は昔、谷崎潤一郎版で読みました。面白かったです。エロくて美しくて弱くて身勝手だけど悩みまくる男の物語、そしてその男の見る世界観の物語、そして取り巻く女たちが諸行無常の世界観を奏でますね。なーんて印象だけは覚えていますが、詳細はサッパリ記憶にないですけどね。
アレもそこそこ、日本語的な遊びがあったりするわけです。和歌ってのもそういう世界ですから。で、それを谷崎さんも橋本治さんも、色んな人が手を変え品を変え、商品化してますね。そういったかなり大胆な翻案も含めて、漫画や映画になって、源氏物語は今でも活きてます。それこそ、シェイクスピアっていうブランド(?)が今でも活きているように。
でも、書物として原書の、あるいは原書に近い、源氏物語を読了した人っていうのは、多くないですよね。というか、研究者以外、ほぼゼロでしょう。
それをさらに、外国の人ができるかってことですよね。ロシア人がアメリカ人が源氏を愛せるか。そりゃ、研究者はいますけどね。
でもね、まだ源氏はマシなんですよ。
うまーく、まず日本人が現代に通じる日本語に翻訳して、それを英語なりに翻訳すれば、本として、アリかも知れません。
どうしてかっていうと、もともとが、小説ですもんね。
紫式部時代から、紙に書かれた文字として読んで、娯楽になるように意図されてるんです。
シェイクスピアは戯曲ですからね。
<舞台の上でウケテなんぼ> のモノな訳ですよ。コレ、大きいんですよね。
ヒドく単純に例を挙げると。
○「裸の美女」という三文字を目で見る。
○裸の美女が生身で舞台の上に出てくるのを客席で見る。
違うでしょ?
(女性の方は、男、でイメージしてください)
で、シェークスピアは興行的に当時、ウケてたんですね。ウケを狙って書いてたし。純文学じゃないんですね。シェイクスピア自身、印刷物として売れる為に書いてたわけじゃない、文字で読まれるために書いたんじゃないんです。舞台で、ライブで、1600年前後のイギリスの中産階級以上の人たちが、観て、聞いて、笑ったり興奮したりするためにひたすら書かれている。読んで、じゃないんですよね。
更に当然、当時の客の好みとか、社会背景、モラル、風俗、そういうのを前提にしてるんです。
と、いう訳で、今、新潮文庫とか岩波文庫とか、青空文庫とか、シェークスピアの戯曲はいっぱい日本語で並んでいます。子供向けもあります。子供向けの方が、翻訳者というか書き手によっては面白いかもですが、大人向けに原文に準じて翻訳されたモノは、全て、面白くないです。保証します(全部読んだわけじゃないですけどね。勢いだけで言っていますが)。
まあ、マクベスあたりはマシかもですけど。
さて、じゃあなんでシェイクスピアとか、本になってるの?みんな褒めるの? ということですね。
まず、本になってるのは、売れるからでしょうね。売れないものは店から消えます。
なんで売れるのかっていうと、有名だからですね。面白いからじゃないですね。面白いはずだ、とみんな思うからですね。
じゃあなんで有名かっていうと、これは僕の私見ですが、まず西欧で有名だからですね。シェイクスピアは日本人が発見したわけじゃないです。日本人は、ヨーロッパの白人が褒めてるから、取り入れただけです。
で、じゃあ、なんで西欧で有名かっていうと、これも私見ですが、二つあると思うんですよね。
ひとつは、17世紀のイギリスでシェイクスピアは大成功して、権威になりましたね。その後、18世紀19世紀っていうのが、イギリスがいちばん輝いた時代ですよね。で、基本、シェイクスピアは演劇なんで。再演再演できますよね。で、イギリス内でウケてたのが、イギリスが天下取ったから、いつの間にかリッパな古典になっていった。書かれた当初は、なんていうのか、喜劇なら、今のテレビのバラエティみたいなノリだった訳ですよ。悲劇なら、冬のソナタみたいなノリだった訳ですよ。ぜーんぜん風雅高尚な古典なんかじゃないんです。猥談あるし下ネタあるし、脱線が多かったり賑やかなだけだったり、笑わせるだけだったり、えぐすぎる悲劇作ったり、人がばったんばったん死んだり、運びがひどく強引だったり、性格付けがいい加減だったり・・・なんです。
正直、今の日本のメジャーで成功してる物語マンガの方が、ヨッポド、ちゃんとしてます。
で、コレは別にシェイクスピアけなしている訳じゃなくて、歴史的に見ると偉いんですよ。きっと。だって関ヶ原時代ですよ?世界中見渡したって、それ以前に、今でも多少通用する大衆娯楽の要素が満ちた物語作りなんて、いくつ例が挙がります?
ココが曲者で、「歴史的に価値がある」というのと、「今、研究者以外が見ても面白いと思えるか」というのは、別物なんですよね。ただココに結構、出版社はつけ込んで儲けます(笑)。
もうひとつの理由は、オモシロイからだと思うんですね。ただし、演劇として。印刷物としてではなく。
もちろん、演劇というものに求められる刺激、内容、テンポ、スピード感、いろんなことが、当然変わってます。映画だって、漫画だって、全部そうですよね。だから、今、忽然と、1600年代のシェイクスピアの演劇がタイムスリップして現出しても、興味深いけど、娯楽としてはツマンナイと思うんですよね。
ところが、演劇なんで。演出家がいくらでもいじれますね。解釈だって変えられちゃう。役をなくしたり。場所設定変えたり。変わらないのは、本質的な事件、感情、情熱、葛藤、あとは発端と結末。そういう根っこの部分くらいですね。
で、その根っこのところがきっとオモシロイ。シェイクスピアすごい。だから演劇として上演され続ける。生き残っているうちに古典になっちゃった。なっちゃったら、若い演出家は、シェークスピアをどう料理するか、というところが桧舞台になる。世間が注目する。才能ある人が一生懸命頑張る。御陰でまた面白い演劇になる。というループでシェークスピアは生き残っている訳です。
ただ、だからと言って初演時代の戯曲を、まんま日本語に翻訳して印刷しても、面白いわけないんですね。
ものすごーく長いコトになっちゃってますが、そういう仕組みはもう分かってたんで。シェイクスピアをがっぷり翻訳した本はとにかく読みたくない。でも、上記の根っこのところを確認して、知りたい、という思いでした。
で、手にとったのが阿刀田高さんのコノ本。
大感動とかは、ないです。でも上記の情熱は満たされました。十分。だから満足です。阿刀田さんって大人ですねーって感じ。頭いいですねー。
全12章からなっていて、1章目はまあ、シェイクスピアの人生の紹介と阿刀田さんのエッセイ的な感じ。
2章から12章までは、有名な戯曲を取り上げて、「あらすじ」「みどころ=何が本質的にこの演劇のオモシロイ部分なのか」「阿刀田さんの雑学解説的エッセイ」が繰り広げられます。
「ハムレットって、要するに。父が叔父に殺されて、母がその叔父と再婚しちゃった若者が悩んでグレて憎んで荒んで叔父を殺すって話なんだな」
「ロミオとジュリエットって、要するに。敵対家同士の子供が恋愛して死ぬんだけど、ジュリエットが仮死状態の毒を計略の為に飲んだのに、伝言がズレたせいでロミオが勘違いして絶望して自殺、起きたジュリエットがまた絶望して自殺。伝言ミスと勘違いの話かい!素敵なのは設定だけかよ!」
「オセローって、要するに。オセローの奥さんは貞淑なのに、悪い男が"奥さん浮気してまっせ"って囁いて、オセローの弱い部分がそれを信じちゃう。で、奥さん殺す。ソコんとこのヒトの弱い心、猜疑心、っていうダークサイドの悲劇なのね」
「真夏の夜の夢っていうのは、要するに。色んな要素があるけど、もともと、 花子は太郎が好き、太郎は小百合が好き、小百合は和夫を愛してる みたいなややこしい関係があって、そこに妖精パックが、アヒルの刷り込みじゃないけど、<相手に惚れちゃう惚れ薬>を悪戯で投下したことで、てんやわんやになるラブ・コメディなんだ」
「ベニスの商人っていうのは、要するに。友の為に借金した男が、不幸な偶然重なって返せなくなる。商人シャイロックが約束通り肉をよこせ=殺す、と迫るけど、裁判で善玉弁護士が、"OK、でも肉だけね。血が一滴でも流れたらお前、約束違反だよん"って一休さん的とんちでやっつける話。実はその周辺に、友の恋愛譚とかいっぱい。見所は悪役シャイロックの魅力」
「ヘンリー四世っていう史劇は、要するに。小悪党役のフォルススタッフの性格づけが楽しいのね。だもんで、シェイクスピアにスポンサーが、フォルススタッフを主役に恋愛劇やってよ、と注文。それに応えたのが、ウィンザーの陽気な女房たち、なんだな」
「リチャード三世ってのは、要するに。王位簒奪ぐっちゃぐちゃの時期のイギリスで、とにかく権力と成功のために殺しまくったひどい王様の話なんだな。でも歴史の事実ではそうでもないらしいけど、リチャード三世を殺した人の子孫がシェークスピアのパトロンだったんだ。なるほど」
「マクベスって要するに。三人の魔女の予言で権力欲に溺れて殺人繰り返したマクベスと、マクベス夫人。王座に着くが、ふたりは狂って滅んでいく物語」
「リア王って、要するに。老いたリア王が三人娘に遺産を前もって分配。リア王が、いちばん善良な末娘といちばんの忠臣をささいな猜疑心から追放しちゃう。その報いとして悪い長姉・中姉にすげなくされ、荒野をさまよって、最後はすべてが滅亡していくという。親子家族の絆の悲劇なんだな」
「へー。シェイクスピアの物語って、ほとんどがモトネタが昔話とか当時の流行話とかであるんだー。完全に独創なワケじゃないんだー」
みたいなことが分かるわけです。
なかなか面白い。無論それに、色んな雑学、歴史の話、シェークスピアの話、トルストイが印刷物としてのシェイクスピア作品を否定したこぼれ話とか、いろいろ盛りだくさんですね。
無論、飲まず食わずで徹夜で読んでしまったりとか、怒涛の感動が残ったりとか、読了後しばし呆然としてしまうような、そーゆー本じゃないですけどね。
そのへん、阿刀田高さんって大人だなあ、と。
このシリーズが聖書・コーラン・イソップ・ギリシャ神話、とありますね。こーゆーのも、知りたいな、と思っても、ヘタなモノ読むくらいだったら、阿刀田さんの本、お勧めですね。
しかしホント、シェイクスピアが観客に手渡したかった人間ドラマのエキスみたいなものは、確かに普遍性があると思うし、色々面白いですね。
その代わり、日本語翻訳の印刷物としてのシェイクスピア戯曲を、名作だとか読めだとか、って言う人がいちばん罪深いですね。学校の先生とかが言いそうですけどね。権威主義でしかありえないと思うんですよね。演劇や小説に愛がある人だったら、まず言えないと思うんですよ。そーゆー読書を若いヒトに押し付けたら、ソレだけで本を嫌いになりますよ。
有名なのに、つまんない本っていっぱいあると思います。特に、翻訳モノ。もちろん読み手の感性・知識・趣味によるけれど。
僕は「アンナ・カレーニナ」は、<アンナ部分>と<リョービン部分>の、後者は無くても良いんじゃん、と思います。ドストエフスキーも「悪霊」は流石にキリスト教的教養がないと辛い、ということは日本人には、ほぼ確実に面白くない。よっぽど「虐げられた人々」の方がメロドラマとして泣ける。戯曲という点ではチェーホフもシェイクスピアと同じで、文章で読んで面白くはないのでは、と思います。
そのへんは、ほんと人それぞれ、異論異見もいっぱいあるでしょうが。
(あとまあ、多少読みにくいモノを読む忍耐力みたいなものがないと、ホントの読書の快感の岸辺にたどり着けない、という説もアリなんで、若い時にそういう試練も良いのかもですが・・・)
もう一度、声を大にして言います。
シェイクスピア、つまんないんです。本としては。
よっぽど、黒澤明の「蜘蛛巣城(=マクベス)」とか観た方が面白いんですよ。
この阿刀田さんの本、そーゆーの分かって書いてるんですよね。
阿刀田さんの小説みたいに、皮肉や機知が、タイトルにも利いてます。「シェイクスピアを楽しむために」。でもこの本読んで、シェイクスピアの本を戯曲で翻訳で読もう、というヒトはいないと思うんですよね(笑)。
だから実はこの本、
「シェイクスピア (の、あくまで演劇作品、百歩譲って、映像作品) を楽しむために」
なんですね(笑)。
この作品は、本なんですけどね。-
立て板に水、よどみなく早口でしゃべりまくっているようなシェークスピアの作品論、面白かったよ。同感です。
源氏物語はそれより600年も前のもの...立て板に水、よどみなく早口でしゃべりまくっているようなシェークスピアの作品論、面白かったよ。同感です。
源氏物語はそれより600年も前のものだからね。日本人の文化度って大したもんでしょ。ひとつかみの貴族のものだけど。5年くらい前に「源氏物語を読む」というカルチャー講座に行ってたけど、こんなのダメ。ひとつひとつ現代語訳をしていくうちに全体像がチンプンカンプンで全く面白くなかった。
古典は現代語訳をした人の感性にホレたら、それを自分の古典としていいと思っています。オーソドックスから外れていたとしても。わたくし事で言えば、田辺聖子の「源氏」と「むかしあけぼの(枕の草子)」を2回づつ読んで、賢い紫式部より出る釘は打たれるタイプの清少納言の方にカワイゲを覚えました。2013/05/12 -
曽根崎心中の角田光代さん版、というのがなかなか面白かった。近松も原文はまず読めないもんね。
http://www.amazon.co.jp...曽根崎心中の角田光代さん版、というのがなかなか面白かった。近松も原文はまず読めないもんね。
http://www.amazon.co.jp/%E6%9B%BE%E6%A0%B9%E5%B4%8E%E5%BF%83%E4%B8%AD-%E8%A7%92%E7%94%B0-%E5%85%89%E4%BB%A3/dp/4898153267/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1368370709&sr=8-1&keywords=%E8%A7%92%E7%94%B0%E3%80%80%E6%9B%BD%E6%A0%B9%E5%B4%8E%E5%BF%83%E4%B8%AD2013/05/12 -
近松の心中ものはオーソドックスな現代語訳で半年前に読みましたが、そんなに面白いならそれも読んでみたい。でも読む姿勢、ハンドバッグに入れるサイ...近松の心中ものはオーソドックスな現代語訳で半年前に読みましたが、そんなに面白いならそれも読んでみたい。でも読む姿勢、ハンドバッグに入れるサイズ、を考えて文庫本しか原則買わないと決めてるので、いつか貸してください。2013/05/14
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11/20 読了。
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外国の韻文を理解してみたい。できればもっと楽しいのだろうなという感じ。
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知っているつもりになりがちなシェイクスピア劇のあらすじ、原典、誕生の背景などをかいつまんで説明してくれる、とてもありがたい一冊。 “ロミオとジュリエット”でさえもあのバルコニーの場面しか分かりません、という状態だったので、一気に賢くなった気分だ。それにしても、当時の演劇の展開の急なことと登場人物の短慮なことにはちょっと唖然。しかしやはり作者が言うように、演劇は文章ではなく舞台で楽しむべきなのだろう。機会があったら見てみたいものだ。
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かっこつけの教養を得るために読んでみました。
しぇいくすぴーあ!
小さい頃にハムレットを見たことがあるような、ないようなくらいのほとんど知識のない状態で読んでみました。
シェイクスピアの作品のあらすじを教えてくれるだけでなく、その作品にまつわるエピソードも交えて作品に興味を持てるように作られてます。
阿刀田さんが根っからの小説家なので、演劇作家のシェイクスピアのことを手放しに誉めるだけじゃなくて、小説と演劇の違いを認識した上での軽い批判を加えてくれてるのがさらに○です。
本人は否定するんだろうけど、シェイクスピアの入門書としてはかなりお勧めです。
この本を読んで一番読みたくなったのはオセロ。黒人の貴族オセロと白人の美女で妻のデズデモーナの誤解から生まれる悲劇の話。どっかで公演やってないかな~。
満足しました。星5つ。 -
まずは面白い。