カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫)

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制作 : 原 卓也 
  • 新潮社 (1978年7月20日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (680ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102010129

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カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 最後の場面でのアリョーシャの演説が良かった。最後の裁判の場面はこれまでのストーリーの復習みたいになっていて読みやすかった。

  • 2017年1月31日読了。
    裁判の描き方異常じゃない?
    これを書けるのは凄いし、ラストは未完とは思えない完璧さ。

  •  話しの流れとしては「父親殺しで長兄が逮捕、本人は犯行を否定する。異母兄弟スメルジャコフが真犯人だと主張、スメルジャコフは犯行を匂わせる遺書を残して自殺する。次兄のイワンはスメルジャコフから預かった、犯行の時に強奪された金を持ってる。三男のアレクセイは、長兄が犯人でないと主張するが、元長兄の婚約者が殺しを決定付ける書類を持って証言」・・・で、犯人はだれ?・・・そこでネットで検索(ここまでの流れも確認のためネット検索)回答として「第十一篇 第八において、スメルジャコフがイワンに、犯行を自白している」ということらしい。
    参照URL:https://oshiete.goo.ne.jp/qa/901974.html

     素直に面白かったと言えないのはわたしの学のなさなのか?この小説を面白と感じる感性がないのか?

  • おもしろい。奇人変人オンパレードだけど、カテリーナが比較的理解出来るか。登場人物はとにかくみんなよく喋る。イワンと弁護士の弁論は圧巻。結末は意外といえば意外だった。もし逆の結末だったら、文学的評価は違ったのだろうか?
    続編が読みたかった。

  • とりあえず読破という感じだ。
    キリスト教の根幹を私達日本人は感じることは不可能な点で、この小説の根幹を感じることは不可能。そう感じた方が私たちは救われる。
    まず登場人物の相関関係と登場人物の呼称などを把握することから始まる。
    父親とドミートリーの愛する女性に対するベクトルが同じだという点。またイワンの愛する女性に対するベクトルは一方通行。これにはイワンはドミートリーへの歪んだ思考ゆえの一方通行なベクトルだったのかもしれない。三男はベクトルとは違う次元に生きている。

  • (2017.03.11読了)(2000.08.11購入)(1991.01.25・26刷)
    下巻を読み始めました。
    ドミートリイの裁判が始まるのかと思っていたら、第十編は、少年たちでした。上巻の第四編の続きのようです。
    第十編の途中まで、何の話が始まったのか? という感じでした。いじめに遭っていた子供を、いじめていた子供たちが見舞う話になっています。
    アンドレイが仲立ちをしたようです。この話はどこかでまた続きがある?

    やっと第十一編兄イワンを読み終わりました。
    イワンが旅先から戻って、ドミートリイにあったりアンドレイにあったり、スメルジャコフにあったりして情報収集をしています。悪魔まで登場しています。
    その中で、大変な事実がわかりました。でもその情報源が消えたので、どうなるのでしょう。
    ドミートリイは、無実を主張していますが、シベリア行きは覚悟しています。グルーシェニカは、ついてゆくのでしょうか。

    第十二編誤審を読み終わりました。
    法廷での裁判の様子が記されています。証人たちの証言で、ドミートリイに有利なのも不利なのもありますが、イワンとグルーシェニカとカテリーナが修羅場を演じています。譫妄症やらヒステリーやら凄まじいですね。
    最後に検察官と弁護人によるまとめがあって、陪審員による評決結果が告げられました。
    残るは、エピローグのみです。どうなるんでしょうか。

    エピローグと解説を読み終わりました。
    エピローグでは、アンドレイがドミートリイとカテリーナを和解させようとしています。人の心はなかなか定まらないようです。
    最後は、第十編の少年たちとアンドレイがまたしても登場して締めくくっています。
    『カラマーゾフの兄弟』は、未完という話もあるのですが、とりあえず完結しているようです。アンドレイを主人公にした続編が予定されていたということのようです。
    宿題の一つが片付きました。

    『罪と罰』と同様興味深い内容の物語と思います。宗教の世界、大人の世界、子どもの世界と物語は多岐にわたっています。三冊に分けてそれぞれの物語にしても十分読めそうです。
    一番読みたくないのは、大人の世界の部分でしょうね。お金が絡む話がいっぱい出てきますので。貴族の世界は、労働が主の世界ではないので、男と女のスキャンダルと相続をめぐる泥試合、お金を浪費するギャンブルやお酒を飲んでのどんちゃん騒ぎといったところなのでしょうか。悪魔の活躍する場はたくさんありそうですが、神の登場する余地はあまりなさそうです。
    裁判は、陪審員制となっているようですが、上告審はなさそうですね。

    【目次】
    第四部
    第十編 少年たち
    第十一編 兄イワン
    第十二編 誤審
    エピローグ
    解説  原卓也
    年譜  江川卓

    ☆ドストエフスキーの本(既読)
    「貧しき人々」ドストエフスキー著・原久一郎訳、岩波文庫、1931.02.28
    「罪と罰 上」ドストエフスキー著・米川正夫著、新潮文庫、1951.02.05
    「罪と罰 下」ドストエフスキー著・米川正夫著、新潮文庫、1951.02.25
    「地下生活者の手記」ドストエフスキー著・中村融著、角川文庫、1952.08.15
    「白夜」ドストエフスキー著・小沼文彦訳、角川文庫、1958.04.15
    「白痴(上)」ドストエフスキー著・木村浩訳、新潮文庫、1970.12.30
    「白痴(下)」ドストエフスキー著・木村浩訳、新潮文庫、1970.12.30
    「悪霊 上」ドストエフスキー著・江川卓著、新潮文庫、1971.11.30
    「悪霊 下」ドストエフスキー著・江川卓著、新潮文庫、1971.12.05
    「賭博者」ドストエフスキー著・原卓也訳、新潮文庫、1979.02.20
    「罪と罰(上)」ドストエフ... 続きを読む

  • ただ読了したのみ。
    主人公は、大審問官のくだりと悪魔との語らいのくだりの2点で圧倒的にイワンじゃないかな。面食らいましたもん。
    アレクセイは狂言廻し的かな。。。
    ドミートリイからはパンクを感じました。
    一番狂気を感じたのは、イワンとホフラコワ夫人との最後の会話かな。あれはヤバい。
    ゾシマ長老からの腐敗臭もかなり印象的。

  • ドストエフスキーの絶筆。人気である理由が納得できるし、熱狂のうちに読了した。

    『罪と罰』から『白痴』『悪霊』『未成年』と読み進めた今初めて、カラマーゾフ流の極端な心理の動揺や、ヒステリー以外に名づけようのない各階級の女性陣の書簡の真意が、自然と理解されるだけでなく、そのことが、そうでなければ再び重たかったであろう頁めくりを押し進めた。

    もっとも、そうでなければという仮定は小説の性格上あり得ない、小説とは人間のいくつもある側面のうちのごく一部をデフォルメして、そのキャラクターが経験する世界を描くものだから。逆に言えば、ドストエフスキーの後期長編は、定冠詞付きの小説だと言うことができる。

    ほとんどのことはすっと頭に入ったけれど、一つ疑問が残るとすれば、この物語の主人公は誰か、ということ。私はイワンに一票入れたいのですが、、、絶筆にならず、第2部まで書かれていれば、アリョーシャだったのかも知れない。

    また、トルストイと比較して異なる点として、明確に登場人物に裁きを与えている点が興味深い(それが誤審であることによって、本来的に人が人を裁けない、あるいはそもそも良心の裁きに対する優位性を説こうとしたのかもわからない)。

  • そして、結末。

  • 2016.8.1.読了とにかく長かった…。何かのエピソードが起こるたびに前哨戦の長いこと長いこと。そして、事件が起こるまでにほぼ上
    中巻を要し、覚悟していたが本当に忍耐を要する本だった。でも、とりあえず読み終えたということで満足感を覚えたが最後の終わり方…未完だったんですね?に中途半端に放り出されたような気分になった。

  • やっと読み終えることができた。ぶっ続けて下巻まで読んだので、よくわからないところは飛ばした箇所はあるけど達成感がある。
    ミーチャの判決が有罪になってしまったのが、少し残念かな……と。それを受け入れている感じがするのも日頃の振る舞いからそう思われても仕方がない、といったことなのかなと。
    ドストエフスキーの小説は罪と罰に続いて二作目だけど重厚感たっぷりで、一つのストーリーを太く、矛先が複数の場所に向かうかのような感じでどういう展開に行くか全くわからない。
    世界最高傑作と言われる小説を読み終えて満足です。

  • 陶酔古典文学
    神とは何かから、人生においての様々なテーマを描く。

  • 中巻の後半からおもしろさが増してきたので、下巻を一気に読み終えてしまった。カラマーゾフの兄弟は本当に名作だ。久しぶりにこういったいい本を読んだ。
    カラマーゾフ家の、金の亡者で道化者の父親フョードルや愛に愚直な長男ドミートリイや頭脳明晰で思想家の次男や善良な修道僧の三男アリョーシャという設定が絶妙によかった。父親と長男がキチガイじみた行為をしているところを、無神論者のイワンと信仰心あふれるアリョーシャが冷静な視点で見ている風なんだけど、そこは神を信じている者と信じていない者による視点の相違もまたおもしろい。それにしてもアリョーシャを見ていると、イワンのようにどれだけ頭脳明晰であろうとも真実のみを語る善良さとは何て素晴らしいんだと思う。この本を見ると、人間てアリョーシャのようになるべきだなと思い、自分を省みてしまう。ただアリョーシャの善良さというものは、信仰心に起因しているので、やはり宗教というのは非常に重要な概念なんだとも思った。宗教でいうと神は存在するかというように、この小説は要所要所で宗教についてのシーンが出てくるけど、基本的にイエズス会を冷笑している節があって、ロシア正教とイエズス会ってそんな違うんだということもわからない日本人な自分を見ると、宗教についてもっと学んだ方がよいと思った。
    キチガイの父親や長男や冷静な次男も全員アリョーシャを好きだし信頼しているところを見ると、すべては善良さによって得られたものだと思う。
    ストーリー的には、この下巻は裁判でのやり取りがメインになっているのだけれど、検事の発言内容は読んでいてイラっとした。逆にドミートリイを弁護する側の弁護士の発言は裁判所に来ていた聴衆者と同様自分も感嘆するところがあった。あと証人喚問で発言したカテリーナにもイラっとしたというか、カテリーナの恋愛脳が見ていてムカつく(笑)最初の発言と、イワンをかばうために急に出た発言の内容の真逆さが本当に呆れてしまった。グルーシェニカの方がよっぽどいい女なのに、カテリーナに売女よばわりまでされてかわいそう(笑)裁判の判決が結局望んでいたものではなかったけど、ストーリーとしてはおもしろいから正直どちらでもよかった。
    とりあえずスメルジャコフって本当悪い奴だね(笑)
    下巻の最初が、上巻でいじめられていた子供といじめていた子供がアリョーシャを介して仲直りしている話から入って、途中でこの話いるのかと思ったけど、最後のアリョーシャと子供たちのシーンが非常に重要で、確実に必要だったなと思った。というかこういった殺人事件が起きて、裁判が行われ、判決が下された後で、子供たちとアリョーシャで自分たちも将来悪い大人になるかもしれない、ただ善良だった頃の思い出が将来悪い行いを躊躇させる手段になりえるというような会話が非常に感動した。アリョーシャは本当に素晴らしい人格者だし、このストーリーに欠かせない存在だ。ただ、こういった善良さから現代人は非常に乖離している気がして、なんてくだらない価値観や争いに毒されているんだろうと少し感傷に浸った。また、この本を読む上で自分はなんておっさんなんだろうと思った。こういった本は、若い時こそ読むべきだと思う。34歳のおっさんより

  • 重かった。
    宗教、哲学、ミステリ、裁判。

  • むずかしいことはよくわからないし、評論するほどかしこくもないので何ともわからないけど、
    ずっとずっと読んでいたい、とうい何かがあるようで。
    読んでると、ふしぎな気持ちになります。
    浄化されるというのか。
    宗教ってよくわからないけどすごいなとか。

    しばらくドストエフスキーにはまりそうです。

  • とうとう読み終わった。

    私の読書生活、カラマーゾフを読むことを目標としてきたがとうとう読了した。

    神だとかなんとか論者とかそのへんはさっぱり分からなかったがストーリーを追うだけでも面白かった。

    登場人物のそれぞれがしっかり個性を持っていて、満遍なく全体のキャラクターがしっかり描写されとてもバランスの良い小説だ。

    最後、アリョーシャの子供たちに言う言葉の数々がとても素敵で美しかった。

    でもこの本、日本人ではなかなか心底から理解出来る人は少ないと思う。
    ガチガチのキリスト教で育ったわけではないし、日本の社会がそんなに宗教宗教していないので、それぞれのキャラクターが持つキリストへの信仰心に対して共感したり反撥したりの意見を持つのは難しいのかなぁと思う。

    あまり宗教の概念が根強くないから。

    そういえば、高校のときの英語の先生がすごくアメリカかぶれしていて、キリスト教に改宗して子供もミドルネームがある…みたいな英語の先生がいて…なんかそれって、それってお飾りキリスト教?と感じたことがあるのを思い出した。
    まぁ本人がそれで満足しているなら、私はいいんだけど。。懐かしい。

  • 中巻からのドライブ感に身を任せ一気に読了。

    これだけアクの強い登場人物を自由自在に動かしながら、そこにストーリーの面白さと作家自身の宗教観等を盛り込み、一気にクライマックスへ持っていく力量に感動。改めて古典作品の持つ力を感じたし、こういう作品に出会える点に文学の素晴らしさがある。

    さて、この大作の読破を契機に今まで触れたことのないロシア文学を楽しめそうな予感もしてきた。

  • プログラミング演習:神谷先生推薦図書
    【資料ID】156224
    【分類】983/D88/3
    文学のコーナーに並んでいます。

  • やっと読み終えることができました。
    もう、読了至福の満腹感でみたされています。
    上中下と長い時間かけて読んでいたので、ページ数が少なくなってくると、だんだん寂しくなり…カラマーゾフ三兄弟に、もう会えなくなるという気持ちにさえなりました。(再読すればいいのだけど)

    下巻のクライマックスは長男ミーチャの父親殺しの嫌疑による裁判。
    検事のイッポリートと弁護人のフェチュコーウィチの論告対決が、ストーリー内の聴衆とともに私も左右されてしまったり、拍手を送ってしまいそうになったりと、すっかり傍聴気分でした。

    判決は、あぁ、やっぱりそうなってしまったかの結果だったけど、それでもミーチャは愛するグルーシェニカとの今後への想いがエピローグで語られていて、カラマーゾフ的情熱には参りました。

    しばらくは良い意味でドストは読めそうにありません。
    来年になったら別の作品にチャレンジしたいです。
    (本日は平成27年12月15日)

  • 2015.12.10
    父親殺しの嫌疑がかけられたドミートリイの裁判がはじまる。公判の進展をつうじて、ロシア社会の現実が明らかにされてゆくとともに、イワンの暗躍と、私生児スメルジャコフの登場によって、事件は意外な方向に発展し、緊迫のうちに結末を迎える。ドストエフスキーの没する直前まで書き続けられた本書は、有名な「大審問官」の章をはじめ、著者の世界観を集大成した巨編である。(裏表紙より)

    作品の後半ということもあり、うまく言えないが、人間の狂気が、引き裂かれが、より濃厚に感じられるような下巻である。最後の公判を通じてこの小説の思想がまとめ上げられていく感じはまさに感嘆の一言なのだが、私にとって特に印象に残っているのは、第11編の3"小悪魔"と、9"悪魔。イワンの悪夢"である。リーザとイワンがそれぞれ、悪魔という題をつけられながら半狂乱の淵に陥ってしまうわけだが、人間をここまでにしてしまう絶望と苦しみの深さとは何だろうか。頭の中の世界、人間の理性の能力により、無限的に膨らんでいく思想が人を苦しめる。カラマーゾフ性とは、一方に高尚なるものの深淵と、また一方に劣悪なるものの深淵を、同時に見ることができることらしい。しかしこれはやはり、カラマーゾフ的というより、人間の本性と言えるのではないか。神性と獣性、天使と悪魔、良心と利己心、このアンビバレンツな存在こそが人間ではないか。人間とはその2つの深淵に、一方に高尚なる思想や理性から行動を要請され、また一方に俗的な利己心により快楽を餌に誘惑され、その間で引き裂かれる存在ではないか。イワンの悪魔は、彼を、信心と不信心の間を行き来させることを目的としていると言った。一方に神、一方に獣を宿す我々は、どちらかに偏り切れれば、苦しむことはないのかもしれない。しかし我々はこの間で、引き裂かれ続けるほかない。高尚なる人生を選び人は宗教などに身を寄せる。しかしだからといってその内なる獣性から完全に自由になる人は稀である。またすべてに絶望し諦め、まさにフョードル的に放蕩と快楽に生きる道もある。しかしどれだけ逃げても、良心の呵責から自由になることはない。この現実を目の前に、このカラマーゾフ的=人間的本性を目の前に、我々は如何に生きればいいのだろうか。ゾシマ長老の言うように、罪の自覚による謙虚と感謝、愛と信仰こそが最善だろうか。それとも大審問官の言うように、人間には良心の自由は重すぎる十字架だろうか。我々には死ぬまで引き裂かれ続け、苦しみ続けるしかないのか。ドミートリイ、イワン、アリョーシャ、そしてフョードル的な人間は、我々の中に少なからず存在する。我々は自らの内に多くの人間を見出す存在である。時に高尚に、時に放蕩に耽り、時に暴力的に、時に敬虔に、時に知的に、我々の欲望の数だけの顔があるかのようである。そして人間の自我は、それらの欲望と欲望の葛藤に引き裂かれる。大切なことは、それらへの深い近くではないだろうか。どんなに見事な、ゾシマ長老のような人間であっても、その過去に召使をぶん殴った過去があるようにそういう暴力性は存在するし、フョードルのような放蕩野郎にも、誰かを側に寄せないと道徳的罪悪感に押しつぶされそうになることはある。外見は中身の一番外側というが、まさに内面の要素の多少により表に出るか否かは変わるのであって、有無に関して言えばどんな人間であっても、神と獣の住む世界を内側に持つのである。ならば理性的な倫理的な自我に私の主導権を握らせればいいのか、そう簡単にはいかないことは、自分を振り返っても社会を見てもわかることである。大切なことは、まず自覚であり、自分の中にある我知らない自分を知ること、まさに汝を知れ、であり、人間は何をすべきか否か、人間は如何に生き得るか否かというのは、そこからの話である。下巻は推理小説的な側面も強くエ... 続きを読む

  • 素晴らしかった。
    が、感想をここに記すには余白が狭すぎる
    上中下巻そろえて無人島に持って行きたい

  • ドストエフスキーが、書き上げた3ヶ月後に亡くなってしまったとの事で、本当はアレクセイの今後が描かれるはずだったようです。
    確かに、アレクセイを「我が主人公」というような表現したとき、不思議に思ったものです。
    大きな構想があったのだなぁと。

    そうだとしても、批評家も仰っていましたが、完璧なラストだったような。
    特に、最後のもって行き方が『ああ、そうきたのか…素晴らしいな』の一言でした。

    検事の発言に何だかムカムカして、
    弁護人の発言に、遅ればせながら『さっきのは表現か!』と気付き…
    最後のアレクセイの言葉に、心を持っていかれた最後でした。

    とても壮大で、個人的で…、
    人間というものを描いた作品だと感じました。


    本当に素晴らしかったです。
    何回も読んでしまうと思う。

  • 父親殺し、というプロットはあるものの、それに偏らない壮大なテーマが散りばめられていて、お腹がいっぱいである。難しい!でも面白い!難しい、また面白くなってきた!の繰り返しで、上巻後半から一気に読めた大作。
    こんな作品にはもう出会えないかも。

    100%理解出来てないけど、満足。特にキリスト教文化の苦悩は、難しい。
    深淵なプロとコントラ。人間てこんなものなのかも。

  • なんとか読了したというのが正直なところ。
    上巻、中巻と読み進めるうちに、登場人物が把握出来てきて、下巻に至ってようやく前半の描写の必然性を感じられた。
    終盤の審判の場面において、まさにその集大成となって結実する。背景には、宗教的なものはあるものの、それを無視したとしても十分に魅力的な作品。

    父親らしくない父と、その父を敵視する息子。
    それはドストエフスキー自身が育った環境を元に自然と描かれたものであろうことが感じられるが、狂気的で歪んだ性格が際立つ登場人物が多数登場する。

    ドミトリーが無事脱獄し、グルーシェンカとハッピーエンドになって欲しかったがそうは上手くいかないようだ。

    ただ、次に読む本は頭を使わなくても読める本にしようと思う。

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カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫)の作品紹介

父親殺しの嫌疑をかけられたドミートリイの裁判がはじまる。公判の進展をつうじて、ロシア社会の現実が明らかにされてゆくとともに、イワンの暗躍と、私生児スメルジャコフの登場によって、事件は意外な方向に発展し、緊迫のうちに結末を迎える。ドストエフスキーの没する直前まで書き続けられた本書は、有名な「大審問官」の章をはじめ、著者の世界観を集大成した巨編である。

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