- Amazon.co.jp ・本 (189ページ)
- / ISBN・EAN: 9784334751111
作品紹介・あらすじ
「海に住む少女」の大海原に浮かんでは消える町。「飼葉桶を囲む牛とロバ」では、イエス誕生に立ち合った牛の、美しい自己犠牲が語られる。不条理な世界のなかで必死に生きるものたちが生み出した、ユニークな短編の数々。時代が変わり、国が違っても、ひとの寂しさは変わらない。
感想・レビュー・書評
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評判が良いので読んでみた。
幻想文学短編集ですがなんともとらえどころがないような、キリスト教思想を根本にした寓話的というか。
作者はウルグアイ生まれのフランス人。
『海に住む少女』
誰かを想う気持ちがあまりにも強いとその人間が実体化してしまう。その人間は自分が何者かもわからずただ本能で永久に存在し続ける。
『飼い葉桶を囲む牛とロバ』
イエス誕生をその時小屋に居合わせた牛の目線から語る。
動物たちも祝福に訪れたとか、自然界もイエスの誕生を知ったため、牛が口にできるものが少なくなったとか。キリスト教においてイエス生誕は人間だけの祝福ではなく、自然そのものが喜ぶものだったのか(擬人化しているとかかもしれんが)
『セーヌ河の名なし娘』
水死人たちが暮す水の底の世界。
生きている時の記憶を持つ娘は、他の水死人たちに受け入れられない。
娘は本当の死を求めて…。
『空のふたり』
かつて地上で暮らしていた者たちの影が天に集まっています。影たちの交流はそのうち希薄になります。しかしそれでも親しくなった影たちは、新たな命を…。
『ラニ』
インドの部族長を決める断食に残ったラニだが、その後負った大火傷により一族から離れていった。不思議な力を得たラニは、一族の土地を取り戻すが、周りには誰も居ない、完全な孤独の人生だけが残った。
『バイオリンの声の少女』
少女の声がバイオリンの音色になる。少女にとって思考も沈黙も漏れてしまう。だが声が元に戻った時、少女はもう女になっていた。
『競馬の続き』
騎手と競走馬は勢い余って河に飛び込んだ。生き残った騎手はだんだん馬のようになってゆく。
『足跡と沼』
農場主は行商人を殺して死体を沼に沈めたはずなのに。何が見ていたんだ?ああ、犬が居たな。
『ノアの箱舟』
箱舟に乗せるもの、乗せられないもの。
ノアの箱舟を題材にした寓話的な一作、
『牛乳のお椀』
お母さんのために牛乳のお椀を運ぶ青年は、お母さんが死んだ後も牛乳を運びます。運んで排水口に捨てるだけであっても。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「表題作の、海の上に浮かぶ町に住む少女の話、天上で暮らす灰色の影達の話、お椀に入った牛乳を運ぶ青年の話、など10本の短編集」
「面白い/面白くない話だ」ではなく、とにかく「美しい文章だ」というのが1番大きな感想。
全ての出来事と全てのセリフがミュージカルでも見ているようで、小説というよりは詩に近い感じかなぁ。と思ったら、作者の本業は詩人で、戯曲も手がけていたらしい。なるほど。
大人向けと言うには、無機物にも意識やセリフがあったりしてファンタジーで、
子供向けと言うには、死の匂いが強くて嫉妬や暴力があって人間の残酷な面が描かれている。
不思議なバランスと魅力の詰まった作品だ。好きな人はめちゃめちゃハマると思う。私はこの中だと「空のふたり」が1番好き。 -
一見、童話のような感じを受けるのですが、そんなにかわいらしいものではありません。
孤独や悪意や理不尽がそのままの形で書かれていて、おもりを乗せられたようにずどんと気持ちが沈みこむときがありました。
それに、たった一行で物語ががらりと色を変えてしまうときもしばしばあり、まったく油断ができません。
幻想的な雰囲気を持ちながらも、怖さと寂しさの入り混じったリアルな痛みをしっかりと残していく物語集でした。
「牛乳のお椀」が特に印象に残っています。
最後のページをめくった直後、一瞬何が起こったのかわからずにうろたえてしまいました。
現実的な質感をともなった余韻にしばし動揺。 -
とある人が薦めてくれた本だった。
それからかれこれ一年ぐらい温めてしまった一冊である。
すてきな寓話集である。大人向けで、なんとも言いがたい悲哀がこもっている。
作者はジュール・シュペルヴィエル、何とも日本人には覚えずづらい名前で、私はほとんど予備知識のなかった作家である。
フランスの詩人兼作家で、幻想作家に分類されるらしい。
確かに独特の世界を持つが、私には大人のための童話を書く作家のように思えた。
『飼葉桶を囲む牛とロバ』、『ラニ」、『ノアの箱舟』が好きだった。
『飼葉桶を囲む牛とロバ』の表現に見たような愛らしさ、そして『ラニ』の表現で見たような残酷ともとれるえぐさ、『ノア』に見るユーモラスナな文体。
ただの神秘に落ち着かぬ独特の世界観と地に足の着いた洞察力を持っているように私には思えた。思ったよりも昔の人なのに現代人に繋がる孤独感をうまく描き出している。
とは言え年代的にはかなり先駆的な存在だったのだろうと思う。
童話集というのに最近無意識に当たる事があるな。
短編集はこういう構成のものが読みやすいな。
『ひとさらい』もいつか読んでみたい。 -
密やかで透徹した、けれど底知れぬ深い孤独と、哀しい優しさが感じられる短編集。『飼葉桶を囲む牛とロバ』に泣きました。『空のふたり』とっても好き!こんな事が本当に起こったら、なんて素敵だろう、と思わせてくれました。
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モノクロの無声映画みたいな印象の、言葉にできない物悲しさや寂しさが常につきまとう短編集でした。私なりに考えてみると、どの作品にも人間的というか、肉体や我欲に縛られた些細な望みが叶うのだけど、それと引き換えに大きな喪失感が後に残る。そういう要素が強いからなのかな。と思います。巻末の解説によると、作者・シュペルヴィエルは物心つく前に両親を亡くし、幼少の時点で育ての親が本当の父母ではない事に気づいてしまっていたそうです。もしかしたら、満たされなかった思いがどこかにあってそれが作品に反映されているのかもしれません。
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どの話に出てくる人も、それぞれが影を背負っている、あるいは影そのものであった。翻訳なのか、もとのフランス語の文体なのか、ひとつひとつの文がシンプルで、幻想の世界の情景が目に浮かびやすかったように思う。言葉が儚い短編集でした。
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「海に住む少女」幻想的で不思議な話。最後の4行に全ての答えがあります。
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表題作のみ再読。白い歯を見せて巨獣みたいに腹を波うたせる海がある。その向こうにはなにもない。そこで地球は欠け、その先に飛びたった鳥たちも決して帰還することはなく、世界とは自分のいるこの狭くて小さな砂浜のことでしかない。そんなはじまりもおわりも見通せない場所に取り残される。たったひとりで。それでもなにかを期待し、青い空間に身を投げて溺れても、助けはどこからもやってこない。海のように蒼ざめ震えながら浜辺に戻り、頭上に輝く暗黒の太陽を仰いだとき、そこに絶望という名を見つける痛み。悲痛な叫びが耳の奥でこだまする。