- Amazon.co.jp ・本 (491ページ)
- / ISBN・EAN: 9784344404069
作品紹介・あらすじ
戦後の混乱期。長崎で生まれた雅彦は、三歳の時に両親からヴァイオリンを与えられ、将来を嘱望され幼くして上京する。成長する中で雅彦は、大切な家族、友人、仕事仲間たちとの幸福な出会いと凄絶な別れをくり返してきた。ささやかだけど美しい人生を懸命に生き抜いた、もう帰らない人々への思いを愛惜込めて綴る、涙溢れる自伝的長篇小説。
感想・レビュー・書評
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さだまさしさんの自伝的小説で、主人公、雅彦の子供時代から、アーティストになった後までの家族や友人とのいろんなエピソードが描かれている。
時代があちこち飛ぶので、初めはちょっとわかりにくかったが、ほとんどは別れに関するもので、人の縁のようなものを感じさせる話も多く、かなり泣けた。
個人的には、雅彦が子供の頃、誕生日に祖母が自分の好きなおにぎりをたくさん作ってくれたのに、プレゼントとしては不満で、それを態度に出してしまい、後でそれがお金がないせいだと思い当たり、後悔して謝ったときの祖母の対応や、長崎のお盆の行事、精霊流しに込める人々の思いが描かれたシーンなどが響いた。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
歌手のさだまさし氏による、おそらく自伝的小説。長崎県出身で、バイオリンを習った主人公とプロフィールが重なる。
テーマは別れ。主人公雅彦が経験した大切な人たちとの別れを中心に、いろいろな時代背景で、ストーリーが進む。ところどころ時代が前後したり、登場人物がたくさんいるので混乱するが、さだ氏特有のやわらかな文章で優しい気持ちで読み進められる。
本書で初めて知った、長崎の精霊流し。手作りの小舟に灯篭を載せて川に流すイメージを勝手に想像していたが、もっとずっとスケールが大きいものだった。そしてそれは現在でも続いているようだ。一隻ずつ、その年に亡くなった故人の魂を送り流すように、長さ5メートルもの舟(型の神輿のようなもの)に、提灯をたくさんともし、爆竹を鳴らしながら町の目抜き通りを海に向かって運んでいくのだ。
大切な人たちとの別れは、温かく切ない。さだ氏の同名の曲もあるそうなので、今度聞いてみようと思う。 -
雅彦は、少年時代に自分の力が全く及ばなかったこの天女がいま、ふいに羽衣を脱ぎ捨て、生身のまま自分の腰掛けている椅子へ舞い降りてきて人間になったのを見ているような、奇妙な愛しさに貫かれた。言葉の選び方と組み合わせは作詞作曲と同じような感覚なのだろうか?読み進める中で情景とリズムがリンクしていくような気持ちになり知らず知らず涙が溢れます。さださんがこれまで歩まれてきた中で温かく接してくれた大切な人を思う気持ちが優しい言葉となっていると感じました。さださんの小説は全部読みたくなりました。また、映像化された作品と歌も是非聴いてみたくなりました。
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さだまさしの断片をそっと覗き込んだような作品。
爽やかな空気の中に切なさが紛れていると言うか。 -
まごうことなき良い本だった。
風景やその場の空気感が伝わってくるような描写。
自伝的小説というからまた泣ける。
さだまさしってこんな良い文章書く人だったのか。 -
こちらも感動作。命をつなぐということ、偲びつつも亡き人への想いに区切りをつけるということを精霊流しを軸に描いています。中心舞台である長崎の風景の描写も美しい。長崎を故郷とするさださんならではの視点だと思います。
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マジで泣いた…。
さだまさしさんは有名だし、多才である事は知っている。
確か弟さんが事務所の社長をやられているみたいだけど、インタビュー記事に『兄は破天荒だからその後始末が大変だ』みたいな事が書いてあり意外に思った。
でも何処かで兄を尊敬してるような響き(文章だけど)もあって何か魅力のある人なのかも知れないなーと思った覚えがある。
さださんが長崎出身である事は知ってる。『がんばらんば』という曲を出してらっしゃるけど、それが教育テレビで流れていた(中学生くらいの時かな?)結構耳に残るし、九州弁はどこか安心感がある。
この小説も所々に長崎弁が使ってあり、私は九州出身なので普通にスラスラ読めるがそうじゃない人は苦労するのかも知れない。
さださんは私の父と同世代の人で戦争が終わって数年後に生まれている。
この小説はさださんの自伝的小説らしいが、お父さんの事やお母さんの人生をここまで細かく知って覚えているのは凄い。それだけコミニュケーションをしっかりしていらしたんだと思う。
そういうところでも愛というか人情というか…今では忘れてしまった人の美しさが見えてくる。
長崎と言えばやはり『原爆』を連想してしまう。
さださんは経験していないけど、直に経験した人の話を聞いているし、被曝した人を見たりしている。
そういう事をちゃんとカタチとして残したいと思ってこの小説を書いたのだなぁ。
今はスマホで簡単にやり取り出来てしまうし便利ではあるけれど、情報も多く詐欺等もあり田舎の人でも知らない人には警戒してしまい人と人の間に大きな壁が出来たと感じてる。
そこで、この小説を読んだ時に(ああ、こんな時代もあったんだな…)と涙を流してしまった。
無くなってしまったんじゃなくて出せなくなってしまったんだと私は思ってる。
人には愛がある。絶対。 -
ばらばらな断片を,時間差攻撃で並べ,それを少しずつつなげ,最後にはっとさせる。これがまさしの得意とするパターンだ。だから慣れていない人には読みにくいだろうなと思いながら読んでいた。特に最初は気負いがあるから,文章が前のめりになっている。
ほとんどのエピソードの輪郭はもうすでに知っていた。まさしのトーク集で,まさしの歌で,まさしの他の本で語られ歌われていたことが小説というかたちを借りて,再発信されていた。にもかかわらず,じーんときた。そこにまさしの歩んできた人生の重さがあり,彼の”生”をささえてきたたくさんの大切な人々の”生”の重さがあるからなのだろう。
自分はピラミッドの頂点にいる。自分の下には父・母,そして祖父,祖母,そしてそれにつながるたくさんの人がいる。その上で自分が生きていることを忘れてはいけない。そんなメッセージが届いてきた。
私は「おばあちゃんのおにぎり」の話が大好きだ。自分が無意識に(いや厳密にいうと意識して)人を傷つけてしまったことに気づいた瞬間。顔から火が出るような瞬間。私の中でもいくつもの場面が焼き付いている。高校時代,親しくしていた友人がせっかく持ってきてくれたミッシェル・ポルナレフのテープとその歌詞を持ち帰るのを忘れて,次の日,友人がそれを見つけてしまった場面・・・。それが私にとっては,「おばあちゃんのおにぎり」だ。
「精霊流し」の中で一番気になった話は,まさしがコンクールで争ったバイオリニストの夭折だ。この話も沁みる。この話が本当なら,彼女の本当の名前を知りたい。そして彼女のバイオリンを聴いてみたい。 -
さださんの自伝的な小説。実に波乱万丈な半生、感動的でした。
幼い頃の暮らしぶり、アルバイトで生計を立てていた大学時代、魅力的な人々との出会い、大好きな家族との別れ。
一人の人間はこんなにもたくさんの経験をするものなのか。
それに比べ自分はなんて平凡な人生なんだろうと思いましたが、それもまたひとつの幸せ、ですね。