- Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
- / ISBN・EAN: 9784910827001
感想・レビュー・書評
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感想
学校での哲学教育。日本では民主主義は外から与えられてきた。自分で勝ち取った実感は薄く権利を行使しない。子供達に自分で考える機会を与える。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
<目次>
序章 学校は何のために存在するのか
第1章 民主主義の土台としての学校~全員が合意できる「最上位目標」を探せ
第2章 日本の学校の大問題~民主主義を妨げる6つの課題
第3章 学校は「対話」で変わる~教育現場でいますぐできる哲学と実践
終章 教育を哲学することの意味
<内容>
麹町中校長で、宿題全廃・全員担任制などをおこない、現在横浜創英中高の校長をしている工藤勇一と熊本大准教授の苫野一徳の対談集。ここでは工藤氏のポリシーが聴ける。タイトルの通り、学校は民主主義を教える場、なのだが、それができていない。民主主義の根幹は、「全員が合意できる「最上位目標」を探すこと」。なるほど目からうろこである。現在、民主主義は終わったとの説も出るくらい、日本の、いや世界の民主主義は閉塞感に満ちている。多数決などが問題なのはわかっていた。工藤氏は、多数決ではマイノリティが排除されるし、彼らの不満がたまるだけ、という。「全員合意」がポイントで、でもそんなことは無理なので、「最上位目標」という形で、妥協点を見つけること。皆が歩み寄ることが「民主主義」なのだという。学校は、その勉強に、訓練に最適なのだという。確かにそうである。そこから始まり、今の教育界の膿を次々と指摘する二人。自分も学校現場にいて、納得の話である。教育関係者は、特に若い層の人は読むべきである。 -
「いじめ調査の目的は、苦しんでいる子どもがいないかどうかを探し出すことで、いじめの件数を減らすことではありません」。数字目標が自己目的化し、問題解決を置き忘れる公務員組織に対する痛烈な批判である。