あやめ 鰈 ひかがみ (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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感想 : 10
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062761819

作品紹介・あらすじ

幽明の境を彷徨う魂 交響し合う3つの物語

冥界への入り口に咲くというあやめの名を持つスナックで同級生との再会を待ち望む男。酒宴のために仕入れた鰈を詰めたアイスボックスを抱えたまま地下鉄から降りることのできない男。横たわる妹のひかがみに触れた手が噛み千切られる妄念に陶然となる男。妖しく絡み合う3つの物語。木山捷平文学賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  •  現実と幻想(?)のはざまを漂う男3人のそれぞれの話が、あとがきにもあるようにまるで輪のようでした。
     生きていることと死んでいることは、近いというより、少し重なっているのかなという気がしました。線を引くようにくっきり分かれるものじゃなく、生きてもいるし、死んでもいるし、そんな感じがしました。

  • 「あやめ」「鰈」「ひかがみ」という、少しずつ連鎖する3つの短編からなる作品集。まず「あやめ」では主人公が最初の数行で事故死してしまっているのに、その自分の事故現場を後にしてふらふらと歩き出した当人(霊魂のようなもの?)が、友達に電話したり、幼なじみと再会したりしながらいつまでもブラブラしているし、「鰈」の主人公は、酔っ払って電車に乗ったまま、同じ時間をぐるぐるし続け、「ひかがみ」の主人公もまた、死んだはずの妹が今もずっと部屋で寝ている家で、同じ時間を行ったり来たりしている。いずれも自分が死んだことに気づかず、生きていた頃と同じ生活を送り続けてる人のようでもあり、そもそも生きているということ自体が、そんな夢だか死後だかわからないような世界なだけかもという不安感もあり、とても不思議な世界でした。

  • 「あやめ」の始まりかたが好きだと思う。事故で死んだ木原が立ちあがり死んだことを分かりながらずれた記憶の中を歩いていくところ。隣り合わせの記憶の世界では死者が生者のように動いている。「鰈」は「あやめ」にも出てきた土岐が死者の地下鉄に載って地獄の世界に足を踏み入れていくまでが書いてあった。これはちょっと微妙。明らかな社会的強者と弱者の色分けが苦手なんだと思う。弱者の気持ちを上から書いてあるように読めてしまうのが苦手。性的な弱者も。今後の自分の課題でもあるかも。逃げてばかりじゃダメだ。書けないならせめて読めないとダメだと分かっているから。「ひかがみ」は良かった。真崎が死者を見送って妹を獲る。この妹タマミは蛇だ。ひかがみを触る。なめらかなひかがみをさわる。いないはずの妹。死者からの電話。生きているのはいったい誰なんだろうと思う。

  • 暗くて抜け出せなくてどこかへ行きたいのに堂々巡り。
    でもそれが生きるってこと?
    妙にリアルでした。

  • 松浦さんの小説にはどこかうらぶれた男が出てくることが多い(気がする)

    例えば堀江敏幸さんの小説なら、登場人物を堀江さん自身とすげかえて想像してもそれで違和感がなかったりするけれど、松浦さんのはそうするとだいぶ違和感が出る(学者っぽい小説家としてお二人を比べてみました) そもそもそういう読み方自体が変なのかもしれないけれど、前に読んだ松浦さんのものもそんな感じだった気がするので、なんなんだろう、と思う。

    で、ちょっと思うことがある。これは「わざと」やっているんではないかと。いやいや小説家なので「わざと」やるには決まっているのだけれど。それでもあえて姿を変えて、流れる時間の中に身を置いてみる、ということをやってる感じがするのである。

    ここに出てくる男は死にかかっている人ばかりである。冥界に足片方(あくまで片方)を突っ込んでみせることで日常に見えてくるものを探る、という所作のように思われるのだが、どうだろうか。

    最近、文学を読んでいて「幽霊」というワードが気になっている。これもある意味「幽霊」を扱っているような気がするけれど。

    それにしても『あやめ 鰈 ひかがみ』というタイトルの妖しさといったらない。三篇の絡み合いも後で振り返ると面白い。

  • 社会の底辺で幽明の境を彷徨う男達が落ちてゆく失墜の中に呑み込まれながらも、幸福を見出してゆく過程を描いている。虚実が定かでない幻想世界に今回もどっぷりと浸らせてもらった。花腐しや幽に比べると幾分弱いか。

  • 三本の短編からなる連作小説。
    主人公は多少の違いはあれ生と死の狭間の世界にいる。
    「あやめ」は生と死の間に生えているとされる花で、主人公の旧友がママをするスナックの名前でもある。主人公は交通事故にあって死んだはずの男だ。
    「鰈」は泥酔して記憶があいまいになりいつ買ったかわからない魚がクーラーボックスに入っているという、これも生と死のモチーフとして描かれている。
    「ひかがみ」は膝の裏側のくぼみのことだ。いつ死んだのか、いや元々いたのかもわからない妹の布団からのぞくひかがみは、生(性でもある)のモチーフである。
    全編通して時間の知覚をあいまいにすることで、都会の隅で時間が濁っていく描写のその手管が最高でとても気持ちよく陶酔の世界に入り込むことができる。

  • 読みやすくなった古井由吉という感

  • 「あやめ」は哀愁漂う話ながら、最初はそれほど心ひかれなかったが、途中やめにしないでよかったと思う。「鰈」「ひかがみ」まで読むと、「あやめ」の魅力がようやく見える。いずれも生死の境をさまよい続けているが、堂々巡りを抜け出そうとあがいているというよりは、自ら進んで闇の底に身を沈めようとしている。行き着く先にあるのは諦観か、それとも暗くゆがんだ希望か……1つとして欠けてはならない3つの環の軌跡に、知らず知らずひきずり込まれてしまう。

  • 推敲してるんだろうけど、「うまいこと言ってやろう」みたいな変な気負いが感じられず、非常に自然で綺麗な文章。尊敬する。

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著者プロフィール

1954年生れ。詩人、作家、評論家。
1988年に詩集『冬の本』で高見順賞、95年に評論『エッフェル塔試論』で吉田秀和賞、2000年に小説『花腐し』で芥川賞、05年に小説『半島』で読売文学賞を受賞するなど、縦横の活躍を続けている。
2012年3月まで、東京大学大学院総合文化研究科教授を務めた。

「2013年 『波打ち際に生きる』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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