ハックルベリイ・フィンの冒険 (新潮文庫)

制作 : Mark Twain  村岡 花子 
  • 新潮社
3.53
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本棚登録 : 545
レビュー : 48
  • Amazon.co.jp ・本 (460ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102106020

感想・レビュー・書評

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  • 僕らは大人たちから「大人になるために」と言って、次から次へと教科書を詰め込まれ知識を注ぎこまれきた。でもこの本には教科書的な知識なんて一かけらも出てこない。

    「おやじは、いつか返すという気持ちさえあれば、物を借りることは少しも悪いことではないと、いつも言っていた。未亡人はそれは盗みを体裁よく言ったにすぎない、きちんとした男の子のすべきことでないと言った。」ハックルベリイ・フィン(ハック)は、暴力親父と育ての親の未亡人との両極端の教えの間で悩む。
    しかし元黒人奴隷で、訳あってハックと川下りの旅をともにするジムは、こう言った。「未亡人の言うことにも正しい点があるし、お父っつぁんの言うことにも正しい点がある。われわれのとるべき最善の方法は、いろいろあるものの中から二つ三つ選び出し、これだけは今後借りない、と言うことだ。そのほかのものは借りても差し支えなかろうと思う。」

    読者がハックに引き込まれるのは、教科書やマニュアルといったものをハックがはなっから放り投げてるところにあると思う。筏(いかだ)の上で暴風雨に巻き込まれたり、銃弾がすぐ横をかすめ飛ぶような状況では、教科書なんてクソの役にも立たない。
    ハックのその場のひらめきが(たいていは口から出まかせなんだけど)、どんどん膨らんで、周りの人を巻き込む数々のエピソードは、例えば、ハックが聡明な女の子に出会い、同情や憐れみが、次第に思慕というか恋愛のような感情に変化し、うまく心の中で整理できないながらも、彼女のことで頭がいっぱいになって走り回ったように、どんな教科書よりも的確に“人生とは何か”“生きるうえでどんな課題が迫ってくるか”を私たちに教えてくれる。

    一番好きなエピソードは、ハックが川に流されてジムとはぐれ、やっとの思いで追いついたらジムが眠っていたので、少しからかってやれと企む話。
    しかし実はジムは、はぐれたハックを心配のあまり泣き疲れて眠っていたのだった。ジムに「ごみくずたあ、友達の顔に泥を塗って恥ずかしい思いをさせるような人間のことさ」と言われ、「謝りに行く決心がつくまで十五分かかったが、しかし、僕はやってのけた。そして、後になっても謝ったことを後悔しなかった。それ以来、ジムに性の悪い悪戯をしないし、あの時だってジムにあんな思いをさせるとわかっていたらしなかったであろう。」とハックは思った。
    誰もが経験する、楽しさと苦しさが複雑に絡まったような人生を、ハックは種明かしのようにさらっとほどき、私たちに見せてくれる。

    この本を電車で読んでいて、何回降りるのを忘れて乗り過ごしたか。それほど夢中になれた。
    (2011/9/25)

  • トムの冒険は夢見がちな子供の常識・形式・先人に
    とらわれた、ごっこ遊びだが、ハックの冒険は
    とても人間的で欲深く、狡い大人や矛盾を抱えた
    世の中や人として正しいとは何かを巡る冒険。
    ジムとのやり取りの一部は当時の社会の限界に
    とらわれる面もあるが、さまざまな人と出会い、
    自分の行いや他人の行いに対する自分を振り返り
    自分は卑しい人間であるとか、恥ずかしいとか
    悶えているあたりが、子供より大人向き。
    トムが再登場してからは、トム色濃いめ。

  • 訳者は赤毛のアンの名訳で有名な村岡花子氏。赤毛のアンでは瑞々しく繊細な自然描写を描き出した氏であるが、このハックの冒険における自然描写ではどうにも装飾過多に走り過ぎた嫌いがあり、少なくとも私にとって読んでいて何度も鼻に付く場面があった。原書とも読み合わせたが、訳者の丁寧に自然表現を翻訳して描写する性質が、本書においては執拗な過剰描写になってしまった感がある。駄訳であると言いたい訳では決して無いが、個人的にハックの冒険に関しては、本書よりも岩波文庫の西田実氏の翻訳をお勧めしたい。

  • だいぶ昔読んだものを再読。大人になって読むとかなり皮肉なユーモアが効いた話であることが分かる。たびたび窮地に陥ったハックが、その都度口から出まかせで乗り切る場面は最高。
    一方この本に出てくるトム・ソーヤーは、理屈や物語ばかりに夢中で使えないヤツという印象。ハックの実務的なサバイバル譚の後に登場すると、ユーモアを通り越してイライラさせられる。
    また大人になって分かる点として、奴隷制度に対する意識の複雑さがある。この話の時代にあっては奴隷制度は正しいもので、黒人を自由の身にすることは罪。ハックはジムへの友情ゆえに最終的に「それじゃあ僕は地獄へ行こう(p331)」と決意するが、一方で二人の言葉遣いには上下関係があり、ハックの意識の中でも黒人は決して対等ではない。
    村岡花子の訳では黒人の台詞を東北弁?的に表現しているが、「風と共に去りぬ」でも同様だった。「黒ん坊」という訳語がおそらくは意識的に使われている点等、むしろ大人でなく子どもに読ませるなら何らかサポートが必要な本だろう。本で覚えた言葉、普通に使うからね。

  • 村岡花子訳ということだが、原書ににある冒頭の”NOTICE”文が書かれていない。他の訳者のもので読んでみたい。

  • 私が初めて原書で読んだ話です。
    翻訳とは違う点もあります。
    日本と生活環境が違うのでしょうね。

  • すごく楽しめた冒険小説。人身売買、詐欺、殺し合いと穏やかでない話だが、ハックとジムの関係は心が温まる。意外とトム・ソーヤー(トムソーヤーの冒険は未読)が面倒くさい奴で笑いました。

  • いろいろなストーリーがありますよね。
    カヌーでこぎだしていくのはすごいなって思いました。

  • 子供への虐待、黒人差別、開拓精神のDNA。当時の米国社会が抱えていた問題の光と影が見えてくる。昔カルピス子供劇場でアニメ版を見たときとは、明らかに印象は異なる。翻訳者が村岡花子というのも心に染みる。

  • 二度目の読了。不思議なことに昔読んだ感想とほぼ変わらなかった。悪党ふたりが延々と語られていくくだりは相変わらず不快だし、トム・ソーヤーの大脱獄劇の顛末は一行読み進むごとに笑いが止まらず腹痛を起こすほど。
    あらためておしえられたのが、無知で善良な人々は、優しい反面、非常に残酷で、一言で語るのが、難しいということ。
    人間の性質は、一面からのみ語るのが手落ちだということ。

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著者プロフィール

Mark Twain, 1835―1910
アメリカ合衆国の小説家。ミズーリ州フロリダ生まれ、同州ハンニバルで育つ。本名サミュエル・ラングホーン・クレメンズ(Samuel Langhorne Clemens)。西部・南部・中西部の庶民が使う口語を駆使した作品によってその後のアメリカ文学に大きな影響を与えた。『トム・ソーヤーの冒険』(1876年)のほか数多くの小説や随筆を発表、世界各地で講演も行ない、当時最大の著名人の一人となる。無学の少年ハックルベリー・フィン自身の言葉で語られる『ハックルベリー・フィンの冒けん』(イギリス版1884年、アメリカ版1885年)はなかでも傑作とされ、アーネスト・ヘミングウェイは『アフリカの緑の丘』で「今日のアメリカ文学はすべてマーク・トウェインのハックルベリー・フィンという一冊の本から出ている」と評した。

「2017年 『ハックルベリー・フィンの冒けん』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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