電球交換士の憂鬱 (文芸書)

著者 :
  • 徳間書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784198640866

作品紹介・あらすじ

十文字扉、職業電球交換士。節電が叫ばれLEDライトへの交換が進む昨今、仕事は多くない。それでも電球にこだわる人の求めに応じて電球を交換し生計を立てている。人々の未来を明るく灯す……はずなのに、いく先々でなぜか巻き込まれるやっかいごとの数々。自分そっくりの男が巷で電球を交換してる? 最近俺を尾行してる黒い影はなんだ? 謎と愉快が絶妙にブレンドされた魅惑の連作集!

感想・レビュー・書評

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  • 電球交換士…世界でただ一人に与えられた肩書き。読んで字のごとく、電球の交換だけを専門に引き受ける職業で、この一風変わった肩書きはいかにも吉田さんらしい。
    電球を交換する際、いきなり強烈な電気ショックを食らっても平気だったことから、自分を不死身な男と自負する十文字の物語。

    今宵も行きつけのバー〈ボヌール〉のカウンターに常連客が揃い、思い思いの飲み物を飲みながらとりとめのない話をする。
    十文字に春ちゃん、マチルダ、ママ、西園寺。べったりじゃなくて程よく距離を置く。でも仲良し。
    吉田ワールドはやっぱり穏やかな夜が似合う。
    どこまてが嘘でどこからが本当か分からない、そんな話の間を行きつ戻りつ縫うような話が何故か心地よい。
    私もみんなのお喋りに交じりたい。
    そして十文字の作った卵サンドが食べたくなる。

    不死身って一見羨ましいようで、実は厄介なもの。周りの知り合いがみんな居なくなっても、一人この世に居続けるのはやっぱり寂しい。
    いつか終わりが来るから、今を楽しめる。限りある時間を精一杯に生きる大切さをしみじみ感じた物語だった。

  • 吉田篤弘作品の主人公たちは
    実はみなハードボイルドだ。
    (ほのぼのとした作風だけを見ると納得できない人もいるかもだけど)

    『レインコートを着た犬』に登場する
    映画好きの犬、ジャンゴも

    『つむじ風食堂の夜』の
    雨降り先生やデニーロの親方、
    イルクーツクに行きたいと願う果物屋の青年も、

    『それからはスープのことばかり考えて暮らした』の
    サンドイッチ屋トロワで働く青年オーリィー(大里)さんと
    トロワの主人の息子リツくんも、

    『フィンガーボウルの話のつづき』に出てくる
    予告編専門の映画監督「ろくろく」も、

    『針がとぶ』の短編に登場する
    読書と古い映画が好きなホテルのクローク係と
    風変わりな少年バリカンも

    『78』の
    レコード好きの青年、バンシャクとハイザラも

    『空ばかり見ていた』の
    放浪の床屋ホクトさんも
    みなそれぞれがそれぞれの喪失を抱えながらも
    自らの信念やルールに従って生きている。

    信念を貫く不器用な生きる姿勢や
    自分が信じた者のために強くあろうと
    もがき続ける男のロマンが吉田作品にはいつもある。
    そう、吉田作品は『精神のハードボイルド』なのだ。


    そしてこの物語の主人公も同じく。

    酒場は好きだが、酒は下戸で、不死身の体を持つ、
    世界でただ一人の電球交換士(電球の交換だけを専門に引き受ける)を名乗る男、
    その名も十文字 扉(じゅうもんじ・とびら)。

    サイド・カー付きのオートバイ「コブラ・ブラザーズ号」と革ジャンでキメ、
    いれたてのコーヒーとお手製卵サンドをランチボックスに納め、
    あらゆる街の電球を交換して回る十文字が惚れぼれするほどカッコイいい。

    短命の血筋に抗うために
    どこまでも死なずに世界中の電球を交換し続けることを使命とし生きている十文字。

    彼は言う。
    電球を交換するという作業は、
    死に絶えたものを看取り、
    新たな命を与えて
    無くした光を取り戻すことで、
    すなわち「再生」する仕事なのだと。



    活版印刷屋「ミナト町活版印刷倶楽部」の二代目で
    酒豪にして美人の春ちゃん(おそらく20~22歳)、

    見た目はボーイッシュで色白美人だが、実はニューハーフのマチルダ(年齢不詳)、

    口数少なく頼りなさそうな
    自称刑事の西園寺剛(さいおんじ・ごう)、

    バー「ボヌール」の女主人の『ママ』、

    十文字を不死身の男と診断した、
    自称ヤブ医者のドクターヤブ、

    ドクターヤブの妹で
    精神科医のアスカさん、

    パンクバンドの元メンバーで
    今は美術館で学芸員をする清楚な美女、八田美枝子(はった・みえこ)、

    自称二百年生きてきた
    「不死身」の先輩、谷原さん、

    自称タイムトラベラーの檜垣くん、

    そして弾よりも速い男、弾丸男・ハヤテ
    などなど、
    吉田作品に共通するユーモラスでヘンテコな登場人物たちが
    どこかここではない世界へ誘ってくれる。
    (おとぎ話的な異国情緒を感じさせる不思議な世界観はいつもと同じく、今作では謎が謎を呼び、哲学的要素もチラホラ)


    以前にも書いたけど、吉田篤弘の連作短編集は
    一冊トータルとしてどうこう評価するよりも、
    読んだ人それぞれが
    それぞれのお気に入りのストーリーを見つけて、
    そのショートストーリーを
    何度も何度も読み返すのがベストな楽しみ方だと思う。
    (また吉田さんの短編は何度読み返しても、そのたびに心地良さが持続するところがスゴいのだ!)


    重力から解放された状態で深い眠りに就ける
    「無重力寝台」、
    (ぜひとも試してみたい!)

    店主の西島さんが何を言う時でも
    人生を交えて語り出す
    「人生理髪館」、
    (お喋りなタクシー運転手と共にこれは勘弁して欲しい…)

    ニューハーフ専門の銭湯「桃の湯」、
    (間違って入ってしまったらと思うと…汗)

    他にも亡き夫の亡霊を追いかける映画館の未亡人や
    マチルダと檜垣くんの時空を超えた恋の物語や
    (ロマンチック!)

    続けてゆくための信念となる春ちゃんの作業場の電球の話など
    ヘンテコな登場人物たちが織り成す
    ヘンテコなエピソードが
    なぜかじんわり心に沁みること沁みること。


    吉田篤弘がいつも決まって描くのは、
    静かなふりをして饒舌で、
    古臭いのに確かなもの。

    ふつうの人のふつうの強さや
    そこから紡ぎ出されるもの。
    そして時とともに滅び行くものと
    時が経っても決して変わることのないものだ。


    活版印刷屋、スリ、
    入れ替え制のない昭和の時代の映画館、サーカス小屋、商店街の銭湯、デパートの屋上の小さな遊園地、
    チキンもビーフも冠が何も付かない「ただのカレーライス」、
    そして電球交換…。

    消え去っていく「古き良きもの
    」たちが胸に沁みる。

    詩的で寓話的で強烈に郷愁を誘う世界と
    吉田作品の根底に流れる
    いつかは消えてなくなるものへの憧憬と鎮魂は今作でも描かれている。


    不死身の体を持つ十文字の苦悩。
    生き続けることは果たして幸せなのか。
    (「銀河鉄道999」や「100万回生きたねこ」に通じる永遠のテーマだ)


    しかるべき時が来たら、フィラメントが痩せ細って
    『こと』切れるのが電球の美学であるように、
    人間の体も寿命があって、限られた命だからこそ、
    この場所、この時間は
    たった今だけのもので、
    だからこそ輝きを増す。

    人生は短い。明日が来るなんて保障はどこにもない。
    だからこそ一期一会なのだ。
    自分の殻なんて破って、躊躇することなく
    新しい扉を開いていかなきゃ。


    読み終わった今、
    そんなことを十文字に教わった気がした。


    あっ、そうそう、
    読めば必ず卵サンドが食べたくなるので
    ご注意を。

    • yumiieさん
      円軌道の外さんこんにちは。初めまして♪yumiieと申します。
      昨日はたくさんのいいねのポチをありがとうございました♪
      さらにフォローま...
      円軌道の外さんこんにちは。初めまして♪yumiieと申します。
      昨日はたくさんのいいねのポチをありがとうございました♪
      さらにフォローまでして頂き感激です!ありがとうございました。
      昨夜はのんきにお月様を愛でておりましたところ、突然お知らせメールの嵐がやってきましてて..!(笑)
      吃驚するやら嬉しいやら恥ずかしいやらでしたけど、^^スーパーブルーブラッドムーンに
      さらにもう一つの良いことが重なったような気分の嬉しい夜でした。^^

      円軌道の外さんの本棚拝見しました。
      円軌道の外さん、プロボクサーでいらっしゃるのに本棚に並べられた本や映画や音楽たちが
      とってもソフトでマイルドで♪ライト級ですね♪♪^^
      私のすきな作家さんの本がたくさん並んでいて増々うれしくなりました。

      実は近頃タイムラインがなんだかとても賑わっているように感じられていて
      その中には円軌道の外さんのレビューもたくさんあったので読ませて頂いていました。
      とても楽しそうな文章の中に、その本や作家さんの良さもちゃんと伝えられていて
      素敵だなと思っていました。その中にこちらの吉田篤弘さんのレビューがあって
      私の大好きな作家さんだったもので思わずをポチッとさせて頂いていたのです。

      円軌道の外さんの素敵なレビューでこちらにすっかり長居させて頂きました。
      楽しかったです♪またゆっくり伺いますね。私からもフォローとポチッとをお贈りして帰ります。

      どうぞよろしくお願いいたします。
      2018/02/01
  • 『それでも世界は回っている 1』に登場した“電球交換士”のトビラさんこと十文字扉さんの物語、連作7話が収録されています。実は本書の方が先だったようですね。

    世界でただ一人の“電球交換士”で不死身(かもしれない)の十文字さん。ちょっとアンニュイな雰囲気ながら、某寅さんよろしく行く先々で出会う“美女”達に心がグラついてしまう部分もあります。
    そんな彼が、不死身(かもしれない)であるが故の憂鬱を抱えながら様々な事に巻き込まれていくのですが・・。
    吉田作品ならではの、不思議だけど心地よい絶妙な世界観は健在で、十文字さん行きつけのバー<ボヌール>の常連メンバーをはじめ、登場するキャラも個性的でどこか浮世離れしています。
    そして、この物語は時が移り行くにしたがって廃れていくものの寂寥感のようなものが根底に流れている感があるのですが、それでいて、心が良い感じに緩むような独特の読後感が良いですね。
    個人的には第四話「煙突の下で」のオチが“やられた感”があって好きでした。

  •  ちょっと気になっていた本、おそるおそる読んでいったらすごくおもしろいし、ぐいぐい引き込まれる。カラカラに乾いたようなミナト町を舞台にした、<電球交換士>を名乗る男の話で、ディストピア系かなと思ってたのだけれど、思ってたよりも現実的。でも過去に置いて行かれたモノや場所がたくさんでてきたり、奇妙な事が起こったりもして、なかなか現実は奇なり。
     メガネをかけることで、視界が変わるのが印象的だった。憂鬱は視力もあったかも分からないけれど、その間にあった<電球交換士>としてのこれからの<永遠>をどうするかも大きく在ったわけで。時間の短さ・長さ、いつが人生の折り返しなんて誰にも分からないわけで。そこに<永遠>が付いてしまったら途方もなくなってしまうだろう。散髪のオヤジさんの話も深いなと思った。でもそうなかなか髪を切りには行かないな……申し訳ないけれど。

     2話で出てきた偽者もまたあの人の仕業だとしたらあの人ほんと何者。

  • "電球を交換するという行為が、彼らのーもしくは彼女たちのーどこか奥深く隠されてあったものに触れてしまうのかもしれない。"

    "これから電球だけじゃないいろんなものを交換することになる"

    普段何気なく見ているものの小さな声が聞こえてくるような、今まで気にしていなかったようなものが突然存在感をあらわしてきたような、なんかそんな気持ち

    ぼやけていた世界がくっきりはっきり見えた時、また始められる
    私もこれからいろんなものを交換していく

  • ハードボイルドのようなハーフボイルドのような。
    ミステリアスとメランコリックが同居している。
    電球は交換出来るけど眼球は交換出来ないから眼鏡で明るさを憂鬱から解放させるんだな。

  • 電球交換士の十文字の仕事は、切れた電球を交換すること。
    その仕事中に火傷を負ったことがあり、診察された自称ヤブ医者から「不死身」になったと言われる。
    そんな十文字を尾行する人間の気配があり......。

    2016年8月24日読了。
    吉田さんには珍しい、ちょっとハードボイルド的な語り口が新鮮でした。
    大人の童話的な部分は変わらずに、でも、好きな部分と苦手な部分が混在している作品でした。
    なので、☆は3つ。

  • +++
    世界でただひとり、彼にだけ与えられた肩書き「電球交換士」。こと切れたランプを再生するのが彼の仕事だ。人々の未来を明るく灯すはずなのに、なぜか、やっかいごとに巻き込まれる―。謎と愉快が絶妙にブレンドされた魅惑の連作集。
    +++

    電球交換士の十文字扉の物語。かかりつけのやぶ医者(本人曰く)に、不死身であると宣告されて以来、「どうせ」死なないのだから、という諦めと虚しさのような気分に浸されているような気がしている。電球を交換してほしいという依頼があれば、あちこちに出向いて「十文字電球」に交換するが、その電球にも実は事情があって、いずれこのままではいけないという思いを抱えているのである。行きつけのバーに集う常連客達とのやり取りや、それぞれの事情に考えさせられることもあり、滅びていくものと続いていくもの、そして新しく作られるもののことに思いを馳せたりもする。不死身の我が身の来し方行く末を考えるのも、途方もない心地である。いくつもの軸を持って流れている時間というもののことを考えさせられる一冊でもあるような気がする。

  • 不死身と診断された電球交換士にまつわる連作集。限られた時間を生きているからこそ、幸せなのだ。

  •  主人公の一人称が珍しく「俺」だからか、少しハードボイルドな印象。
     主人公は自称不死身の電球交換士。その名の通り電球を交換するのが仕事。

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著者プロフィール

1962年、東京生まれ。小説を執筆しつつ、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作、装丁の仕事を続けている。2001年講談社出版文化賞・ブックデザイン賞受賞。『つむじ風食堂とぼく』『雲と鉛筆』 (いずれもちくまプリマー新書)、『つむじ風食堂の夜』(ちくま文庫)、『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『モナリザの背中』(中公文庫)など著書多数。

「2022年 『物語のあるところ 月舟町ダイアローグ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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