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Amazon.co.jp ・本 (280ページ) / ISBN・EAN: 9784198654788
作品紹介・あらすじ
卑俗にして至聖、極微にして極大、さらには極北。この小説家はほんとうに恐ろしい。
花村萬月
せっかく読んでいた物語が、CFのせいでグチャグチャになる。それは全部CFのせいなんだけど、そもそも何の為にこれを読んでいるのかとCFは思わせてくる。そこからはもう、CFにまるごと委ねれば楽になる。CFが全部やってくれる。CFが知っている。CFに行きたい。
尾崎世界観 クリープハイプ
罪の責任を取る必要がない「無化」を行ってくれる超巨大企業・Central Factory。
加害者のみならず被害者の苦しみも取り除いてくれる夢のような技術を持ち、世を平穏へと導いている。
が、それに疑問を持つ男がひとり。男はCFへのテロを計画していた。
人生に上手く馴染めないキャバクラ嬢、能面のような夫の表情に悩む主婦、少女へ恋する中学生、自由を持て余すホームレス、CFの布教に勤しむ老婆、CFでの労働によって犯罪の清算をする中年、社長の著作代筆作業に行き詰まるCF広報室長。そして、CFの欺瞞を暴こうとテロを計画する男。
CFCFCF。
CFをめぐり、人々は交錯する。
罪とは何か。
責任のとり方を問う群像劇。
感想・レビュー・書評
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この作品のテーマは、「責任の物質化、責任の無効化」難しいテーマなんですが、著者の独創的な感性と、大衆性を上手くマッチさせて、とても読みやすかったです。加害者の罪を赦せるのか? 責任の無効化という、都合の良い現象で解決させていくCFの
本当の姿とは、現代社会の闇にも通ずる問題を滑稽に、ドラマッテイクに描いた作品だと思います。
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テーマの面白い作品だった。
「責任」が物質化出来て、なおかつそれを物理的に取り除くことの出来る秘密の施設がある。
世の中の数多ある責任問題は、この施設で攪拌され、責任を負うべき人の責任を感じずに済む。
そして、責任を問おうとする被害者の気持ちもまた、霧散してしまう。
そもそも「責任」を感じるとは?と思った時に思い出したのが、古田徹也『それは私がしたことなのか?行為の哲学入門』だった。
行為は、様々な因果によって成り立つ。
意図的な殺人にしても、加害者の背景を探ろうと試みることは、その人だけに責任があるわけではないという思いもあるだろう。
そしてまた、その背景となる人や団体、社会は、時として〝寝耳に水〟のような出来事に、頭を下げなくてはならなくなることもある。
では、責任を感じる心がなくなったら?
CFの世界は歪で、物理的な処理を行うために、その毒物に身体を蝕まれる工員の姿が描かれる。
(しかし、彼らはそれが本当に「責任」を扱った仕事なのかも、それによって身体がなぜ蝕まれるのかも知らない)
結局、それって罰によって罪が償われることと違わないのでは?
……と思うのだが、実際に「責任」がなくなってしまうという、気持ちの安寧のためには、償いに自らを投じてしまう(ものなのかもしれない)。 -
CF爆破を計画する森嶋由紀夫に感化された高梨恵さんは、その後間違いなく片棒を担いだだろう。上手く遂行できたか気になるが、薄幸な女性のある意味無償の愛。
責任を無化するためにピンクの溶液をかき混ぜる重要な仕事は菅原哲明社長以下、宝月誠仁らの
宗教や洗脳から連想される大規模な詐欺行為?これが真相でしょう。
最後、高梨さんは幸せだったかも -
芥川賞作家によるディストピア×政治風刺小説。ディストピアものだと渇いた印象を受けるのだが本作はぐっちゃぐちゃな読み心地で筆力がないと読まれないレベルだった。CFという巨大な会社は「責任」を浄化する商品を作っている。というあらすじだけで惹かれるものがあり、自分は楽しく読めた。「責任」が浄化されれば加害者も被害者も無くなるのだ、というのが「宗教」として広まるのではなく「システム」として広まっていくのが恐怖と納得の両側から迫ってくる。それでもラストは納得しそうになったので自分もCFに毒されているのか。
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第8回ビブリオバトル全国大会inいこま予選会③オンラインで発表された本です。
2023.2.5 -
SFかと思ったら、政治批判的な一面もあり、
本当にあったらと思うリアリティさ。
責任という言葉が、低レベルなもの(会社での責任)まで無下できたら、成長しない?現状維持?。CFのトップが責任を無くすことはしてなそうなのも良い。 -
CFという装置は 責任を物質化して無化する。加害者の責任の消失と被害者の苦しみの消滅がセットにおこることで、仕返しの応酬がなくなるのだから、CFという装置は肯定したくなる。しかし、どんな悪事も無化されるとなると、悪事に歯止めが利かなくなる。こんな装置 あったら迷惑である。
アイデアとしては秀逸な作品であった。ストーリーとしてはディストピアで後味悪いから星3つ。 -
どんな罪や責任も無効化してくれるCFという企業を取り巻く人々の話。もちろんフィクションなのだが、責任問題を有耶無耶にできる存在があれば、生活がどれだけ楽になるだろうかと思いながら一気に読んでしまった。
責任や罪悪感は物質として存在せず、我々が信じているからこそ存在している。サピエンス全史でも虚構を信じる力が人類の繁栄に繋がったと述べられているが、逆に言うと、どんなストーリーでも信じる国民がいれば、程々の幸せを享受できると想った -
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責任の物質化、無化という突飛な設定のSFだが、時代設定が現代(あるいはそう遠くない未来)なのですんなりと物語世界に入っていける。ある種のディストピアものといっていいだろう。終盤の意外な展開も面白かった。作者の作品は初めて読んだが、もっと早く読んでいればと後悔した。他の作品も読んでみたい。
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批判しながら読んでいたら、いつの間にか背中を刺されていた。最後の一行をつきつけるために書いた作品に読めた。
国は増税を決めたとの発表があったばかり。本当にこの国はどうなっていくのだろう。明るい未来が描けない今は現実の方がディストピア…。小説のほうが救いがあるのは、嫌で嫌でたまらないけどやはりCFという場所があるからだ。リアルの私たちには何も用意されていないまま、いつも煙に巻かれている。 -
九州産業大学図書館 蔵書検索(OPAC)へ↓
https://leaf.kyusan-u.ac.jp/opac/volume/1412070 -
古くは敗戦直後の一億総懺悔から、流行りの「職務を全うすることで責任を果たしていく所存」式の、もはや責任とさえ言っておけば何でもアリの現状に至るまで、実は日本人って「責任」の意味がよくわかってないんじゃないの?という隠されたツボを、実にいい具合についている。
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まず、理性的な小説であることに驚き。著者が理性的でないとは思わないけど、「そんなにも人間性を否定したいですか?」と叫びたくなるような小説が多かったもので。
で。責任を無化できるか? ということについて。最後のどんでん返しには目をむいたが、納得は出来る。ことこの国に関しては、充分あり得るかも? と思えてしまうところが、悲しいけれど正直なところだ。 -
吉村萬壱さんらしくもない感じだった。
「責任という虚構」を小説で見せようとしてくれているんだろうな、と期待して読み進めたのだけれども、特に新しい視点を感じることもできず、中途半端にさらりと終わってしまった。
ふと気づいたが、終わりの
「そもそもこの国自体が、詐欺なのだった。
が、国民は低いレベルで概ね幸せである。」
が、矮小さを象徴しているのではないだろうか。
国、国民、とかという話に着地するのではなく、社会、人の世、人というもの、まで敷衍すべきテーマなのではないだろうか。
その射程の短さが、この小説が、いつになく矮小に、つまらなく感じられる原因なのかもしれない。 -
「そもそもこの国自体が、詐欺なのだった。
が、国民は低いレベルで概ね幸せである。」
最後の2行ですべてを回収してしまう
なんとも恐ろしい小説。
さらに言えばこれが
現在の日本を見事に言い当てている
という事実。
恐ろしい。
苦しい。
もやもやする。
善とは何か?
いや、悪とは?
罪とは?
償うとは?
考えでも考えても出ない答えを
うやむやにごまかし
まやかし
生きてゆく国、日本。
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