日米開戦の正体――なぜ真珠湾攻撃という道を歩んだのか

著者 :
  • 祥伝社
3.98
  • (11)
  • (19)
  • (8)
  • (2)
  • (0)
本棚登録 : 158
レビュー : 16
  • Amazon.co.jp ・本 (510ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784396615215

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • シベリア出兵に関する本は、合わせて読むべきであろう。

  • 例年八月恒例の戦争振り返り。総頁500の殆どがこの大戦に関する発言や記録。著者の勉強量に感嘆する。開戦に至る原因は様々あろうがしかし、我が国の民度の低さよ。結局現在に至るまで、庶民にとり政はお上のものであり、この国に民主主義は根付かなかったのである⁉︎

  • 展示期間終了後の配架場所は、開架図書(3階) 請求記号 210.75//Ma29

  • なぜ、大日本帝国は真珠湾攻撃を行い、日米開戦という道を選択したのか? 日米開戦に至る国内の政治及び軍事関係の歴史を検証している。

    本書の冒頭で明らかにしているように、日本の開戦、対米直接戦争を一番望んでいたのは、ヨーロッパ戦線で苦境に陥り、しかも、米国の参戦を誰よりも望んでいた英国チャーチル。そして、米国民からの戦争参加承認を望んでいた、米国大統領ルーズベルトである。
    本書は日本国内の政治状況について細かく記述してはいるが、話のキモは冒頭いきなり宣言されている。

    日本が日本国民にとって愚かな選択と言われる対米直接戦争に突入したのは、米英の開戦を待ち望む様々な要求に耐えきれなくなったことが、最大の原因であると思う。

    著者は、本書を書いた理由に、現在の社会が、開戦前夜と同じような状況に進みつつある。今の平和な日本を壊す必要は何もないのにと書いているが、その平和な日本を創り出したのは、愚かな選択と言われる対米直接開戦とその結果である敗戦だったのではないか。

    奇しくも今日は、明治節。
    昭和初期生まれの母は、明治節の歌を歌っている。その話を聞くに、おそらく当時の日本国は現代の北朝鮮と同様の、現人神、天皇が支配する前近代国家だったのではなかろうか?
    とすれば、太平洋戦争は、本当に日本にとって最悪の選択だったのだろうか?
    もし、対米直接戦争が行われなかったとしたら、現代の日本はどのような世界になっていたのだろうか?
    そして、もし、今の首相の選択も誰かの強い意向を反映したものであるとすれば....

    そして、本書は末尾に伊藤博文、阿倍守太郎外務省政務局長の暗殺、佐分利貞男駐支那公使の変死などの死についての憶測で締めくくる。
    もし...

    歴史にifはないのだけれど、そんな世界を想像した。

  • なぜ日本は日米開戦を選択するに至ったのか、日露戦争以降の対満州施策を中心に、当時の「声」をふんだんに収録しながら解説されています。非常に分かりやすく、明解に整理されていて、理解が深まりました。確かに今後これを教訓にしていくべきですね。

  • 数年前位から自分で始めた企画ですが、年度が改まって8月の終戦記念日を迎えるまでに、先の戦争について解説された本を読もうを思っています。

    この本は、以前に読んで私にとっては「目からウロコ」であった、「戦後史の正体」を書かれた孫崎氏によって書かれたものです。日米開戦=真珠湾攻撃になぜ踏み切ることになったのかについて解説されています。

    私がこの本から得た結論は、株式市場がいくら好調のように見えても、ある程度を超えたところから上昇することが宿命となって無理をするために、いずれバブルが弾けなければならない、という自然法則に従ったためと思いました。どこかで弾ける運命にあったのだと思いました。

    本の中では、夏目漱石の文章を使って上手に説明しています。牛(米国)と競争する蛙(日本)と同じことで、お腹がさけるよ(p150)

    本の中では、遠い原因としては、日本軍の日露戦争の勝利によって締結したポーツマス条約違反、直接的な原因としては、日中戦争の発端となった「盧溝橋事件」辺りになるのでしょうか。この分厚い本ですが、終戦の日までに読むことができて良かったです。

    最後に書かれていますが、根本的な原因として、今にも通じるものらしいですが、「おかしいと思ったことを、圧力を受けて発言できない社会になっていたこと」が、真の要因のようです。心に残るフレーズでした。

    以下は気になったポイントです。

    ・いまなぜこの本を書こうという気持ちになったのは、今の日本が、日露戦争から真珠湾降べきに至る「いつか来た道」を歩んでいると考えるから(p4)

    ・具体的には、原発再稼働、TPP参加(外国企業の利益を確保する)、消費税増税、集団的自衛権、特定秘密保護法、これらは日本の生き方を根本的に変えるもの(p5)

    ・歴史とは、「なぜその選択をしたのか」「他に選択の余地はなかったのか」を問う学問である(p20)

    ・日本では最高裁の判決が最上位だが、TPPのISD条項は、この法律を裁くもの(p27)

    ・ドイツは米国への挑発にのらない、三国同盟の一つ、日本が米国に攻撃すれば、自動的にドイツと戦争ができると米国は考えた(p56)

    ・海軍省は内閣に従属して軍政・人事を担当するが、軍令部は天皇に直属し、その統帥を輔翼する立場から、海軍全体の作戦指揮を統括する。ひとたび戦争計画が作成されたら、必要な装備と人員を揃えるのが海軍大臣の任務である(p72)

    ・日米戦争が決定的になるのは、1941年7月2日御前会議において、正式に認可された日本軍の南部仏印(仏領インドシナ:ベトナム、ラオス、カンボジア)進駐が、7月28日に実行されてから(p89)

    ・陸軍は、ロシアとの戦争は考えていたが、米国と戦うことは全く考えていなかった(p106)

    ・天皇の命令を出す最高司令部が大本営、その決定には首相など政府が参画しない、決定は御前会議だが、基本的にはその前の連絡会議(大本営と政府の主要メンバーの協議体)で行われる(p107)

    ・日本は真珠湾攻撃と当時に、マレー、香港、グアム、フィリピン、ウェイク島、ミッドウェイ島を、2日間で攻撃した(p144)

    ・米国は日露戦争の勃発時に世界の主要国と戦争する「カラープラン」を作成、ドイツは黒、フランスは金、英国はレッド、日本はオレンジ、日本は米国を仮想敵国ナンバー2とする国防方針を、1907年に作成(p172)

    ・日米開戦への道を決定的引き金となったのは、日露戦争後の中国問題、ポーツマス条約で獲得したのは、南満州鉄道だけ。満州権益は列強各国と共有するという選択をすべきだった、伊藤博文はその方針であった(p177)

    ・1930年のロンドン海軍軍縮会議では、主力艦建造禁止の更に5年延長、ワシントン条約で除外された補助艦(巡洋艦、駆逐艦、潜水艦)の保有量が決められた、参加国は、米英仏伊および日本だが、フランス・イタリアは途中で脱退(p237)

    ・大阪毎日は、東京紙の「東京日々新聞(三菱財閥)」を買収したので、朝日と異なって、政府擁護、軍部擁護の姿勢が強い(p277)

    ・英国は当初は中国への直接統治を目指したが、中国が力をつけるにつれて、中国の自治を認めて、通商で利益を図る方針に変更した(p333)

    ・1939年9月1日、ドイツはポーランド侵攻、3日にイギリス、フランスは宣戦布告、1940年にドイツの快進撃は続いた、ノルウェイ、デンマーク、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクを制覇、6月にはフランスのパリを無血占領した(p368)

    ・日支事変から2年目の1939年7月26日、米国は日米通常条約(1911年締結)の破棄を通告した、最恵国待遇があるので日本だけに輸出禁止はできなかったが、条約破棄により、経済制裁を課すことが可能になり、1941年の石油全面禁輸につながる(p396)

    ・ポーツマス条約においては、1)遼東半島以外から、日本およびロシアは軍隊撤退、2)満州全域は中国に返還、3)満州市場には列国に共通の政策を採用する、とあるので、日本軍が満州を権益とするのは、条約違反であり米国の反発は根拠がある(p405)

    ・戦中は、ほとんどの文学者は戦争協力者になっていた、軍部に協力することで徴兵されず、軍需工場に徴用されず、配給物質の「紙」も協力することで作家活動が続けられた(p445)

    ・伊藤博文の暗殺の影響は、1)翌年、韓国併合、2)満州について清国の主権尊重、英米と協調することの重要性を主張していたがその主張者を失った(p475)

    ・年々70-80万人の人口増加に苦しんでいる日本としては、産業立国によって国民経済生活の調整をする以外に施策はない、とされていた(p485)

    ・昭和天皇が、軍部や右翼に暗殺される危機を感じていたとすれば、戦前史の見方は大きく変わる。昭和天皇独白録によれば、主戦論を抑えたならば、国内世論は沸騰し、クーデターが起きただろう、と述べている(p486、488)

    ・現代では、暗殺という手段の代わりに、ポストから外す、発言の場を奪う、人物破壊(世間的な評判、人物像に致命的な打撃を与える)がある(p491)

    ・真珠湾攻撃に突き進んだのは軍部の強引さであるが、特定の勢力の横暴を許したのは国民側にある(p497)

    ・日米開戦はおかしいという考え方を持っていた人は、軍部にも、外務省にも、政治家にも、新聞社にも、ほぼすべての分野に存在したが、それが圧力を受けて発言できない社会になっていたのが、真珠湾への道の最大の要因である(p498)

    2015年8月16日作成

  • 大日本帝国の構造は、天皇を頂点に据えて国務を司る政府と統帥権を有する大本営が対峙する。各々の組織における和平派と主戦派とを挙げ、彼らの行動や発言をつぶさに評価することで日米開戦に至った経緯を検証せんとする。歴史に「もし」はないと言うが、こと近代史に関しては、様々な分岐点での判断の是非をしっかりと吟味し、現在直面している課題の解決に役立てなければならない。個人的には「集団的自衛権」「原発」「TPP」に大いに憂慮しつつ矛先を転ずる力もないが、自分の思考を整理し、述べることはしなければと思うのだ。

  • 【選書者コメント】日本がどうやって戦争を準備することになったのを知りたいと思い選びました。
    [請求記号]2107:791

  • なぜ真珠湾攻撃と言う愚かな道を歩んだか

    森島守人著、 陰謀・暗殺・軍刀 岩波新書

    なぜだまされることを選択するのか、認知的不協和論

    伊丹万作、戦争責任者の問題、騙されていたと言って平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でも騙されるだろう、

    天皇陛下、満州事変に始まるこの戦争の歴史、

    日露戦争から真珠湾攻撃までの歴史について、

    満鉄は日本は満州を統治する機関、後藤新平、初代満鉄総裁
    民間の会社の装いの下、満州のポーチをする、インドにおける東印度会社、

  • わりと長かった。
    第2次世界大戦。太平洋戦争。日中戦争に至るまでの
    日露戦争からの政治や軍部、マスコミの詳細な
    動き(歴史)が語られています。多分、物事の見方は
    ある一方からに偏っているかもしれませんが
    ここまで詳しく語られているものは初めて読んだ
    気がします。
    第1次世界大戦・対華21カ条・満州事変・三国同盟・満州国設立・連盟脱退・真珠湾
    それぞれのポイントで引き返す道はあって、それを
    なぜ選択できなかったか。。
    今の日本の状況と重なる部分が多くあるような気が
    どうしてもします。

全16件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1943年、旧満州国鞍山生まれ。1966年、東京大学法学部中退、外務省入省。駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使等を歴任。著書『戦後史の正体』(創元社)、『日米同盟の正体』(講談社現代新書)、『小説 外務省』(現代書館)、鈴木邦男氏との共著『いま語らねばならない戦前史の真相』(現代書館)等多数。

「2018年 『アーネスト・サトウと倒幕の時代』 で使われていた紹介文から引用しています。」

日米開戦の正体――なぜ真珠湾攻撃という道を歩んだのかのその他の作品

日米開戦の正体 Kindle版 日米開戦の正体 孫崎享

孫崎享の作品

日米開戦の正体――なぜ真珠湾攻撃という道を歩んだのかを本棚に登録しているひと

ツイートする