あの本は読まれているか

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488011024

感想・レビュー・書評

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  • 1950年代、冷戦のさなかのアメリカとソ連を交互に描いているのだけど、実際のテーマは冷戦ではなくそこに生きる人々。
    アメリカパートはCIAで働く女性イリーナを中心に、ソ連パートでは国民的詩人でありながら革命を否定する反ソ連をあおる小説を書いているとして秘密警察に狙われるボリス・パステルナークとその愛人オリガの愛憎がメインに。

    ソ連のパートは、オリガが逮捕され強制収容所での辛く厳しい毎日や、スターリン死去による大赦でモスクワに戻ってからの、常に監視の目を感じながらの生活がとても息苦しく、ひとつ態度を間違えると命が奪われるかもしれないという緊迫した状況が続くので、やむを得ず読書を中断するのが辛かった。

    対してアメリカパートは、CIAが舞台とはいえ、そこは50年代。
    女性はあくまでタイピストとして作戦に関わることは原則としてなく、業務上知りえた秘密を口外しないというのが絶対のルールだった。
    一族で初めての大卒女性でありながら、特殊能力を持ちながら、ただのタイピストとしてセクハラ・パワハラにさらされながら使い捨てられる女性たちは、実はとても強か。
    映画『ドリーム』ではNASAでの人種差別、女性差別を描いていたが、CIAだって同じこと。

    だから、CIAの作戦は作戦として、具体的にだれがどう動いてそれがどういう結果に繋がったかについてはあまり書かれていない。
    だってタイピストたちには知りえないことだから。なのだろうと思う。

    女性だけではなく黒人や、仄めかされる同性愛や、そういう社会的弱者に対する排除の論理。
    これはテーマとは直接関係ないからか、描写が薄い。
    というか、全体的にアメリカパートはもう少し整理して書いたほうが良かったと思う。

    書きたかったのは、CIAがソ連の言論統制や迫害を知らしめ、自由であることの素晴らしさをソ連国民に伝えるための「ドクトル・ジバゴ」作戦の実態であり、当時作者のパステルナークはどのような状況に追い込まれていたのか、だと思うので、そちらを濃い目に書いてほしかった。
    何しろ自分や愛する人の命を守るために、ノーベル文学賞を辞退する羽目に陥ったのだから。
    そして、ソ連の民衆の大半はそれを当然と受け止めたのだから。

    なんだか50年経ってもソ連(ロシア)もアメリカもそれほど変わってはいないように思えてきた。
    もちろんアメリカは差別やハラスメントを失くする方向に舵を切っているけれど、実体はまだまだ理想にほど遠く…。

    タイピストたちの一人称視点がわかりにくいので、映画化されるといいなと思ったら、既に映像化の話は出ているらしい。
    映像化か…。

  • 期待はずれ

  • 『タイピストたちはみんな同じことを言った。タイプした内容を頭に残しちゃだめ。タイプしている中身について考えないほうが、速くタイプできるわ。機密情報だから、もし覚えていたとしても、覚えていないふりをするのが賢明よ。「すばやい指先は秘密を守る」というのが、タイプ課の非公式なモットーだ。とはいえ、このモットーに従っている者がタイプ課にいるかどうかは疑問だった』-『第八章 運び屋』

    原題は「The secrets we kept」。邦題はヒトラーが呟いたとされる言葉を連想させるけれど、小説の中で再構築された実際の米国中央情報局の作戦で問われている成果は、物理的には、もっと地味なもの。もちろん精神面での成果が期待されたその作戦では、大掛かりな諜報活動も物語の重要な構成要素だけれど、作家が「秘密」という言葉に込めている幾つもの意味はじっくりと読んでみなければ沁みては来ない。

    秘密とは端的に言えば「明かにされていない」情報のこと。本書が取り上げた米国中央情報局の「ドクトル・ジバゴ作戦(Project AEDINOSAUR)」も、その本質は「情報」を旧ソビエト連邦内で、秘かに、だが広く「開示」することだ。インターネットや情報通信機器が遍く行き渡った現代社会を基準とすると、その開示方法は何とも「スロー」で手間ばかり掛かることのように思えてしまうけれど、インターネットを介して意図的に誤った情報を伝えたり為政者にとって不都合な情報を広めることと、本質的な意味は少しも変わらないということを改めて認識する。

    多分に政治的文脈で語られることの多い「ドクトル・ジバゴ」は本を読んだことも映画を観たことも無かったのだけれど、作品が発表された経緯のみならず、「あの本」に係わって本作に登場する人物たちの多くが(匿名の人物を含めて)実在の人々であり、情報公開された資料に基づいて再構築された事実であることに単純に驚き、改めてドクトル・ジバゴの置かれた政治的文脈に驚愕する。物語の時代掛かった背景はショーン・コネリー主演の映画を彷彿とさせるものであるし、「東」「西」を対立させながら進む構成は虚実ないまぜになっている筈と想像するが、米国中央情報局が実際に公開している保管記録(https://www.cia.gov/readingroom/collection/doctor-zhivago)に並ぶ文書を開いてみると、滲んだタイプライターの文字(本来の意味でカーボン・コピー(cc)されたもの)が告げるあからさまな事実に驚愕する思いが湧き上がる。例えば、19571212 MEMORANDUM ON PASTERNAK'S DR. ZHIVAGOという文書の中にこんな文章がある。

    『2. For these reasons, XXXXX takes the following position:
     a. Dr. Zhivago should be published in a maximum number of foreign editions, for maximum free world discussion and acclaim and consideration for such honor as the Nobel prize.』

    伏字にされた人物名、自由世界という言葉、そして、ノーベル賞を与えるべきとの言及。どれもが脚色された虚構の世界の中のような事実ばかりだ。そして何より、これらは諜報活動に直接関与する報告者自らがキーボードを前にして作成した文書ではなく、タイピスト達が情報秘匿義務によって生じかねない危険に晒されながら綴った文書であるという事実は衝撃的ですらある。著者ラーラ・プレスコットが物語の意味を本質的に決定づける枠組みとして採用したその事実は、「秘密」の意味を深く考えさせる。

  • 『ドクトル・ジバゴ』は映画化もされた小説の一つ、ぐらいにしか思ってなかったのに、こんな作戦が展開されていたとは・・・!小説の持つ力はスゴい。各章につけられたタイトルが最初は意味が分からなかったのだけれど、読み進めるうちに「あ、なるほど!」と。

  • 冷戦時代の、ドクトル・ジバゴをめぐる話。史実に基づいたとのことであるが、ソ連のスプートニクに抗するCIAの策?には苦笑してしまいました。「ドクトル・ジバゴ」は、かなり前に映画で見た気がする。(反政府をアピールする内容だったかのか覚えていないけど)
    『ドクトル・ジバゴ』の制作に関する話:愛人オリガの視点から語られるその衝撃と苦悩、およびその作品の出版や、ソ連に逆輸入するスパイから語られる話は、スリルよりも何故か悲しみが伝わる。それが、「秘密のことを知っている人たちと…」につながるのでしょうか。

    「ソ連」がいかに政治批判を禁じているか、社会主義が芸術家を迫害しているか、は、今も当時もある程度周知のことではなかったのでしょうか?ただ、私が当時のことに不勉強なためでしょうか。ソ連で出版禁止となっている小説をソ連国民の手に渡すだけの意味と効果が、見出せなかったのは残念です。→もう少し、詳細があればよかったと感じる。
    一方、CIAのタイピストたちや女性スパイは、生き生きと表現されているが、常に「ガラスの天井」を感じさせる内容に胸が痛い。まだ5-60年前の話ではあるが、、。それでも〈物語〉の力を信じ、世界平和を目指し、危険な任務に挑むドラマに、応援している自分がいた。

    印象的なフレーズは:
    ★アドバイスあります?…。すばやくタイプすること。質問はしないこと。絶対になめられないこと
    ★野心的な男には、二通りある。…、幼少期から世界はお前が奪うためにあるといわれて育った者と、みずから財産を生み出した者である
    ★きれいな女は美しさが色あせた時に何か頼りにできるものを持っていなければ、いまに何も手元に残らなくなる

  • ドクトルジバゴ、そっか!そういう本だったんだ!
    映画のタイトルだけで、実は内容も背景も知らなかった。
    多少?かなり?のフィクションがあるとしても、とても面白かった!
    ドクトルジバゴも読んでみたいと思った。
    そう、ソビエトはそういう時代だったのだ!
    冷戦時代という言葉は歴史になりつつあるが、そういう時代に私も生きていたことを、肝に銘じて、歴史を振り返りながら、人々の思いに心を寄せながら考えていきたい。
    ああ、あの時代、同性愛は罪だったんだなあと、映画エニグマの話を思いながら読んだ。時代はすこしずつ、それでも変わる。
    声をあげる人がいれば!沈黙する人にならなければ!
    難しいけれど・・・

  • 「ドクトル・ジバゴ」という小説の出版に関わり、人生を翻弄された、ソ連とアメリカ2か国の女性達(と彼女達を愛した男性達)の物語。久しぶりの長編だけど、登場する主な女性達がそれぞれに魅力的だし、とても興味深く夢中になって読むことができた。ミステリー枠での小説とのことだけど、私の中では政治の絡んだ恋愛小説という印象、ちょうど「ドクトル・ジバゴ」がそうであるように。

    実話ベースのフィクションとのことだけど、どこまでがフィクションなのだろうと思う。女性作家らしい、登場する女性達のファッションや食べ物の匂いを感じさせ、彼女達の息づかいが立ちのぼってくるような書き方がとても好き。現代の視点から見た当時の女性達の生きづらさや生きる喜び、たくましさに心動かされずにはいられなかった。

  • あの映画を観よう。

  • この壮大な物語が、実話を元にしているのだと読んだあとからわかり、感心させられた。翻訳ものは読みにくいことも多いが、とても読みやすく分かりやすい。まずタイトルが秀逸だ。

    「このミス」上位に入っていたので、ミステリだと思って読んでいたから、私の中ではちょっとミステリの部類には入らないかも。

    冷戦時代のアメリカとソ連についていろいろなことを知れたし、考えさせられた。

    私はサリーとイリーナが好きな登場人物だったので、彼女たちのその後はひじょうに気になるところだった。女性目線の「タイピスト」の、客観的な描かれ方もなかなかよかった。

  •  ソ連で発禁になった小説「ドクトル・ジバコ」に関わった人達を描いた小説。ソ連でこれを描いた作者、それを国外に持ち出そうとする人、それからそれを冷戦に役立てようと西側で活躍する人達。いろいろな立場から、そして色々な人の一人称で描かれるのが異色な雰囲気。非常に話題となった本のようだが、でも話題になるほどの面白いものだろうかという気がした。ずいぶんと地味な展開の本だった。

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