- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784488011024
感想・レビュー・書評
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期待はずれ
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『タイピストたちはみんな同じことを言った。タイプした内容を頭に残しちゃだめ。タイプしている中身について考えないほうが、速くタイプできるわ。機密情報だから、もし覚えていたとしても、覚えていないふりをするのが賢明よ。「すばやい指先は秘密を守る」というのが、タイプ課の非公式なモットーだ。とはいえ、このモットーに従っている者がタイプ課にいるかどうかは疑問だった』-『第八章 運び屋』
原題は「The secrets we kept」。邦題はヒトラーが呟いたとされる言葉を連想させるけれど、小説の中で再構築された実際の米国中央情報局の作戦で問われている成果は、物理的には、もっと地味なもの。もちろん精神面での成果が期待されたその作戦では、大掛かりな諜報活動も物語の重要な構成要素だけれど、作家が「秘密」という言葉に込めている幾つもの意味はじっくりと読んでみなければ沁みては来ない。
秘密とは端的に言えば「明かにされていない」情報のこと。本書が取り上げた米国中央情報局の「ドクトル・ジバゴ作戦(Project AEDINOSAUR)」も、その本質は「情報」を旧ソビエト連邦内で、秘かに、だが広く「開示」することだ。インターネットや情報通信機器が遍く行き渡った現代社会を基準とすると、その開示方法は何とも「スロー」で手間ばかり掛かることのように思えてしまうけれど、インターネットを介して意図的に誤った情報を伝えたり為政者にとって不都合な情報を広めることと、本質的な意味は少しも変わらないということを改めて認識する。
多分に政治的文脈で語られることの多い「ドクトル・ジバゴ」は本を読んだことも映画を観たことも無かったのだけれど、作品が発表された経緯のみならず、「あの本」に係わって本作に登場する人物たちの多くが(匿名の人物を含めて)実在の人々であり、情報公開された資料に基づいて再構築された事実であることに単純に驚き、改めてドクトル・ジバゴの置かれた政治的文脈に驚愕する。物語の時代掛かった背景はショーン・コネリー主演の映画を彷彿とさせるものであるし、「東」「西」を対立させながら進む構成は虚実ないまぜになっている筈と想像するが、米国中央情報局が実際に公開している保管記録(https://www.cia.gov/readingroom/collection/doctor-zhivago)に並ぶ文書を開いてみると、滲んだタイプライターの文字(本来の意味でカーボン・コピー(cc)されたもの)が告げるあからさまな事実に驚愕する思いが湧き上がる。例えば、19571212 MEMORANDUM ON PASTERNAK'S DR. ZHIVAGOという文書の中にこんな文章がある。
『2. For these reasons, XXXXX takes the following position:
a. Dr. Zhivago should be published in a maximum number of foreign editions, for maximum free world discussion and acclaim and consideration for such honor as the Nobel prize.』
伏字にされた人物名、自由世界という言葉、そして、ノーベル賞を与えるべきとの言及。どれもが脚色された虚構の世界の中のような事実ばかりだ。そして何より、これらは諜報活動に直接関与する報告者自らがキーボードを前にして作成した文書ではなく、タイピスト達が情報秘匿義務によって生じかねない危険に晒されながら綴った文書であるという事実は衝撃的ですらある。著者ラーラ・プレスコットが物語の意味を本質的に決定づける枠組みとして採用したその事実は、「秘密」の意味を深く考えさせる。 -
『ドクトル・ジバゴ』は映画化もされた小説の一つ、ぐらいにしか思ってなかったのに、こんな作戦が展開されていたとは・・・!小説の持つ力はスゴい。各章につけられたタイトルが最初は意味が分からなかったのだけれど、読み進めるうちに「あ、なるほど!」と。
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「ドクトル・ジバゴ」という小説の出版に関わり、人生を翻弄された、ソ連とアメリカ2か国の女性達(と彼女達を愛した男性達)の物語。久しぶりの長編だけど、登場する主な女性達がそれぞれに魅力的だし、とても興味深く夢中になって読むことができた。ミステリー枠での小説とのことだけど、私の中では政治の絡んだ恋愛小説という印象、ちょうど「ドクトル・ジバゴ」がそうであるように。
実話ベースのフィクションとのことだけど、どこまでがフィクションなのだろうと思う。女性作家らしい、登場する女性達のファッションや食べ物の匂いを感じさせ、彼女達の息づかいが立ちのぼってくるような書き方がとても好き。現代の視点から見た当時の女性達の生きづらさや生きる喜び、たくましさに心動かされずにはいられなかった。 -
あの映画を観よう。
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この壮大な物語が、実話を元にしているのだと読んだあとからわかり、感心させられた。翻訳ものは読みにくいことも多いが、とても読みやすく分かりやすい。まずタイトルが秀逸だ。
「このミス」上位に入っていたので、ミステリだと思って読んでいたから、私の中ではちょっとミステリの部類には入らないかも。
冷戦時代のアメリカとソ連についていろいろなことを知れたし、考えさせられた。
私はサリーとイリーナが好きな登場人物だったので、彼女たちのその後はひじょうに気になるところだった。女性目線の「タイピスト」の、客観的な描かれ方もなかなかよかった。
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ソ連で発禁になった小説「ドクトル・ジバコ」に関わった人達を描いた小説。ソ連でこれを描いた作者、それを国外に持ち出そうとする人、それからそれを冷戦に役立てようと西側で活躍する人達。いろいろな立場から、そして色々な人の一人称で描かれるのが異色な雰囲気。非常に話題となった本のようだが、でも話題になるほどの面白いものだろうかという気がした。ずいぶんと地味な展開の本だった。