いちまろの つんどく書架

西條奈加さんが好きです。
この本棚には、この本以前に登録してないのですけど。

ジャケ借りしたので、内容は知らずに読む。
記憶のないトサとオビトの二人旅。
不思議な国を巡りながら、いつしか二人の間には親子のような情が生まれるが、やがて自分たちの深い因果につながれた過去を思い出す。

二人にはそれぞれに大切なものがあり、それを守るために譲れない「義」があった。
だが、その「義」こそ、曖昧でたよりない拠り所なのだと気づいていく。
「悪事とは何だ?誰にとっての悪事か、誰が善悪を判じるのか。〜強いて言えば、大勢か。より多くの者が、あるいはその時々に権を握り土地を支配する者が、善悪すら決めるのだ。何と胡乱で、あやふやなものか。」p182

二人の背負う過去が重く、その交わり方が切なく苦しい。
「トサを許したかった〜トサを許して、わしもトサに許されたかった」p278
果たしてその心境に至るには、相手を深く知り、その背負うものを共に見つめ、対岸から己の姿を見極める必要がある。
それはまさに秤の上で均衡を保つような、自らの足場を揺るがす辛い作業となるはずだ。
世界のあちこちで、人々がその秤を心に持つことができたら―いや、私のような心の弱い者にはその秤に乗る資格すらない。

生命をかけて互いを理解した二人は、再び彷徨うことで「傷を癒」し、「時の中にうずくまり、羽を休め」p38 ながら、いつか次の旅路へ歩き出すはずだ。

2024年5月11日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2024年5月11日]
カテゴリ 小説
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本作を作中作とする『鈍色幻視行』を先に読了。

『鈍色〜』では、三度映画化に失敗し、関係者に死人も出たいわくつきの小説として『夜果つるところ』が登場し、その小説に魅了された人物たちが、『夜〜』をめぐる考察を繰り広げる。

自分も読んでみたい思いにかられていたら、恩田さんが『夜』の作者・飯合梓になりきって上梓してくれていると知って感動。(何も知らずに読んでるので、こんな驚きを味わえてます笑)

しかし、『鈍色』で上がりに上がったハードルを、どう料理するのかと期待と心配半々で読み始めたら…
これが圧倒的に面白い。
心配半分なんて、失礼しました恩田さん!

いわゆる謎解き部分を『鈍色幻視行』で先に知ってしまっていたので、そこを意識しつつ読むぞと思っていたはずなのに、その決意を残り1/5頁になった辺りで思い出すという体たらく(笑)
『鈍色』でのことはスッカリ忘れて、それだけ引き込まれて読んでいました。

「真実があるのは虚構の中だけ」と、『鈍色』で登場人物に言わせている恩田さん。
また、「真実なんてパレードで降ってくる紙吹雪みたいなもの」とも。
だからこそ、そこに散りばめられた、優しさも絶望も可笑しさも、一瞬のきらめきになって私たちの心の奥深くに届くのだと、それが物語の力なのだと、この2冊を読んでわかった気がします。


ちょっと小さめサイズの版も味わい深く、装丁も凝ってて楽しい。


https://www.bungei.shueisha.co.jp/interview/nibiirogenshikou/

2024年5月3日

読書状況 読み終わった [2024年5月3日]
カテゴリ 小説
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なにが自分の生き方を決めるのだろう。
どんな出来事が自分を形作ってきたのだろう。

この数十年の間に私たちは、コロナウイルスや大きな震災を経験し、遠い国のテロや戦争をニュースで見た。

あるいはごく個人的な、育った家庭環境があり、今も記憶に残る子どもの頃の出来事がある。

他者とのかかわりの中で、「じわじわと。自分が削り取られていく感じ。」p71

誰かと比べて、自分は「恵まれてる」p18 のだからと、飲みこむ小さなモヤモヤ。

書評家の藤田香織さんの、「自分に刺さっているトゲ」(朝日新聞)という言葉に、この物語全体に漂う、どこか漠然としてすっきりしないものの正体を知る。

私たちは、心に刺さったままのトゲを抱えて大人になり、この先も生きていく。

「前。前って?なんの前だろう」p65
「あれからって、いつから?
どのできごとから?」p85

私たちが今生きている時間は、いつもなにかの、どこかの続きだ。
そして繰り返しなにかが、どこかで始まる世界だ。
この瞬間と次の瞬間では、なにも変わっていないように見えるし、まるで違っているようにも見える。

2024年4月28日

読書状況 読み終わった [2024年4月28日]

掲載誌への連載開始から15年の月日を経て、本作『鈍色幻視行』と作中作の『夜果つるところ』の2冊が2ヶ月連続刊行された。(という情報はまったく知らずに読んだ。)

いわくつきと噂される小説『夜果つるところ』と、その謎多き作者 飯合梓をめぐって物語はすすんでいく。
舞台は、豪華客船という密室。
そこに集った証言者は、クリエイターやコレクター、俳優や評論家たち。彼らによって交わされる作品論、作家論、映画論…様々な立ち位置からの『夜果つるところ』論が展開され、いわば壮大で贅沢な読書会を傍聴しているかのような気分になる。

作品の映像化について、「自分だけのおもちゃを取り上げられちゃった感じ」p166と言わせたり、
「ノンフィクションは見えるフィクションに過ぎない」 「鮮明な映像があっても〜人間は〜結局、見たいものしか見ていない」p314-5 といった作り手のジレンマだったりが、恩田さん自身の声でもあるのかなと想像するのは、楽しいし興味深い。

作中でフランスの諺として紹介される「旅とは少し死ぬことである」p105 という一節が、この物語を象徴しているようで印象的。
日常を離れて過ごす旅は、この世から少し乖離した時間軸と空間を生きること。
2週間の船旅の途中にいる登場人物たちは、『夜果つるところ』と作者の飯合梓について考えながら、自らの過去と向き合い、死者と対話する体験をする。
「答えのない、もはや確かめようのないものについて」p651 私たちは語りつづけ、思いを馳せ続けるしかない。



作中作『夜果つるところ』、恩田さんが飯合梓になりきって書いたそうで、読むのが楽しみです。

2024年4月13日

読書状況 読み終わった [2024年4月13日]
カテゴリ 小説
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読書状況 読み終わった [2024年3月31日]
カテゴリ 小説

石田夏穂初読。
率直に言って、とても好みな作家だった。21年に『我が友、スミス』で芥川賞候補になっていた人だと、後で知る。

『ケチな貴方』は極度の冷え性、『その周囲、五十八センチ』は人並み外れて太い脚、それぞれ身体的な悩みを抱えた女性が主人公だ。

彼女たちは弱音を吐かない。
そして彼女たちは頑張り屋だ。
家族や恋人や職場の人間に、自分の弱さを見せない。ただひたすら、自分の身体とストイックに向き合い、弱さを克服するためのミッションに粛々と取り組む。
時には、ままならない身体に「折檻」することで、「復讐を果たしたかのような満足を覚える。」p100

作者は工学部出身と知って納得だが、主人公の職種は、備蓄用タンクの設計施工と、配管設計のエンジニアだ。彼女たちにとっての身体は、どうにも手がかかる容器のようだ。理想のスペックに近づけるため、常にメンテナンスが必要で、それには少なからず出費や痛みや、不本意な労働が伴う。それは自らの身体と向き合い、身体と対話する作業である。そこを蔑ろにし、自分自身を安易な枠に嵌め込んでおしまいにすることはできないのだ。
「「ストレス」には無性にムカつく。何か汎用的過ぎて、弁解じみていて、あざとくて、甘ったれていて、それを言えば何でも許されると思っていて」p77

思い通りにいかなくても、トラブル続きでも、この身体で、この私で生きていく。そんな覚悟が見える彼女たちは格好いい。

2024年3月2日

読書状況 読み終わった [2024年3月2日]
カテゴリ 小説
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私の信頼する書評家 藤田香織氏が朝日新聞書評欄で「打率十割」と紹介した一冊。
古矢永塔子初読。5話収録。

1話目の「あなたのママじゃない」は、読み終えて、あれ?、と思った。道に迷ってぐるっと回って、また同じところに出てきてしまった感覚。でも2度目に見る景色なので、既視感と、どこで間違えてしまったんだろう、と首を捻る感じ。

2話目で、藤田氏の言う意味がようやく理解でき、なるほどそういうことか!と膝を打つ。
今度はまるで違う場所に出てきてしまった感覚。「BE MY BABY」母として、ちょっといいよねとニヤけてしまう話。

3話目「デイドリームビリーバー」はイチオシで面白かった。次こそはどこかにあるはずの道案内を見落とすまいと、意気揚々と読み始めたのも束の間、物語に引き込まれ、気づいた時には「うわーまたか!」と身悶えた。
仕掛けもさることながら、純粋に、胸が熱くなる物語。

どれも確実にページを遡らずにいられない、恐るべし古矢永ワールド。
でもからくりだけじゃない。どの物語も、一つ一つは十分悲劇、なのにどこか底が抜けたような明るさが漂う。「胸を張って生きなよ」というメッセージを感じる。「こんな小説が読みたかったのだ」との藤田氏の言葉に大いに頷く。

2024年2月29日

読書状況 読み終わった [2024年2月29日]
カテゴリ 小説

所収作品2作、『文學界』にて読了。
九段理江さんの2022年の活躍に期待しています。

■『Schoolgirl』
いちまろの感想・レビュー『文學界(2021年12月号) (特集 旅へ!)』 #ブクログ
https://booklog.jp/users/ichimarobooks/archives/1/B09K2BBRGY


■『悪い音楽』
いちまろの感想・レビュー『文學界(2021年5月号)』 #ブクログ
https://booklog.jp/users/ichimarobooks/archives/1/B0914WWCDQ

2024年2月6日

読書状況 読み終わった [2024年2月6日]

読み終えて、タイトルがじわりときた。
「この夏の」なんだな。いつとも知れない先のことなんかにできない、「この夏」は一度きりしかない。

2020年初頭、新型コロナウイルスの蔓延で嘘みたいに世界中が非日常を強いられた。この物語の主人公である中高生たちも、互いを疑い、行き場のない怒りに疲れ、たくさんのことを諦めた。
「失われたって言葉を遣うのがね、私はずっと抵抗があったんです。」p442
天文部顧問の綿引先生が、誰かの決めたルールの中で、葛藤しながら必死に活動を続ける子どもたちを想って言う。
「実際に失われたものはあったろうし、奪われたものもある。それはわかる。だけど、彼らの時間がまるごと何もなかったかのように言われるのは心外です。子どもだって大人だって、この一年は一度しかない。きちんと、そこに時間も経験もありました」

中高生にとって、友人関係や家族の事情はただでさえ苦しい悩みなのに、そこへコロナがさらに問題を複雑にする。
「こんなにもままならない。宇宙から見たら本当に小さな、些末なことだ。けれど、その小さな世界で自分たちはあれこれあがくしかない。」p216
そんな彼らにそっと寄り添い、陰ながら護ってくれる大人たちの存在がすてきだ。各校の先生たち、天文台の館長さん。望遠鏡の部品工場の社員たち。そして、宇宙飛行士の花井さん。
「(好きなことに)才能がない、と思ったとしても、最初に思っていた『好き』や興味、好奇心は手放さず、それらと一緒に大人になっていってください」p265

それぞれの場所で天体観測をする、リモート画面の光る窓が、遠く離れた星々を繋いで描く星座のようだ。
コロナとかそんなの関係なく、一度しかない「この夏」に、できることを全力でやった彼らは最高だった。

2024年2月5日

読書状況 読み終わった [2024年2月5日]
カテゴリ 小説
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やたら書評や推薦文を見かけたので読んでみた。
ソ連という国の崩壊、デジタルの黎明期から現在に至るまでの変遷、時代の移り変わりの中に生きた人たちの物語。

思ったほどの感動はなくて、代わりに、ほぼ同時代を生きた自分自身の思い出と重ねながら読んだ。
小学生の頃、突如父親が誰かから貰ったと、巨大なパソコンを持ち帰ったこと。作中のラウリ家の状況と似ているが、残念ながらわが家にデジタルの波はまったく訪れていなかった上、私に数字を操る才能は皆無だったので、どうすることもできず、ただの置物のようになっていたこと。
その後、大学でパソコンと再会し、訳もわからずコマンド入力をさせられたこと。
インターネットなるもので世界がつながるらしい(つながるってどんな風に?)という高揚感に包まれていたこと。
当時はワープロのダイヤルアップ接続で通信したよなとか(笑)

途中から、ラウリを探す「わたし」の正体がなんとなくわかった。歴史に残る偉業なんかしてなくても、共に過ごした日々の思い出が、歴史そのものなんだよなと思ったり。

2024年2月1日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2024年2月1日]
カテゴリ 小説
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第7回未来屋小説大賞受賞。

生い立ちに不幸があった少女が、獣医師を目指して成長していくビルディングスロマンだと思って読み始めた。
本筋はそうだが、違った。もっと私たち自身の物語だった。

大昔から続く動物と私たち人間のかかわりを、改めて自戒を込めて見つめ直さなければならないと感じた。
私たちは、動物を家族同様に可愛がりもすれば、それを好んで食べることもする。そのジレンマへの問いは古くからあるけれど、どちらにも通ずるのは、彼らの存在が私たちを支えてくれているということだ。そのことに気づき、彼らの存在に敬意を払ってはじめて、動物と向き合うことができる気がする。

作中で紹介される椋鳩十『大造じいさんとガン』では、群れのリーダー「残雪」の気高い精神に胸を打たれた狩人の大造が、彼を認め尊ぶ姿が描かれている。

伴侶動物、産業動物、実験動物…私たちは多くの動物たちの命によって生かされている。人間と共にこの地上に生き、また人間に生きる居場所を与えてくれてもいる彼らのことを、愛玩としてではなくもっと深いところで愛し、尊敬の念をもってその命と共に生きなければ。
そんなことを、主人公聡里の成長を見つめながら思った。

また別の視点からは、学ぶことの純粋な楽しさと悦びを、聡里たち学生と共に感じることができた。獣医学は6年間に及ぶ長く膨大な学びだが、「点で憶えていた知識が繫がって線となり、やがて治療という全体像が見えるように」p288 なる。どんな学びにも、夢に近づく喜びと不安があり、自らを成長させてくれる。

サクラマスという魚を例に、一度は大学を辞めようとした聡里を励ます一馬の言葉が心に残った。稚魚の時に小さく弱い個体は、川を追われ海に出ることで、最後は大きく強くなって再び川に還ってくる。
「逃げるのは悪いことじゃない。逃げなきゃ死んじまうことだってある。逃げた先で踏ん張ればいいんだ。」p192
動物のように素直に、気高く「自分だけの領域を持って生きていく」p254 そんな風に、私たち人間も、それぞれの「けものみち」を歩いていけたら。

2024年1月28日

読書状況 読み終わった [2024年1月28日]
カテゴリ 小説
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なんだか各所で1位を獲ってる話題作。デビュー作というからすごい。
どうだろうなーと半信半疑で読み始め、しばらくは慎重に距離を取っていたけれど、1話目を読み終える頃には、まんまと成瀬あかりのファンになっていた。

周りに流されず、自分の信じた道を泰然と突き進む成瀬。
読者は彼女に、青春時代にこうありたかった自分を重ねているのだろうか。
あるいは、コロナで奪われた日々を取り戻す勇気をもらっているのか。
私はもとより大半の人が、4話目の語り手大貫かえでのように、人間関係の相関図を片手に、空気を読みながら生きてきたのではないだろうか。そして時には、今しかできないことをしよう、と思い切って自分の枠をはみ出すこともあったかもしれない。その時の高揚感、達成感を、成瀬の行動に重ねる部分もあるような気がする。

相関図の外にぽつんといる孤高の成瀬を、いい距離感で見守っている島崎の存在がいい。
また、西武デパート大津店を中心に、登場人物たちが緩やかにつながる地元感も心地よい。

ちなみに、映画『翔んで埼玉〜琵琶湖から愛をこめて』を観た後だったので、琵琶湖やうみのこに、妙な親近感を持って読めたのもよかった(笑)

2024年1月8日

読書状況 読み終わった [2024年1月8日]
カテゴリ 小説
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万次さん、弱えよ(涙)
でも好きだけどさ。

2024年1月5日

読書状況 読み終わった [2024年1月5日]
カテゴリ 漫画

読書状況 読み終わった [2024年1月5日]

おばあちゃんの老いを目の当たりに
「じっと見れば見るほど、淋しくなってきた。ここには私には決して届かない宇宙がひとつあって、そのはじまりも終わりもそれぞれ別にやってくる」
「その淋しさは、私をぐっとひきしめ、背筋をのばし、苦しいけれど目をはっきりと覚まさせた。いつまでもこれは続かない、全部変わっていく。でも、今、目の前にあるんだ。それだけは確かなことなんだ。だから、目をしっかりと開けて、頭をはっきりとさせて全部おいしくみずみずしいままで飲み込んでしまおう」p57

2024年1月5日

読書状況 読み終わった [2024年1月5日]

そうかー、そうかー。この境地に達したのかー、桂正和。
なんだかしみじみしちゃったよ。
『ウイングマン』があるから、この作品があるんだよね。セイギノミカタってなんなんだろうね。

2024年1月5日

読書状況 読み終わった [2024年1月5日]
カテゴリ 漫画

旦那もわたしも「あたしンち」の大ファン。
テレビから入ったけど、漫画も最高。
みかんとゆず、いい子どもたちだよね~。

2024年1月5日

読書状況 読み終わった [2024年1月5日]
カテゴリ 漫画

紙面がなんかゴチャゴチャして初老には分かりにくいと思ったけど、読むのに慣れたら意外といいこと書いてあった。
iDeCo始めたい...

2024年1月5日

読書状況 読み終わった [2024年1月5日]
カテゴリ ハウツー

読書状況 読み終わった [2024年1月5日]
カテゴリ 漫画

2024年1冊目。
帰省のための往復の新幹線にて。
2016年刊行の『蜜蜂と遠雷』から3年後に出された、6編のスピンオフ作品。

楽譜も読めない私が、登場人物に感情移入するのもおこがましいのですが…
天才ピアニストのマサル少年が、ナサニエル先生に連れて来られたジャズクラブにて、そこで聴いたライブ演奏に衝撃を受けて―「行きたい。あの国に。この人たちと同じところに立ちたい。」p115 
『蜜蜂と遠雷』を読みながら、この人たちに見えている景色を見たい、聴こえている音を聴きたい、と憧れた私の思いと同じです(超別次元ですけど)。
残念ながら、彼らピアニストの世界は私には到底見えないし聴こえないけど、そのほんの一端のキラキラした欠片を見せてくれて、「音楽をしている」ような気持ちにさせてくれた恩田さんの文章の力はすごい。
そして今回も音楽への謎は深まるばかり。
「俺の曲、聴こえたぞ。」p91
「奏ちゃんがヴィオラ弾いてる」p140
「調律していない?しかし、この音は。」p159
音楽家ならわかる世界なのでしょうか?
いっそSFであってくれ!(笑)

6編どれも、卓越した音楽家たちが見せてくれる、キラキラした「祝祭」とワクワクする「予感」に溢れた、温かくすてきなお話ばかりでした。


いちまろの感想・レビュー『蜜蜂と遠雷』 #ブクログ
https://booklog.jp/users/ichimarobooks/archives/1/4344030036



2024年1月3日

読書状況 読み終わった [2024年1月3日]
カテゴリ 小説
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ムスメが誕生日プレゼントにくれた小説。
読み終えて、今高1のムスメにこそ読んでほしいと思った一冊。

学校司書の「しおり先生」と、6人の中学生の女の子たちの物語。
居心地の悪い学校の中で、図書室だけが息のできる場所。私も似たような経験がある。こんなに教室が辛い子が多いって、学校のシステムどうにかならんのかと余計なことまで思う。

「どんなにつらくて、しんどくても? 今がつらくて、絶対に思い返したくないときでも?」
「信じられないかもしれないけれど、いつか懐かしめるときがくる。つらい思い出だとしても、その時の気持ちをバネにできるときがくるよ」p83

そんな励ましの言葉も、届かない時がある。だって彼女たちは「人生に詰んでしまっ」p233 て、「自分が大人になれるなんて、欠片も考えられない。」「絶対に、うまく生きられないって、知っているから」p72。

そんな少女たちに、しおり先生は物語の力を説く。
「物語から持ち帰れることって、たくさんあるんだよ」p281
「物語は嘘かもしれないけれど、全部は嘘じゃない。物語のように美しい世界を願う人たちはたくさんいる。」p299

ほんとうに。だからしおり先生も、私も、大人になることができた。物語がいつも側にあって現実世界に空いた穴を埋めて、私が立っていられるように支えてくれていたから。
「わたしたちは物語を通して、そこに生きる人たちと出会うことができる。その言葉と優しさは、きっと本物だよ。」p306

たくさんの勇気や優しさに触れて、たくさんの温かい涙を流してきた。今も、しんどい時には頁を捲る。教室から図書室に逃げ込むように、物語の世界に避難する。自分の居場所がそこにある。

世界中の物語と、そこにメッセージを込めて送り出してくれた作者たちに、心から感謝して、2023年の読書納めといたします。


ところで…
作者の相沢沙呼氏だが、可愛らしい名前と既刊書の華やかな表紙の数々から、何の疑いもなく30代女性作家(キレイめ)だと思っていました。しおり先生みたいな人かと。wiki見てびっくりです…

2023年12月30日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2023年12月30日]
カテゴリ 小説

「五十代の『いつ猫』をやってみないか?」と編集者に言われて誕生したという本作。

『いつ猫』とは、40年以上前に書かれた素子さんの『いつか猫になる日まで』という小説のことで、こちらは二十代の若者たちが主人公。
「五十代で“人類の危機”や何やを察しても、自分には繋がっている錘がある。それを自覚した上で、五十代の人間が何をできるのか。五十代の人間が、その錘を振り切るとしたら、どんなことが必要か」p644
そんなテーマで書かれた作品です…が、な、長い!!長いよ素子さん!!(笑)

でもね、長くもなります。
『いつ猫』での、あれよあれよと宇宙まで飛び出した無鉄砲な行動力は、五十代にはないのです!異世界に半分身を置きつつ、主婦としての日常もこなさねばならんのです!ポールのミラクル大作戦か!(笑)
行きつ戻りつ、あちこち忖度配慮しつつ…で、結果この分量。なるほどです。

素子さんの人間観、神樣観、が語られるシーンが興味深い。
「神樣っていうのは、実は、人類の、罪悪感」p569 
「人類って、ほんっとらなんてうすっぺらなんだろう」p589
万事解決とはいかないにしろ、種を超えて「話し合うこと」の必要を、SF作家素子さんは必死に訴えているように感じる。

そして今回の「切り札」(『いつ猫』では主人公のもくずちゃん)は、主人公である夢路さんだというシーンがあったけどp320、実は入れ子のようになっていて、三春ちゃんもまた「切り札」だったのだろうか。
「あたしが、あたしであること」を証明し、自分を取り戻すこと。そこに、素子さんの言う「猫になる」世界があるなら…なかなかの「悲願」p581 だなあ、それって。


いちまろの感想・レビュー『新井素子SF&ファンタジーコレクション1 いつか猫になる日まで グリーン・レクイエム』 #ブクログ
https://booklog.jp/users/ichimarobooks/archives/1/4760151567

2023年12月23日

読書状況 読み終わった [2023年12月23日]
カテゴリ 小説
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素子さんの『絶対猫から動かない』を読む前に、この『いつ猫』を40年ぶりに再読。(手元にあるのはコバルト文庫です!)
ひええ。あちこち痒くなるくらい懐かしい!!(笑)
このお話って、こんなに突拍子もなかったのかー
普通の女の子がUFO操縦しちゃったり、宇宙人たち相手に月面で大立ち回りを繰り広げちゃったり…
子どもの頃はそんなハイテンションな素子さんワールドを純粋に楽しんでいたように思うけど、今回の再読で印象深かったのは、大活劇の裏で描かれる創造主の孤独。

無限の時の中ですべての物を創り、それらを意のままに操る「彼」は、だからこそ限りない孤独の中で自らを哀れむ存在だ。
「神さんだが何だか知らないけど、その人の喉元にナイフつきつけて言ってやりたいことがある」p235
そう宣言して彼の存在を否定する娘も、結局は彼の創造の産物なのだとしたら。

どんなに生き生きと描いても、「自分に直接かかわって」くることは決してない存在――それって、と今回の再読で思ってしまった。「物語の作者と登場人物」という構図と同じだ。
「全部まがいものだったんだ――神さんの手のひらの上で」p233 
このセリフを言わせた(創造主としての)素子さんの気持ちを思うと、何だかとっても切なくなってしまった。

この3年後に、「新井素子」として自らを物語の世界に飛び込ませた『…絶句』を刊行。どんな思いがあったのかな。そちらも再読したくなってきた。


いちまろの感想・レビュー『絶対猫から動かない』 #ブクログ
https://booklog.jp/users/ichimarobooks/archives/1/4041088232

2023年11月30日

読書状況 読み終わった [2023年11月30日]
カテゴリ 小説
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額賀澪といえば青春小説、というイメージなので、タイトルも衝撃だったが、主人公が三十過ぎのおじさん(失礼)という設定にも驚いた。しかも彼は冒頭で勤め先から文字通り首を切られてしまう。

「ただ、好きなものをとことん追究したかった」p180
そう、青春ってそういうものだ。
何かに夢中になって、没頭することが許される権利。
生活の足しにならないことをしていても許される期間。
いつまで許されるのだろうか?人は、いつまで青春の中にいられるのだろうか?

幸運にも、趣味と実益が叶う人もいるだろうけれど、大抵の人は、どこかで夢を諦めて、あるいは折り合いをつけて、現実と向き合うことを選ぶ。
ある意味当たり前の通過儀礼に、「猛烈な痛み」p181 を覚える人たちもいる。

「「好き」を道標に生きてきた。暗闇を進む灯火だった。この光のせいで生きていけないのだと気づいた。これを大事に抱えている限り、暗闇を歩き続けなければならない。」p211

半身を引き裂かれるような独白。
自分にとって、あれほど輝いていたものが、いつか自身を閉じ込める「暗闇」になる。そのことに気づいたとたん、選ぶ道はどちらか一つ。
現実に殺されるか、理想に殺されるか。

青春小説を書いてきた作者だからこそ、そのケリのつけ方にも向き合ったのだろう。自分の中の理想と現実とが、もし命を賭けた選択になるのだとしたら、決めた道を「振り返らず」p212 前に進むのだ。

2023年11月26日

読書状況 読み終わった [2023年11月26日]
カテゴリ 小説
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