沈みゆく大国 アメリカ (集英社新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087207637

感想・レビュー・書評

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  • リーマンショック以降、大恐慌(1929)以来の不況を迎えたアメリカは想像を絶する貧困大国と化している。

    ウォール街はすでにアメリカの政治に対して支配力を持ちすぎており、メガバンクは7兆円の救済金(税金)の使途公開も拒否している。
    2007年の時点で最大の元凶であった合法ギャンブル(デリバティブ)の80%を抱えていたのは五大銀行(シティグループ・ゴールドマンサックス・バンクオブアメリカ・モルガンスタンレー・JBモルガン・チェース)だが、これらの銀行が世界経済にもたらす惨事の大きさを明らかにしたにもかかわらず。ドッドフランク法はこれらの資本になんのメスも入れなかった。
    「金融システムにおける説明責任および透明性を改善することにより合衆国の金融安定を推進するため、濫用的金融サービス実務から消費者を保護するため、ならびにその他の目的のため」と掲げられたドッドフランク法は、今やザル法のひとつになった。

    アメリカでは資産20億円以上の上位0.1%が国全体の富の20%を占める格差社会が起こっている。
    中流以下の国民の富は17%。7秒に1軒の家が差し押さえら得れ、人口の3人に1人が職に就けず、6人に1人が貧困ライン以下の生活をする中、年間150万人の国民が自己破産者となっていく。

    自己破産理由のトップは「医療費」だ。

    アメリカには日本のような「国民皆保険制度」がなく、市場原理が支配するため薬も医療費もどんどん値上がり、一度の病気で多額の借金を抱えたり破産するケースが珍しくない。
    民間保険は高いため、多くの人は安いが適用範囲が限定された「低保険」を買うか、やく5000万人いる無保険者の一人となり、病気が重症化してからER(救急治療室)に駆け込むはめになる。
    世界最先端の医療技術を誇りながら、アメリカでは毎年4万5千人が適切な治療を受けられずに亡くなっているのだ。

    2010年オバマ大統領は「医療保険制度改革法」通称オバマケアに署名した。
    しかしその内実は、保険料の増加と医療費の自己負担増額だ。
    保険が義務化されているため、保険を持たない場合、国税庁に罰金を払うことになる。
    例えば年収650万円であれば年収の1%にあたる6万5000円と16万円の計22万5000円の罰金を払うことに。

    アメリカには65歳以上の高齢者と障碍者・末期肝疾患のための「メディケア」と低所得層のための「メディケイド」という二つの公的医療保険がある。
    しかし、財政難に苦しむ州では、癌治療の支払い申請は却下され、代わりに州保険の適用が可能な安楽死薬をすすめられる。財政難のオレゴン州では、2004年には新規保険加入者の停止をせざるを得なくなり、コスト削減のプレッシャーにさらされ続けている。

    低所得者がひと月40万円もの癌治療薬代を払うのは不可能だが、一回5千円の安楽死薬なら、自己負担はゼロで済む。
    人生の終わりを自分で選ぶという崇高な目的をかかげて導入された尊厳死法はいつのまにか、ふくれあがる医療費に歯止めをかける免罪符になっていた。

    特に癌やHIVのような高額な薬を必要とする患者は自己負担が50%。
    HIVのような高額な薬は毎月24万円ほどかかるため、その50%である12万円が自己負担となる。
    また、保険適用範囲を越えた薬の場合自己負担は100%になるため、充分な医療を受ける事ができない。
    政府が薬価交渉権をもたないアメリカでは、薬は製薬会社の言い値で売られ、おそろしく値段が高いのだ。

    医療保険加入を義務化したオバマケアによって、値上げされた薬の自己負担率がアメリカ人の医療破産率と国家医療費、製薬会社の株価を今後爆発的に押し上げていくと考えられる。
    また、オバマケア以降、従業員の保険費負担を課せられた企業は、フルタイム正社員の勤務時間を減らし、大半をパートタイムに降格するパターンも見られる。
    オバマケア成立から1年後には450万人が雇用保険を失っている。
    国民皆保険を旗印にした医療保険改革が労働者の非正規化を後押しし、今やアメリカはパートタイム国家へとシフトし始めている。

    アメリカの医療費を毎年異常に押し上げている最大の原因は、民間医療保険と薬価。オバマケアはこの二つの業界を野放しにしたまま、民間保険購入を義務化し、医師と病院には高齢者医療を減らせという。
    全米医師の66%がオバマケア保険のネットワークには入らないと答えている。
    訴訟社会アメリカの弁護士は、医療ミスや事故が起きた時、患者を追いかけて営業をかけることがある。
    医師や病院を訴え、多額の和解金をせしめるためだ。
    一度でも訴えられると法外な金が飛んで行く医師のために花開いたのが、訴訟保険ビジネスだ。
    訴訟社会は人々に医療機関のミスではない死を受け入れる事を困難にさせ、医師と患者の人間関係を破壊してしまったと嘆く医師もいる。

    実は、我が国日本にもアメリカのような危機が迫っている。
    2014年4月に導入された消費税増税。
    社会保障を目的とした消費税引き上げであったが、社会保障にあてられたのはわずか1割だけ。

    2014年10月、大胆な金融緩和によって導入された「ヘルスケアリート」が東京証券取引所で承認された。
    医療・介護への営利参入を掲げる政府の強力な後押しの成果だ。
    しかし忘れてはならないことは、リートは福祉ではなくあくまで投資商品ということだ。

    以前アメリカでは、刑務所の建物と土地を自治体に貸し付ける不動産信託商品「刑務所リート」が大ブレイクした。
    建設費用を融資する大手銀行とウォール街投資家の後押しで全米に刑務所建設ラッシュを引き起こし、かつては違法であった民間刑務所が主流になった。

    稼働率を上げるため、犯罪者の厳罰化を強化する法改正が進み、収容率200%を超える刑務所が続出。
    さらに歯ブラシやトイレットペーパー、部屋代まで受刑者に請求するなど投資家配当をあげる営利経営の暴走が問題となった。

    そして今や厚生年金と国民年金を運用する独立行政法人「GPIF」は、積極的な株式投資をすべきという政府の意向を受け、株式保有率の上限撤廃を発表した。
    株式保有を青天井にすることに加え、運用委託先も大きく変更した。
    国内金融機関は入らず、ゴールドマンサックス・イーストスプリング・インベスメンツ社など外資系金融機関が占めているのだ。

    アベノミクスの中身である、大胆な金融緩和、成長戦略の中身とは何か?を考える上で非常に参考になるアメリカレポートであった。
    アメリカのセオリーを我が国日本にあてはめた場合、規制緩和と成長戦略は投資家のための政策であって、今後中間層が没落するような危機すら孕んでいるのではないだろうか?
    小泉首相以来、改革や規制緩和にはウンザリであったが、また新たな変革の時を迎え、暗澹たる気持ちになった。
    中流層の没落が民主主義の崩壊を招くという危機意識が国民ひとりひとりの頭上に重くのしかかってくる時代なのかもしれない。

  • 「いいですか、服用する際はアルコールか、軽いスナックを食べてからにして下さい。そうすれば胃が荒れずに、薬が体内でスムーズに吸収されますからね」
    オレゴン州の薬剤師はカウンター越しに親切に説明してくれるらしい。安楽死の薬を渡す時に。医療費抑制の御旗のもとにがん治療薬の支払い申請は却下され、安楽死薬は自己負担ゼロで済むという。

    アメリカは貧富の差が医療に影響しているとは知っていたけど、その実情が色々と記してあって勉強になった。そして怖かった。

    著者の『貧困大国アメリカ』シリーズは全部読んできてて、次はオバマケアという国民皆保険制度について書くとあったので、期待していた。国民皆保険というと日本みたいに誰でも同じ質の医療を受けられるのかと思ってみたら、全然違うらしい。というか、この本を読む限り、オバマケア導入によって状況は悪化している。

    保険業界が医療を牛耳ってしまっていることが一番の原因のよう。医者が薬を処方するときに保険会社の素人の許可をとらなきゃいけないなんて。
    「ねえ、50キロ先にあるコールセンターにいる君と、今目の前で患者を診察しているわたしと、いったいどっちがその答えを知ってるだろうね?」

    日本にも少しずつアメリカ的な流れが押し寄せてきている。他の分野はまだしも、教育と医療だけはマネーゲームの対象にしてはいけないと思う。

  • 水野和夫氏の『資本主義の終焉と歴史の危機』の後にこれを読んだ。
    まあ、救いようのない気持ちでいっぱいだ。
    間違いなく、全世界、少なくとも日本を含むアメリカ周辺の国は沈没してしまうことになるだろうなあ。
    一部の大金持ちが、自分達だけでも生き残ろうとして、国内に『貧困層という植民地』を作ろうとして成功しつつある。(それも、単なる延命措置にすぎないだろう)私も含めてほとんどが『植民地の住人』だ。そこから脱する方法を真剣に考えないといけないが・・・。

  • 2017.2.14 2/28読了 3/1返却

  • 「5大銀行が国内デリバティブの約94パーセントを抱え、四半期だけで279兆ドルの利益をうる状態になっている」とのこと

    279兆ドルは資産残高。これが全て利益になり得るだってさ。
    これが、自称国際ジャーナリストのクオリティです。
    https://seisenudoku.seesaa.net/article/486689733.html

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/64682

  • もう7年も前の本だけど、これも宿題で頑張って電車と昼休みに、読みました。大国アメリカの医療制度の深刻さ、私は全然わかっていなかったな。アメリカに住む友達が日本に里帰りしたら病院めぐりしてる意味もわかった。日本の皆保険制度、問題もあるけどやっぱりかなりすごい。なんとか守れるか…これから続編読みます。

  • 米国の医療制度を知りたくて手にした一冊。オバマケアとは日本の国民皆保険制度と似たようなものだと思っていたが大違い。ウォール街が狙うマネーゲームの戦場であることを知り衝撃的であった。堤さんのもう1つの書籍を読みつつ、次は肯定派の書籍も読んでみたい。

  • 高すぎる医療費と保険料・そして貧富の格差によって国民の15%以上が保険に入れないアメリカ。そんな惨状から弱者を救い、国民皆保険(かいほけん)の実現を目指したのが「オバマケア」だ。しかし2014年からその施行が始まると、保険会社は財源確保のために保険料を値上げし、医師の負担は急増して医療の崩壊が加速化。正社員の保険料を削減したい企業側はリストラを進め非正規労働者が激増と、アメリカの歴史で類を見ない悪法と呼ばれる結果となった。保険会社と製薬会社・そして大企業と大手投資家だけが儲かって国民にそのツケを回すというこの現象は、サブプライムローンで貧困層を借金漬けにした金融政策がリーマンショックという大事件を招いた2008年の状況と似ていると分析するのは、『ルポ貧困大国アメリカ』などのベストセラーで知られる米国在住のジャーナリスト・堤未果。国民の1%を占める「スーパーリッチ」が意図的に進めたこの「国家解体ゲーム」が次のターゲットとするのは日本なのか?1961年に始まってから半世紀以上、国民の誰もが保険証1枚で医療を受けられる、日本が世界に誇る「国民皆保険制度」がアメリカによって破壊されると警告する。

  • オバマケアについて。ちょっと読んだのが遅かったかな。リアルタイムで読めば面白かったかも。

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著者プロフィール

堤 未果(つつみ・みか)/国際ジャーナリスト。ニューヨーク州立大学国際関係論学科卒業。ニューヨーク市立大学院国際関係論学科修士号。国連、米国野村證券を経て現職。米国の政治、経済、医療、福祉、教育、エネルギー、農政など、徹底した現場取材と公文書分析による調査報道を続ける。

「2021年 『格差の自動化』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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