- Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103396512
感想・レビュー・書評
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この本は数学が哲学であり、詩であり、文学であることを教えてくれる。そして数式をほとんど使わずに、数学とはどんな学問なのかを教えてくれる。とてもロマンがある。人間の行動と数学は紐付いていて、それどころか思考は行動と紐付いている。岡潔とアランチューリングの人生が面白い。
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不思議な読書感を残す本だった。岡潔の著作を読んでみたいと思った。最近読んでいた意識の在り方と数学と人間の取り組み方には何か似通ったところがあるように感じた。
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詩的な文体で数学史を追い、チューリングと岡潔に終着する。チューリングは心の問題を説くために数学を用いた。岡は数学の向こうに情緒を捉えた。奇しくも、人工知能開発の機運が盛り上がっている現代を先取りした2人のように感じた。
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2016/2/18
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中学校に上がって「算数」が「数学」に変わり、今振り返ればなぜなのかと思わずにはいられないほどに苦手科目となって立ちはだかった。その苦手意識は高校進学後もつきまとい、結果として「数学が苦手だから」という理由で文系クラスに進級。大学も文系学科に進学し、歴史で卒論を書き、就職先がIT屋。仕事として数学が生み出した技術を扱う日々が始まった。かれこれもうすぐ8年。
この本を読んで、改めて物事には「歴史」があり、その積み重ねを人間が紡いできた結果の世界に生きているのだと痛感するばかり。
本書には小難しい数式はいっさい出てこない。数学研究を行う著者がもともと文系だったということもあり(これにはかなり驚いた)、紡がれる言葉の数々は流麗で美しい。数学という学問を思想的に分析・解説されていくことで自分の人生にも実感として数字が馴染んでくるようだ。数字は身近なもの、身体の延長である道具なのだ。 -
これはもう(生活の一部ではなく)生活そのものが数学という方々の崇高な物語になっていると感じました。
うらやましくもあり、また心洗われる思いもしました。
芭蕉ー岡潔ー著者が「一つの身体」となって現代に現れたような錯覚を覚えるほどに本作に引き込まれました。 -
在野の数学研究者が語る数学の魅力。
どういう本なのかと思ってたが、二人の数学研究者を軸に数学史を語るような本だった。
数学というと計算が中心なように思っていたが、そういうものではないということが知れたのがよかった。 -
タイトルは難しそうだが、水が大地にしみ込むようにするりと読める。数学に対するものの見方が少し変わる。
そしてあとがきでこの著者が影響を受けた人を見ると納得である。 -
なぜ公理は公理であるのか。1とは何か。
無限についてカントールはこういった思索を繰り返したのだろうか。作者は、人類全体の思考の枠組みを一段階広げるような発見に至る準備運動をしているのかもしれない。それが結実するのかはわからないが、何かどでかいことを成し得るポテンシャルを感じる。
純粋才能が良き出会いを重ね(特に古武術の甲野善紀氏との出会いは大きいと感じる)、アンテナの感度の良さ、感受性、知性、数学的素質が融合してここまでの考察に至る。わかりやすい上に深いので、そのまま講話として宗教な人にパクられそうである。 -
数学の歴史
チューリング
岡潔
読みやすい。