真実の10メートル手前

著者 :
  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (297ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488027568

作品紹介・あらすじ

高校生の心中事件。二人が死んだ場所の名をとって、それは恋累心中と 呼ばれた。週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの太刀洗と 合流して取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始める……。太刀洗はなにを考えているのか? 滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執――己の身に痛みを引き受けながら、それらを直視するジャーナリスト、太刀洗万智の活動記録。『王とサーカス』後の6編を収録する垂涎の作品集。

感想・レビュー・書評

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  •  取り敢えず「氷菓」は、どこの図書館にもあるだろうと考えていた私が甘かった。いつもの図書館に行き、当たり前の顔をして、米澤穂信さんの棚を見てみたが、氷菓はおろか、古典部シリーズ自体、一冊も無く、他に聞いていた著書も無かったので、せめてもと思い借りたのが本書であったが、どうやらこれがニアピンだったことは、米澤さんのあとがきで判明することになる。

     おそらくジャンル的には、社会派ミステリになると思い、主人公がジャーナリストということで、直接的に事件を解決したりすることは無いが、それでも誰も気付かない謎を紐解いてみせることから、推理ものとしても楽しめる要素はあるものの、読後感は、決して爽やかな後味の良いものではなく、更に私の中では、最初の表題作を読んだときの、主人公「太刀洗万智(たちあらいまち)」の人物像が、いまいち掴みきれないこともあって、作品自体の印象はあまり良くなかった。

     次の「正義漢」は、その言葉の意味を見事に履き違えた者の哀れさを痛快なまでに描いていたが、太刀洗のやり方が少々怖く、その次の「恋累心中」は、どうにもやり切れない悲劇がありながら、事件の真相は更に傷口を広げるような酷いものであったものの、どこか淡々としたような太刀洗の位置取りに、やはり好感を持てなかった。

     そうした印象がやや変わり始めたのは、次の「名を刻む死」であり、最初は私も京介のように、何故そんなに非情な冷たい態度を取るのかと思ったが、その後の太刀洗の叫びに、京介もろとも私もハッとさせられ、落ち着いて考えてみると、本当にそれをしてしまった時に後悔するのは、あなたなのですよ、ということがとても腑に落ちた、そうした思いを抱かせた太刀洗の心からの檄に、この人は冷酷なのではないのかもしれないと思うようになった。

     そして、私が最も好きだった物語が、次の「ナイフを失われた思い出の中に」であり、あとがきに書かれていた、アイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』に源流があることは分からなかったものの、太刀洗と同じ職業から受けた、そのあまりにも大きすぎる悲しみを抱いた男が、最後には彼女の仕事への取り組み方に感銘を受けた、そのストーリー展開には、彼女の表向きからは分からない、とても繊細な感情を窺うことができて、それは『曖昧さが引き起こした矛盾』だと思われたものが、実は『ある人のことを思い遣るあまり、必死に考えに考えた結果の矛盾』であったことを慮ることができた、そんな繊細さを太刀洗は持っているのだということに気付いた時、もしかしたら、私はちゃんと表題作を読み切れていなかったのではないかという、思いに至ることができた。

     更に、その次の「綱渡りの成功例」では、ジャーナリストという、その仕事に於いて、待ち構えているものの過酷さを改めて実感し、私には、この仕事はできないだろうなと思わせた、だからこそ、それを淡々とこなしているように見えながらも、実は様々な思いを内に抱きながら続けている太刀洗の姿に、心を打たれるものがありながら、本書の読後感の後味の悪さについても、その悪さは綺麗事だけでは決して生きていけない、世の中の縮図を描いているだけであり、後味は悪いけれども共感はできる、そう認識したとき、本書が読み手にもたらしてくれるものに出会えた気がして、ああ、この作家さんは凄い方なのかもしれないと感じられた。

     そして全てを読み終えてから、改めて表題作を読んでみると、これだけ太刀洗の視点で語られていることが分かり、他の5作品は、あくまでも他人から見た太刀洗万智であったが、もう一度表題作を読むことで、ようやく彼女の素顔に触れられるかもしれないといった感慨めいたものが、私に訪れた。

     再度読んでみると、不思議なことに、太刀洗がまるで違った人物に見えてくる面白さがあり、その最初に読んだときの無愛想な感じは、控え目で必要以上のことは口にしない、誠実さから誤解されやすいことが分かり、そんな彼女の誠実さを表したものとしての、『葡萄豚テキ』の読み方には、とても微笑ましいものがあった、彼女の素顔は下記の言葉からも感じられた。

    『わたしは、精一杯微笑もうとする。意識してそうしないと、誰もわたしが笑っているのだとはわかってくれないのだ』


     本書の主人公、太刀洗万智は、あとがきによると、元は「さよなら妖精」に登場したそうで、土瓶さんが書かれていた著書だなと気付くとともに、表題作が「王とサーカス」の前日譚であることも知り、そういえば表題作の終わり方は、いきなりスパッと切り離されたような名残惜しい終わり方で気になっていただけに、土瓶さんには申し訳ありませんが、先に「王とサーカス」を読みたくなりました。

     そして教えて下さった、土瓶さんと、ゆーき本さんに、改めて感謝の気持ちを。
    ありがとうございます。

     古典部シリーズはまだ読んでいないので、ここで書くのも違うかなと思いましたが、また一人読みたい作家さんに出会えた嬉しさがあったため、書かせていただきました。

    • 土瓶さん
      ありゃりゃ。
      「氷菓」は置いてありませんでしたか。残念。アニメにもなってるので、意外とそっちのほうが簡単に観れるのかもです。
      なんでした...
      ありゃりゃ。
      「氷菓」は置いてありませんでしたか。残念。アニメにもなってるので、意外とそっちのほうが簡単に観れるのかもです。
      なんでしたっけ。
      高校生くらいのミステリーをご所望でしたっけ。
      太刀洗万智さんのシリーズにいかれたんですね。彼女はあまり感情表現が豊かではないキャラだったような気がします。
      「王とサーカス」は私も絶賛積読中。
      「さよなら妖精」は純粋なミステリーというより、ちょっと重い話だったな。
      あとは同作者の高校生ものといえば「本と鍵の季節」とか、読んだことはないんですが「小市民シリーズ」とかいうのもあるそうです。
      レビューを楽しみお待ちしま~す^^
      2024/05/19
    • たださん
      土瓶さん
      コメントありがとうございます!

      太刀洗万智に注目したというよりは、その時の選択肢がそれしか無かったのですが、今となっては、最初に...
      土瓶さん
      コメントありがとうございます!

      太刀洗万智に注目したというよりは、その時の選択肢がそれしか無かったのですが、今となっては、最初に読んだのが本書で良かったと思っており、「さよなら妖精」もちょっと重い話かもということで、彼女にとっては宿命的なものがあるのかもしれませんね。
      是非、「王とサーカス」の後に読もうと思います。

      「氷菓」は、いつもの図書館にはありませんでしたが、市の他の図書館にあるかもしれませんので、改めて探してみます。

      そうです。青崎有吾さんのコメントで高校生の青春ミステリを所望して、色々と教えてもらい、新たに「小市民シリーズ」も知ることができました。ありがとうございます(^^)

      ただ、いろんな本を広く読みたい気持ちがあるため、それらを全て読み終わるのがいつになるのかは分かりませんが・・・どうぞ気楽にお待ちいただければと(^_^;)
      2024/05/19
  • 2021/07/07読了
    #このミス作品70冊目

    フリー記者の太刀洗万智が様々な
    事件の真相を追う短編集。
    闇深くドライ過ぎる主人公に
    感情移入しにくいが
    シリーズものらしく真相も知りたい。
    長編が読みたいかな。

  • フリージャーナリスト太刀洗万智が、取材を進める中、事件の小さな綻びが見えてくる。あとがきで、他の本の登場人物というのを知って、読む順もちょっと考えたのですが、この本から読んでみました。
    大きな謎ではなく、ちょっとした点から、違和感がわかり、真実がわかる6編の短編集。。スッキリというよりは、ちょっと後味が悪い感じや、なんとなくスッキリ感がないのは、米澤さんの特徴でもあるし、主人公のキャラクターもあるのだろう。

    印象に残ったのは、「名を刻む死」。一人暮らしの男性の死とその第一発見者の少年。少しずつ新事実がわかる中、少年の気持ちは。表題にもなっている男性の考え方と、少年に対する太刀洗の対応が印象に残った。身近で発声したことに対して、当事者たちだけでなく、周りの気持ちも含めて、影響があることが、気になる。

    記者としての複雑な心情も描かれるし、表目上の対応よりも人間的な面があるのがわかるときともあるのだが、どうもこの主人公に乗れない点があった。長編を読むのは、厳しいかなと思いつつも、ちょっと読んでみたいと思ったりもしている。

  • フリーライターの太刀洗万智が主人公の短編集。
    印象に残った言葉の引用
    ①記事を書くという仕事を人間の器官に例えるなら「目」である。
    目とは人が見たいと思っているものを見るための器官であり、錯覚にまみれ、そこにあるものを映さない。
    私たちは人々がみたいと思っているものを見せるために存在します。そのために事実を調整し、注意深く加工するのです。それは実際の目が行っていることと同じです。

    ②錯覚するのは目ではありません。目はレンズに過ぎない。映像が乱れるとしたらそれは筋肉のせいであり、脳のせいです。

    もし単に目であろうとしたなら脳には忠実でなければならない。しかし、目にたとえた私の言葉にあなた自身は賛同しなかった。

    本来のフリーライターという仕事で言えば①でそれが時に事実とかけ離れて報道されることがあり、非難の的になることもある。
    本著は皆が考える筋書きを太刀洗が丁寧に解き明かしているところが可燃物と似ていると思った。
    ただ本著はフリーライターなので、事件を主人公が解決することはなく、書いた記事やその後が出るわけでもない。
    太刀洗の、性格や展開がおもしろく一気読みだった。
    個人的には「正義漢」と「ナイフを失われた思い出の中に」がよかった。

  • 「王とサーカス」に登場した太刀洗万智が新聞社を経てフリー記者として活躍する短編集。
    長身長髪に切れ長の目、クールで鋭い洞察力を持つ太刀洗万智の“できる女感”が魅力的。
    表題作「真実の10メートル手前」は、何気ない会話のフレーズから推理を組み立てて徐々に真相へ近づいていく様が良い。
    「名を刻む死」と「綱渡りの成功例」は、罪悪感に苛まれる事件の当事者に寄り添った太刀洗万智の気遣いが胸を打つ。言葉選びも巧みだ。
    謎めき度と意外性は「恋累心中」が秀逸。第三者目線から太刀洗万智の特長を描くのも良い。
    「ナイフを失われた思い出の中に」は、“手記”が16才の少年が書ける文体では無いよなーと違和感を持ち、中々話に入り込めなかった。
    太刀洗万智が登場する〈ベルーフ〉シリーズ最初の作品「さよなら妖精」も読んでみようっと。

    週刊文春ミステリーベスト10 2位
    このミステリーがすごい! 3位
    本格ミステリ・ベスト10 7位
    SRの会ミステリーベスト10 8位
    ミステリが読みたい! 1位

    〈ベルーフ〉シリーズ
    1.さよなら妖精
    2.王とサーカス
    3.真実の10メートル手前

  • 記者の太刀洗万智が探偵役の短編集。
    怜悧なヒロイン登場です☆

    だいぶ前に「さよなら妖精」で遭遇した出来事を胸に秘め、フリーのジャーナリストとなっている太刀洗万智。
    あまり表情が動かないクールな雰囲気の女性ですが、真実を追究していく熱さを秘めているようです。

    「真実の10メートル手前」
    ベンチャー企業で有名になった兄妹だが、破綻して、妹は行方不明に。
    妹の行方を追う万智は‥

    「正義感」
    駅のホームの転落事故。
    偶然、居合わせた太刀洗万智がとっさにとった行動とは?

    「恋累心中」
    高校生の心中が土地の名前を結びついて美化されるが‥
    取材に赴いた記者が、太刀洗と同行して、気づいた真実とは?

    「名を刻む死」
    老人の孤独死のいきさつとは。
    発見者の高校生のことが気にかかる万智は‥

    「ナイフを失われた思い出の中に」
    事件を自白した少年の手記を読み解く万智。
    真犯人を見つけることが出来るか‥?

    「綱渡りの成功例」
    災害で埋もれた村の生き残りの老夫婦の話に、ひっかかる点があり‥?
    これはちょっと、気がつく必要も報道する意味もあまり感じられませんでした。
    ほかの大問題に絡んでくるという構成なら、ともかく。
    取材していく中で何かに引っかかるが、それを使えるかどうかわからないという問題が起きる、ことは理解できるので、そういう話が無意味とは言いませんが。

    すべて題材が凝っていて、現代性もあり、このヒロインを形作ろうという工夫が感じられます。
    かなりクールでやり手といった印象ですが、若者への共感はあるようですね。
    すべて解決するわけではなく、事件現場に踏み込む感覚があります。
    独特な苦味やひやりとするような鋭さを味わいつつ。

  • 話によってそれぞれ視点人物は違うが、フリーライターの大刀洗万智を事件を追求する中心に据えた短編集。大刀洗万智は「王とサーカス」という長編で主人公になっていて、非常に面白い話だった。見かけのクールさの下に熱い思いを持ったなかなか面白い人物だ。しかし、この短編集では余りにも切れ者過ぎるんじゃないだろうか。それが少し息苦しさを感じさせる上に、事件が余りにも暗すぎる。暗澹たる思いになる。後味が悪いのだ。小説としてはとても上手いとは思うのだが、私には米澤穂信は、短編より長編が良いみたいだ。

  • 太刀洗万智(たちあらい まち) ― 新聞記者からフリ-ジャ-ナリストに転身した女性が、事件事故の裏に隠された真相を探る、直木賞作家<米澤穂信さん>の『王とサーカス』に繋がる5篇の短編小説集。小気味よい推理と人間の深層心理を突いて、読者を最後まで飽きさせない作品が揃っている。

  • 調べることが好きで、人よりも上手。それを生活の手段にしているだけ。正当とか間違っているとかを考えて仕事をしているわけではない。一見クールでシニカルな主人公。実は純真で、優しく、正直者、加えてとても恥ずかしがり屋だ。明晰な洞察には何度も舌を巻いたが、最も心惹かれたのは情の篤さ。弱い人をほっとけない、悪に対しては徹底した敵意でぶつかる。連作短編で主人公の魅力が少しずつ明らかになっていく。気づいたらすっかり心は主人公に持っていかれている。誰にでもお薦めできる名作だ。

  • 万智シリーズ。さよなら妖精だけは読んでおくと、楽しめるがそんなに重要ではない。ジャーナリズムの真実と欺瞞を描く短編集。暗くてやるせない話が多い。
    表題作はミステリ的な道のりはお使いみたいな話だったが、「真実の10メートル手前」というタイトルに収斂されるような場面展開がよい。
    高校生心中の話もすごくよく、やるせない気持ちになった。高校生達の切ない願いと対比して、真犯人の身勝手な動機のコントラストが際立つ。

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著者プロフィール

1978年岐阜県生まれ。2001年『氷菓』で「角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞」(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞し、デビュー。11年『折れた竜骨』で「日本推理作家協会賞」(長編及び連作短編集部門)、14年『満願』で「山本周五郎賞」を受賞。21年『黒牢城』で「山田風太郎賞」、22年に「直木賞」を受賞する。23年『可燃物』で、「ミステリが読みたい!」「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」でそれぞれ国内部門1位を獲得し、ミステリーランキング三冠を達成する。

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