永続敗戦論――戦後日本の核心 (atプラス叢書04)

著者 :
  • 太田出版
3.81
  • (68)
  • (100)
  • (65)
  • (15)
  • (7)
本棚登録 : 969
感想 : 103
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784778313593

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 新しいと思うことはなかった。戦後の日本の状況は整理されていたかと思うけど。

  • 日独の負け方の違いは「革命より敗戦がまし」。お家存続のための御聖断という見方には疑問も残るが、先日公開された「昭和天皇実録」によると、戦後も天皇は革命を恐れていたようであるし、世界の歴史を振り返ればそういう見方も可能なのかなとは思う。が、結果的に戦後50年ぐらいは「平和と繁栄」を享受してきたのは事実であり(その過程で劣化したとも言えるのかもしれないが)、問題は冷戦崩壊後も対米従属していれば「平和と繁栄」できるのか?という答えを出せないまま20年経過してしまったという事だろう。その問題の先送りと隠蔽が311で露呈したという事というのが著者の主張のようだが、「戦争と衰退」は勘弁して欲しいので、「平和と衰退」ぐらいでナントカおさまりませんかね?

  • 巷では評判の本で、ぼくも出てすぐ買って一読した。言っていることは明晰だが、この本のタイトルが今一わからなかった。最近再読してようやくわかってきたが、要するに、戦後の日本は終戦ということばでごまかしているように、敗戦という事実を認めなかった、そのことが現在までもずっと続いているということである。それなら、「永続敗戦否認論」とでもいうべきだった。そうでないと、このタイトルは文字通りは、いつまでも負け続けていることになる。筆者が「敗戦を否認しているがゆえに、際限のない対米従属を続けなければならず」(p48)というのもわかりにくい。敗戦を認めたがゆえに、際限なく対米従属を続けているとでも言うべきではなかったか。つまり、敗戦後70年近くになるというのに、あの戦争の後始末ができていない、つまり「戦後」になっていないのである。日本の戦後はある意味サンフランシスコ条約から始まるが、ロシアとの関係も歯舞、色丹で終わっているべきなのに、四島返還などと言い出したものだから、いまだに平和条約も結ばれていない。戦後が終わっていない。その典型は北朝鮮との関係である。小泉さんが北朝鮮へ乗り込んだのは、日朝国交回復を目指すものであったのに、いつのまにか拉致問題が主要な課題になってしまった。もちろん人道的な立場から拉致は許せないが、もっと根本的な、戦争を終わらせるということが、あと一歩のところまで来て果たせなかったのである。

  •  敗戦後32年を経過した1977年に生まれた著者は、目撃した3つの光景をエピローグでで語っている。執筆を促す契機ともなったこの章は、プロローグとして冒頭に置かれた方が読者をより強く惹きつけたかもしれない。曇りのない目で世界を見るためには、敗戦後から遠く離れた方が良いらしい。時間が経過しないと見えてこないリアルな風景というものがあることを思い知らされる。
     「平和と繁栄」「日米安保」が表裏一体となった「国体」が現在に至るまで護持されているという指摘は一見目新しいものではないが、複雑な政治や経済の事象を丁寧に腑分けして抉り出してゆく著者の手さばきは見事というほかなく、今まで誰も口にしたことのなかった事実を恐ろしいまでに冷静に摘出している。

     「日本の領土問題を複雑にしているのが、サンフランシスコ講和条約に中国・韓国・当時のソ連は参加していないという事情である」
     「ソ連の対日参戦から日ソ共同宣言に至るまでの行為は、ソ連にとっては、日本のシベリア出兵に対する報復の要素を持っていた」
     「米国は(第二次阿倍政権の歴史認識に対して)傀儡の分際がツケ上がるなと言っている」
     「被爆の経験は悲惨の極致であっただけではない。それは恥辱の経験でもあった」
     「米内光政海軍大臣は、原爆投下の報に接して<天祐>だと語ったと言われる。日米の共犯関係は、広島・長崎において、すでに起動していた。言い換えれば<戦後>はすでに始まっていたのであった」

     さらに、サンフランシスコ講和条約締結交渉にあたって、昭和天皇が時に吉田やマッカーサーを飛び越してまで、米軍の日本駐留の「希望」を訴えかけたという豊下樽彦の推論(『安保条約の成立ー吉田外交と天皇外交』も引用していて衝撃的である。(これについては、つい最近、『昭和天皇実録(全19巻)』が出版されるという報道がなされたばかりであり、その内容がどこまで真実を明かしてくれるのるかを注視したい。「特定秘密の保護に関する法律(特定秘密保護法)」が成立したことにより、きっと公開されることはないだろうが、その隠蔽の痕跡ぐらいは見出すことができるかもしれない)

     「平和と繁栄」を謳歌してきた日本が陰りを見せはじめ、3.11を通過して、69年間敗の歴史が継続していることがより鮮明に焙り出されてきた。われわれは、いかにしたらこの敗戦を終わらせる(=正しく負け直す)ことができるのかという重い課題を突きつけられている。

  •  福島第一原発の事故を端緒に、日本の「戦後」は終わりを告げた。東日本大震災とそれに続く原発の事故は、「戦後」という「パンドラの箱」を開けてしまったのだ。このことは直接的には、「平和と繁栄」の時代が終わり、「戦争と衰退」の時代の幕開けを意味せざるを得ないと著者は言う。そしてそれゆえに、「我々は改めて歴史に向かい合うことを要求されている」。
     では、我々が向かい合わなければならない歴史とは何だろうか。第二次世界大戦後の日本を批判的に再検証する本書で、著者はそれを「敗戦の帰結としての直接的な対米従属構造が永続化される一方で、敗戦そのものを認識において巧みに隠蔽(否認)する」日本人の歴史認識そのものだと断言する。
     安倍晋三はなぜ集団的自衛権行使に強気なのか、中国はなぜ尖閣問題に過敏に反応したのか、北朝鮮との間で拉致問題に温度差があるのはなぜなのか。本書を読むと、これらは同根であり、すべては日本人の歴史認識に関わっていることが理解できる。
     デモに行く時間や勇気がなくても、現在の政治に危機感を持つ人たちに、どうしても読んでほしい一冊。

  • 朝鮮半島がすべて共産化したと仮定した場合には、日本の戦後民主主義(デモクラシーごっこ)が生き続けられたかどうかも疑わしい。
    我々が見ないですまそうとした(そして、沖縄にだけは直視させてきた)事柄にほかならない。

    敗戦の帰結としての政治経済軍事的な意味での直接的な対米従属構造が永続化される一方で、敗戦そのものを認識において巧みに隠ぺいする(否認)という日本人の大部分の歴史認識、歴史的意識が変化していない

    敗戦を否認しているがゆえに、際限ない対米従属を続けなければならず、深い対米従属を続けている限り、敗戦を否認し続けることができる

    ポツダム宣言第八条
     敗戦の帰結として日本は、基本的に
    日清戦争以降に獲得した領土をすべて失うことになる

    尖閣諸島もその中に含まれるところの沖縄は日清戦争以前の琉球処分によって近代日本国家に編入されている

    カイロ宣言 1943 中国東北、台湾、証拠群島など日本が窃取した領土は中国に返還させる

    1952 サンフランシスコ講和条約(中国は代表派遣を拒否されている) 尖閣諸島は我が国が放棄した領土のうちには含まれない

    1884 日本の民間人が尖閣諸島の開拓許可を申請 外務卿井上馨が清国を刺激しかねないとして拒否。これは外務省の公式見解と異なる

    琉球処分(尖閣を含む沖縄)
    1885/1/14 日清戦争中に領土に組み込まれた

    実効支配している側は領土問題そのものを認めない。国際司法裁判所に問題を委ねるのならば、日本側に有利な裁定が下る保証は全くない。棚上げという解決なき解決は弱腰どころか日本にとって有利な状態を持続させることに貢献してきた

    北方領土
    サンフランシスコ講和条約 千島列島およびポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部これに近接する諸島に対する全ての権利を放棄 南樺太は日露戦争の結果として得たものだが、千島列島は1874年に樺太千島交換条約によって平和裡に編入 千島列島は日清戦争後に獲得の原則に反するが、吉田政権はこの条文を呑んだ

    1956日ソ共同声明 戦争の結果として出来上がった状態にたいしてお互いとやかく言わない

    ダレスの恫喝 重光外相に対して、この条件に基づいて日ソ平和条約締結に突き進むのならば、沖縄を永久に返さないぞ

    サンフランシスコ講和条約においてほかならぬ米国が千島列島の放棄を日本に強いておきながら、あとになってその放棄を盾にとって、お前のもっていないものを他人に譲ることはできないと迫った

    介入の意図
     北方領土問題が日ソで解決することを妨げ、日本に非難の目がアメリカの沖縄占領に向かないようにする
     日本にソ連に対する強い敵意を持ちつづけさせ、日本がソ連の友好国になったり、また中立政策をとったりすることなく、同盟国としてアメリカの側にとどませる

    日ソ共同宣言の平和条約締結に踏み切るならば、変換されるのは歯舞、色丹の2島に過ぎないのであるか、沖縄をとるか歯舞色丹をとるかという選択

    サンフランシスコ講和条約において日本が放棄した領土に竹島は含まれない
    講和条約への代表派遣を封じられた韓国 1952 李承晩ラインを宣言し竹島をその中に入れる 1954 実効支配
    1965 日韓基本条約に竹島の記載なし
    竹島は第2次世界大戦から切り離されて行われた軍事行動によって現在の事実上の境界線が定められた
    1905/1 閣議決定により竹島日本領土化

    北朝鮮問題 最重要課題が核兵器とミサイル開発より拉致問題が上になっている

    平壌宣言以後に日朝国交正常化から拉致問題へ変更された




    TPPの標的 関税ではなく、非関税障壁と呼ばれるものにほかならない。つまり、それは、各国独自の商習慣であったり、独自の安全基準、独自の税制規制、独自の製品規格といった事柄

    戦前のレジームの根幹が天皇制であったとすれば、戦後レジームの根幹は永続敗戦である。永続敗戦とは、戦後の国体であるといってよい

    マルクス 歴史は反復する、一度目は喜劇として、2度めは茶番として

    偉大な出来事は二度繰り返されることによってはじめて、その意味が理解される

    降伏の決断は、より多くの国民の生命を守ることを意図したものなどでは、さらさらなかった。それではなぜ本土決戦が回避されたのか。複数の証拠が示す所によれば、これ以上の戦争永続、本土決戦の実行は、国体護持を内外から危険にさらすことになるという推測ことが、戦争終結の決断をもたらしてものにほかんらなかった。

    ドイツは本土決戦を実行し、最終的には総統は自爆、政府そのものが粉々に砕け散って消滅するというかたちで戦争を終えた。日本に置き換えたら、それは国体そのものの消失である

    われわれの失ったもの、一言で言えば革命

    仮に本土決戦が決定されていたならば、さらなる原子爆弾の投下が行われ、天皇はこうきょもろもろとも消滅したかもしれない

    河原宏 日本人が体験し損なったのは、各人が自らの命にかけても護るべきものを見出し、そのために戦うと自主的に決めること、同様に個人が自己の命をかけても戦わないと自主的に決意することの意味を体験することだった。こ近衛らが、革命よりも敗戦がましという形で、なんとしても避けようとした革命とは、究極のところ各人が自主的決意と判断によって行動するに至る状況のことだったのではないか

    ガンジー
    あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである

  • かなり説得力あり。再読したい。

  • 戦後日本の根本レジームは、「永続敗戦」の構造である。すなわち、敗戦を否認するがゆえに、際限のない対米従属を続けなければならず、深い対米従属を続けている限り、敗戦を否認することができる。かかる状況が、「永続敗戦」である。

    「戦後民主主義」に不平を言い立て戦前的価値観への共感を隠さない政治勢力は、国内およびアジアに対しては敗戦を否認して見せることによって自らの信念」を満足させながら、自分たちの勢力を容認し支えてくれる米軍に対しては卑屈な臣従を続ける。

    そして今日、このレジームはもはや維持不可能なものとなった。

  •  政治学者が戦後日本のダブルスタンダードを説く。

     戦後日本は敗戦を受け入れないが故に永遠に敗戦の状態から抜け出せないでいた。
    おそらくこういった主旨だと思うのだが、領土問題やアメリカとの関係などをあげての説明を読み進めるにつれ唸ってしまった。自分の無意識を突きつけられ、意識化に晒されたような気がした。すごい体験だった。

     戦後日本の無意識を読み解く必読の一冊。

  • 日本はずっと戦争に負けた(敗戦)という事実を否認している。対米従属を続けながら(それが自分で選んだことのようにふるまいながら)、アジアの国には強い態度を撮り続けている(敗戦国であるということを忘れているかのように)
    いつまでたっても「戦後」は終わらない。その歪みは、福島の事故のときにも顕になった。
    日本人は「敗戦」を直視することを免れたのと引き換えに、自ら考えることを奪われた。
    前の戦争の責任を誰も取らなかった国。前の戦争で大勢の国民に犠牲を強いた国。美しい言葉で飾りながら、実際は犬死を強いた国。「戦後」が終わっていないのに、再び「犠牲のシステム」を構築しようと企てている国。
    日本という、欺瞞に満ちたこの国の姿が、言葉によってはっきりした。著者のあとがきが熱くて好き。ガンジーの言葉が引用されている。

全103件中 61 - 70件を表示

著者プロフィール

1977年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。思想史家、政治学者、京都精華大学教員。著書に『永続敗戦論─戦後日本の核心』(太田出版/講談社+α文庫)、『武器としての「資本論」』(東洋経済新報社)など。

「2022年 『撤退論 歴史のパラダイム転換にむけて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

白井聡の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
佐藤 優
クリス・アンダー...
赤坂 真理
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×