職業としての学問 (岩波文庫)

制作 : Max Weber  尾高 邦雄 
  • 岩波書店 (1980年11月発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (91ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003420959

作品紹介

第1次大戦後の混迷のドイツ。青年たちは事実のかわりに世界観を、認識のかわりに体験を、教師のかわりに指導者を欲した。学問と政策の峻別を説くこの名高い講演で、ウェーバー(1864‐1920)はこうした風潮を鍛えらるべき弱さだと批判し、「日々の仕事(ザッヘ)に帰れ」と彼らを叱咤する。それは聴衆に「脅かすような」印象を与えたという。

職業としての学問 (岩波文庫)の感想・レビュー・書評

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  • これもまた非常に難解。わかるまで読もう。

  • 「いわばみずから遮眼革を着けることのできない人や,また自己の全心を打ち込んで,たとえばある写本のある箇所の正しい解釈を得ることに夢中になるといったようなことのできない人は,まず学問には縁遠い人々である。」「なぜなら,いやしくも人間としての自覚のある者にとって、情熱なしになしうるすべては,無価値だからである。」うーん,学問って難しい。

  • ひたすら難しい。

  • 短いが、内容はかなり難しく、また読み直さなければならないと感じた。

  • 巨大ビジネスとしての米国の大学の勢いは止まるところを知らないようにみえる。たとえばハーバードやスタンフォードのMBAから白熱教室へのお見事な変身ぶり!深く巧妙に浸透した資本主義イデオロギーの権力は学問も政策も信仰さえも丸のみし、それとは知られないような美神の意匠でマネーの増殖に余念がない。

    「もし悪魔を片付けてやろうと思うならば、こんにち好んでなされるようにこれを避けてばかりはいられない、むしろ悪魔の能力と限界を知るために前もってまず悪魔のやり方を底まで見抜いておかなくてはならない」

    わたしはそれを街頭から始めよう。学問なのか?経験なのか? そんなことはどうでもいい。

  • 『職業としての政治』がよかったので読んでみたのだが、コチラは馴染めなかった。おそらく書物としての価値はあるのだろうけど、例示があまりにも宗教に偏りすぎていて、どうにも理解しづらい。内容も、いわんとしていることはなんとなくわかるのだけれど、ただ一概に正しいとはいえない気もする。たとえば、学問と政治を分離せよというが、もちろんそれは間違った主張であるとまではいえないけれど、ある事柄を教授するという時点で完全に中立ではないのであって、それは見方によっては政治的なのだから、もうちょっと具体的に述べてくれないと、たんなる空理空論に終わってしまう。『政治』のほうは当事者ではないから反論も思い浮かばなかっただけかもしれないけれど、本書の場合はどうにもただ理想論を語りすぎていて、具体性・現実性に欠けるという印象はある。ただ、また時間をおいて読んだら違う印象かもしれないし、心構えとしてはよいことが書いてあるので、読めたことじたいはよかったと思っている。

  • ウェーバーの生きた時代からもう100年くらい経ったけど大学制度はそんなに変わらないんだなあ、とか、学生が体験や指導者を欲してしまう傾向というのもそう変わらないんだなあ、とか。しかし、わたしが本書を読みながら最も切実に考えていたことはただひとつ。すなわち、学究に身を捧げるとは、その意味とは何なのかということ。なにか追求したい問題があり、その手段として最も適当なものが学問であった、というのが一般だと思いますが。学問を行うことによって何かの真理を得たり、生きる意味を求めたり出来る、と信望することと、それは一体どう違うのか。
    ウェーバーによれば、脱魔術化した近代にあって、学問は「この世界の『意味』というようなものの存在にたいする信仰を根本から除き去る」ものであり、トルストイを引用しながら学問とは「無意味な存在である、なぜならそれはわれわれにとってもっとも大切な問題、すなわちわれわれはなにをなすべきか、いかにわれわれは生きるべきか、にたいしてなにごとをも答えないからである」と言われます。わたしは自分の読解にそこまで自信がないのですが、わたしなりに解釈するならば、これは以下のことに帰結する。すなわち、あらゆる価値は中立的でありそれ自体として意味を持たないが、現代にあっては諸価値が乱立し、しかも私達は現実的に生活するうえでいったいどの価値を取るのか、という選択を必ず迫られる。この選択の際に、学問は寄与するのである、ウェーバーによれば、「これこれの実際上の立場は、これこれの究極の世界観上の根本態度——それは唯一のものでも、またさまざまの態度でもありうる——から内的整合性をもって、また自己欺瞞なしに、その本来の意味をたどって導き出されるのであって、けっして他のこれこれの根本態度からは導き出されない」のであるが、学問はその学ぶ者に対し「かれ自信の行為の究極の意味についてみずから責任を負うことを強いることができる、あるいはすくなくとも各人にそれができるようにしてやることができる」のである。ウェーバーは社会学という学問を説くにあたって客観性の獲得を強調していたが、彼のそのような事物に対する客観性及び相対主義を目指す姿勢が、このような意見に繋がっているんだと思います。矮小化することになってしまうかもしれませんが、わたしなりに受け止めると、その人がどのような価値を信望するに至るかの「選択」に際するものを学問は提供し得るということであり、学問それ自体を追い求めるというよりも、「選択」への寄与ということに焦点を絞って向き合った方がわたしにとっては誠実かもしれない。

  • 上田渉さんの本にて、学問を志す人ならば必ず読んでおかなければと紹介されていた。

  • 【レビュー】100年前にドイツで語られた学問の意義について。今も全く色褪せない。
    学問は、ある人が「どのように生きるか」について答えるものではないし、“学問の” 指導者は決してその命題に答えるべきではない。学問の役割とは、複雑化する社会の中で「自分が一体何をしているのか」について様々な面から究極的な理解を与え、各人がそれぞれの行為について自ら責任を負えるようにすることである、と。

  • マックスウェーバーの講演。トレルチがキリスト教絶対主義の蓋を外し、宗教の多元性を明らかにすることによってひらけてきた新しい価値観。その影響を大いに感じさせる理性と実存を峻別させるような一冊。教師と指導者は別であると。信仰や実存的生は学問の延長にあるものではないときっぱり言い切るところは気持ちいい。

    17.12.22

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