ベトナム戦記 (朝日文庫)

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  • / ISBN・EAN: 9784022606075

感想・レビュー・書評

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  •  アメリカが北爆を始めた1964年末から65年初頭にかけてサイゴン(ホーチミン)でカメラマンとともに行動した開高健によるルポ。解説によれば、「ベトナム戦争の現場で日本人が書いた最初の記念すべき書物であり、日本国内でベトナム戦争への関心を一挙にかきたてた歴史的な書物」(p.293)。4分の1か3分の1くらいは、野戦服を来た著者ら、銃殺される少年、ジャングルの中で銃撃されている様子を含む生々しい写真が載っている。
     ベトナム戦争自体がまだ歴史にはなっていない、その真っ只中にいる頃の話なので、ベトナム戦争の全容や概観を知るものではなく、とにかく現地で何が起こっているのか、現地の人(農民、坊さん、兵士たち)は何を思い何を語っているのかを記録したもの。全体的には、絶望、諦観といった雰囲気が漂う。政府軍の青年将校は、「何年となく毎日毎日たたかいつづけている相手の指導者の名も知らず、つづりも知らず、正しい名称も知らない」(p.267)という事実に、虚しさを感じた。
     別の観点では、著者らの弁やベトナムでの見聞の中に、第二次世界大戦の余韻が感じられる部分があるのが興味深い。例えばシンガポールへ出征し、その後ハノイに送られたが、ベトナムにとどまった旧日本兵がいるという話は驚いた。「彼らはベトミン軍に参加してベトナム兵を帝国陸軍の戦法と規律によって鍛えあげ、たいへん尊敬された」(p.147)そうで、なんか劇団四季の「南十字星」という芝居にもインドネシアの独立に手を貸した旧日本兵というのが出てきたなあと思った。
     この本の解説も書いている日野氏の言葉が本文中に出てくるが、少年が広場で処刑される場面を見た後、「おれは、もう、日本へ帰りたいよ。小さな片隅の平和だけをバカみたいに大事にしたいなあ。もういいよ。もうたくさんだ」(p.170)という発言が最も印象的だった。これを書いている今この瞬間にも、当時のベトナムさながらのことは世界のどこかで起こっていて、「小さな片隅の平和」の中で、のんきにこんなコメントを書いているおれがいる、と考えさせられる。(16/03/27)

  • ジャングルの中の描写は読みながら息がつまる臨場感でした。真実がどこにあるのかもわからないこのベトナム戦争というのを文面から実感することができた。
    なぜ、何のために戦争をしているのかは現場に行けば行くほどわからないというのを実感した。
    もう一度しっかり読み直してみたい。

  • 読みにくくて途中放棄中。冒頭に取材理由が明記されてない。いきなり「ベトコン」て言われても。

  • ベトナム旅行をきっかけに
    気になったので
    開髙さんを通してみた
    「ベトナム戦争」
    を幾編か通読。

    やっぱり
    どの戦争も国民は無知
    知らされていないし
    もともと政治に興味も無い

    ただただ
    思想のどちら側に
    物理的に近かったか
    という気がします。

  • ベトナムに行く前に読むべきではない、ベトナム戦争を取材した日本人作家のルポルタージュ。
    戦記といっても主役は兵でなく、戦火に巻き込まれたベトナム国民。政治情勢や歴史背景などの説明はほとんどされないが、それは街、工場、寺院、農村、漁村、ジャングル、どこにいたとしても戦争に関係させられたベトナム人も一緒だったのかもしれない。主義主張どころか目的も持たされず、ただ生活のために戦争の慣性に従うしかない人々の視点からは、ただこの嵐が過ぎ去ることを願う以外の術がなかったことを思い知らされる。
    もちろんこれは筆者が感じ取った印象と経験でしかないから、歴史の一つの側面であるただの陰鬱な物語だ。だが、どんな歴史の背景にも、こんな生活があるのかもしれないという想像力は、誰もが持っておかなくてはならないだろう。

  • ベトナム人は痛覚がない。中華、フランス、共産主義、征服されることに慣れた民族の恐ろしさ。小説家:開高健が書いた従軍ルポ


     もっと脳味噌ぶちまけた、血なまぐさくて生ぬるい、そんな内容を期待していたけれど、そんなもんじゃない。そんな軽薄なものにしてはいけないんだろうな。
     ベトナム人の青年が、大腿部を打ち抜かれているのに、何もなかったような顔で後退してくるシーンが印象的。

    _____
    p17 テロ、デモ、デマ、(クー)デタ
     べトナム:サイゴンの4大特産品

    p22 メコンデルタの貧しさ
     メコンデルタはメコン川の肥沃な三角州として、一面広大な稲作地帯である。肥沃な土壌で三毛作ができるくらい豊かな土地である。にもかかわらず、そこに暮らす農民の生活は、掘立小屋で豚や鶏と暮らしている。持っている道具は鎌と鋤、家具と言えば凸凹の洗面器くらいである。何ものかによる搾取のすさまじさを思い知る。

    p29 ベトナム語はほぼ中国語
     ホーチミンは胡志明、ゴディンディエムは呉延琰、カタカナだけどやはり1000年以上中国に征服されてきた国である。

    p58 クリスマスのプレゼント
     アメリカ兵の敬虔な宗教家は、クリスマスにはそこらへんの汚い子供を拾ってきて、風呂に入れ、服屋できれいに着飾らせ、レストランで美味しいものを食わせ、プレゼントを買ってやる。そういう行為をするものが多かった。
     上司の命令でやってるでもなく、あくまで事前行為だが、それでこのベトナムの貧しさが解放されるわけでもなく、逆に子供たちに悪影響はないのだろうか。
     ちなみにそれをやるのはほぼ男だった。

    p77 農民 即 ベトコン
     ベトコンと農民は区別ができない。村にベトコンが潜んでいるという通報を受け、ナパーム弾で焼き払う。家も畑も失って生き残った農民はベトコンに入るしかない。アメリカ兵はせっせと爆弾をつぎ込んで、ベトコンを生産しているのである。

    p116 ベトナム人の三分類
     北部人は、勤勉で忍耐力があり、思考が計画的である。組織力があって、団結力もある。自制心が強く、なかなか羽目を外さない。口が上手で手の込んだ物言いをする。
     南部人は、お人好しの怠け者、情熱的で衝動的で考えたことをすぐ口に出す。素直だけど軽薄で、親切だけど大雑把で、おだてに乗りやすく気前がいい。
     中部人は、南北の人の間でゆらゆらしている。貧しい人が多くて、けちんぼである。

    p124 アメリカの作戦
     アメリカの戦略村作戦は大失敗。ベトコンと農民の接触を防ぐため、農民を収容所に住まわせ、そこから畑に通勤させる。
     農民の「自由を守るための戦争」の作戦だが、実際は、農民の自由を奪って、ベトコンに走らせた。

    p188 洞窟
     ベトコンの作ったトンネルは、トンネル学の魔法である。途中に支柱を立てることなく何キロもつなげても崩落せず、TNT爆弾で壊そうとしても入口しか崩れず、催涙弾を突っ込んでも鼠一匹出てこない。
     トンネルに侵入しても、腐った空気に耐え兼ねて10分と持たない。ベトコンはどうしてこんなトンネルを利用できるのか。

    p201 兵役
     アメリカ兵のベトナム勤務は1年間だけ。しかし、ベトナムの青年兵は、この不毛な戦争が続く限り、ずっと線上に身を置かなければいけない。このなにもない兵站で、終わることない青春の浪費を続けるのだ。

    p203 ベトコンの農民
     農村に若者はいない。みんなベトコンか政府軍に徴兵されている。ただでさえ貧しい農民にコミュニズムもデモクラシーもない。きっと何をやっても彼らが貧しさから抜けられることはないし、そもそも彼らはコミュニズムもデモクラシーも何かわかっていない。それでも、コミュニズムは農民を引き付けるらしい。

    p204 コミュニスト
     ベトコンにはコミュニストは意外に少なく、民族主義者や自由主義左派が多いらしい。

    p205 民族主義
     中国に1000年やられ、フランスに80年やられ、ベトナムにはゼノフォビアが浸透しきっている。だから、アメリカは居ればいるだけ嫌われるのである。一日200万ドルをつぎ込んで、自ら嫌われているのである。
     ホー=チ=ミンはコミュニストだけれど、それよりも民族主義者で、中国にも警戒を怠っていないはずだ。ベトナム人は本質的にそうなんだ。

    p208 フランス植民が悪
     フランスの植民主義が、ベトナムに利己主義や陰謀、面従腹背、貧富の格差、文盲、汚職、権力闘争など数々の悪癖を持ち込んだ。アメリカがいかに正常化しようとも、ベトナム人に染みついた悪癖は手の付けようがなかった。

    p214 無関心
     「豊かな社会」のアメリカ人は、ベトナム戦争のことを知らない。上流階級は知識はあるが、カクテルを飲んでおしゃべりをするだけ。中流階級はローンとテレビと息子の進学にしか興味がない。下流階級は社会に目もくれず、のんきにその日暮らしするだけ。
     ベトナム戦争は初めてテレビが戦争の悲惨さを映し出した戦争だが、当初は国民も遠い国の他人事だったんだな。

    p217 「…秘密ネ。」
     ベトナム人中尉と話して、彼は悲しげに言った。
    「砲兵、大砲射ツ、ジャングルト村、イツデモウツヨ、VC死ヌ、百姓イッショニシヌ、VCでない百姓死ヌヨ。生キル百姓VCニナルヨ。砲兵隊、一生懸命敵ヲ製造。秘密。コレ言ワナイデ。オ前日本ニ帰ル、オ前新聞ニ書ク。ホントウヲ書ク。秘密ネ」

    p238 教育しかない
     人類を救うには教育しかない。そうボウヤァ通信兵は信じている。ベトナムに行った兵士は、現実を見たが、そう考えるしかないのだ。

    p285 コミュニスト少ない
     ベトコンの中でコミュニストは1~30%の範囲でしかない。とにかく、多数派を締めていない。「コン」といわれるには、共産主義者は少なかった。
     ベトナム戦争は代理戦争というには、ただのアメリカの失敗戦争だったのか。

    p286 人殺しが起こったら、まずは女、それから誰がトクをするかを考えろ

     ベトナム戦争は何だったのか。
     アメリカの血税によってつぎ込まれた武器や援助物資はどうなったか。武器は第二次大戦用につくられた旧式がベトナムに送られ、サイゴン経由でアメリカの武器会社と石油会社を潤わせた。援助物資は経由する先々で引き抜かれ、末端にはほとんど届かなかった。
     最前線のアメリカ人はこの不毛な戦争の歪な形を理解していた。開高健がベトナム戦争の小説を書くなら、タイトルは「気の毒なアメリカ人」になるといった。

    p293 当時の認識
     開高健がベトナムに従軍記者として赴いた1964当時の日本は、「東南アジアの小さな国でゲリラ的内戦が激しくなっている」程度のものだったらしい。
     開高健が帰国し、急いで執筆したこの本が、日本の部とねむ戦争への関心を一気に高めた。

    _____


     開高健の『輝ける闇』はベトナムの小説らしい。読みたい。

  • ハノイで読んだ。開高の部隊にめちゃくちゃ撃ちこんでいた側の街で読んだ。路上にたむろする老人たちの皺に、何か読み取らねばならない気にさせられた。サイゴンで読むとまた違う読みができるだろう。

  • 読了した後、体の中に、腐った生暖かい廃油のようなものが沈殿しているような不快感が漂った。それはこの著作に対してではなく、ヴェトナムの、いや東南アジアのもつ、例えようのない無邪気さを伴う殺戮の歴史によって生み出されるそれだ。巻頭に著者が挙げている「寓話」が、最もこの本の本質を表している。

  • ベトナム戦争のことが知りたくて読んでみました本作ですけれども、ひっじょおに良かったでげす! 僕はこの著者の本を読むのは初めてなんですけれども、やっぱし作家だからか現場の臨場感とか伝わって来るし…臨場感っていうか、作者死にそうな目に遭っているんですけれども…まあ、当時のベトナムの状況が分かる作品でしたかね。

    ベトナム戦争のことは確か歴史の教科書とかで学んだっぽいのだけれども、あれは単にテスト対策のため覚えた感じがしてどうも…やっぱし当時の状況とかを詳しく知るためには自分なりに本作みたいな、ベトナム戦争のことが書かれてある本を探すしか方策はないな、と思いましたね…

    ヽ(・ω・)/ズコー

    一口にベトナム戦争と言えど、複雑に入り組んでいる感じです…ベトナム人同士が殺しあうとか…「ベトコン」とベトナム兵は全く別だ、というのがこの本を読んで分かりやした!! おしまい。

    ヽ(・ω・)/ズコー

  • ホーチミンの高級ホテル、マジェスティックの開高健氏が滞在した部屋には、氏が滞在した事を説明するプレートがあるらしい。芥川賞作家の氏がなぜ命を賭して銃弾飛び交うベトナムの戦場に赴いたのかは今一つ不明。まだ北軍の本格的な攻勢は始まっていないものの、サイゴン市内でも頻繁にテロがあり、「全土が最前線」だった南ベトナムの緊張感が伝わってきます。

  • (1990.10.27読了)(1990.10.23購入)
    (「BOOK」データベースより)
    この本は1964年末から65年初頭にかけて、開高健がサイゴンから「週刊朝日」に毎週送稿したルポルタージュを、帰国した開高自身が大急ぎでまとめて緊急出版したものである。

    ☆開高健さんの本(既読)
    「オーパ!」開高健著、集英社文庫、1981.03.25
    「輝ける闇」開高健著、新潮文庫、1982.10.25
    「もっと広く!(上)」開高健著、文春文庫、1983.12.25
    「もっと広く!(下)」開高健著、文春文庫、1983.12.25
    「破れた繭」開高健著、新潮文庫、1989.12.20
    「夜と陽炎」開高健著、新潮文庫、1989.12.20
    「知的な痴的な教養講座」開高健著、集英社、1990.03.10
    「シブイ」開高健著、TBSブリタニカ、1990.05.08

  • 前半の仏教徒についてのところと、
    沖縄出身の日本人「当間さん」のところで
    涙がボロボロ出てきて止まりませんでした。

    後半は生きるか死ぬか。

    古来より中国に干渉され続け、フランスに搾取され、
    次に日本人がやってきて、そしてアメリカ。
    ベトナム戦争後に生まれた世代なので、
    当時の皮膚感覚としては理解できていないけども、
    ある程度俯瞰した「歴史」として知った後でも、
    ベトナム戦争の入門書としても、
    本書はいまだに価値があると思います。
    むしろ今だからこそ重要かもしれません。


    (蛇足)
    開高さんは相方の薦めと、数年前に自分の中で
    「ベトナム戦争ブーム」(学術的な意味で)だったので
    この本を手に取りました。
    その前は「オーパ!」のイメージが強く、
    今でも「釣り好きで人のいいオッサン」という印象は変わりません。
    その「自分と地続きの感覚」、ストリート、在野の匂い。
    そこが大事なとこなんじゃねえかなあ?と、思っています。

    これをきっかけに「輝ける闇」「裸の王様」等も
    読んでみたいと思いました。

  • ちきりんオススメ

  • ベトナムという国を知るのにいい本だと思った。

  • イケメン先輩からベトナム入り直前に読むよう勧められた本。

    ベトナム戦争の内情だけでなく、ベトナム人の気質も垣間見える1冊。

  • 一度は読みましょう
    4.7点

  • @mundburg『ベトナム戦記』開高健 朝日文庫 1990年 小松左京の「親友」のベトナム戦争ルポ。「機械のごとく、憲兵たちは並び、膝を折り、引き金を引いて去った。子供は殺されねばならないようにして殺された。」(169頁)作家は見た、読むのは私たちだ。 #嵐の本棚

  • 解説に、「このルポタージュは小説的である」とあって、まさにそうだなぁと。
    開高健さんの本は、サントリーの「やってみなはれ、みとくんなはれ」しか読んだことなかったのですが、改めてその独特の語調に惹かれました。

    極限状況に居ながら、どこか臨場感に欠け、第三者的視点からどちらかと言うと飄々とした態度で表現するというのは、読むものの心を離さないでしょう。

    内容も、ちょうど戦争に興味がで始めたので、勉強になりました。アメリカ兵、ベトナム兵の生の息遣い、生の考えが伝わってきます。

  • 402260607x  300p 1997・11・20 9刷

  • ベトナム戦争の中でも特の初期~中期にかけてだったと思います。とはいっても、ベトナム戦争は「宣戦布告なき戦争」と言われてて、厳密にはいつ始まったのかはっきりしない戦争なんですが・・・

    開高健氏の絶妙でちょっと毒っけのある論調や関西弁など、ただ歴史をなぞった本とは全く異質な一冊。

    そして、「戦争」の持つ意味は全然単純じゃないということをあらためて感じました。

    立つ位置によって景色も違えば「正義」も違う。

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著者プロフィール

開高 健(かいこう・たけし):1930年大阪に生まれる。大阪市立大を卒業後、洋酒会社宣伝部で時代の動向を的確にとらえた数々のコピーをつくる。かたわら創作を始め、「パニック」で注目を浴び、「裸の王様」で芥川賞受賞。ほかに「日本三文オペラ」「ロビンソンの末裔」など。ベトナムの戦場や、中国、東欧を精力的にルポ、行動する作家として知られた。1989年逝去。

「2024年 『新しい天体』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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