何のために「学ぶ」のか:〈中学生からの大学講義〉1 (ちくまプリマー新書)

制作 : 桐光学園  ちくまプリマー新書編集部 
  • 筑摩書房
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感想 : 89
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480689313

感想・レビュー・書評

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  • 7人の学びの達人たちが語るため、こちらも襟を正して読んでみた。
    ちくまプリマー新書の「中学生からの大学講義」という新書シリーズの第一巻。
    中学生に対して「学び」について語るという企画がとても魅力的だ。
    もちろん学校を離れた大人にとっても大変な良書。
    ここに全文抜き書きしたいくらいだがさすがに無理なので、気になった箇所だけ載せてみる。

    ①外山滋比古さん「知ること 考えること」
     知識量と思考力はたいてい反比例する。覚えることと考えることは別である。
    ②前田英樹さん「独学する心」
     愛読書と尊敬する人を持つ。生涯愛読して悔いのない本を持ち、生涯尊敬して悔いのない古人を心に持つ。
    ③今福龍太さん「学問の殻を破る」
     分かりやすいことには気を付ける。分かりにくいことの方がはるかに面白い。
    ④茂木健一郎さん「脳の上手な使い方」
     自分に無理めの課題を設定してみる。クリアした時にドーパミンが良く出る。
    ⑤本川達雄さん「生物学を学ぶ意味」
     職業を選ぶ際は『好きなことをする』のではなく『世の中で大切なことをする』と考えた方が良い。
    ⑥小林康夫さん「学ぶことの根拠」
     学ぶとは自分をつくり替えること。一時の行いではない。
    ⑦鷲田清一さん「賢くあるということ」
     簡単な思考法に逃げず、じぐざぐに色々な補助線を立てて誠実に考え続けること。

    前後の脈絡もなく一行だけ切り取って何が分かるのかとお叱りの向きもあるだろうが、そこはどうかご理解を。長すぎないように、これでも細心の注意をはらっておりまする。
    学びの達人たちなので「何のために」という根源的な部分よりも「どう学ぶか」に話が反れそうな危惧は多少あったが、まぁ当たらずと言えども遠からずだ。
    その中にあって⑥の小林康夫さんと⑦の鷲田清一さんの文章は、胸が震えるほどの感動だった。
    何故学ぶのかを考えることは、何故生きるのかとほぼ同義語なのだと再認識させられた。
    中学生の頃にこの書に出会っても、ここまで心を動かされなかったかもしれない。
    たぶん私にとっては今が出会いの時期だったのだろう。
    繰り返し読みたい良書。
    それぞれの最後に『若い人たちへの読書案内』として3冊ずつ挙げられている。

    • nejidonさん
      だいさん、こちらにもコメントをいただいてありがとうございます!
      はい、若い人向けではありますが、レヴェルが高いのですよ。
      若い日に読んで...
      だいさん、こちらにもコメントをいただいてありがとうございます!
      はい、若い人向けではありますが、レヴェルが高いのですよ。
      若い日に読んで、その後も何度も読み返して味わうのが良いのかもしれません。
      良い本というのはそういうもの。
      「心のセンサー」も段々磨かれてきますし・笑
      これはだいさんにもお勧めです!
      2019/09/18
    • だいさん
      シリーズがは5冊読みました
      読書案内の本も 半分くらいでにとりましたが どれも良書ですよね
      シリーズがは5冊読みました
      読書案内の本も 半分くらいでにとりましたが どれも良書ですよね
      2019/09/19
    • nejidonさん
      だいさん、こちらにもコメントをありがとうございます。
      おお、シリーズ5冊読まれたとは、それは失礼しました。
      私もそうしたいのですが、こち...
      だいさん、こちらにもコメントをありがとうございます。
      おお、シリーズ5冊読まれたとは、それは失礼しました。
      私もそうしたいのですが、こちらの図書館は新書ものをなかなか入れません。
      悩ましいところです。
      そのうち何とか入手して、読んでみたいものです。
      2019/09/19
  • 2023年8月31日読了。タイトル通り「何のために学ぶのか」について、7人の有識者たちが語り・参考文献を挙げる本。もちろん「受験に合格していい学校・会社に入るためだ」なんて言う人がいるはずもなく、全員が勉強によって強烈な体験をし、やむにやまれぬ思いで勉強・「知りたい」気持ちを追求してきたのだなということがよく分かる。学びたい!という思いは自分の内側から湧き上がるものであり、大人が子どもに勉強させようとするなら「子どもの内側に火をつける」ことができなければ意味ないってことなのかもな…。著者のような専門家にはなれなくとも、世界の驚異に気づかずに、学ばずに日々時間を過ごすのはもったいないことだ。

  • 何のために学ぶのか、テーマひとつでもこうも色々な切り口があるものかと驚かされる。

    茂木さんは、とにかく面白い。

    ドーパミンの話してるだけなのに、タイガージェット・シン式勉強法やら、思い立ったらすぐやれ、一瞬で集中しろ等、投げかけられるキーワードが印象的で、爆発してる。

    理想と情熱を持て、文章から情熱が溢れている。

    対して元川さんは、穏やかで深い。

    ナマコではじまり、時間の捉え方、神様仏様、永遠について考える。世界の見方を学ぶことで身につけることの大切さが、心にすっと染み入る感じ。

    小林さんは、学ぶことの根拠をすばりと言う。

    社会という人間だけが作り出せるフィクションに対して、責任がある。個人ではなく、人という枠で考えておられるところは、元川さんの考え方にも通じて、人間であるから学ぶということをすばりと説明してくださる。

    鷲田さんは、現代の苦しみに寄り添いながら、学びを説く。

    社会の発展と人の豊かさについて考えさせられる。どんどん便利になっているが、豊かさは別。あいまいなまま正確に対応することの必要性をわかりやすく解説くださる。誠実に考え続ける「賢い」人になろう。

    中学生に書かれた本だけど、学び続けるオトナにこそ必要な本と思いました。

  • そうそうたる大人による執筆。
    コンセプトは、中学生向けに大学並みに深いことを伝える、というものだろう。
    第1巻は、題名にある通り「学ぶ」がテーマだが、「学ぶ」が鉤括弧で括られているのは人によって「学ぶことの意味」が異なるという含意だと思われる。自分にとって「学ぶ」ということの意味を書くために、執筆陣の文章を参考とするのが良い。

    以下、ポイント
    外山滋比古 知ること 考えること・・・自分の頭で考えるようになることが重要
    ・100点満点≠人間のめざすべきこと
    ・個性=失点部分
    ・思考力=1/知識量 (反比例の関係)
    ・頭が悪い=新しいことを考えられない、判断する能力がない
    ・「忘れる」=困難
    ・体を動かす+辛い境遇から逃げない=自分の頭で考える
    ・「経験は最良の教師である。ただし授業料が高い」トーマス・カーライル

    前田英樹 独学する心・・・自分の力で学問し、何かを得ること、生み出すことが大事
    ・二宮金次郎=一種の精神的な伝染>農政家
    ・心に偉人=強さ=内村鑑三の『代表的日本人』=西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮
    ・わが身で発見したものは忘れない
    ・独学は「天の助け」vs 西洋の近代は科学による自然のねじふせ
    ・科学=あらゆるものを数におきかえ=「物に有用に働きかける」

    今福龍太 学問の殻を破る ー 世界に向けて自己を開放する・・・「自分を発見」し「世界と出会う」
    ・「世界と出会う」=人間のスケールを超えた、ある大きな力との出会い
    ・アカデミズムの外の学問。ファーブル昆虫記
    ・わかりやすいことには気をつける
    ・「わからない」=ポジティブ、おもしろい、未知
    ・殻はやぶられるためにある

    茂木健一郎 脳の上手な使い方・・・「努力の仕方」を知る
    ・脳には「取説」がない
    ・「頭がいい」=「努力の仕方を知っている」
    ・ドーパミンを活用=自分で自分に無理めの課題設定をしてそれを超える  
    ・ドーパミン=「自分にとっての進歩」があったとき≠誰かと比べて優れていたとき
    ・情熱=苦労

    本川達雄 生物学を学ぶ意味・・・
    ・世界一のナマコ研究家
    ・3つのパンが必要・・・体、心、脳
    ・脳のパン=学問
    ・職業選択=世の中で大切なこと。嫌いではなく、結構やれるし、社会に役立つ
    ・物理学と生物学の時間の違い

    小林康夫 学ぶことの根拠・・・日々生きている中にあるズレをもとに学ぶ
    ・すべての(学びの)「種」=世界と自分とのズレ
    ・世界を変える=エラーする力
    ・「好き、嫌い」の感覚と距離をおくこと
    ・全体を見ること
    ・やり直す力

    鷲田清一 「賢くある」こと
    ・パイオニアになれない時代
    ・自分にしかできないこと?
    ・「ここにいるのは私でなくてもいいのではないか」
    ・「一つの問いに一つの答え」=NG・・・「光は波動であるか粒子であるか」

  • 弟の本棚から盗んできて一気読み。
    これから大きな知に立ち向かうんだと意気込んでいた高校生時代の自分を思い出してなんだか勇気付けられました。

    個人的には前田先生のがじーんと来たんだけど、今福先生の山と文化人類学の話も面白かったし、中三から苦しめられた鷲田さんを思うとノスタルジア浸りっきりでとにかく感情揺さぶられまくりの一冊でした。

    このシリーズ中高の時にあったら読みふけってただろうなぁ。あったとしても自分がそういう本があるという情報を持っていなそうだけど。笑

  • 7人の方が『学ぶ』ことについて様々な視点から話しています。
    もっと早くこの本に出会えていれば…と思える1冊です。
    社会に多く存在する正解のない問題に立ち向かう度に読もうと思っています。

  • 中高生向けに書かれた本らしいが、大人が読んでも全く問題ないし、むしろ大人でも理解するのが難しいぐらい。「学ぶ」ということが議論の的になることがよくあったので、読んでみた。

    個人的に印象に残ったのは、今福龍太さんと鷲田清一さんの節。

    今福さんは文化人類学の専門家だが、それは大学という教育機関の中で便宜的にラベリングされているだけで、学問自体はそれで割り切れるほど簡単ではないと言う。そのラベリングをもとに自分の守備範囲を決めると、知的行動範囲が狭まり、大した発見が出来なくなる。これは、仕事にも通じると感じた。会社においても役職名が付いているが、それも会社という組織の中で便宜的にラベリングしているに過ぎず、仕事自体は自分の役目を果たせば全てうまくいく訳ではない。自分のポジションにとらわれず、「いいものを顧客に届ける」という大前提を意識し、行動範囲を広げていきたいと感じさせられた。

    鷲田さんの「賢くある」ということについてでは、思考的体力について触れている。現代は昔と比べ様々なことが明らかになってきた。そのこと自体はいいことだが、その反面、わからないことに対する答えを求めすぎることがある。その中には、到底答えがないものに対しても「これが答えだ」と誤解し、思考から逃げることも含まれる。その誤解を続けると、困難に立ち向かう思考的体力が失われ、逃げ癖がついてしまう。これについては学校教育が多分に関係している節があり、つまり、一対一対応のテストによる「問いには回答がある」ことを前提とした教育に問題があることを示唆している。理解できる範囲の回答が用意されている問ばかり解くのではなく、理解範囲のこえた解がある問、もしくは解自体のない問にも触れ、自分なりの解を見つける訓練が必要なのかもしれない。そういう意味で、訳もわからず難解な本(古典など)を若いうちによみ、自分なりの解釈をするというのはいい学習だと感じた。このことについては、外山滋比古も触れている。(意味はさておきとりあえず漢文を暗誦することが、思考力を高めるのに一役買っている、と別の本で述べている)

  • 再読。
    しばらく前から、仕事に全く関係ないことを学びたいと思い続けている。それと平行して、仕事に役に立つかも知れない(立たないかも知れない)ことも学びたいと思い続けている。
    しかし、学習意欲がいまいち行動につながっていない。なぜ役に立たないことを学びたいのか、自分は何がしたいのか、よくわからずに悶々としていた。

    本棚を整理していて見つけた。何となく読み返してみた。
    読みながら脳内にドーパミンが出てきた。なんか知らんが元気が出た。なので☆5。

    特に小林康夫氏の寄稿には目が覚める思いがした。
    「人間は一生、学ぶことから逃れられない」
    この言葉は不惑を過ぎたいま、昔以上に身に沁みる。なぜ学ぶのか。逃れられないからである。逃れられないのだから仕方ないのである。


  • テレビによく写っている人の話もあるので
    興味深かったです

    正直、何のために学ぶのかはあまりよく分かりません
    でしたがなかなか面白かったです

  • 私は昔から視野が狭く、自分の殻に篭りがちだった。だからこそこの本から“学ぶ”とはどういうことなのか、知りたいと思った。そういう問いを持って読み進めると自分の腑に落ちる部分にすんなりと入っていった。人によって感性は異なるが、少しでも学ぶことに疑問を持っている人は読んでみてもいいと思う。
    また私は高校生のときにこの本を読んだが、私の考えるレベルに合っていたと思う。中学生のときなら挫折していただろう。年齢問わず読んでみて欲しい。

著者プロフィール

外山 滋比古(とやま・しげひこ):1923年、愛知県生まれ。英文学者、文学博士、評論家、エッセイスト。東京文理科大学卒業。「英語青年」編集長を経て、東京教育大学助教授、お茶の水女子大学教授、昭和女子大学教授などを歴任。専門の英文学をはじめ、日本語、教育、意味論などに関する評論を多数執筆している。2020年7月逝去。30年以上にわたり学生、ビジネスマンなど多くの読者の支持を得る『思考の整理学』をはじめ、『忘却の整理学』『知的創造のヒント』(以上、筑摩書房)、『乱読のセレンディピティ』(扶桑社)など著作は多数。

「2024年 『新版 「読み」の整理学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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