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アフターダーク (講談社文庫)
- 村上春樹
- 講談社 / 2006年9月16日発売
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アンナ・ツィマ『シブヤで目覚めて』に登場してきて懐かしく思い、読み返す。それまで後追いだった村上春樹作品が高校三年生の時『海辺のカフカ』でリアルタイムのものになって、『アフターダーク』が2004年刊行、自分が大学二年か…。ファミレスでタバコを吸ってる描写どころか、24時間営業すら遠い過去に感じて、途方に暮れてしまう。不安を刺激するのに長けた作家だとは思ってたけど、37歳にもなって夜中に読んで、布団に入ってから地味に恐怖を感じていることに気づき、それもなんか懐かしかった。全体的にスクリプトのような筆致で、小説内のカメラの動きまで指定してくる妙なつくり。監視カメラのような可動域の決まった動きで登場人物たちを追い、そのぎこちなさによって不安が充満していく。
2022年4月18日
彼女の描く渋谷がどこか懐かしいようで新鮮で、ヴェンダース『東京画』やソフィア・コッポラ『ロスト・イン・トランスレーション』が頭に浮かぶ。見慣れた光景を、違ったレンズを借りて覗き見る体験。真っ暗な倉庫に閉じ込められるくだりは村上春樹の〈井戸〉オマージュか。
2022年4月9日
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現代思想入門 (講談社現代新書)
- 千葉雅也
- 講談社 / 2022年3月16日発売
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デリダ、ドゥルーズ、フーコーを中心に、現代思想の輪郭をざっと素描する一冊。誰かが言っていたことだけど、「今では当たり前に思考されている方法が、かつていかにラディカルな発明だったか≒今ではベーシックとして認識されているビートルズがいかにラディカルだったか」みたいな再定義を与えてくれる。
2022年4月16日
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同志少女よ、敵を撃て
- 逢坂冬馬
- 早川書房 / 2021年11月17日発売
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独ソ戦における「エースをねらえ!」かな?という前半から、怒涛の後半へ。国と国、異性と同性、兵科の違い、様々なレイヤーから戦争を語り直す。ミリオタっぽい部分は軽く読み飛ばしつつ、結果的にかなり惹き込まれた。文中のカメラの動きが、どこかこう、漫画のコマ割りを思わせる動きで、こういう語り方に海外の人は日本らしさを感じるのかも、と思った。これがデビュー作。佐藤亜紀さんのような逸材が現れたのでは。
2022年2月8日
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すべての見えない光 (Shinchosha CREST BOOKS)
- アンソニー・ドーア
- 新潮社 / 2016年8月26日発売
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この小説を要約するのはちょっと難しい。炭坑の孤児が蜘蛛の糸をたぐるように這い上がっていく成長譚であり、呪われた宝石をめぐるサスペンスであり、大戦下の空を飛び交う電波が結びつける、奇跡のボーイ・ミーツ・ガール小説でもあり…。ごく短い章立ての一篇一篇がさまざまな彩りに輝いて、複雑な構造色を造りあげている。まるで物語に象徴的に登場する貝殻や鳥の羽根のように。巨大な物語に目を凝らせば、そこには微細なポエジーが息づいている。それは、歴史が、微視的には個々の人生によって駆動しているのとよく似ているかもしれない。現在進行形で織りなされる「歴史」を目の当たりにしながら、そんなことを思う。
2022年3月2日
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イスラームから見た「世界史」
- タミム・アンサーリー
- 紀伊國屋書店 / 2011年8月29日発売
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一ヶ月近くかかってようやく読み終わった…。「歴史への複眼的な視座を…」って、そもそも歴史の概要が全然頭に入ってない人間がいきなりイスラーム視点の世界史をインストールしてしまったんだけど、結果ユニークな形で俯瞰できた気はする。よく「歴史は現代から遡って学んだほうが良い!」みたいに言う人いるし自分もそんなふうに思ってたけど、これ読んでそういう学び方は不可能なんだなと思った。最も複雑化した状況から因果関係をたどるのは返って難しいわな…と当たり前のことを認識することができた。
2021年4月25日
つねに感情を決壊させる寸前にありながら、互いに深呼吸を促して前に進んでいく二人が頼もしい。死にゆく者とその伴走者の間にある深淵をまたいで、キャッチボールが交わされる。球が届いたかどうかよりも、投げる行為そのものが互いを変容させていく。
2021年2月22日
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ペドロ・パラモ (岩波文庫)
- フアン・ルルフォ
- 岩波書店 / 1992年10月16日発売
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うなされるようなモノクローム万華鏡体験。ラテンプレイボーイズの音楽が聴こえてくる。
2021年2月5日
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指紋論 心霊主義から生体認証まで
- 橋本一径
- 青土社 / 2010年10月23日発売
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指紋の歴史を十年研究している著者によって人類の身元確認をめぐる歴史が通覧されていくが、とにかく奇譚に満ちている。禍々しくて次の頁をめくるのが怖いくらい。随分シンプルな表紙だと思っていたが、持ち歩くうちに自分の指紋汚れがくっきり付いていて、その意図にゾッとした。
2020年10月29日
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もう一度 (Shinchosha CREST BOOKS)
- トム・マッカーシー
- 新潮社 / 2014年1月31日発売
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リアルと虚構は細かな日常の振舞い一つにおいてさえ併存し、分かち難く結びついている。死にかけるほどの大事故を経た主人公には、そのあわいの上に成り立つ世界が分からない。リアリティーの認識に変容をきたしている彼は、現実よりもむしろ有限化された虚構のなかにリアルを見出そうとしている。主人公のそうした奮闘が、写実劇から犯罪捜査における現場検証のような現象を経て、リアルへと再起していく流れは鮮やかで、感動的ですらある。リチャード・パワーズ『エコー・メイカー』とドン・デリーロ『ボディーアーティスト』(未読…)のマッシュアップみたいな感じ?
ちょうど個人的に街頭演劇とかに興味を持っていたので、タイミングもよかった。映画化されてるらしいので観てみます。
2020年9月26日
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Ank : a mirroring ape (講談社文庫)
- 佐藤究
- 講談社 / 2019年9月13日発売
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内容はもとより、現在時制で語られるドライな文体に惹きつけられて読み通した。よく知っている日本の風景がどこかエキゾチックに感じられたのも、海外文学の手ざわりに似たこの文体によるところが大きいかもしれない。特に前半は、膨大なデータが物語の論理を強化するという目的を超えていて、詩情のようなものすら感じた。科学的な記述がいつしかポエジーを醸すこの感じはリチャード・パワーズをちょっと彷彿とさせる。中盤から物語のエンタメ性が前景化してきて、多くの読者はこのへんからエンジンがかかってくるのかもしれないけど、僕個人としては“詩”が“実況”に変わっていってしまうように感じて、少し残念だった。とはいえ、これだけ多くのモチーフを一つの物語に結実させる手腕は本当にすごいです。
2020年9月1日
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チャパーエフと空虚
- ヴィクトル・ペレーヴィン
- 群像社 / 2007年4月1日発売
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チャパーエフやピョートルは、ロシアのアネクドート(小話)ではお決まりの登場人物ということで、同じく日本の小話を魔改造したサイケデリック・コミック『真夜中の弥次さん喜多さん』が何度となくクロスオーバーした。
叡智と野蛮を併せ持った色彩は、クレムリンのように鮮烈で眩しい。雪雲に閉ざされたロシアのイメージが大いに覆された。
2020年11月23日
小説を読んでいると、年代のわからない、牧歌的な暮らしの描写のなかに突然TVやラジオが現れて驚いてしまうことがある。『楢山節考』とかそうだった。この小説もまさにそれで、黄魔術に護られたような障害者たちの村を思い描いていたのが、ふと気がつけば我々のよく知る現実世界に着地している。魔法が現実に食い破られて、脳幹が衝撃を受ける。その痛みと快楽。受活だ…。
注: 受活は物語に出てくる方言で「苦しみを伴った気持ちよさのこと」。本書の原題でもある。
目の視えないものは耳を研ぎ澄まし、片足の萎えたものはもう一方の脚力を強化する。では、目も耳も足も口も機能しない四重苦のものは何を強くするだろうか。草児(ツァオアル)という女性の劇歌が登場する。視聴覚に障害を持ち、両足は動かず口も聞けない草児は、死後一度も振り返ることなく天国を目指しさえすれば、来世は何不自由ない身体が約束されている。しかし彼女は現世に残してきた夫や息子娘、さらには飼っていた動物たちすらも気がかりで道中何度となく振り返ってしまう。彼女は身体機能と引き換えに人一倍の愛を持っていたのだ。
この小説に登場する片端者たちは、文字通りパズルのように欠けた部分と秀でた部分とを組み合わせ、自然発生的に愛に基づいたアナキズムのような社会を形成している。しかしそれは欠けた部分を持たない健常者の介入によって、簡単に破綻してしまう。彼らは障害者をモノのように扱い、痛めつけ、何もかもを奪っていく。すべて己の生への執着のために。ここでは五体満足の「完全人」は、逆説的に修羅なのだ。
松岡正剛の著書『フラジャイル』によると、世界中の神々には、不具者を意味する名前のものや、身体機能を失うエピソードを持つものが多く存在するという。古代の人々が弱きものを神に据えた理由は何なのだろう。彼らの声なきメッセージは、ここ最近の世の中の出来事を通してみるとかなり示唆的なものにも思える。そしてそれは本書とも深く響きあっている。揺れる世間と白酒のように強い語り口が混ざり合って、奇妙に熱っぽい読後の余韻が残った。
2020年7月23日
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スウィングしなけりゃ意味がない (角川文庫)
- 佐藤亜紀
- KADOKAWA / 2019年5月24日発売
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「西暦二○○○年の人間はまた別な風に弾くだろう、って先生は言ってる。今みたいな音楽を普通に聴くようになった人たちには、ベートーヴェンはまた別のものに聴こえるだろう、先生が聴き始めてからでもずいぶんと変わったって。それはいいことでも悪いことでもある、って。得るものと失うものがあるから」
2017年に日本人の作家が大戦末期のドイツを描く。綿密なリサーチが彼らのステップを“歴史”から開放する。自由なステップは素敵な飛躍を生み、それが祈りを携えた小説となる。読者は史実の手触りと自分の足元が変容する感覚を味わう。読み終えた僕が思いを馳せたのは、遠いドイツの風景ではなく、もっとそばにあるファシズムの過去と現在についてだった。
『戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである』なんて言葉があるが、「執着する」の部分はおよそ美しくない、牙を向いて死に物狂いな態度で取り組まれなければならない。かっこ悪いくらいに足掻いて、“かっこよさ”を死守しろ。という意味なのかもしれない。血統よりイデオロギーより強固な“かっこよさ”で連帯すること。粋とは何かを理解しない者に手綱を渡すなと、この小説は伝えてくれている。
2020年6月10日
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雲 (海外文学セレクション)
- エリック・マコーマック
- 東京創元社 / 2019年12月20日発売
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めくるめく怪奇、ユーモア、官能。やがて脳内で文章が諸星大二郎作画に変換されていく。物語の描かれ方はマジックリアリズム的だが、南米のものとはずいぶんパースの取り方が違う印象。ヨーロッパの魔術的風景だなぁと感じる。人智を超えた非科学の世界と、素面で合理的な世界の両方を愛し、愛される主人公が誰より特異で魅力的だ。読みながら何度も「面白い…!」と声に出た。
2020年5月2日
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オーバーストーリー
- リチャード・パワーズ
- 新潮社 / 2019年10月30日発売
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昔、吉祥寺に知久寿焼のライブを観に行ったことがある。彼はMCで、吉祥寺の街中にあるとても古い木について話していた。その木は不思議なことに、つららのようにいくつもの「こぶ」が太い枝から下に向かって伸びているのだという。自分はその木を幼い頃から当然のように認知していたが、そんな形状が目に入ったことは一度もなかった。ライブのあと、何気なくその木の前を通って例の「こぶ」を目にした時、身近な世界のなかには不可視の領域が含まれているのだと知り、愕然としたことを憶えている。
この本に充満しているのは、そうした視えないものたちのむせかえるような気配だ。そしてパワーズ特有の、途方もなさから詩の様相を帯び始める事実たち。読後には新たな耳目が与えられ、確実にいつもの風景が変容してみえるはず。隅々まで本当に面白いが、特に最初の『根』の章が短編集としても素晴らしい。傑作。
2020年2月9日
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民のいない神 (エクス・リブリス)
- ハリ・クンズル
- 白水社 / 2015年2月13日発売
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またしても木原善彦さん訳。
訳文もさることながら、作品紹介のコンシェルジュとしても信頼しているところがあり、なんとなく選んでしまう。
で、今回も例外なく楽しい読書でした。
『民のいない神』というタイトルの真意は、「神から生じたものは全て、神を見つめ返すときにのみ生を得る」という一文に集約されていると考えてみる。
神々はそこにいる。が、多くの人間は神を見つめることもない。すなわち「生を得る」こともないままだ。
本物の宗教体験に突き動かされて、というより、親族や歴史のしがらみから受動的に信仰を選択し、他を排除する人々。
在米イラク人たちの複雑で奇妙な信仰のあり方。神の介入する隙もない、人間たちのグロテスクな社会。
現代はいまだ生を得ていない者たちで溢れる「民のいない」砂漠だ。そこで思いもよらない奇跡を体験した人間は、神を見つめ返せるのか?
というようなことを考えながら読んだ。
不可解なことも多く、いろいろ考察とか読んでみたいけど、日本語のものはあまりネットとかには無さそうだった。
とはいえ、本書は謎解きを楽しむ作品とも違うような気がする。むしろ“不合理ゆえに吾信ず”っていう心構え、神話的想像力みたいなものを必要とする小説だと思った。
個人的には、イラク派遣の模擬演習のために作られた虚構の村ワジ・アルハマムの章が忘れがたい。中東の少女がナイトビジョンで米軍人たちのゲームのような視界を追体験するシーンに言葉を失う。
2019年8月6日
2段組500ページの大作なうえ、まとまって読む時間がとれず、えらい時間かかった。が、すごく面白かった!
物語の中で季節が何度か巡るように、人間関係の温度もまたゆるやかな上昇と下降を繰り返す。読み終わってあらすじを振り返ると、こんなにページ数必要だったか?と思わないでもなかったが、この量があって初めてあのぬくもりと冷ややかさの機微が生まれるのだろうし、それを体験できなければこんなに登場人物たちを愛せなかっただろう。今、彼らを本物の友人のように懐かしく思い返せるのは、良い小説だったことの何よりの証左だと思う。
登場人物の多くが黒人で、なかでも主要なベルシー家のこどもたちは混血だったので、頭の中で多少描き分ける必要があった(自分は文章を割とはっきり映像化しないと読み進められないタチなので)。序盤の段階で何人か混血の俳優とかを画像検索しながらイメージを固めていったり。キキ・ベルシーに関してはもう最初からはっきりとオクタヴィア・スペンサーがキャスティングされてたけど。
モンティ・キップスの「アファーマティブ・アクションに対して反対の立場をとる黒人」という人物像も、自分にとっては想像しづらいものだったが、その主張は普段意識しないものだっただけに、なかなか興味深かった。この小説を読まなければ理解することもなかったであろうトピックのひとつ。
理屈っぽくて若干論破厨なハワードだが、ちょっとしたことで涙したりその場にいられないくらい笑いが止まらなくなったりするような、意外な繊細さも持ち合わせている。キキもそんな感性の持ち主だ。思えば、ベルシー家の人々は必ず物語のどこかで芸術や出来事に触れ涙している。子どもたちは二人の親からそういう柔らかさ傷つきやすさを受け継いだのかもしれない。美に触れたとき、彼らはしばしば論理やしがらみを脱ぎ捨ててしまう。雄弁な登場人物たちの沈黙が、何にも増して美の本質を語っているように感じられた。ラストシーンは特にうっとりするような美しい時間が流れている。
2019年11月6日
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きみを夢みて (ちくま文庫 え 18-1)
- スティーヴ・エリクソン
- 筑摩書房 / 2015年10月7日発売
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投げかけられた原因が、すべて然るべき結果に収まっていくことで、物語には美しい円環が生まれる。一方この小説で描き出される円環は、フリーハンドかつ目隠しで描かれたようにワイルドだ。とてもエリクソンらしい。円の始点と終点はすれ違い、それ故に無限の世界線が流入する。読者は因果論を離れ、奇妙な出来事の反復(自動車事故、暴漢に襲われる、大統領選の熱狂…)からマインドマップを作り出す。小説と小説内小説のらせん構造はとても複雑だけど、そこはいつもの猛烈な書きっぷりに身を任せ、読者はただ「感じ」ればいい。
いつも以上にゴツゴツしてるし、多少予備知識も必要とするのでまぁ読みにくかったけど、やっぱりこの圧倒的に押し流されていく感じはエリクソン以外では味わえないところがある。
2021年3月7日
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幸福の遺伝子
- リチャード・パワーズ
- 新潮社 / 2013年4月26日発売
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パワーズは淡々と状況を描写しているように見せかけながら、読者の脳に秘密の詩を流し込む。
〈彼は目を覚ました途端、猛烈な空腹を感じる。朝食がこれほど輝かしい出来事だと最後に感じたのはいつのことだったか、彼は思い出せない。壁のひびから染み入る冬の空気が彼を元気づけ、テーブルが素敵に見える。沸いたティーポットがボーイソプラノのように歌う。トースターで焼けるレーズンマフィンから白ワインのような芳香が漂う。彼は、まだ情報の波に洗われていない神話的な川に係留された屋形船に乗っている。そんな確かな感覚。ー(中略)ー彼は腰を下ろして食事をする。まるで祝日のようだ。自然治癒の日。目を閉じ、冬のイチゴを舌先に載せる。果実は海綿状で崇高だ。彼の当惑と同様に濃密なアラビカが喉の奥を刺激する。〉
何気ない朝食のシーンがこんなにも美しい。
全体を見渡すと物語なのに、焦点を絞っていくと詩になる。ベン・ラーナー『10:04』の印象に近いかも。
〈無意味な細部と真空から自らを作り上げていくタイプの物語〉と本文中でも書かれていたけど、この小説の歩みのテンポをよく表した文章だと思う。プロットをこなしていくことに躊躇があるような書きっぷり。コントロールされた流れの悪さ。書き手にあたる人物がストーンなのだとしたら、文章全体が彼の性格を投影しているようで面白い。
読み終わって本を閉じた時、改めて装丁の色味の美しさに目がいった。本を鞄から取り出すたびに、この装丁からほのかな幸福感を与えてもらっていたことに気づく。
2019年7月7日
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地球にちりばめられて
- 多和田葉子
- 講談社 / 2018年4月26日発売
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普段海外文学しか読まない自分に誰かオススメの日本人作家いない?と友人に聞いたところ、多和田葉子さんの名前があがった。
読んでみて、なるほど確かに海外文学好きな人に勧めるにはぴったりの日本人作家だと納得する一方で、まぎれもなくこれは日本文学だ、とも感じた。何をもって“日本文学”とするのか、特に自分の中で基準があるわけではない。ただなんとなく、BADHOP言うところの『内なるJ』というやつを文章の端々に感じるのかもしれない。とはいえ、それは全く悪い意味ではなく、むしろ自分にとって新鮮な感覚として味わえて嬉しかった。
こうの史代さんの漫画「ぼおるぺん古事記」には、イザナミ・イザナキの最初の子、水蛭子(ひるこ)が葦舟で流される際に釣竿を持たされる描写がある。これは、巡り巡って蛭子→ゑびす様として祀られることの示唆なのだと思う。この本のHirukoにおける唯一の武器は釣竿ではなく、パンスカという独自の言語だ。海の向こうからやってきた客人神は、様々な人間を巻き込みながら自分と同じ母語を話す者を探し続ける。。。貴種流離譚というか、あらすじ自体は神話めいている。けれど実際は異人種の若者たちによる青春群像劇で、読み味はとても爽やか。
全編にわたりパンチラインに満ちているので、最初のうちは感心していちいちメモをとっていたが、そのたび読書が止まるので途中からメモやめて読み進めるのに集中することにした。それくらいハッとするような文章が多い。
続編もある?といくつかの感想に書かれていたので、楽しみに待つことにします!
2019年6月23日
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黒い時計の旅 (白水Uブックス 150 海外小説の誘惑)
- スティーヴ・エリクソン
- 白水社 / 2005年8月1日発売
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エリクソン五冊目。
登場人物たちの髪の色が、血が、土地が、歴史が、巨大なマーブル模様となってのたうちまわる。烈しく、狂おしい情念のブラックホールの深淵を、読者の膝が崩折れるまで見せつけてくる。。。これぞエリクソンという感じ。
訳者あとがきで柴田元幸さんも述べているように、プロットはかなり緻密。でもそれは世界の整合性を補強するためにあるのではない。小説のタガを外して、どこまでも遠くに歩いていけるように編まれている。
荒涼とした風が、物語の最後まで吹き続けている。
ウィーンの観覧車に乗るシーンが好きでした。
2019年9月6日
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Xのアーチ (集英社文庫)
- スティーヴ・エリクソン
- 集英社 / 2016年2月19日発売
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今まで読んだエリクソン作品のなかでも一際パッションに満ちた物語だった。エリクソンというアメリカ人作家が作中に登場するうえに、「私」という一人称で語られる登場人物とは別のエリクソン(?)が何度か介入することもある。暗号で書かれた私小説と捉えることもできるかもしれない。『彷徨う日々』のエンディングから端を発している章があったり、過去作品との交差点にもなっているようだ。いつもながら目眩のするような読書体験だが、他作品に比べて切実さと歪さが際立っていて、それゆえドライヴがかかったときの文章にはめらめらと燃焼するような爆発力を感じる。
この本のなかで語られる〈愛〉は(全ての愛が少なからずそうであるように)矛盾と不道徳を内包しており、健全な社会からすればPCやジェンダーの観点から、まず間違いなくナシにされてしまう類いの非常に脆い性質のものだ。そして我々は時に、そうした社会的要請を超えて〈愛〉を見つめる時間を必要としている。物語という容れ物は、そうした取り扱いに難のあるものを慎重に鑑賞するための真空空間なのではないだろうか。傷つけず、損なわずに〈愛〉に対峙するには、俳優の身体を経由する映画ではノイズが多すぎて、我々の脳に直結する文学こそが手段として最も好ましいように思った。
2019年6月13日