片手の郵便配達人

  • みすず書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622079637

作品紹介・あらすじ

ロシア戦線で左手を失い、故郷の山あいの村で郵便配達人として働く17歳のヨハンを主人公に、同じ年でドイツの敗戦を経験した作者が自分の生きてきた時代が犯した過ちを正面からみつめ、誰もが等しく経験せざるをえなかった「戦争の本当の姿」を渾身の力をこめて描く。

感想・レビュー・書評

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  • 〈ただ「理不尽」を感じ、涙するだけでよいのか〉繁内理恵『戦争と児童文学』 | みすず書房
    https://www.msz.co.jp/news/topics/09066/

    「片手の郵便配達人」 | eiko hanamura (2016.7.19)
    http://www.eiko-hanamura.com/essay/1914/

    片手の郵便配達人 | みすず書房
    https://www.msz.co.jp/book/detail/07963/

  • 第二次大戦末期のロシア戦線で左腕を失い、故郷ドイツの山あいの村で郵便配達人として働く17歳の青年ヨハンの物語です。ヨハンの郵便物には「死亡通知書<黒い手紙>」の配達があり、戦地からの帰りを待ちわびる村人たちの慟哭の叫びがこだます、逃れようのない戦争の悪夢の日々が描かれていきます。熱狂的なヒトラ-支持者、SS隊員の孫の戦死を受け入れずにいる老婆、ポーランドやウクライナからの強制労働者など戦時下に生きる人々のエピソ-ドと衝撃的な結末は、敗戦国ドイツが背負った贖罪の物語として、胸が締め付けられる物語です。

  • パウゼヴァングは、残された人生を、自分が体験し、そして今後決して同じようなことを体験させてはならない、ナチスドイツ時代を書き残すことに全力を注いでいる。
    『そこに僕らは居合わせた』では、様々な立場の人々を描いたが、この本では、ドイツ中央部の森林地帯、つまりドレスデンなどの都市と違って、直接空襲を受けず、田舎の人々の生活が比較的守られた場所で、戦争がどのような惨禍を引き起こしたかを丁寧に、そして周到に描いている。
     すべての登場人物がリアルだが、物語の仕掛けを忘れず、読み物として最後までひきつける工夫をしているのは、やはりどうしても最後まで読んでほしいからだと思う。
     主人公の父、預言者のような少年、顔をなくした男など、すべての登場人物が、必ず何らかの役割を物語の上で果たしている。
     物語としてたいへん読みやすく面白いので、万人に薦められるし、映画にしてもいいと思う。いや、ぜひしてほしい。
    『見えない雲』よりいい作品になると思う。

  •  グードルン・パウゼヴァングの『片手の郵便配達人』を読んでみた。

     第二次世界大戦の終戦近い1944年8月から物語は始まる。かつて生粋の愛国少年だったヨハンは戦地で左手を失い、17歳になった今は故郷のヴォルフェンタン地方で郵便配達人として村々を巡り歩いていた。

     戦地から離れたこの地方の人びとにとって、貴重な情報源でもある郵便配達人は、戦地からの生存を知らせる希望をもたらす存在であり、戦死を伝える「黒の手紙」によって絶望をもたらす存在でもあった。しかしヨハンはその仕事を自分の意志で引き受ける。彼にとって郵便配達人は単に手紙を届けるだけではない。父の戦死を伝える「黒の手紙」を受け取って悲嘆にくれる母子にも、息子の戦死という現実を受けいれられずにいる老婆にも寄り添い続ける。村の人びとの心に寄り添う仕事なのだ。そんな信念を理解してか、村人らのヨハンに対する信頼も厚いことがうかがえる。

     郵便配達人は人びとにとって、戦争の状況や村同士の細かな情報を伝える情報源でもある。ヨハンの日常を通じて、戦争の影響がこの田舎にも徐々に波及してくる様子が描かれる。戦地にならずとも戦争の影響はやってくるのだ。疎開してくるさまざまな国の人間。彼らを自宅に受け入れる村人たち。増えてゆく「黒の手紙」。自殺を図る村人。

     もっとも、戦争の影響という点でいえば、その下地でもある人種主義、愛国主義的な価値観に対する人びとの影響というものも考えずにはいられない。田舎だからか、ナチスやヒトラーに対して批判的な人も多くいるけれど、積極的にナチスを支援する人もいる。ヨハン自身、そうした価値観のもとで教育を受けたからこそ英雄として名を挙げたいと望んだのであり、それによって失った左手を「勇敢であった」と一言で片づける教師によって、その価値観は壊されたのであった。

     パウゼヴァングの物語に共通するのは、戦争への強い反感と平和への願い、そしてそうした願いが思い通りにならない現実のやるせなさではないかと思う。戦争への強い反感というのは明らかで、それはヒトラーを批判し続けるヨハンの母親などに象徴的に描かれているところでもある。そして愛国少年だったヨハンや、最後までヒトラーの勝利を疑わなかったマリエラは、かつての著者自身の投影なのかもしれない。

     そしてやるせなさ、こちらが物語の中心にあるように思えてならない。よかれと思ったことが裏目に出ることは現実にもよくあるけれども、それが思わぬかたちで結末に現れる。それは衝撃的であると同時にやりきれないものがあり、不愉快であると同時にどこかで納得もしてしまうような結末だ。誰が生きて誰が死ぬのか。誰が善人で誰が悪人なのか。善悪そう単純に割り切れるものではないし、戦争がもたらす現実は無慈悲だ。腹立たしいけれど、どうしようもない。そんな無力さを思い知らされる本だった。

  • 見事に「静謐な文学の内に秘められた戦争の不条理さを訴える文学」だと感銘を覚えた。古今東西問わず、声高に訴える文学はあまたあるが女性でありながら「恒久平和」を死ぬまで己が勤めと思い続けている魂に打たれる。

    フィクション故、万人に受け入れられるような普遍性のあるストーリー・・心現れるような美しい文体、アダルト文学と言ってもいいような平易な文章が好ましい。
    17歳という人生の出発点で受けたダメージに挫けることなく立ち上がり、すがる母の愛も失い、最後には愛するひとすら去って行った彼。余りにもというような惨い運命の選択肢すら、受け入れようもない出来事。
    パウゼヴァングはここまで厳しい事実を彼につきつけることにより、戦争の惨さ、降り注ぐ雨つぶの如きものとして後世に伝えたかったのだろうか。

    郵便配達人と言えば『イル・ポスティーノ』の彼、中国映画の「山の郵便配達夫」を思い出す。どの人物も「定点観測」に立つ自身の任務を果たすことで人々の日常を見つめ、伝えてくれている。

    70年かけて伝えてくれている筆者の熱い言葉に私は首をたれた~日本も独と同じように周辺諸国に非礼な数々をなして来た。その事実とどう向き合ってきたのでしょうかと・・向き合ってきていないと、私は思います。

    これが真実の姿だと。

  • 本屋で見つけて気になっていた。
    戦争中の日常が静かに描かれる。
    みんな普通そうに見えるが、普通じゃない。
    いや、普通だと思っているだけだ。
    普通に人を殺すし、傷つけるし、
    人は傷つけられるし、殺される。
    読みなおした文字列になんともいえない気分になった。

     

  •  ドイツの女流作家さん。お初です。
     戦争の不条理を、これほどまでに端的に示した作品も少ないのではと思える珠玉の出来。

     時は大戦末期の1944年夏から終戦を迎える1945年春までの8か月を描いたもの。主人公は、17歳でロシア戦線に送り込まれ、左手を失い故郷の村に戻り郵便配達人として働くヨハン・ポルトナー。彼は日々、重い郵便荷物を抱え、20㎞もの道のりを歩いて村々を回る。
     主人公を郵便配達人としたところがお見事。手紙や荷物には世相が映し出される。召集令状はもとより戦争末期になると行方不明の知らせや、彼らが“黒い手紙”と呼ぶ死亡通知も増えてくる。戦況を敏感に感じ取れる立場にあることに加え、銃後の暮らしぶりを物語る狂言回しの役割も担っていて面白い。

     最初は、そうした村々の様子を日々描きだし、ヒトラー政権末期のドイツの暮らし、人々の心情を淡々と描写していくものと思っていたが、しっかりヨハンの身に起こる事象も、そうした点描を通じて線となり、時を遡り面となり広がりを見せ物語に厚みが加わる。

    「人生は直線ではない。螺旋を描きながら、過ぎてゆくものだ。この数か月のあいだ、ヨハン・ポルトナーはそう考えるようになった。」(1944.9月)

     とあるように、わずか8か月の期間ながら、彼の出生の秘密が明かされるエピソードや、戦後の平和な時代が楽しみとなる淡い恋の芽生えとなるシーンも盛り込まれ、ひとりの若者を通じてドイツの小さな村での生活が立体的に浮かび上がる。
     それは、彼が、郵便配達人の仕事に誇りを持ち、敗戦間近という時世に打ちひしがれることなく、なにより左手を失った境遇に不平を漏らすことなく、真摯に生きようとする気持ちと、それに触れる村々の人々の暮らしが実に生き生きと描かれているからに他ならない。

    「郵便配達人は人と接する仕事だ。手紙そのものよりも、手紙を受け取る人との関りが大切なんだ。良き郵便配達人は心の医者でもある」

     ヨハンのそんな前向きに仕事に取り組む姿勢が美しい。

     「僕がちっぽけなヴォルフェンタンの周りをまわってるんじゃなくて、世界が僕の周りをまわってるんだ」

    1945年5月。「五月一日。ヒトラーが死んだ。」
     こうしてドイツは終戦に向かって転がり落ちてゆく。 配達先の居酒屋の主人アルトオーファーと会話を交わすヨハン。「正義は、いったいどこにあるんですか?」と詰め寄るヨハンにアルトホーファーは言う。

    「そんなものは存在しない。切に望むことができるだけだ」

    正義なき世、その結末は?! 訳者(高田ゆみ子氏)のあとがきを引用しておく。

    「戦争は人を選ばない。望むと望まざるにかかわらず全員が当事者になる。他人事ではないのだ。」



    (以下、ネタバレ含む)

    時代は違うが戦争を描いた映画に『ジャック・サマスビー』(1993年)がある。それを思い出していた。
     この映画も、戦争の不条理を描いたものだが、ジャックの場合は、ある意味納得の、覚悟の最期であったと言えるが、ヨハンの場合はどうだ?! なんとも、やりきれない気持ちにさせられる。しかし、佳作だ。ラストの衝撃はしばらく忘れられないだろう。

  • 文学

  • 終わりから振り返ると、各所にはっきりと伏線が張ってあったのに気づく。夢、予言者、息子の地位。

  • 戦争を知る人がいなくなるから、このような良書は残し、語り継がれるべきだと思う。それにしても、ラストはただただ、びっくり。

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