柴田元幸さんトークイベント、J.D.サリンジャー生誕100周年×映画「ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー」公開記念『サリンジャーとアメリカ文学』レポート!

こんにちは、ブクログ通信です。

20世紀最大のベストセラーと言われる『ライ麦畑でつかまえて(キャッチャー・イン・ザ・ライ)』で世界的に知られるJ・D・サリンジャー(1919年1月1日~ 2010年1月27日)。生誕100年を迎える今年、生前は語ることを許されなかった作家の謎に満ちた半生を描いた映画『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』(原題:Rebel in the Rye)が、1月18日(金)に日本で公開されます。

『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』
1月18日全国ロードショー
©2016 REBEL MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

膨大な資料と調査に裏打ちされた一級のサリンジャー評伝『サリンジャー生涯91年の真実』(ケネス・スラウェンスキー 晶文社 2013)を原作に、名作誕生前夜の様々な秘話が明らかになります。若者を魅了し時代を狂わせた作家は、なぜ人気絶頂の中で姿を消したのか?

映画公開を記念して、さる1月16日(水)、米文学研究者・柴田元幸さんをゲストに「J.D.サリンジャー生誕100周年×映画『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』公開記念トークイベント『サリンジャーとアメリカ文学』」が青山ブックセンター本店で開催されました。今回ブクログ通信編集部は、その満員御礼の会場へ潜入しました。 

取材・文/ブクログ通信 編集部 持田泰

サリンジャー役を演じたニコラス・ホルトがお出迎え

講演者:柴田元幸(しばた・もとゆき)さんについて

翻訳家、東京大学名誉教授。東京都生まれ。ポール・オースター、レベッカ・ブラウン、スティーヴン・ミルハウザー、スチュアート・ダイベック、スティーヴ・エリクソンなど、現代アメリカ文学を数多く翻訳。2010年、トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』(新潮社)で日本翻訳文化賞を受賞。J・D・サリンジャーの翻訳に『ナイン・ストーリーズ』(ヴィレッジブックス)、最近の翻訳に、マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒けん』(研究社)、ジャック・ロンドン『犬物語』(スイッチ・パブリッシング)、レアード・ハント『ネバーホーム』(朝日新聞出版)、編訳書に、レアード・ハント『英文創作教室 Writing Your Own Stories』(研究社)など。文芸誌『MONKEY』、および英語文芸誌『Monkey Business』責任編集。2017年、早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。

柴田元幸さんの作品一覧

柴田元幸さんとサリンジャー

満席の会場で柴田元幸さんの登壇を待機

イベントは満席で大盛況。登壇した柴田さんは早速サリンジャーについて語りはじめます。既に『ナイン・ストーリーズ』(ヴィレッジブックス 2012年)を訳出され、村上春樹さんとの共著『翻訳夜話2』(文春新書 2003年)に「サリンジャー戦記」と副題をつけるなど、柴田さんはサリンジャーとなじみも深いながら、「サリンジャーには複雑な印象を持っている」。もっとも学生の頃から作家としては見事だと認識し、その中でもとくに『ナイン・ストーリーズ』の「会話の巧みさ」に魅かれたのだそうです。

J.D.サリンジャーさん『ナイン・ストーリーズ (ヴィレッジブックス)
ブクログでレビューを見る

その後、奇しくも『ナイン・ストーリーズ』を訳すことになります。経緯は柴田さんが監修していた雑誌『モンキービジネス』で、『ナイン・ストーリーズ』の一編「バナナフィッシュ日和」を新訳で掲載したいとダメ元で問い合わせたところ、当時まだ存命のサリンジャーのエージェントから、案の定『ナイン・ストーリーズ』の中から一編だけの掲載は許可がおりない。ただ「載せるなら9作品全部載せる。かつその号の雑誌では他の人の作品を載せてはならない」と通達されたので、「それじゃ雑誌じゃないじゃん」と思いながらも、「だったら一号分まるまるナイン・ストーリーズをやってしまえばいい」ということで、強引に2008年の秋にサリンジャー号とナイン・ストーリーズ号を2冊同時に刊行することに。

J.D.サリンジャーさん『モンキー ビジネス 2008 Fall vol.3 サリンジャー号
ブクログでレビューを見る
柴田元幸さん『モンキー ビジネス 2008 Fall vol.3.5 ナイン・ストーリーズ号
ブクログでレビューを見る

その時に、ひと夏かけて『ナイン・ストリーズ』を訳してみて、柴田さんはサリンジャーの「耳の良さ」をつくづく実感したそうです。

「耳が良くて会話を書くことが上手い」というとあたかも技巧的な作家と思われるかもしれないけれど、そうではなくて、作者自身が登場人物に対してリスペクトがあるから「生きた会話」が出てくるんだろう、と訳している時に実感しました。リスペクトをもってリアルな会話を再現するからこそ、内容的には空疎にも聞こえる会話から、話者一人一人が抱えている「切実さ」といったものも出てくるのだろうと思います。

――イベント上での柴田元幸さん発言

このサリンジャーの「耳の良さ」は1940年のデビュー作『THE YOUNG FOLKS』でも全開だった。ここで「既訳では『若者たち』となっているけれど『当世若者気質(かたぎ)』くらいがいいかもしれない」とタイトルについて説明しつつ、柴田さん私訳『THE YOUNG FOLKS』の朗読をされます。会場は柴田さんの朗読に10分ほど耳を澄まします。

サリンジャー処女作『THE YOUNG FOLKS』 (邦題『若者たち』)が掲載された貴重な『STORY』誌。映画の中でも出てきます。

スライドでこの『THE YOUNG FOLKS』の掲載された号の『STORY』誌の表紙も公開。『STORY』誌はウィット・バーネットとマーサ・フォリーの二人が作った短編専門雑誌。そのウィット・バーネットは映画でも『ライ麦』のホールデン・コールフィールドものを書かせる契機を作った重要な編集者として出てきます。サリンジャーはコロンビア大学創作科の学生で、バーネットはその創作科の先生でもあった。「この『耳の良さ』から生み出された、なんてことはない若者の会話の価値を1940年に見出したこともすごい」と柴田さんもバーネットの編集者センスを絶賛します。

話題はサリンジャーの他の作品に移ります。サリンジャーは自分の本がどう出るかということを相当気にかけて、自分の意にそぐわないことをされると激怒したそうです。サリンジャーの様々な逸話こぼれ話を開陳し、『エスキモーとの戦争前夜』の抜粋朗読もはさみながら、あっという間の1時間半でした。

サリンジャーを激怒させたというシグネット社の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』ペーパーバックの表紙

質疑応答では、来場者からの「サリンジャーへ影響を与えた作家は?」と質問が出ました。

柴田さんは、20年代ロストジェネレーションの影響は確かに受けてはいると認めながら、サリンジャーの独自性も指摘します。例えば同じ若者を描いたにしても、20年代フィッツジェラルドの若者が「青年」だとすれば、サリンジャーの描いた若者は「少年」に近い。またサリンジャーの1940年代は、その少年に近い「若者文化」がまだ明確な輪郭を現していない。若者が大人の消費するものと違うものを消費し始め、「ジェイムズ・ディーン」や「エルヴィス・プレスリー」など若者専用のアイコンが出てくる前であり、その「兆し」は出てきていても、まだ本格化してない。その時代に小説を書き始めたサリンジャーは、その新たに出てこようとしている「文化」を生み出す力をいち早くとらえていた、と。

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』も際どかった。1951年に書かれていますけれど、「大人の世界が嫌だ」と言うホールデンがもう少し後であれば、カウンターカルチャーに走ればよかった。その頃であればロックバンド組むとか大人と違うことをやれる領域がある。でもこの時代だとホールデンは大人たちと同じことをやるしかない。だからこそきつい。その意味では、カウンターカルチャー前だからこそ書けた話でもあるでしょう。

――イベント上での柴田元幸さん発言

とも述べました。

別の来場者から「サリンジャーは他の作家たちと比べてどういうふうに特別なのか?」と質問に、柴田さんが、「ぱっと浮かび上がる言葉は『潔癖』。『潔癖』さゆえに研ぎ澄まされたことが書けるし、最後は『潔癖』さゆえに書けなくなった」と答えながら、「でも、そういう言い方は偉そうだなあ」と自身の発言に笑いながら、「サリンジャーはよくわからない」と言い、

これだけ自分を曝け出した人で、実際そうなのだろうと思うんだけど、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の書き出しはチャールズ・ディケンズ『デイヴィド・コパフィールド』の意識的なパロディで、計算高さのある書き方でもあるし、その計算が彼の極端さと直接結びついてはいるんだろうな、とは思うんだけど、よくわからないです。

――イベント上での柴田元幸さん発言

と率直に答えられたことも、大変印象的なトークイベントでした。

いかがだったでしょうか。サリンジャー作品を改めて読み返してみたくなりますね。

サリンジャーと柴田さんのお話と朗読で、最後まで熱い会場。お疲れ様でした!

映画「ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー」詳細

映画「ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー」
出演:ニコラス・ホルト、ケヴィン・スペイシー、ゾーイ・ドゥイッチ、ホープ・デイヴィス、サラ・ポールソン
監督・脚本:ダニー・ストロング
製作:ブルース・コーエン(「アメリカン・ビューティー」「世界にひとつのプレイブック」)、モリー・スミス(「ラ・ラ・ランド」)
原作:『サリンジャー 生涯91年の真実』(晶文社)
提供:ファントム・フィルム/カルチュア・パブリッシャーズ
配給:ファントム・フィルム
2019年1月18日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
© 2016 REBEL MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
(109分/アメリカ/カラー/2017年/英語) 原題:REBEL IN THE RYE

『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』公式サイトコチラから

関連リンク

[2018年2月16日]「文学的でないものが、本当は文学的」―柴田元幸さん訳『ハックルベリー・フィンの冒けん』刊行記念!柴田さん独占インタビュー・イベントレポート!