ねじの回転 下 FEBRUARY MOMENT (集英社文庫)
- 集英社 (2005年12月16日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087478907
感想・レビュー・書評
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リオデジャネイロ五輪、その閉会式のスクリーンを席巻した日本発のキャラクター達。日本人が胸を張った瞬間。その中央にいたのがドラえもん。ある調査では日本人の認知度97%とされる日本人の共通認識。
もし、仕事で大失敗をした時、あの時、あの瞬間にこうしていたら、あれを見過ごさなかったら、人は誰でもそんな経験はあると思います。そんな時にもう一度あの時間に戻れたら、これもよく思うことです。でも思えばそんな発想がすぐできるのは、ドラえもんを知っているから、タイムマシンを知っているからなのかもしれません。でも同じ日本人でもドラえもん以前の時代の人だったらどうでしょうか。しかもあの時間に戻っても同じことを忠実にやり直さなければならないという条件がつけられてしまったとしたら…。
『俺は一度死んだはずだった。もしかして、これは罰なのだろうか。永遠に同じ時間の中、維新をやり遂げることができずに悶々と朝もやの中を歩き回るという罰。』と、ふと思う安藤大尉。そして、その時間を管理する側にいるアルベルト。『天国へ行くのか、地獄へ行くのかは分からないが、好奇心という最強の武器の前にタブーなんかない。地獄すらも、我々にとっては新しい地平なのかもしれないよ。 』、過ぎた時間をやり直す俳優とその演技がシナリオ通りかを厳格に管理する監督。でもやり直し、やり直しを繰り返す中で本当の歴史とはなんなのだろうかという疑問が浮かび上がってくるのは必然とも言えます。
思えば歴史とは、後世の時代の人がその時、その瞬間に起こったこと、起こっていたことを結果論で捉えて、誰が正しいかったのか、誰が間違っていたのかを評論家のように判断します。この二・二六事件なども、その後の第二次世界大戦、そしてその後に続くこの国の歴史を総合的に判断して語られます。でもあの時代に生き、悩み、踠き苦しんだ人たちも、その時の自分たちの前にあるものと真剣に対峙し、そして次に来る歴史を思い最善と思える判断をし、行動していったのだと思います。そういう意味では後世の人間の過去の振り返りは実に冷めていて冷たいものだとも言えます。ただし、その我々も後世から判断される身。一生懸命考えていても、行動していても果たして後世どう判断されるかなんて分かりはしません。
何が正しいのか、何が正義なのか、確かに歴史に我々が学ぶ点は数多だと思いました。
下巻は上巻よりページ数が少ないこともあって、最初から物語は怒涛の展開を見せます。上巻のどこか緩んだ雰囲気は全く消え去り、とてもシリアスな展開。そこに恩田さんが埋め込む伏線の数々。
時間遡行を題材にした作品に期待されるあの展開、この展開もきちんと織り込まれ、作品は一段上の次元で結末を迎えます。恩田さんらしくない丁寧な結末、伏線がぞくぞくするほどに回収されていく展開。そして、これで終わりと思われたそのさらに後まで、最後のページまで魅せてくれる えええっ、そうだったの?というSFの結末。
恩田さんが描くSFの世界。過去の話なのに未来の話のようでもある。我々に続くこの国のことなのにどこか他の国のことのようでもある。
少し歴史に知識が増えるとともに、とても面白い世界観を見ることのできた作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
下
三島由紀夫に熱中していた時期があり、「憂国」「英霊の聲」から二・二六事件に興味を持ったが、ちゃんと調べたことはない。
で、たとえば宮部みゆき「蒲生邸事件」をラジオドラマで聞いたり、久世光彦「陛下」、柴田勝家「ヒト夜の永い夢」、奥泉光「雪の階」を読んだりした。
北村薫「鷺と雪」、武田泰淳「貴族の階段」はいずれ。
同じく押井守「機動警察パトレイバー 2 the Movie」やOVA版「二課の一番長い日」が好きだが、鈴木清純「けんかえれじい」は未鑑賞。
と、中途半端な状態。
せっかくだから年に一度関連作に触れようと思い、本作を読み、途中で五社英雄監督の「226」を見た。
まあ、だからといって雰囲気以上に理解できたわけではないが、本作は結構楽しめた。
「タイムマシーン」とか「パラレルワールド」とか「ループもの」という言葉は使わず、「シンデレラの靴」とか「確定」とか「不一致」とか「つまむ」とか「聖なる暗殺」といった、繰り出されるキーワードが絶妙。
あと、「クロノトリガー」とか「ドラえもん」とかで育まれたセンスに感謝。 -
大義のために二二六事件を起こしたのに自決も許されず逆賊として処刑された安藤が、生き返らされその残りの四日間を繰り返される身になれ、という栗原の主張に胸を打たれた。当時のそのような戦争裁判で一体どれだけの人がその不条理を味わいながら殺されたのだろう。
fragment 6 の時代を遡れた王様が時代を遡りすぎ大混乱に陥り、それを嘆いた王は魔法が発見される前まで遡り、発見者を殺し、その瞬間、王国は滅びて、王も殺された、という寓話が印象的だった。
やっぱり歴史を変えるなんて、しないでいいんだ‥‥と思わせておいて、ラスト、奇跡的な出会いで生まれる新たな可能性を示す。「そこに正解はない」。 -
10年ぶりくらいの再読。読んでいくうちに、そうだった!これこれ!と思い起こされ、あぁやっぱりなんて面白い作品なんだ!と最後までノンストップでドキドキワクワクさせられた。最高の一冊。
何のための遡行プロジェクトなのか判明する時の鳥肌といったらないし、これまで割といい子だった石原がまさかの行動により不一致を起こした瞬間もジトりとした恐怖が沸く。
そして懐中連絡機を持ったマツモトの口調や喋り方、こんなにゾクゾクするものはない。置かれた環境が人格を作るのだとまざまざと感じられる。
何といっても目を離せないのは栗原中尉。彼の冴え渡る勘と研ぎ澄まされたカリスマ性には心を奪われてしまう。必死にもがいて巧みに誘導してきた彼の、最後の不一致での叫びに胸を締め付けられないものはいまい。
こんなに面白い物語をこれから初読できる人たちが羨ましくてたまらない。 -
いまのコロナ禍と共通するところがある
「ねじの回転」ではHIDSという奇病が蔓延し
世界を破滅に向かわせるけど、もしかしたら
コロナも未来を破滅させるかもしれない…
そしたらどの時代を修正するんだろう? -
間違いなくSFなのだけれど、よくよく考えると、これって一種の歴史観を示してもいるのかもしれない。
私がそれを感じるのは、「登場人物たちは『正史』通りに確定しようとしている」という部分。
つまり、「正史」って、「勝者の記した『正しい史実』」だから。
恩田先生がどこまで「正史」に意味を込めたかは分からないのだけれど、この話のオチ(あまりに衝撃的な展開)を思い出すに、「歴史」ではなく「正史」としたのは、やっぱりそういう考え方が根っこにあってのものな気がする。