第七官界彷徨 (河出文庫 お 19-1)

著者 :
  • 河出書房新社
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本棚登録 : 1910
感想 : 185
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  • Amazon.co.jp ・本 (189ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309409719

感想・レビュー・書評

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  • 会話がとにかく面白かったです。
    「説明でなく場面の描写」を意図したという著者の構想ノートのとおり、ワンシーンが映画の長回しのようにじっくり描かれています。印象的なアイテムを登場させるところも、映像的に感じました。
    とても現代的な感覚だと思ったのが、兄二人に従兄弟と妹、故郷の祖母という家庭や、隣家は女二人暮らしの家庭を描いていたこと。
    どこかおままごとみたいな生活と青春と失恋の憂い。
    印象的なバランスで編まれた小説でした。

  • 近代文学でこんな"愛らしい"小説に出会えるとは思いもよらず、文庫本を手ににやけてしまいます。
    吉本ばななとか少女まんがに近い世界でしょうか?(少女まんがあまり知りませんが)
    こういう名作はいつも目に見える場所に飾っておきたい










  • タイトルからして不思議である。第七官界を彷徨するといって、そもそも第七官界とは何なのか。ファンタジックなものを想像してページをめくるとそこには「よほど遠い過去」の東京の情景があり、全編にこやしの匂いがうっすらと立ち込めている。
     主人公は詩人を志す少女・小野町子。兄二人と従兄が暮らす家で女中仕事をしながら、人間の第七官に響くような詩を書きたいと願っている。しかし第七官が何なのかは、実は町子にもはっきりわからない。人間の五官と第六感を超えるものなのか、仏教の唯識論で言うところの七識(我執)なのか。
     町子自身は、それを「広々とした霧のかかった心理界」と思ったり、「二つ以上の感覚が重なって呼び起こす哀感」であり、失恋しなくては得られないものだと考えたり、花粉のような細かい粉の境地ではないかと思ったりする。そんな彼女の心の彷徨いが「第七官界彷徨」なのだろう。
     物語は、少女時代の一時期を回顧する町子の語りによって進む。それによって浮き彫りになる彼女の「変な家庭」が面白い。まず兄の一助。彼は分裂心理病院の医師だが、とある女性患者に治療以上の関心を持ってしまっている。もう一人の兄・二助は肥料学を研究する学生。自室でこやしを煮ては、二十日大根や蘚(こけ)を育てるのに余念がない。従兄の佐田三五郎は音楽学校受験生。愚痴っぽく意志薄弱でいい加減、今で言うならダメンズの代表格のような男だが、その気取りのなさゆえか女性受けはいいようだ。
     彼らの身には大事件や大問題は起こらない。朧のような日常に、彼らなりに真摯な悩み事や恋の波紋は生ずるものの、いずれもまた朧の日常に取り込まれてゆく。かといって物語がつまらないわけではない。二助の蘚が「恋をする」ときに放出する花粉。それがこやしの匂いと相まって行間を漂い、読む者をぬるい陶酔へ誘う。独特の語感に溢れた文章、芝居の台詞のように主語のはっきりした登場人物たちの独白も、妙に記憶に残ってしまう。
     ことに一助と二助が、蘚の恋愛を人間の恋愛の参考にできるかどうかを話す件は、リズムよく続く会話に狂言のような趣さえある。気がつけば、読者もまた、定義のよくわからない「第七官界」を彷徨させられている。そんな浮遊感を味わえる小説だ。

  • 古くからのファンタジィ小説が、資料と小道具をよく織り込むことにも似て、正常の枠から外れたところにある「ひとつの世界」を構築していると感じた。ピアノの「ラ」の高音を叩き続けているような、それをただ聞いているような感覚と、なま温かく奇妙な感覚の同居と調和。

  • 「第七官界ってどんな世界だ? 」

    ひょんなことから、兄2人従兄弟1人が暮らす男所帯に炊事係として同居することになった小野町子。人間の既成の感覚外である第七官に響く詩を書きたいと願う少女の奇妙な生活とは…。

     著者自身が「彼等は結局性格に於ける同族者で、被害妄想に陥り易くて、いたって押しの強くない人物どもです。」と語っているようにヒロイン小野町子を含む4人の家族がクセ者である。

     長兄小野一助は分裂心理の患者を診る病院に勤め、次兄ニ助は自室を肥やしの匂いが充満する大根畑にして、苔の恋愛を成就させることによって新種を生み出す研究に没頭している。従兄弟の佐田三五郎は音楽の勉強をしているのだが、それもどれほど真剣にしているのかは怪しい限り。彼等の間で彼等の言われるがままに、生活する町子も何かフワフワしていていまひとつとらえどころがない少女である。

     ストーリー的には特に大きな事件が起こるというわけではなく、彼等の日々のやりとりを淡々と描いていくのだが、これだけ癖のある家族の日常はそれを綴っていくだけで、その家族独特の世界が現れてくるから不思議だ。

    第七官界ってどんな世界だ?

     この至って現代的でライトノベルやファンタジーを想像させる(またこの河出文庫版の装丁がソレっぽい)タイトルから、おそらくそういう興味を持って本書を手にする人も多いと思う。町子に言わせれば第七官とは「私は仰向いて空をながめているのに、私の心理は俯向いて井戸をのぞいている感じ」ということらしい。

     だが、実際読んでみて思う。余人をもって代えがたい似た者同士の家族たちの醸し出すこの空気感こそが第七官界なんじゃなかろうかと。そうしてこの世界を彷徨したのは他ならぬ私自身だったとも言える。

  • タイトルに惹かれてずっと気になっていたのですが、やっと読みました~。

    何についての話なのか、結局何が言いたかったのか(オチは何だったのか)、聞かれたらとてもうまく答えられない、靄のようなお話でした。
    それこそ第七官で感じるような…。

    第七官界がどういったものかは書かれていませんが、髪を切ってもらっているときに町子が感じた『霧のようなひとつの世界に住んでいた』感覚が近いのかなあと何となく思いました。

    三五郎のセリフ「女の子というものは感情を無駄づかいして困る」というのが気に入りました。

  • なんかなー。唐突に終わっちゃったよ。主人公が住み込みでお手伝いして雇い先の男の子と恋仲っぽくなって、でも男の子は浮気した。女の子は詩を書いた。以上。みたいな話。住み込み先の三兄弟の次男だっけか、シダ植物の繁殖を植物の恋愛と評するのが良かったな。
    なんだか少女漫画に近い印象でした。そういう日常的な恋愛ものの元祖なのかも。「たけくらべ」は少し違うし。
    尾崎翠は「アップルパイの午後」が好き。たぶん私がうまく読み取れないだけで、この小説の中には面白いエッセンスが入っているんだろうな。あまり無理して読み取ろうとするのも間違いだし、こういうふわふわした読後感でもいいような気がする。

  • 女の子という二人称が不思議で私の名前を忘れる。

  • いま読んでも新鮮な感覚、魅力的な文体。これが昭和モダニズムの瑞々しさというものなのだろうか。読みながらこれを筆写していたいという奇妙な感覚に襲われた。またこの文庫に収録された「「第七官界彷徨」の構図その他」も実に興味深い。著者自身によるプロダクションノートなわけだが、映画の絵コンテのようにして小説を練り上げていくという方法は実に面白い。小説の技法論。

  • 『尾崎翠全集』の付属の栞の中野翠のエッセイが良いので引用。「尾崎翠を知ってしまったのは、幸運だったか不運だったかわからない。これでいい、これさえあればいいと思ってしまった。私は小説というものに対していろいろなものを求めているけれど、最も切実に……独房の囚人がどんなに小さくともいい、空が見られる窓をほしがるように、切実に求めているのはこれだと思ってしまった。(中略)尾崎翠は取り憑く。心を奪う。魂を魅入らせる。それも晴朗な空のように。『永遠が見える』という言葉を信じさせるような青い、澄み切った空のように。」

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著者プロフィール

1896年鳥取生。女学校時代投稿を始め、故郷で代用教員の後上京。日本女子大在学中「無風帯から」、中退後「第七官界彷徨」等を発表。32年、病のため帰郷し音信を絶つ。のちに再発見されたが執筆を固辞。71年死去

「2013年 『琉璃玉の耳輪』 で使われていた紹介文から引用しています。」

尾崎翠の作品

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