- Amazon.co.jp ・本 (880ページ)
- / ISBN・EAN: 9784560092613
作品紹介・あらすじ
謎の作家アルチンボルディを研究する四人の文学教授、メキシコ北部の国境の街に暮らすチリ人哲学教授、ボクシングの試合を取材するアフリカ系アメリカ人記者、女性連続殺人事件を追う捜査官たち…彼らが行き着く先は?そしてアルチンボルディの正体とは?2008年度全米批評家協会賞受賞。
感想・レビュー・書評
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ふー読み終わった。マラソンを完走したような富士山に登ったような、「やりきることに意味がある」状態になっていた。
非常に評価が高い本作、2段組で800ページ、厚みが5センチ、原書は1,000ページを超えるという大著であり、読む人を選ぶ。しかもリーダブルではない、難しい。読むのが愉しいとかぐいぐい読めるとかでもない。楽しんで読んだとはとても言えない。ただ、このスケール感と巨大さは稀有。ドストエフスキー的な総合文学といおうか、歴史に残る文学ではないか。読み終った者だけが味わえる充実感がある。
「2666」は何についての話なのか?複数のプロットが並走し、多量の人物が登場する。アルチンボルディ研究者達の恋物語(読みやすい)、デュシャンのレディメイドを実践する男(難解)、殺人事件に興味を持つジャーナリスト、連続殺人事件(カタログのようにレイプ殺人とその他の殺人がずらりと並べられるグロテスクなドラマ)、アルチンボルディの人生(細密な戦争描写)・・・
これらのばらばらのプロットがひとつの核に向かって大きく収斂していくのかといえば、そうでもない。アルチンボルディのメキシコ行きなど一部の輪は閉じられるものの、多くの枝葉は外に伸び行くままだ。また、後書きで比較されている白鯨のごとく、内包されたエピソードが独自に発達していく。ひたすら「読む」「読み込む」ことを読者に求める。
たまねぎの皮をむくように、「核」に目を凝らしても、そこには空白がある。しかしここで繰り広げられている膨大な「読み物」の間を彷徨いながら壮大な世界を旅するべし。
いやしかし、私はその境地には到底到達できなかった。再読しなくてはいけないのだろうが、富士山にもう一同登るモティベーションがまだ起きないように、容易ではない。 -
二段組み855Pの長編小説。著者ロベルト・ボラーニョの遺作であり、それぞれ独立した五部で構成されている。ただ、どの部も完全に独立しているわけでもなく、謎の作家アルチンボルディ、彼の痕跡の残るメキシコの街サンタテレサ、というワードで緩く繋がっている。
ものすごい小説だった。長さにしても内容にしても。著者の脳味噌を裏返し、記憶や体験を全部本に塗りたくったような印象。こういう小説を書いて死んでいったのなら、小説家として大往生と呼べるのだろう。というか、これを書いてしまったら、この後に何を書けるというのか。
一部:批評家たちの部。話が動き出すまでが少し長いのだが、アルチンボルディの研究者四人の関係が恋愛絡み(四人のうち唯一の女性であるリズを巡って)でギクシャクしてくると面白くなってくる。更に、ロンドンで起きるタクシー運転手とのいざこざが不穏な空気を醸し、アルチンボルディを追ってサンタテレサに行き着く頃には、何だか徹夜した時のようなフワフワした落ち着かない気分になる。印象深いのは、舞台がサンタテレサに移った後のリズからメール。これがあることで話の風通しがよくなっている。ただ、その風通しも、爽やかというより空しい気分になる。
二部:アマルフィターノの部。一部の最後の方に出てきたサンタテレサに住む教授アマルフィターノの話だが、著者の知識や思考がそのまま溢れている気がする。作家や哲学者の名前が多く出てくるし、痛烈なメッセージがはっきり示されている。特にラストの薬剤師の出てくるシーン。今や教養豊かな薬剤師でさえも長編小説を読まない、彼らは巨匠の完璧な習作を選ぶ、彼らは巨匠の剣さばきの練習を見たがっている、血と致命傷と悪臭をもたらす真の闘いのことを知ろうとはしない、そういったメッセージ。長編をあまり読んでこなかった私としては結構ガツンときた。
三部:フェイトの部。記者のフェイトの視点によって、サンタテレサの現状が語られる。四部への繋ぎといった感じで、そこまで印象に残らなかった。
四部:犯罪の部。おそらく本書で最も濃い部。怒涛のように女性の惨殺死体が湧き出し、それをルポタージュのように淡々と記録していく。そこから滲み出てくるメキシコの乾いた狂気、地元住民の生活があまりにも生々しい。記録の合間に挟まれる様々な人物のストーリーが、これが小説だということを思い起こさせてくれる。教会で小便を漏らす不届き者、テレビ番組に出演する千里眼の聖女、どこか寂しげな女性院長、一連の事件の犯人とされて刑務所にぶち込まれるコンピュータ技師、増える死体に振り回され続ける警察、村人の中から警察に手下として選ばれた少年など。ただ彼らは結局のところ、誰一人として事件の真犯人に辿り着けない。そして未解決のまま四部は終わる。この事件には元ネタがあるようだ(メキシコのフアレスという街の女性連続殺人事件)。こういった事件の真相とは一体何だろう。当たり前に推測できることは、一つ一つの殺人事件が無関係で、それぞれ別の何十人もの犯人がいるということだ。それをもっと押し進めると、最終的に著者が言いたかったことは、渾沌が更なる渾沌を巻き込む、その渦そのものが犯人だということではないだろうか。そして渦とは、犯罪を客体として定義したもののみならず、犯罪を見ている主体の視線を含んでいる。つまり、延々と語られる事件に統一性をもたせている、我々、読者の視線だ。
五部:アルチンボルディの部。ここに来てようやくアルチンボルディの人生が語られる。ハンス・ライターとして生まれた彼が、いかにしてアルチンボルディを名乗るようになるか。何と言うか、すごく濃密な人生だなと感心した。彼の好きな海藻に関するエピソード、男爵の甥との会話、戦争、作家への道、妹の話、そして彼は飛行機でメキシコへ行き、長きに渡る話の輪が閉じる。個人的に印象に残ったのは、おそらく著者自身の、文学そのものへの哲学的な考察。正直、読んでもあまり正確には理解できない。作家の生み出すものはほとんどが盗品であり、その盗品の森の中にはかならず何かが隠されていて、その隠されたものと盗品の間には相互補完的な関係があり、隠されたものは永久に明かされることはなく、だからこそ人々の目を引きつけ、その需要により盗品は再生産され続けるのだ、そしてこの「2666」自体もそんな真実を隠している森の一つである、というようなことだろうか。解るような解らないような。 -
読み終えた後一息ついて、はてどんな感想を述べたらいいものかとしみじみ思う。いや、別に感想を述べねばならないということでもないのだけれども。
この本は2段組であとがきと解説を抜いて850頁というかなりの大著であるにも関わらず、比較的するすると読めた。が、そのあらすじを説明するのは容易ではない。
全体で5つのセクションから成っていて、それらが互いにつながり、はたらきかける。それぞれのセクションが独立しているとも言えるけれど、共通して登場する人物・背景があるので読み進めていくと後々色々とつながることが出てくる。
しかし、埋め込まれている情報があまりにも膨大。実在の文学作品についてはもちろん、映画や音楽、料理や健康の話などを登場人物に語らせている。そこではおそらく筆者であるボラーニョの批判的意見も展開されているのだと思う。
5つのセクションではそれぞれ個々の面白さや特殊さがあるのだけれど、とりわけブッ飛んでいるのは第4部「犯罪の部」。5つのなかで最もページ数がさかれているのがこの4部なのだけれど、とにかく女性がレイプされて殺されまくる。1頁毎におそらく2〜3人は死んでいく。しかもその記述は事典の項目のようにひたすら羅列されていくものだから、「あれ?俺は何を読んでるんだ?」という感覚にすらなってしまう。
この犯罪というのは実際にメキシコで現在進行形で起きている事件をもとにしている。「シウダー・フアレス連続殺人」は今も犯人が捕まっておらず、被害者は増え続けている(〈マキラドーラ〉という多国籍企業下の製品組み立て工場の女工がレイプされて殺され、砂漠に捨てられるという連続殺人事件。こちらも参照:http://garth.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/2666-c7b5.html)。
数多のモチーフと、少なくない数の登場人物、実在の作家や同年代の作家についての多くの言及を含んだ物語が架空の作家アルチンボルディを巡ってはじまる。凄惨な殺人をクールに描写したかと思うと、詩的で美しい情景を目前に広げてくれる(ちなみにメキシコの街の雰囲気はイニャリトゥの映画作品を勝手に脳内であてはめていた)。
正直一読して「わかった」と言うことは(少なくとも俺には)とてもできない。この文章を書いている今も「どのようにわからないのか」について考えている。
でも面白い。それは確かなことだ。 -
緩やかでいながら緻密な構成と反復されるモチーフとイメージ。詩的な表現。一章ごとに異なる文学様式。この世の醜悪さ(<欲望>や<うわべ>)を「はらわた」をつかみ出すように描きつつぐいぐいと読ませる筆致。途轍もないものを読んだ。世界の秘密の表象ってマチスモなのかな。そういう意味ではボラーニョはプイグに近いんじゃないだろうか。第4章の描き方や、全体として登場する魅力的な女性たちの強さ、主要な男性登場人物(批評家の中ではモリーニ)の描き方からもそう感じられる。それにしてもこの読後感をとうてい言葉で表すことは難しい。それでも、手元にはもうこれと『地図と領土』があればいいかもという気がしないではない。
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1ヶ月の格闘の末遂に完読!自分頑張った!
膨大な量ではあるけど、幻想的な作品調に頭クラクラしながらハマってく感触を味わいながら読み進められた。圧倒的スケールで、この読後感は読み終えたことを誇ってもいいと思う。 -
通勤電車で読んでいたら腕や肩に甚大な支障をきたした。犯罪の部には、ただひたすら書くということの凄まじさがあり、ここがもっとも好きだった。
この勢いでボラーニョ長編『野生の探偵たち』もぜひ!
この勢いでボラーニョ長編『野生の探偵たち』もぜひ!
次は何にしようかなと迷っていたので、『野生の探偵たち』に決めました。
コメントありがとうございます。
次は何にしようかなと迷っていたので、『野生の探偵たち』に決めました。
コメントありがとうございます。