i(アイ)

著者 :
  • ポプラ社
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  • Amazon.co.jp ・本 (298ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591153093

感想・レビュー・書評

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  • アイはシリア生まれだが、アメリカ人の父と日本人の母に養子として貰われた。アメリカではブルックリンに住んでいた富裕層。両親は社交的で誰からも好かれ、アイのことをいつも尊重してくれるいい人。
     けれど、アイはいつも苦しんでいる。シリアでは、貧しさや厳しい社会情勢の中で、亡くなる子供も多い。そんな中、たまたまお金持ちで人格者の両親に選ばれたというだけで、“幸せ”な生活をしている。そのことを“恥ずかしい“申し訳ない”といつも思っている。
     アイはまた、両親とは異なり、前向きで自分の意見をハッキリいうタイプではない。そういうことが求められるアメリカの学校よりも日本の学校のほうがいごごちが良い。シリア人という理由で目立つ容姿と逆に、アイ自身は内向的である。そんなアイを高校で最初に出会った数学教師の言葉が傷つける。
    「この世界にi(アイ=虚数)は存在しません。」以後、その言葉がずっとアイの心の中に居座る。
     世界の恵まれない地域で大きな災害や人災によって沢山の人が亡くなる度に、本当はその中にいたかもしれないのにたまたま“幸せな”環境にいる自分を「免れている」と感じてしまう。自分はいったい何なんだ?「この世界にアイは存在しません」。
     無力なアイは世界の大きな天災や人災で亡くなった人の数をノートに書きつけるようになる。たまたま自分のかわりに不幸で亡くなってしまった人の数。 
     そんなアイに「この世界にアイは存在する」と強く認識させてくれた二人の人物がいる。
     一人は親友のミナ。ミナはレズビアン。中学生のころに自分の性的志向に目覚め、“人とは違う”自分を強く認識していたミナにとってアイは唯一(友達として)自分を理解してくれる大切な親友。小さい頃から本当の孤独を知っていたアイにとってもミナは唯一無二の親友。「アイを存在させてくれた」親友だった。
     もう一人は、東日本大震災のあと、アメリカに帰った両親の反対を押し切って残っていた日本で出会った42歳のカメラマン、ユウだった。ユウは本当に本当に心からアイの魅力を分かってくれる男性。ユウの愛情がアイをこの世界に存在させてくれた。「ユウの子供が欲しい」。血縁的な自分のルーツが分からないアイにはその気持ちは人一倍強かった。そしてユウの子供を宿したと知った時、最高潮の幸せを感じ、「私はこの世界にいていいのだ!」と心から思うことが出来た。

     色んな人がいる。子供が欲しくても出来ない人。子供を育てられないのに出来てしまう人。家族に恵まれているけれど、環境が厳しく生きられない人。環境には恵まれているけれど、“幸せ”と言われることで苦しむ人。
     不幸な災害や戦争で多くの被害者が出るたびに「どうして私は免れたのだろう」と思うこと。自分が不幸な目に会ったとき、「どうして私だったの?」と思うこと。どちらもその当事者でなければ、その本当の辛さなんか分かる訳がない。温かい言葉なんか簡単にかけられるわけがない。その人に代われる訳がない。だけど…だけど…。
     アイが自分でも意味が分からず、“世界の大きな天災、人災で亡くなった人の数をノートに記録する”行為の意味は何だったのか。
     
     “想像する”。その人の気持ちはまるごと分からなくても一生懸命想像する。
     不幸な出来事で亡くなってしまった小さな命たちのことを一生懸命考える
    こと。そのことで、その人たちの命そのものは亡くなってしまっても、今生きている人の“想い”の中で生きている。それが愛。愛があれば、世界の“i(アイ)”は存在する。
     苦しんで苦しんで苦しんだアイが最後に掴んだ定理。美しい。

  • 生、性について凄く考えさせられる。

    アイとミナの対象的な描写が絶妙。
    拗らせるとはまた違う、でもわかる部分もある。

    個人それぞれの思い、考えがベースになっていて
    欲や傲慢さを凄く感じるのに
    人は1人じゃ生きられないそんな儚さも感じる。

  • 読み終えた直後だからか、うまく言葉を紡げない
    気持ちだけが昂っている、そんな感覚だ

    サラバ!を思い出した人も多いのではないだろうか
    ある一人の人間の「生」を描いた物語
    西さんの、人間の成長、特にこころの成長の描き方はほんとうに素晴らしい
    的確に捉え、掴み、ぐんぐん引き込まれていく

    大量に付けられた付箋が、この物語がどれほどわたしの胸を打ったのかを、教えてくれる

    この人にはわかってもらえない、と、歳を重ねるごとに思うことが増えた
    生きていく中で、変わらないと思っていた人が変わってしまったり、もしくは自分自身の変化に戸惑ったり、見ないようにしてしまったり、逆に変化を受け入れたからこそ変わってしまった自分を誰かに卑下されるのが怖くなったり
    変化は怖い、でも。

    みんな意外と普通の家で育ったんだな、と思った時に感じる軽い失望、この人はとても苦労して生きてきたんだな、と思った時に感じる、いつくしみ
    それらはとても醜い感情
    みんなそれぞれ、苦しい思いをして、生きている、のに。
    早くに友人を亡くした時に思った「どうしてわたしじゃなかったんだろう」
    離婚を選択した母に思う「わたしは産まれてこない方がよかったんじゃないだろうか」
    育ててくれたばあちゃんに思う「感謝すべき」
    人から見たら恵まれた環境にいる自分
    では、この満たされない想いはなんなのだ
    正論で包まれたわたしの日常は、負の感情を押し込めた
    西加奈子は、いつもそんなわたしの心を、解き放ってくれる

    「こんなことを思ってはいけない」そんな風に思うわたしを「そう思ってもいいんだよ」と、そっと、だけど強く、訴えかけてくれる
    アイの想いと、ミナの言葉が、わたしのこころを抉るように、ぐわんぐわん、ごうんごうんと、唸りながら、わたしの中に、入ってくる

  • 2017年59冊目。

    非当事者は、当事者のことをどう想い、想像し、考えるべきなのか。
    そんなテーマを考えさせられた。

    罪悪感を持つと、罪悪感を持ってしまっていること自体にまた罪悪感を持ってしまう、というメタな苦しみ。
    世界のあらゆる痛みに対して、「それらに対して心を痛めていないといけない」という脅迫感。
    だから幸せを心から享受することに躊躇ってしまう。
    (読みながら天童荒太さんの『悼む人』を思い返した)
    「自分も苦しい立場にいないと」、というのはとてもわかる気持ちでありつつ、同時に、それは自分を納得・安堵させたいだけの手段になっていないか、という疑念も起こる。
    大きな世界の中であれ、身近な人間関係の中であれ、様々な痛みと、どう共存していくべきなのか。

    西加奈子さんの作品はこれが初めてだったが、文体がすごくシンプルで、読みやすさに驚いた(最近昔だったり海外の作家さんの本を読む機会が多かったのもあるかもしれない)。
    仕草含めた心情描写もよくて、肌感覚で伝わってきた。
    あと、数々のセリフの、優しくもありつつの、「潔さ」がよかった。

  • アイという名前の主人公。

    両親は日本人とどこだかの国(忘れちゃった)の人。
    アイはシリアから養子として引き取られてきたので、両親との血の繋がりもないし、顔も全く違う。

    小さい時から、自分の生まれた国は不幸な人がたくさんいるのに、自分は幸福になっていいのだろうか?という疑問を持って生きています。

    テーマは、毎日のように世界には戦争もあり震災もあります。

    そして犠牲者も出るわけで。

    それに対し、祈ることしかできないとなげくより、祈ること、その人たちを思うことでもちゃんと救うことになっているよ(救うまで行かないけれど)ということなのかなと思います。(ちょっと上手く書けませんが……)

  • すでに知り合った人やこの先に出会う人よりも、一生出会えない人の方が多いという当たり前のことを想像する。

  • 社会派というか、なんというか。
    養子、人種、妊娠流産、LGBT、とこの日本でタブーとされているような部分に正面から切り込んだような小説でした。読み応えあったし、1回読んだくらいでは追いつかなかった。

    西加奈子さんの小説を初めて読んだのはサラバで、その時は著者の半生という感じだったけど、この本は架空のアイを主人公にした手記のような感じ。
    日本にいたら分からないような問題と、東日本大震災など日本の災害を絡めてあって、えらくリアルでした。ほんとにアイのような、ミナのような子がどこかにいたと思えてくる。

    西加奈子さんの著作を読むと、いかに日本人って閉鎖された文化と考え方なんだろうと思える。
    ブレイディみかこさんの僕はちょっとイエローで〜とも通じる価値観の崩壊があった。手元に置いておきたい本。

  • ミナがいるから私がいて、私がいるからユウがいる。「この世界にアイは存在する」。もっと時間がかかるかなと思ったらあっという間に読了した。とてもいい作品でした


  • 9.11や東日本大震災と言った現代の出来事と物語が絡み合って描かれている。だからこそ、現代を生きている私たちが、今、読むべき物語。

    日本に住んでいることくらいしか主人公との共通点がないのに、その気持ち、複雑な想いが余すとこなく伝わってくる文章が素晴らしい。

    個人的には直木賞のサラバ!を超えた一冊。

  • 今の私は、もう随分目を閉じて耳を塞ぐことが上手になってしまった。

    日本ではコンビニの食べ物がたくさん捨てられ、肥満人口が増え、ダイエットが盛んになる。一方、何処かの国では食べ物がなく、餓死で死んでいく子供たちがいる。
    日本では義務教育でお勉強をし、受験、進学、就職、そして鬱になって自ら命を絶つ人がいる。一方、何処かの国では鉛筆ではなく銃を持たされ、無作為に殺される子供たちがいる。
    思春期の私は、そんな世界の矛盾に頭痛がし、どうしようもなく不安になり、それでもどうにもできず、己の事しか考えない自分が情けなくて仕方がなかった。

    でも

    平和な日本の幸せな子供なりに色々なことを経験し学び、時に傷ついて挫折し乗り越えて、むき出しだった「心」を守る鎧を身に付けてきた。
    結果、26歳の私は、テレビで垂れ流しにされる悲しいニュースに涙を流すことも、とてつもなく不安になることもなくなってしまった。

    この本を読んで、ひんやり冷えている「心」に気付かされた。しかしだからといって、己を守る鎧を脱ぐことはないだろう。私は私の毎日を必死に戦って生きているのだから。

  • アイが考えること、暗くてどうしようもないけれどすごく分かる。こんな繊細な感性を持った人が小説の中で自分を表現しながら生きていこうとするエンディングに、すごく救われる。
    後書きの又吉さんとの対談形式の中でも出てきていたが、豊かな人は辛いと言ったらいけないかのような、人に言えないしんどさ、確かにあると思う。親友のミナの妊娠を巡って、アイはミナに会いたい気持ちと許せない気持ちで葛藤する。本当にそれは苦しい。でも、自分と人には全く別のしんどさがあることは区別しておかなければいけない。1番に出てくる負の感情は差し置いて、その時にしかできない何かがあると思う。物事を考え込むアイに、西加奈子さんの文章に、大事な気持ちを教えてもらえた。

  • 「誰かがどこかで死んでも、空が割れるわけでもなく、血の雨が降るわけでもない。世界はただただ平穏だ。」p.83

    考えること、向き合うこと、苦しむこと、知ること、どれかひとつでも私はできていただろうか。と思う。それは幸せだし傲慢だし浅はかだったな

  • この世界にアイは…
    自分の手が届かない世界と
    どうしても自分だけの世界のあいだで苦しむ
    優しさとかそんな簡単なことじゃなくて、もっと実存に苦しんでる

  • 過去、現在、未来に起こっている事柄で命を落とした人々がたくさん存在することに対して、自分自身がその人を想う気持ちを持つことで、その人たちが生きていたことになるのだと、改めてこの本を読んで感じた。
    この世には数え切れないほどのたくさんの命があって、ひとりひとりの人生がある。苦しい思いをしている人もたくさんいるだろう。だけど、どの人生も本当に尊いものであること、そして自分は誰かの命があって成り立っていることを忘れてはならないと考えた。

  •  読み終わってもしばらく感想文が手につかなかった。生きていく上で大切に心に残しておきたいことがたくさん書かれている本だと感じて、簡単な言葉で感想を書いて終わりにしてはいけないような気がした。でも時間をおいたところで立派な感想文は書けそうにないので、思いつくがままに書いてみる。
     シリアで生まれ、日本人の母親とアメリカ人の父親に養子として受け入れられ、ニューヨークの裕福な家庭で育てられたアイ。自分が生まれた国の惨状をニュースなどで知りながら、恵まれた家庭で何一つ不自由なく家庭で育っていることに、罪悪感を持ちながら生きている。一つ目のキーワードは、「裕福である故の罪悪感」。
     自分は「選ばれた」側にいるという意識がアイを苦しめる。戦争が続きたくさんの人が今なお苦しみ続けているシリアという国に生まれながら、養子として「選ばれ」、豊かな暮らしをしている。なぜ選ばれたのか。なぜ自分でない誰かではなく自分だったのか。ここで二つ目のキーワード、「選ばれた存在」。
     高校に入学して初めての数学の授業で教師が言った言葉、「アイは存在しません」。虚数のことだが、アイは自分の存在を否定されたような気持ちになる。大学に入って数学を専攻し、虚数についても研究を進める。教授から「アイは存在する」と断言され、自分でもそうだと確信しながらもなお、「アイは存在しません」は単なる言葉の範疇を超えて呪文のようにアイにまとわりつき続ける。
     大人になり、不妊治療の末に妊娠したとき、アイは初めて心から「自分は存在している。存在していいんだ」と確信する。育ての親と血の繋がりがなく、生みの親を知らないアイは、この時点では、血縁関係にこそ自分の存在根拠を見出しいた。しかし流産を経て、その確信は揺らぐ。ここからアイは、血縁関係以外で自分の存在を根拠づけるものを探すフェーズに入る。三つ目のキーワード、「自分の存在の根拠」。
     アイの高校からの親友ミナはレズビアンだ。アメリカで生活をしていて、数年来のパートナーがいるが、あるとき男性と初めて関係をもって妊娠してしまう(その男性はアイの高校時代の初恋の相手だった)。アイの流産を知らずに中絶すると話すミナに怒り狂うアイ。しかしミナの妊娠/中絶と、アイの不妊/流産との間に何ら因果関係はない。アイはそれを理解しつつも、ミナに対する怒りと絶望の感情を収めることができない。LGBT、不妊、中絶の可否、因果関係が認められない事柄に対する怒りなど、ここでのキーワードはたくさんあるけれど、総じて「現代の女性(生物学的)の生き方の多様性」「自由だからこその苦しみ」を感じた。
     どのキーワードについても、答えはない。いくら考えたところで正解はなく、おそらく自分なりの方針のようなものを導き出すことが精一杯だろう。それでもきっと考え続けなくてはならないテーマなのだと思うし、考え続ける努力を放棄した途端、あっという間に世界から置き去りにされてしまうような気がする。
     小説ではあるけれど、高校のときに初めて読んだ倫理の教科書のようなずっしりとした衝撃があった。
     欲を言えば、自分自身のアイデンティティについて今よりもっと真剣に切実に考えを巡らさざるを得なかった大学生くらいの頃に、この本と出会いたかった。

    • シマウマシマシマさん
      iがきっかけで他の本のレビューも読ませていただいていて、どれも要点のまとめが的確で感動してます、、、!
      iがきっかけで他の本のレビューも読ませていただいていて、どれも要点のまとめが的確で感動してます、、、!
      2021/12/12
    • Chisaさん
      そそそそんな、とんでもないことでございます、、、でも、ちっちさんのお褒めの言葉とっても嬉しいです。ありがとうございます。今後とも頑張ってまい...
      そそそそんな、とんでもないことでございます、、、でも、ちっちさんのお褒めの言葉とっても嬉しいです。ありがとうございます。今後とも頑張ってまいります!
      2021/12/12
  • 刺さった言葉がたくさん。
    今まで読んだ西加奈子さんのどの作品よりも好きだと思った。
    そして、西加奈子さんの小説を読んで抱いていた印象とは全く違った、今回は。

  • 苦しんではいけない 苦しんでいない と世間的には思われるような恵まれた環境の人でも苦しんでいいし、悩んでいい、悲惨な環境の方々に対して自分は恵まれているんだと悔しい想いだけでなく、悲しんだり、見たことはなくても生きてほしいという願いをしてもいい。あらゆる人への愛や優しさを感じる作品でした。

  • iとは、アイとは、Iとは、愛とは。

    シリア出身、アメリカ人の父と日本人の母を持つアイという女性のアイデンティティの話であり、この世に存在するありとあらゆる苦しみの話であり、個人と社会、また自分と他の人の関係性の話でもある。深い。

    日々起こっている世界中の悲劇にどれだけ想いを馳せても、当事者にはなれない。それでも、祈ることは、苦しむことは、許されたい。想像することで、遠く離れた世界とほんの少しでも繋がることができるし、人を思いやることができると思う。

    これからもずっと読まれていってほしい物語。

  • 自分とは何かを考えさせられる内容だった。
    自分には関係ないうちは、まったく興味を持たず、いざ自分に関わってくると批判したりする。
    狭い世界に住んでんな。と言われてる気がした。

  • これは、、西加奈子さんのなかでも大作なのではと思った。練り込められてる。なんだかすごいものが。孤独。深さ。突き詰める尊さ。みたいなものを思った。それと同時に愛も感じた。i = 愛。
    いまの自分が読むべき本だったとも感じる。
    冒頭読んだとき、これは重い話だ、と感じてくじけそうやったけど(いまは特にライトなものを読みたい気分やったし)読んでよかった。

著者プロフィール

1977年イラン・テヘラン生まれ。2004年『あおい』で、デビュー。07年『通天閣』で「織田作之助賞」、13年『ふくわらい』で「河合隼雄賞」を、15年『サラバ!』で「直木賞」を受賞した。その他著書に、『さくら』『漁港の肉子ちゃん』『舞台』『まく子』『i』などがある。23年に刊行した初のノンフィクション『くもをさがす』が話題となった。

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