独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書) [Kindle]

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  • ”ドイツが遂行しようとした対ソ戦争は、戦争目的を達成したのちに講和で終結するような十九世紀的戦争ではなく、人種主義にもとずく社会秩序の改変と収容による植民地帝国の建設をめざす世界観戦争であり、かつ「敵」と定められた者の生命を組織的に奪っていく絶滅戦争でもあるという、複合的な戦争だった”
    ”ソ連にとっての対独戦は、共産主義の成果を防衛することが、すなわち祖国を守ることであるとの論理を立て、イデオロギーとナショナリズムを融合させることで、国民動員をはかった、かかる方策は、ドイツの侵略をしりぞける原動力となったものの、同時に敵に対する無制限の暴力の発動を許した”
    ー第5章理性なき絶対戦争(P220)より

    世界観・イデオロギーの正否は難しいが、その幻にとらわれた陰惨な戦争が21世紀に起きている。
    著者は軍事・防衛の専門家であり、内容としては戦役・軍事戦略・戦法のボリュームが大きい。

  • ナチス・ドイツとソ連との泥沼の闘いは、1941年6月、ナチス軍が独ソ不可侵条約を破ってソヴィエト連邦に侵攻したことに始まる。
    フィンランドからコーカサスに及ぶ、数千キロの戦線で数百万の大軍が激突した。規模だけでなく、その戦闘様態も歩兵、装甲部隊、空挺、上陸、要塞攻略など、陸戦のほぼすべてのパターンが展開するという異例の闘いだった。
    両軍とも多くの戦闘員を失ったが、軍事行動やジェノサイド、さらには戦災が影響した疫病や飢餓でソ連側だけで2700万人の民間人が命を落としたとされている。
    史上最大の惨禍である。

    本書は、この独ソ戦の通史である。
    時代を追って、何が起きたか、その背景に何があったかを述べていく。
    戦線に関してはもちろんだが、ヒトラーの思惑、スターリンの姿勢も含めて描いていくことで、全体の流れが捉えやすくなっている。

    著者によれば、ドイツによる対ソ戦は当初、「通常戦争」、「収奪戦争」、「世界観戦争(絶滅戦争)」の3つが並行する形で進んでいた。収奪戦争とは物資や人員を奪うことを目的とし、世界観戦争とは人種主義に基づいて相手方の社会秩序を改変し、植民地化することを指す。これが徐々に「収奪戦争」や「世界観戦争」が優位となっていき、空前の殺戮と惨禍をもたらすことになる。
    対するソ連の原動力は、イデオロギーとナショナリズムの融合で、共産主義を守る戦いと位置付けることであった。それは敵に対する無制限の暴力を許すことにもなった。
    両者、引くに引けない戦いは暴力と憎しみの連鎖を生んでゆく。

    独ソ戦そのものの解釈に加え、歴史学が不動不変のものではない点も本書から学べることだろう。
    史料の調査、その解釈、さまざまな視点の検討。新たな史料や証言が見つかれば、別の解釈が生まれうる。
    特に、ソ連側の史料は、ペレストロイカやソ連崩壊まで封印され、1991年以降、ようやく機密文書の解析や歴史議論の自由化がなされたところである。
    こうしたものの精査により、個々の作戦の内容により深い理解が進み、さらには独ソ戦全体の解釈もまた変わってくることもあるのかもしれない。
    歴史学は生きている学問なのだ。

    いずれにしろ、広域に渡り、膨大な被害をもたらした戦争から、後世の我々が学ぶべき点は多い。
    巻末の参考文献を含め、学ぶ手引きとなる1冊である。

  • 第二次世界大戦でソ連(当時)が失った人命は2000万を超える、という話は知っていた。想像を絶する規模だ。なぜそんなことが起きたのか。知りたいと思って本書を手に取った。
    疑問の答えは早くも「はじめに」で提示される。内容はここでは書かないが、著者の見解というより欧米の研究ではほぼ定説になっているらしい。説得力がある。

    ただし、「はじめに」に続く本書の紙数の相当部分が、独ソ戦の作戦・戦記的な記述に割かれている。この部分は「なぜそんな悲惨なことが起きたのか」を知りたいぼくにはあまり興味がわかなかった。「なぜ」の部分についてはより突っ込んだ議論を読みたい。
    イデオロギーの異なる国って、しょせん仲良くはできないのか? 

  • 『絶滅戦争の惨禍』とするサブタイトルから、その被害の甚大さでもつとに知られる第二次世界大戦の主戦場・独ソ戦で払われた犠牲に焦点を当てた書籍と期待し、また帯にある「2020新書大賞 第1位」の呼び込みにも惹かれて購読しました。

    本書は基本的に時系列に沿って、独ソ戦が辿った経緯を綴るとともに、節々で日本において定説とされている詳細についての理解を挙げたうえで今日の研究成果を参照することで、それらを訂正しながら論を進める形をとっています。

    通読して、「独ソ戦の実態に迫る、定説を覆す通史!」との謳い文句にもあるとおり、ドイツの侵攻がけっしてヒトラー独断のみによるものではなく国防軍や収奪政策による利益を得た国民もそれに加担する要素だったこと、ソ連側としてはスターリンの大粛清による軍部弱体化と不愉快な事実を認めない倒錯した態度が緒戦の大敗に大きく影響したこと、全体としてヒトラーの誤った判断がなければドイツの勝利の可能性も低くなかったという理解に対しての批判など、興味深い箇所が多くありました。

    ただし、軍事史研究家でもある筆者が『戦争論』で著名なグラゼヴィッツの言葉もたびたび引用する本書は、中盤はとくに戦略や戦術についての軍事学的側面からのアプローチに比重を置いて構成された著書であり、被害そのものついてはどちらかといえば副次的な要素のように見受けられました。世界最大の戦争とも言われる独ソ戦を扱っているとはいえ、戦略・戦術論を交えて戦闘の経過を綴った本書が多数の読者を獲得したことについては、やや意外の感をもちました。

  • 予備知識なく読んだので、とても難しかった。筆者も、アカデミックでない本でこの内容を書くのが大変だったらしく、それは大いに理解できる。
    軍拡した結果大敗し、敗戦国ながらも戦後工業大国、経済大国として復興したドイツと日本には共通点があると感じた。
    今のドイツがなぜそうなのか、今のロシアがなぜそうなのか、その手掛かりが少し掴めた気がした。今何が起こっていて、なぜそうなのかは、過去に何が起こったかを知らないと理解できない。

  • ロシアのプーチン大統領は、ウクライナ侵攻を捉えて、この戦争はナチズムから祖国を守る「大祖国戦争」だと訴えています。
    われわれにとっては「大祖国戦争」という言葉より、「独ソ戦」という方がイメージは湧きやすいのですが、ロシア人にとっては、われわれには測りがたい独特のイメージがあるようで、本書をそれを解き明かしてくれます。
    また近年、ノーベル文学賞の「戦争は女の顔をしていない」や日本では本屋大賞の「同志少女よ、敵を撃て」など、独ソ戦を舞台にした話題の本も多く、独ソ戦とはどんな戦いだったのが知りたくて、この本を手にしました。

    <祖国戦争・大祖国戦争とは>
    ロシアでは、帝政ロシアが1812年に戦った対ナポレオン戦争を「祖国戦争」、ソ連(当時)がナチス・ドイツと1941年6月~1945年5月に戦った戦争を「大祖国戦争」と呼び、本書は、この対独戦争の詳細を纏めたものです。

    <未曾有の惨禍>
    まず、驚いたのが、この戦争の人的被害です。
    太平洋戦争の日本人の戦死者が、軍民合わせて約300万人と言われているのに対して、独ソ戦では、3000万人強(ロシア:2700万人、ドイツ:350万人)と言われており、日本人の死者の約10倍もの人が死んでいます。

    <殲滅戦争>
    何故このような悲惨な戦争になったのかを、本書では、ドイツ・ヒトラーの世界観から説き起こし、戦争に至った背景、その後の戦争の経緯、レニングラード、モスクワ、スターリングラードの包囲戦に敗れたドイツ軍を、掃討するソ連軍の戦い。
    そして、その独ソ両軍のそれぞれの残虐非道な、殲滅戦争の戦い方を描いています。

    戦後、ドイツでは、この戦争をヒトラー個人に罪を負わせていましたが、新しい事実から見えて来た国防軍・ドイツ財界・ドイツ国民の関わり方、そして、冷戦終了後に明らかになったスターリンの指示によるソ連軍の残虐さ等、最新の学説を中心に、この戦争の概要をコンパクトに纏めています。

    <全体を読み終えて>
    ヨーロッパ各国の世界への帝国主義侵略に、遅れて登場したドイツ。
    その流れの中でのヒトラー流の帝国主義観の内容にも驚きました。(日本も他人事ではありませんが・・・)
    優秀なゲルマン民族を栄えさせるために、東欧を植民化し、さらに民族的に劣っているとみなしたスラブ民族の住む地域も植民地にしようと、当初から考えていた事には、今さらながら驚きです。
    現に併合した東欧から略奪した物資をドイツに還流したので、ドイツ国民は、相対的に裕福な生活を享受していた。ドイツ国民にヒトラーの政策は受け入れられたのでした。

    そして「独ソ不可侵条約」は単に対仏戦争のために背後の憂いを絶つために利用したに過ぎず、対ソ戦は予定通りの行動であった。但し兵站の失敗は想定外だった。フランスとソ連は違っていた。
    そしてヒトラーは劣悪なスラブ民族を殲滅、つまり皆殺しにしようと本気で考えていたことが、この戦争を悲惨なものにしていった。その攻撃を受けたソ連も、復讐心に燃え、さらに壮絶な殺し合いになっていった。

    現在では、ヨーロッパでは、人道主義に反するものは・・・という批判をしているが、もとをただせば、かつての彼らの帝国主義が、このような独ソ戦に繋がっているのも無視できない事実でもあると思います。

    本書を読んで、当時のヒトラー及びドイツ軍が、今日のウクライナ侵攻を始めたプーチンと同じような発想の上に立っていた事が、より鮮明になった。
    共に、電撃戦で、短期決戦で終わるであろうと・・・

    (追記)
    以前から私の中で持っていた疑問は、第1次世界大戦で、帝政ロシアとフランスの東西2正面作戦で失敗したドイツが、第2次世界大戦で、またも同じ東西2正面作戦を取ったのが、不思議だったのですが、本書でその説明もされていました。内容は省略。

  • 教科書ではわからないし
    専門書は一般人には難しいし
    新書でコンパクトに出してくださるのは嬉しい

  • 読み始めはその人的被害の数に圧倒され、胸がジクジクとうずく中、読み進めていった。
    恥ずかしながら、この戦いのおいての知識はなく、まっさらなところに情報を受け、「戦争」という、ただ言葉だけだったものが、急に生臭さを帯びてきた気がする。

    戦術のなさ、思い込みからくる現状把握のいい加減さに呆れつつ、昔の話だから仕方ないと思ったのだが、途中からいろいろなことが思い浮かんできてしまった。
    本当に昔だけの話だろうか?
    たしかに戦術の未熟さにはそう言ってしまってもいいかもしれない。
    でもヒトラーにもスターリンにも見える「固執」は、きっと今も昔もない。
    残念ながら。

    イデオロギーが見せる様々な面をこの本で見たと思う。
    そして突きつけられるのは今のこの世界の現状。
    終章では独ソ戦が歴史的に利用されてきたこと、現在でも利用されていることに言及している。
    何をどう見るべきか。平坦な見方で終わらない、そのための示唆に富んでいるように思う。

  • 1941年6月から1945年まで続いた独ソ戦の通史ではあるが、ヒットラー・スターリン、またはこれを取り巻く当時のドイツ・ソ連の軍人たちのモノの考え方までを視野に入れ論じられいるのがユニーク。
    結局ドイツが遂行しようとした対ソ戦争は、「人種主義にもとづく社会秩序の改変と収奪による植民地帝国の建設をめざす世界観戦争」であり、かつ、「敵と定められた者の生命を組織的に奪っていく絶滅戦争」であるということを、筆者は本書で明らかにしたかったのだろう。
    今起こっているウクライナ戦争との単純な比較は避けるべきだが、本書を読むと、独ソ戦でドイツがやってきたことを、ロシアがウクライナでしようとしているようにも見える。

  • プーチンとヒトラーがやっぱりよく似てるように感じる。誤った歴史認識、軍参謀の助言を聞かない聞けない?無謀な戦争の開始。 独裁者にはありがちな事なのか。

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著者プロフィール

現代史家。1961年東京生まれ。立教大学大学院博士後期課程単位取得退学。DAAD(ドイツ学術交流会)奨学生としてボン大学に留学。千葉大学その他の非常勤講師、防衛省防衛研究所講師、国立昭和館運営専門委員等を経て、著述業。『独ソ戦』(岩波新書)で新書大賞2020大賞を受賞。主な著書に『「砂漠の狐」ロンメル』『戦車将軍グデーリアン』『「太平洋の巨鷲」山本五十六』『日独伊三国同盟』(角川新書)、『ドイツ軍攻防史』(作品社)、訳書に『「砂漠の狐」回想録』『マンシュタイン元帥自伝』(以上、作品社)など多数。

「2023年 『歴史・戦史・現代史 実証主義に依拠して』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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