コーカサス国際関係の十字路 (集英社新書 452A)

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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087204520

感想・レビュー・書評

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  •  コーカサス地方といえば,聞いたことはあってもよく知らなかった。コーカサスという言葉を聞くたびに何かオリエンタルな感じがするのはそのためだろう。日本からは遠く,情報も少ない。しかし,最近話題の相撲取り兄弟の出身地もコーカサスなら,南オセチア問題でロシア軍の侵攻があったグルジアもコーカサスにある。後者は今日のクローズアップ現代でもとりあげられていた。
     日本語で手に入るコーカサス情報は,断片的すぎたり,専門的すぎたりで,なかなか手頃なものがないが,本書は,この地域の地理や歴史,対外関係をコンパクトにまとめている。刊行は今年七月で上記の事件より前だが,大注目のコーカサス,今になって図らずも売れまくっているに違いない。
     旧ソ聯南西部,カスピ海と黒海に挟まれた地域がコーカサスである。周囲を取巻く国々は,北にロシア,ウクライナ,南にイラン,トルコ。カスピ海を挟んで東には,「中央アジアの北朝鮮」の異名をとるトルクメニスタン,世界最大の核実験場跡(セミパラチンスク)を擁する非核国カザフスタン。黒海の向うにはバルカン半島が位置する。
     コーカサスは,アジアとヨーロッパの境として古くから多様な人々が住み,今でも民族の展覧会と呼ばれるほど複雑に入組んだ地域である。近代以降ロシアの侵略を受け,スターリンの強制移住政策が民族雑居に拍車をかけた(因みにスターリンはグルジア出身の靴職人の子)。抑えられていた民族運動がソ聯崩潰後に噴出したのも当然で,今もテロや紛争が絶えない地域である。油田があり,油やガスのパイプラインが通る,エネルギー戦略的に重要な地域であることも,問題解決を困難にしている。
     この地域はコーカサス山脈によって大きく南北に分れる。南コーカサスはグルジア,アゼルバイジャン,アルメニアの三つの独立国からなる。これらはかつてソビエト聯邦を構成していた共和国が,91年に独立したものだ。これに対し,北コーカサスは今もロシア聯邦に属し,チェチェン,イングーシ,北オセチア,ダゲスタン等の共和国がある。
     南コーカサスには,本国の主権が及ばない地域が散在する。民族問題に起因する事態で,アゼルバイジャン内のナゴルノカラバフ(アルメニア人多数),グルジア内の南オセチア(オセット人多数),アブハジアなどが深刻だ。これらを「自治州」,「自治共和国」と呼ぶこともあり,「自治」という語からは,それほど敵対的な感じを受けないが,独自の軍隊をもち,本国に税金も払わず,事実上の独立状態にあるという。その他,アルメニア内にアゼルバイジャンの飛地(ナヒチェバン)があったり,様相は複雑だ。各地でテロが起き,民族浄化の動きもある。
     「民族浄化」という言葉には少数民族殺戮のイメージがつきまとうが,必ずしもそれだけではない。要するに地域内の民族を一元化することによって民族間のトラブルに終止符をうとうとすることを指し,追放,住民交換,同化等の手法もとられる。英語では"ethnic cleansing"。90年代のユーゴ紛争に際し,米広告会社が批判キャンペーン用に依頼されて作った語ともいう。もちろん虐殺でなくても,住み慣れた地を追われれば難民が発生し,問題は長期化する。
     コーカサス三国にとり,隣国ロシアはいわば旧宗主国。そのロシアは独立勢力を支援するなどこの地の紛争に干与している。三国への影響力を維持したいロシアとしては,南コーカサスにくすぶる民族問題は願ってもない存在だ。調停等を外交カードとして用いて,エネルギー等の政略で譲歩を引出し,欧米に近づきすぎるのを牽制する。もっとも最近のロシアは強硬で,今回のグルジア進軍は新たな冷戦を引起しかねない。
     南とは対照的に,北コーカサスの民族問題はロシア自らが抱える問題である。チェチェン紛争に代表されるように,いくつかの民族が分離独立を目指している。ちょうど七年前に,「テロとの闘い」という大義を獲得したロシアは,チェチェン武装勢力をテロリストと呼称し,弾圧を一層強化した。国際社会の批判が小さかったことを見ると,実質はどうあれ「大義名分」の果たす役割は極めて重要である。国家というのは随分とえげつないことをする。ロシアは,反体制的ジャーナリストの暗殺や,モスクワでのアパート爆破等,一部のテロに干与していると噂される。爆破テロを自作自演して,これを独立勢力の仕業とすれば,侵攻・鎮圧の良い口実になるというわけ。プーチン恐るべし。
     親ロシアの北オセチアで300人を越す犠牲者が出た小学校占拠事件も記憶に新しい(04年)。この惨劇の背景には,侵略者ソ聯に迎合しスターリンの強制移住を免れたとかで,オセット人が他民族から嫌われていることもあるらしい。民族自決の要求をロシアに認めさせるべくテロ攻撃をするのだが,それなら地理的にも近い,憎き北オセチアを狙えという話だろう。もちろん,民族問題とはいえ,民族内の指導者が必ずしも一枚岩であるわけではない。チェチェンの独立派にも過激派から穏健派まで多様だし,独立を目指さない親ロシア派だっている。ロシアは親ロシア派を支援することで,自身があからさまに介入することを避けることもできる。チェチェン紛争では,戦死ロシア兵の母たちを中心に反戦の機運もあり,「チェチェン問題のチェチェン化」も進んでいるらしい。要するに傀儡政権を樹ててチェチェン人同士でやりあうようにしむける。なんだか70年も前の話のようだが,歴史には進歩ってないのだろうか。
     南コーカサスへの諸外国のアプローチもよくまとめられている。三国は歴とした独立国であり,ロシアの影響が大きいとはいえ,経済的・政治的に欧米やイラン・トルコなどとも関係が深い。三国中でもアルメニアの対外関係が特色あって興味深い。
     周囲にイスラームが多い中,アルメニア人はキリスト教(アルメニア教会)を信仰する。かつてローマ帝国版図であったためか,ヨーロッパ意識が強く国際的。本国の人口は少ないが,世界中に多くのアルメニア系移民がいて,「ディアスポラ」(もとはユダヤ人についての言葉)と呼ばれる彼らは各国で大きな力をもつ。彼らの政治的はたらきかけは「アルメニアロビー」といわれ,米仏などのコーカサス政策を左右する。アルメニアは隣国と概ね仲が悪く,特に西接するトルコとは,大きな歴史認識の相違を抱える。それはオスマン朝末期のアルメニア人大虐殺で,加害者とされるトルコはこの事実を認めていない。フランスでは「アルメニア人大虐殺否定禁止法」が可決されたとか。ロビー活動ってすごい。
     トルコとの間にはこんなよくできた話もある。アルメニアの国旗にはアララト山が描かれているが,この聖なる山はトルコ領。はた迷惑なトルコは,自分の物でもないのに勝手に国旗にするなと難癖をつけたそうな。アルメニアの反論は,「おまえとこだって,国旗に月や星を描いてるじゃないか!」ホントの話かなぁ?
     あまりまとまらないが,まだまだ不安定なこの地域,今後も注目していきたい。

  • あまりに多様な利害からんで、あっち行ったりこっち行ったりしたおかげで参考にはなったが頭には入らなかった

    島国て今も昔も平和でいいですね

  • とても分かり易く書かれている。だからこそ、この地域のややこしさが浮き彫りになる。

  • 出版後数年を経て各国の情勢は変化しているとはいえ、コーカサスをみる上で基本的考え方を提示してくれるよい本。国際政治を学ぶ人には必読の一冊。

  • 中東・ヨーロッパ・アジアの挟間の地域、コーカサスの国際問題に焦点を当てています。旧ソ連地域であるため、その中心はロシアとの関係と、それにおける問題。ニュースなどで聞く単語が、一体どのようなものか。
    コーカサスと言う単語からして日本になじみの薄い地域ですが、チェチェン紛争、カスピ海ヨーグルトなど意外なところで多くの人に聞き覚えがあるでしょう。
    また、2006年当時の外務大臣、麻生太郎元総理が打ち出した外交政策「価値の外交」「自由と繁栄の弧」の中核地点に当たることからも、日本にとって重要な地域であることがわかります。(本作の中にも簡単に解説あり)
    同著者の『強権と不安の超大国・ロシア』の方が、日本に良いかかわりのある国々の話が多くて読みやすいですが、そちらが読めた人ならこちらも読めます。

  • [ 内容 ]
    コーカサスは、ヨーロッパとアジアの分岐点であり、古代から宗教や文明の十字路に位置し、地政学的な位置や、カスピ海の石油、天然ガスなどの天然資源の存在により、利権やパイプライン建設などをめぐって大国の侵略にさらされてきた。
    またソ連解体や、9・11という出来事により、この地域の重要性はますます高まりつつある。
    だが、日本では、チェチェン紛争などを除いて認知度が低いのが現実である。
    本書では、今注目を集めるこの地域を、主に国際問題に注目しつつ概観する。

    [ 目次 ]
    第1章 コーカサス地域の特徴
    第2章 南コーカサスの紛争と民族問題
    第3章 北コーカサスの紛争と民族問題
    第4章 天然資源と国際問題
    第5章 コーカサス三国の抱える課題
    第6章 欧米、トルコ、イランのアプローチ
    終章 コーカサスの今後

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    [ 参考となる書評 ]

  • コーカサス地方っていうとチェチェンなんかの問題が特に有名ですね。
    世界史の先生の紹介で知りました。
    その日の帰り道に本屋で見つけて即買い余裕でした^^
    買ってよかった。すごく分かりやすいです。

  • 現在の南コーカサス3国の相互関係、外国関係のポイントがわかる。ロシア連邦内の北コーカサス共和国の連邦内外の紛争についても説明がある。
     登場するのはロ、旧ソ諸国、欧、土、イラン。"謎の国" トルクメニスタンもカスピ海の石油・ガス資源の文脈で僅かながら登場する。
     文章中に「前述のように」「(P.~で後述)」や、(  )内での文章による補足説明が多く、もとの文が分断されるのが少しだけ気になる。前でも後ろでも「(P.~)」を句読点の前に置くだけの方が分かりやすいと思います。(2009/10/9)

    著者の管轄ではないですが、帯の「日本人がいちばん知らない地域」というあおりは首肯しがたい。もっとも、「よその国の人はみんなしっている!いちばんしらないのは日本人だ!」と喝を入れている意味に取ることも不可能ではないが。

  • 未読。

  • コーカサスブームでちょと真剣に情勢勉強


    まだまだ知らん土地の
    知らん問題がこんなにもあるねんなーて
    無知さに改めて辟易↓



    もっといろんなこと勉強せなな

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著者プロフィール

政治学者。

「2023年 『高校生と考える 21世紀の突破口』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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