- Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480804488
感想・レビュー・書評
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とても実感がこもってると感じた。
著者は翻訳の仕事をしていたという。母国語以外の言葉と格闘した経験がなければ書けない小説だと思った。言語を習得する事は、生きる武器を得ることでもあるかのよう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
昨年12月の芥川賞の選考会で受賞作(小山田弘子さんの「穴」)が霞んでしまうほど、激しい賛否両論を巻き起こした超話題作です。
ちなみにデビュー作である本作で太宰治賞、大江健三郎賞を受賞。
私は小川洋子さんがラジオで絶賛しているのをたまたま聴いて読みました。
戦火を逃れ、オーストラリアの田舎町にやって来たアフリカ難民の「サリマ」の物語。
そのサリマの物語のメタな書き手である「サユリ」が、ジョーンズ先生に宛てた手紙が交互に並べられるという、なかなか複雑な構造となっています。
ただ、私は読んでいて、それほど苦になりませんでした。
新人離れした筆力に圧倒されつつ、貪るように読みましたよ。
異国の地のスーパーマーケットの加工所で、肉や魚を捌く仕事をしながら2人の息子を育てているサリマ。
夜も明けきらないうちから出勤し、昼近くに帰宅するという毎日を繰り返しています。
作品の冒頭部分で展開される、サリマの教育係と、サリマとのやり取りが胸を打ちます。
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「いまはあんたが、働きに出ているんだね。それで、だれがあんたを見送ってくれるんだい」
朝の三時前に徒歩で出かけるサリマを見送ってくれる人はなかった。息子たちは同じ市営住宅に住む友達に連れられて学校に行く。帰りはサリマがその友達の子供と自分の息子たちを迎えに行くことになっているのだ。
「お月さま、霧」
「そうかい。ひとりじゃないんだね。よかった」
□□□
ジンと来ませんか?
来ない。
あ、そう。
サリマは英語がほとんど話せません。
そのサリマが単語だけで「お月さま、霧」と答えるのです。
それに対する教育係の答えがふるっていますね。
英語の話せないサリマは英会話教室へ通います。
そこで出会う「ハリネズミ」がサユリ。
やはり日本から遠い異国の地であるオーストラリアに来て母語と外国語のはざまで苦悩してます。
ですから、この作品に通底するテーマは「言葉」です。
人間にとって言葉とは何か、それを獲得するとはどういうことなのかについて、考えさせられます。
一方で、芥川賞の選考で何人かの選考委員が指摘していましたが、私自身もこの作品に何か既視感のようなものを覚えました。
遠い異国の地で言葉や文化の壁に阻まれながらも前向きに生きる女性の物語。
即座に思い浮かびませんが、類型的な作品はかなりありそうです。
ちなみに山田詠美さんは、リー・ダニエルズ監督の映画「プレシャス」(原作はサファイア作「プッシュ」)、キャスリン・ストケット作「ザ・ヘルプ」を挙げています。
サリマの物語は最後に、ややお手軽なハッピーエンドになっていて、そこも若干気になりました。
でも、とても良い作品だと思います。
小説を読むことでしか得られない醍醐味も十分堪能できました。
ちなみに著者は20年にわたってオーストラリアに在住しているのだとか。
言葉の問題は、著者にとっても大きなテーマなのだということをうかがわせます。
次回作が楽しみです。 -
文やフレーズが頭の中でこねくりまわされるような感じ。まだるっこいが、それがかもしだす格調で頭の中がほろ酔い気分にもなる感じ。ああ文学ってこんな感じなのかな。いつもエンタメばかりなんで、たまにこういう文を読むと新鮮な気分になる。
オーストラリア移民の2人の女性。1人はアフリカからの難民。もう1人は向学心あふれる日本人。移民が受ける差別に心痛めながら、つらい事も経験しながら、それでもまっすぐに強く生きる女性の姿に力をもらえます。 -
読んでよかった・・・。本当によかったです・・・。
アフリカからの難民であった「サリマ」の物語に
こんなに強く心がゆすぶられるとは…。 -
つらいこと、かなしいことから目をそむけずに、「生きていくこと」をシャキンと伝えてくれた本だった。母国を離れて暮らす二人の女性の物語。彼女たちを奥深いところまで温かい眼差しで見つめ、ふたりの心の中に芽生えてくるいろんな想いや感情が力強く迫ってきて、読後感は長編小説上下巻を読み終えたような感動が、体中に広がっていった。
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はい、芥川賞候補作。ちくまの文芸書なんてほんとうに久々に読みました。
端的に言うと、デビュー作感がすごい。自分の全てをさらけ出して、なにもかもを吐き出して、めいっぱいなかんじ。私はそういうデビュー作のどうしようもなさ、ああこれを書かなかったらこのひと死んじゃってたのかな…、というような、そういう切羽詰まった感に、文学性みたいなものをとても感じるので、すきです。このひとのオーストラリアでの経験みたいなものとかが幅を利かせているんだけれども、主人公すら日本人ではないのだけれども、それなのに漂う日本の土着臭に驚く。根がしっかりと日本に張られている感じがしたけれども、それはこの人がしたくてしたものなのか、それともしたくなかったことなのか、なんなのかはよく分からない。後半の急に希望が出てくる感じがやや唐突かとおもった。もっと穏やかでなめらかで適切な小説なのかと読みながら思っていたら、急にがやがやし始めたかんじ。しかしまあ、ちょっと思うところもありますが、総体として興味深かったです。人物のバランスも見事だし。新しい小説を読むのも悪くないかなっておもう。こういうものって、時代の流れに押し流されて、後からだとどこに行ったか分からなくなるような気がするから。 -
力強い作品だ。過剰な装飾を排して、心の揺れ動きを正直に描く。自ら生きようとする意志を描く。そのストレートさに私は心打たれた。
自分の考えが「言葉」に囚われていることに気づいて、愕然とする時がある。心の声というやつは、慣れ親しんだ言葉(母語)ではないか。あれは必ずしも「本当の気持ち」と同じではない。むしろ自分以外の何かに服従している状態なのではないだろうか。だから心の声に従うと、往々にして上手くいかないものだ。
第二言語を習得しようとするうちに、サリマ(そしてサユリ)は、心の「本当の」声に気付く。母語と生きるだけでは気付けない「肉声」だ。本気で求めている人は強い。 -
英語という第2言語を習得するということを通して、母語というものを浮き彫りにする小説でした。
わたしたちにとって言葉とは何か、という命題が徐々に迫ってきて、言葉がないことの無力さと、言葉が持つ力に熱くなります。
「第1言語への絶対の信頼なしに、2番目の言葉を養うことはできません」とハリネズミは言うのだけど、第1言語を「母語」と呼ぶ信仰にも似た愛しさは、それに対する「絶対の信頼」だったんだなと腑に落ちました。
この、「絶対の信頼」という言葉にわたしは結構弱くて、確かに、第2言語を持たないわたしは、第1言語にして母語である日本語に、危ういまでに甘えきっている。
何を以てそこまで信じきっているのかという怖さと、そこまで愛着できる幸福を感じました。 -
ダイバーシティは孤独な戦いだ。その辛い現実を描くだけでなく、希望を描ききっている秀逸な作品だと思う。特に92頁から94頁の溢れる言葉に強く胸を打たれた。違うことを諦めない力強い宣言がそこにあった。