クールなスパイでぶっとばせ!

あまり前のめりになって読み進めることが出来なかった。今でもなお読むに耐え得るアクチュアルな作家を選んでいるところは流石芥川といったところだが、それでも「今」を生きる選者が編んだアンソロジーの方が数倍面白いと思ってしまうのはこちらの哀しい性/限界なのか。駄本というわけではないが、もう少し色気のあるアンソロジーの方が楽しめる。その意味では私は(解説でも指摘されているが)芥川にボルヘス的なものを感じる。ボルヘスも色気がなくて個人的にはそんなに前のめりになって読むことが出来ない作家なので……とまあ、複雑な読後感が

2019年2月7日

読書状況 読み終わった [2019年2月7日]
カテゴリ アンソロジー
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高橋源一郎や、あるいはもっと保坂和志が好きな読者ならまず間違いなくハマれる一冊。過剰な引用癖はまあご愛嬌といったところだけれど、一冊一冊の本を丁寧に読み解いていく姿勢は一読者として見習いたい。指が脱臼しそうになるほど分厚い本なのだけれど、こちらを引き摺りこむだけの力はある。それでいて暑苦しいところがない、良い意味で頑張っていない本だと思う。地味ながら良い仕事……それはこの著者が偏愛するエクス・リブリスの装丁にも似ている。ただ、保坂に甘過ぎるのはちょっとな……という気も。何気に毒を備えた書き手として期待する

2019年2月7日

読書状況 読み終わった [2019年2月7日]
カテゴリ エッセイ
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政治・政局の批判に向かうでもなく、自分の不幸を嘆くでもなく、淡々とその日その日が楽しかったことを書き綴る。傍から見ていれば悲惨な生活なのに、百鬼園先生からすればこれもまた一興といったような悠然とした佇まいの暮らしのように受け取れるのだ。戦時下にも確かに幸せを見い出せるだけの知性の持ち主がここに居た……改めて先生の凄味を思い知らされ、私も貧しい暮らしをしているけれど(先生と違って私はお酒は嗜まないけれど)この暮らし/人生を腹を括って受け容れようと思った次第だ。そう考えてみれば先生こそ「人生の教師」なのかも?

2019年2月5日

読書状況 読み終わった [2019年2月5日]
カテゴリ 国内文学

実に血腥い作品集だ。傑作選、というのとも違う。纏まりという点で言えば「バナナフィッシュ日和」「テディ」のようなスケッチや他愛もないミニマリズム、「笑い男」の病的な作り話ぶり、「エズメに捧ぐ」の退廃した世界などを概観すれば分かるように支離滅裂で、「九つの話」と表現するしかないことに気づかされる。この支離滅裂さがしかしサリンジャーの味なのだろう。基本的には大人と子ども、男と女の対比が「ストーリー」を浮き立たせており、何処に視点を置くかによって「恋愛小説」「シュール」「戦争文学」と違った味わいを抽出し得る。凄い

2019年2月5日

読書状況 読み終わった [2019年2月5日]
カテゴリ 海外文学

ゾラ、フローベール、サント=ブーヴ、モーパッサン……綺羅星の如く巨星たちが現れ、彼らの死が記録される。それは逆に言えば彼らがどう生きたかを記されるということであり、さながら日記というミニマルな形態に纏められた大河小説という趣をも感じさせる。荒川洋治のエッセイで触れられていたのを読みこの『ゴンクールの日記』を読んでみたくなったのだけれど、読んだ甲斐はあったと思った。日記にハズレはない。ゴンクール兄弟の小説まで読みたいとは思わないが、ここからあるいは荷風『断腸亭日乗』のような日記文学を漁るのも手かもしれないな

2019年2月5日

読書状況 読み終わった [2019年2月5日]
カテゴリ 海外文学
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短いエッセイが多数収録されており、サクサクと読める。この著者はこれくらいのショートコントめいた短文の方がイキイキしていて、向いているのではないかと思う(長めの文章は脱線が激しかったり息切れを起こしていたりするところが見受けられるので)。本を何冊読んだかカウントしない姿勢は、貧乏性なので自分の読書量をカウントしてしまう自分と真逆なので見習わなくてはと思った。日本のエンターテイメント方面の文学を沢山読んでいるからこそ書けるエッセイばかりであり、読みたくなる本も増えた。吉田修一『怒り』のあの場面を見逃さないとは

2019年2月5日

読書状況 読み終わった [2019年2月5日]
カテゴリ エッセイ

「恐怖」というより、強いて言えば「典雅」な趣きを感じる。この翻訳者の手掛けた仕事は初めて触れるのだが、流石にこなれた日本語となっており平明で読みやすい。悪く言えばそれだけ個性がないとも言えるのだけれど、私が他の「恐怖小説」を(例えば西崎憲のような訳者を通して)読めばこの印象も変わるのかもしれない。とまあ、腐すようなことを書いてしまったがもちろん駄本ではなく、プロフェッショナルな作家の仕事という手堅い印象を感じた。イギリスという古き良き時代からの伝統を持つ土地から生まれた「恐怖小説」を、もっと探索したく思う

2019年2月5日

読書状況 読み終わった [2019年2月5日]
カテゴリ アンソロジー

フローベールやサント=ブーヴなど、フランスの風俗を知っていれば楽しめる本。裏返せばそれだけこちらに教養がないと楽しめない本。とはいえ、日記なので(毎日つけられるわけではなく、飛び飛びなのだけれど)『断腸亭日乗』にも似た読み応えあり。今も昔も下ネタで笑いを取ろうという人は居たのだなとか、フローベールの天才性は頭抜けていたのだなとか、戦火を潜り抜けたゴンクール兄弟(上巻で弟は亡くなり、兄だけになるのだけれど)がなにを見てなにを体験したのかとかがつぶさに語られる。このノリ、かなり好み。下巻も楽しみに読むつもりだ

2019年2月1日

読書状況 読み終わった [2019年1月31日]
カテゴリ 海外文学
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なんとなく読み進めていたら、この本が去年出ていたことに気づき驚かされた。もっと古い本かと思っていた。良く言えばそれだけ本書で扱われている素材/テーマが普遍的であるということだろう。悪く言えばそれだけ題材の鮮度が落ちているということになるが、四方田自身この本をジャーナリスティックに書きたくない旨を記しているのでこの批判は的外れというもの。著者の勉強家ぶりに唸らされ、読みたい詩人が増えた。詩世界に触れる好個の切っ掛けを与えてくれる本として、もっと多くの人に読まれることを祈りたい。なかなか良い仕事だと思わされる

2019年1月31日

読書状況 読み終わった [2019年1月31日]
カテゴリ エッセイ

几帳面な三行詩が収められている。その内容は、ファシズムと共産主義の嵐が吹き荒れたイタリアを謳うものが大半で甘ったるいロマンスは全くと言っていいほど収められていない。パゾリーニに関しては不勉強なもので映画すら観たことがないのだけれど、イタリアの重要な文化人であることが分かり収穫だった。四方田犬彦による訳詩の功績は大きい。だが、もしこれを他の翻訳者が(四方田には申し訳ないが、もっとイタリア語を解する人物が)訳していたらどうなっただろうかというないものねだりも抱いてしまう。とはいえ、これはこれで偉業と言えるはず

2019年1月31日

読書状況 読み終わった [2019年1月31日]
カテゴリ 海外文学

妄想にますます磨きが掛かって、内田百閒を彷彿とさせる域に達していると思う。とはいえこの路線を続けるのはさしもの柴田元幸と言えども難しいらしく、妄想で読ませるパートは前半部だけであとはごくごくオーソドックスなエッセイが並んでいる。文章は流石に達者。何気ない日常からエッセイの種になりそうなことを切り取って、それを文章化させることが巧い。だから安定して読んでいられる。個人的には(いつも書いていることだが)もっとコアな英米文学の話を読みたいと思わされるのだが、そこは痛し痒しか。スチュアート・ダイベック、読まないと

2019年1月31日

読書状況 読み終わった [2019年1月30日]
カテゴリ エッセイ

ギリシャを舞台に展開される詩の世界は硬質で、こちらをたじろがせる。中井久夫という知性の塊が翻訳したからなのか、詩の内容は平たいながらなかなか重厚で読み応えあり。池澤夏樹はカヴァフィスを意識して詩を書いたというが、確かに池澤の詩とカヴァフィスは似ているなと思わされた。寡黙な詩人が漏らす禁欲的な呟きを書き留めた、という佇まいが似ているなと思ったのだ。これは是非池澤訳も読んでみたいと思った次第。甘ったるい恋愛詩ばかりではなく、喧しいアジテーションでもなく、上品に綴られたスケッチがここにあるな、といった印象を抱く

2019年1月28日

読書状況 読み終わった [2019年1月28日]
カテゴリ 海外文学
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まさに知性のぶつかり合い。話題は広い。スポーツや近親相姦、政治や日々の些細な出来事。しかしどんなトピックを扱っても彼らの手に掛かれば重要な問題となって、こちらを唸らせる思考の種となって迫り出してくるのだ。訳文がこなれていないように思われたのはまあ、柴田元幸が訳したオースターしか読んでいない(し、クッツェーに至っては全然読めていない)私の知的怠慢によるものだろう。なので即座にクッツェーを読みたくさせられた。あとはまあ、同世代(?)の男同士のホモ・ソーシャル/男臭さがどう女性ウケするのか気になったりもするけど

2019年1月27日

読書状況 読み終わった [2019年1月27日]
カテゴリ 海外文学
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藤沢周は耳が良いんだなと思った。本書はハードボイルド/硬質なタッチの文章と、新潟の訛りの入った言葉やその他の口語(つまり極めてジャンクな言葉)が入り乱れる。両者が溶け合うことで、一見すると素人臭いのだが実は極めて豊穣なカオスを生み出していることに気づかされるのだ。たまたま雪が降った日に読んだからか、著者が書く雪景色、温泉卵が出来上がる現場が生々しく感じられた。頭でっかちな作家には書けないリアリティがここにはある。切迫感、追い詰められた状況にある男の姿が悲哀を伴って語られる。J文学として葬り去るには惜しい!

2019年1月27日

読書状況 読み終わった [2019年1月27日]
カテゴリ 国内文学
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むろん吉野朔実が偉大な読書家であることは分かっていたつもりだったが、まさかここまでとは。ジャンルを跨いで様々な本を縦横無尽に読み解いていく。その手つきは鮮やかで、絵柄の繊細さも相俟って(しかしややこしくなり過ぎない形で)、独特の味わいを感じさせる。これほどの教養をベースにした彼女の漫画がどのようなものだったのか……映画評程度しか彼女の作品を読めていないのでここで私の無知が露呈してしまう。誠に恥ずかしい。彼女の作品を、しかし何処から読み始めたら良いものか。嬉しい悩みを抱えながら私もまた本の山に没入するつもり

2019年1月26日

読書状況 読み終わった [2019年1月26日]
カテゴリ エッセイ
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私もそれなりに「ハルキスト」なのだけれど、近年の村上春樹の作品は一度目を通しただけで投げ出してしまっていた。だが、ふたりの対談を読むと彼らが如何に細部に目を凝らし(悪く言えば、それだけマニアックに)読んでいるかという読みの強度に唸らされる。あまり感心しなかった『1Q84』を読み直してみようか……読者を選ぶ本だと思うが、コアな村上主義者は本書をスルーすることは出来ないだろう。蛇足だが、本書を読んで初めて村上春樹が中華料理を嫌いであることを知った。村上と近しい/親しい立場に居る人物だけが語れる対談がここにある

2019年1月26日

読書状況 読み終わった [2019年1月26日]
カテゴリ 国内文学
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親鸞の教えは難しい。いや、シンプルなのだ。誰にでも分かるように開かれている。だが、そのシンプルさを良く読み込んでいくと奥が深いように見受けられる。その奥の深さを四方田犬彦は、テクスト・クリティークの視点から読み解いてみせる。その手つきは鮮やかで、私自身読めていない『歎異抄』のようなテクストを読んでみたくさせられた。三木清・三國連太郎・吉本隆明を論じたところも読み応えあり。個人的にはしかし、何故か加藤周一を読んでみたくさせられてしまった。なかなか侮れない一冊だ。分厚さに見合った内容の濃さは格闘するに耐え得る

2019年1月26日

読書状況 読み終わった [2019年1月26日]

自由過ぎる。奔放過ぎる。エッセイストとしては相変わらずヘタウマな境地を歩んでいる。「巧くなって欲しくないな……」と心配して処女単行本を読んだのは杞憂だったようだ。この著者、相当にクレヴァーと踏んだ。ストリップやヴィジュアル系への偏執、自分自身を厳しく見つめる視線、そしてユーモア。それらは温もりのある、気取りのない筆さばきで綴られる。素材自体はさほど珍奇でもないが(いや、新井見枝香は相当ヘンテコリンな人物だが)、それを巧みに調理する術を身につけている。彼女が見る日常を、そして彼女がどんな本を読むかを知りたい

2019年1月25日

読書状況 読み終わった [2019年1月25日]
カテゴリ エッセイ

読み巧者としての筆が冴える一冊。純文学やエンターテイメント、時代小説からミステリまで著者が偏愛する短編をザッと見ることが出来る。新書故の内容のヌルさは気にならなくもないが、充実した内容で食わず嫌いだった作家を読みたくさせられた。もちろん既読の作家も読み直したくなったわけで、コスト・パフォーマンスの高い一冊であると言える。縮めて言えばお買い得。この一冊から様々な本に読書を繰り広げることが出来るだろう。湯川豊と出会ったのは今年の収穫だった。と同時に、自分の読書量の少なさを痛感させられることにもなったわけだけど

2019年1月25日

読書状況 読み終わった [2019年1月25日]
カテゴリ 国内文学

処女エッセイ集だというが、この段階で既に蜂飼耳は完成していたのかな、と失礼なことを考えてしまった。それくらいスキがなく巧いエッセイ集だ。逆に言えば達者過ぎるせいでこちらにしつこく余韻を残さないきらいがある(堀江敏幸にそのあたりでは似ていると思う)。本をこよなく愛する書き手が書いた、賢いエッセイ集だと思わされる。蜂飼耳の視点はあくまでミクロ/細部に向けられる。大上段に構えるところがなく、日常の些事や書かれた書物の一節を引いて色々と思考は巡らされる。このエッセイ集、そろそろ白水Uブックスにならないものだろうか

2019年1月24日

読書状況 読み終わった [2019年1月24日]
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久しぶりに読み返すと実に律儀な小説であることに気づかされる。病的なほどに痩せ細るフォッグと太り続けるバーバーの好対照。偶然に頼ったストーリー展開。そしてファザコンの人間関係の図式……ストーリーテリングの巧さは流石で、貧乏暮らしの生々しさもこちらがたじろいでしまうほどの迫力を備えている。自伝的な小説と読むことは早計なのだろうが、ここまで丁寧に青春を描かれるとポール・オースターの若き日の苦闘を読み取りたくさせられるのも無理がないことではないだろうか。二十数年ぶりの読書なのだが、幾分感動は薄れていたにせよ読めた

2019年1月23日

読書状況 読み終わった [2019年1月23日]
カテゴリ 海外文学

そう言えばこの著者の訳した作品を読めていないことに気づかされる。私自身の勉強不足を痛感させられる。アメリカ文学を中心にグローバルに(村上春樹も視野に入れて)文学を概観しようとする姿勢は生真面目そのもので、むろんややユーモアも交えてはいるのだけどそのギャグは滑っている。結果として読み物としては良く言えば真摯な英文学研究のドキュメントとなっており、悪く言えばもう少しコアに/冒険したものを読みたかったかなというところ。だが断じて駄本ではない。著者が訳する作家をもっと読み込み、ディープに奇想と戯れたいと思わされた

2019年1月23日

読書状況 読み終わった [2019年1月23日]

ノスタルジックなエッセイが多いと思った。少年時代に遡る話。奇想の冴えは相変わらずでこの点はもっと評価されても良いと思う。何気に知識を披露するあたりも凄味がある。マギー司郎のマジックの世界ですね。トボけた味わいを出しておきながら、いざという時に凄いトリックを披露するという。それは堂に入っているが、巻末の座談会(?)はギャグが滑っており悪い面が出たなという感も。馴れ合いを止めてもっとシビア/ハードなエッセイを書いて欲しいのだが、それは学術書になってしまうからダメなのだろうか。そのあたりが不幸な文筆家だと思った

2019年1月23日

読書状況 読み終わった [2019年1月23日]
カテゴリ エッセイ

著者の筆致の誠実さに惹かれる。悪く言えば「丸谷才一一派」の筆ではある。丸谷やその周辺に居る人々(池澤夏樹や辻原登あたり)を褒めちぎる。そのべったり感にあまり良い印象は抱かない。だが、それでも読書を愛する氏の良心はイヤミなところがなく、未読の小川洋子などを読んでみたくさせられた。むろん藤沢周平や大岡昇平、安岡章太郎も必読だろう。こうして読書の幅を広げてくれただけでも本書は大したものだと思う。新年早々思わぬ掘り出し物、といった感があった。この著者は読書のみならず、人生を知っている……生きる意味を知悉した人物だ

2019年1月21日

読書状況 読み終わった [2019年1月21日]
カテゴリ エッセイ
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