日本人の9割が知らない遺伝の真実 (SB新書) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • 遺伝と非共有環境によって人の成長は決まってしまうということが、一番印象に残った。ああ、もう決まっているんだなと思えた。そう考えると、子どもにどんなによい学習環境、運動環境をそろえたとしても、子ども自身の遺伝の影響が大きいのだから、あんまり意味はないという諦めというか、おおらかに考えられるようになった。
    中学受験をしているとか、私立にいったというお子さんがいる。そういうお話しを聞くと、我が子も何かした方が良いのかと焦る気持ちがあった。しかし、焦ることはないと思うようになった。

    研究は、双子の家庭を追うことによって実践されている。双子だから遺伝子はほぼ同じであり、育った家庭が同じであるため、共有環境は同じになる。そんな双子でも、異なる大学に入学することがある。そして、なんと収入はほとんど同じになったというのだ。偏差値でもなく、習い事でもなく、まさに収入までも遺伝子による影響が大きいのだ。

    また、人は年を取るごとに、遺伝の影響が大きく出てくるとわかっているそうだ。収入についても、年を取るごとに遺伝の影響がでてきているとのことだった。つまり、人間は年齢を重ねてさまざまな環境にさらされるうちに、遺伝的な素質が引き出されて、本来の自分自身になっていくようすが行動遺伝学からは示唆されるとのこと。

    努力すれば、工夫すれば、誰でもいい大学にいけるようになる。そういう信仰があるけれど、行動遺伝学の研究結果はそれを否定している。それは衝撃だけれど、知れたことはよかった。

    エピジェネティクスとは、遺伝子の変化。環境の変化によって引き起こされることがあるから、遺伝子も変化する可能性はある。

    大切なのは、子どもの中にある形質を見つけるように努力すること。お金をかけなくてもできることはたくさんあり、親にできるのは本来当たり前のことだけ。

    特に子どもに好きでもないことを、これは「やり抜く力」を育てるためだといって強制的にさせることは、危険ですらあるとのこと。

    家庭で生活リズムをつけることや、きちんとした食生活を送ることは大事。でも、それ以外のどんな友人に出会うか、どんな先生から何を学ぶかは、親は決められない。基本的なところを重視して、サポートしようと思った。

    そのほか、印象に残ったこと。
    ・才能には遺伝がかかわっていること、収入にも遺伝がかかわっていること、才能に気づき育てるには経験と教育が必要であること、しかしそれはいまの学校教育の中で必ずしもできるわけではないこと、それは知能や学力に遺伝の影響が大きいからだということ、学校は遺伝的な能力の個人差を顕在化させるところだということ、でもこの世の中は学力がすべてではないこと、学力とは異なる遺伝的才能を生かした人たちでこの世界は成り立っていること、才能のないところで努力してもムダだということ。
    ・世界はしばしば厳しくて理不尽だけれど、案外捨てたものではありません。その理由はたった二行で説明できます。
    ひとは幸福になるようにデザインされているわけではないけれど、現実には幸福を感じて生きている人もたくさんいる。それは遺伝的才能を生かす道がこの社会にひそんでいるから。
    ・環境の影響で一番大きいのは、「いま、ここで」。だから、私は学生たちにも常々、「過去の栄光に溺れるな、いまの不幸を嘆くな」といい聞かせている。
    ・「学校教育とは売春宿である」。人間には生きる上での三大欲求があると言われます。食欲、性欲、3つ目の欲は「知識欲」だと考えている。学校で感じるのも、知識に対する擬似的なエロスです。
    ・どんな遺伝子を持って生まれてくるか、そしてどんな環境に出会うかも、すべては「運」なのです。
    ・個人の努力を超えた問題に関しては、やはり社会保障の仕組みをつくって対応することが不可欠です。例えば、近年世界的に注目されるようになった「ベーシックインカム」のような制度は検討に値する。

  • この本は、教育に関する誤解を解く本だと思います。
    教育に関する最大の誤解は、
    「頑張れば、良い成績を取れて、良い仕事に恵まれ、良い人生を送れる」という誤解です。

    このロジックを否定するのは並大抵のことではありません。
    今の教育体系というか社会は、言語運用能力や数学的思考能力に長けている人に有利な社会です。
    それは、知能指数という指標がそれらの能力を測ることを前提に作られているからです。

    行動遺伝学の知見では、生まれつきに、それらの能力に差異が見られることを統計的に証明しています。
    言い換えるならば、どんなに努力しても、優劣がはっきりつくということです。

    よって「頑張れば、良い成績を取れて、良い仕事に恵まれ、良い人生を送れる」というロジックは、
    知能指数が先天的に高い人に圧倒的に有利ということです。
    それは、100メートルを早く走れる人とそうではない人と同じ理屈です。
    後者には、何の疑問も持たないのに、なぜ前者にも、疑問を持たないのでしょうか。
    単純にいうと、そう思ってもらった方が、社会システムが運営しやすいからです。
    運営側の都合ということになります。

    自分や他人を測るモノサシが複数あった方が、幸福に生きられる。
    今の教育に必要なことは、そのモノサシを増やすことにある。
    これが行動遺伝学が導き出した教育に関する提言です。
    しかし、学校教育を長期間受けると、そのモノサシが固定され、少なくなります。
    狭い価値観で自分を測り、他人を測るようになります。

    学校で頻発するイジメや最悪の形での生徒の自殺は、生物的特性の他に、
    やはり、「そういう価値観」が社会に蔓延しているからだと思います。
    狭い価値観と、息苦しい人間関係で、
    生きる意味を見いだせない若い子はたくさんいます。

    「自分が好きなこと」、「得意なことで生きていくこと」は、
    日本では、まずその価値観を否定されます。
    それを言っていいのは、強者だけです。
    「人生そんなに甘くないよ!」、「文句を言わず、働け!」と言われます。
    しかし、良い教育とは、そういう価値観を認められる人間になることでもあります。

    職業人生は、ますます長くなっています。
    今高校、大学生の方だったら卒業してから、
    50年近く働くことになるでしょう。
    その場合、自分があまり好きでないこと、得意でないこと、
    好きでもない場所で長期間働くことは、自分の人生にとって、
    何らプラスではなくなるでしょう。

    著者は、この本で、いろいろな教育提言を行っています。
    それは、著者が教育者であって、長年、学生を見てきて、現状の教育に絶望したんだとおもいます。
    しかし、自身が学ぶ学問で何とかしたいという思いから、この本を記したのだと思います。
    よほどの問題意識がないと、こういった、分野の研究はできません。

    行動遺伝学の論理は非常に強力で、ある見方では残酷に思えます。
    「やっぱり、生まれつき、人生って決まっているんだ!」という価値観が日本で、
    蔓延しています。そういった誤解を解くのに、
    この本は、非常に有益だと思います。

  • 行動遺伝学について、主に知能と遺伝の関係性について書かれた本である。著者は、心理学系の辞書やテキストも書いているような学者であり、内容は受け入れがたくとも十分信用に足るものである。大学で使用するようなテキストではなく、一般の読者層を対象としているので概ね読みやすく理解するのも難しくはないが、やはり専門的なところも記述されているので、特に数的処理が苦手な人には難しく感じられるだろう。
    知能については、「多重知能理論」と「一般知能理論」の二つの理論に大別される。本書は行動遺伝学のエビデンスから一般知能理論の立場をとっている。脳科学者の澤口俊之氏は多重知能理論の立場をとっているので、彼の主張とはまた違った視点で知能について知ることができる。ドッツカード等で有名なドーマン博士や、ドーマン博士の著作の中でも紹介されているスズキメソッドなどの、幼児の早期教育についての妥当性と信頼性に疑問を持ったら、是非本書を読むことをおすすめしたい。

    本書の構成であるが、まず知能とは何かから始まり、主に知能の遺伝率について述べ、家庭環境や教育環境の影響力、そしてあるべき教育や社会について述べまとめている。
    前半の遺伝率や環境の影響についての内容は、驚きつつも納得できてしまうようなもので、後半の教育や社会のあり方については今まで持ったことのないような視点での指摘に深く考えさせられた。特に、勉強をしなくてもよいというメッセージを出す仕組みがないという指摘には意表を突かれた。子供に、どうして勉強しなくてはいけないのかと尋ねられた時、勉強する行為を正当化するような理由を一生懸命探そうとはすれど、勉強をしなくてもよいとする理由はそもそも考えることすらしないだろう。勉強が遺伝的に不得手な場合、それは子供を追い詰めただ劣等感を抱かせるだけだろう。今の教育界ではそのような子らの逃げ場が全くない。残酷なようだが、遺伝的素質を受け入れた教育や社会作りは必要だ。努力という言葉を用いる人もいるだろうが、自己責任論は人より多くを持てるものの理屈であり、それ以外の人にとっては酷な理屈であることも肝に銘じておきたい。

著者プロフィール

慶應義塾大学文学部教授
主要著作・論文:『生まれが9割の世界をどう生きるか―遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋』(SBクリエイティブ,2022年),『なぜヒトは学ぶのか―教育を生物学的に考える』(講談社,2018年),『遺伝と環境の心理学―人間行動遺伝学入門』(培風館,2014年)など

「2023年 『教育の起源を探る 進化と文化の視点から』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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