こんにちは、ブクログ通信です。
芦沢央さんは、高校生だった2000年頃から文学賞などへの応募を始め、2012年に『罪の余白』で第3回「野性時代フロンティア文学賞」を受賞し、作家デビューを果たしました。10年以上もの期間、小説を書き続けた末のデビュー作は、選考委員からも「手札が多く読者を飽きさせない」と好評。優れた短編を多く著し、2021年には『汚れた手でそこを拭かない』で第164回「直木賞」候補にもなりました。
今回は、さらなる躍進が期待される芦沢さんの作品の中から、おすすめの5作品を紹介します。気になるものからぜひ手に取ってみてください。
『芦沢央(あしざわ よう)さんの経歴を見る』
1.芦沢央『許されようとは思いません』意表を突く結末に虜になる!
あらすじ
諒一は交際中の水絵との結婚を躊躇っていた。その原因は、すでに故人となった祖母の過去の罪である。余命わずかだったはずの曾祖父を殺害し、村から追放された祖母の存在が、水絵の迷惑になってしまうのでないか。そんなふうに思っていた頃、二人はある事情から、祖母の暮らしていた村を訪ねることになり——。(『許されようとは思いません』)人間の心に潜む闇を鮮やかに描き出した全5編のミステリー。
おすすめのポイント!
表題作の他に、『目撃者はいなかった』『ありがとう、ばあば』『絵の中の男』『姉のように』の4作品を収録した短編集です。できることならフタをして見ないようにしたい、人間の闇の部分が精緻な文章で書き起こされており、いわゆる「イヤミス」的な結末のものもあります。物語に引きこむ力も、鳥肌が立つような結末も、読書人を満足させてくれることでしょう。心に残る読後感から、短編でもヘビーな読書を楽しみたいという方にとてもおすすめです。
5話全て「そうきた?」の意外な結末。イヤミス要素強いんですがまた違った余韻も… どの話も先が気になって久々に一気見しました。その中でも1番はタイトルにもなっている最終話ですね。ホントこの表紙のとおり、彼岸花がよく合います。
2.芦沢央『貘の耳たぶ』読み始めたらもう、引き返せない
あらすじ
同じ日に、同じ産院で生まれた二人の男の子は、「取り違い」ならぬ、「取り替え」によって、あべこべの母親によって育てられた。故意に我が子を取り替えた繭子は、その発覚を恐れながらも、少しずつ取り替えた方の息子に愛情を覚えるようになる。もう一人の母親・郁絵も、それが本当は繭子の産んだ子どもとは知らず、愛情深く育てていた。そしてとうとうその日はやってくる。4年という月日が経過した二組の家族の未来は……。
おすすめのポイント!
映画『そして父になる』のように、子どもの取り違いを題材にした作品はこれまでにもありましたが、母親が自らの手で子どもを「取り替える」作品はあったでしょうか。二組の子の、母の、家族の苦しみが痛々しく、ページをめくるたびに心臓を掴まれるようです。悲しみや苦しみという言葉では追いつかないくらい、感情が揺さぶられる内容になっています。短編作品の多い芦沢さんですが、長編小説でどっぷりと芦沢作品の世界に浸りたいという方に読んでほしい作品です。
面白くて一気読みした。繭子の自分を犠牲にした母性もわかる気がしたし、郁恵の気持ちも痛いほど分かった。普段、育児にかかる手間を厭うていた気持ちを、正してもらえた気がした。
3.芦沢央『火のないところに煙は』現実か虚構か。戦慄のホラーミステリー
あらすじ
「神楽坂を舞台に怪談を書きませんか」という唐突な依頼を、私は断ろうとした。ホラーやオカルト作品などを書いたことがなかったからだ。しかし、「神楽坂」と「怪談」というキーワードには、実は思い当たる節があった。心に封印していた過去には、解けないままの謎や救えなかった友人、逃げ出した自分が、今もそのまま存在する。私は迷いながらもその悲劇に向き合い、小説にすることで、事件の解決や真実の解明になることを求めた。
おすすめのポイント!
主人公の「私」は暗に芦沢さん本人のこと事と思われ、現実に起こった事と空想の間を行ったり来たりするような書き方が、ホラー作品らしい不安定さを生み出しています。要所要所で不気味さがあり、結末ではさらにゾッとさせられるような展開。ホラー系の本を読みたい方に手に取ってほしい一冊です。それでいて、ミステリーが得意な芦沢さんらしく、伏線の張り方、回収も秀逸なため、ただのオカルト作品では終わらないのも魅力でしょう。「静岡書店大賞」小説部門受賞の他、各賞にノミネートされた野心作です。
読んでる間、指先が手汗でじっとりしてきて紙面が柔らかくふやけてしまう。けど読み進める手は止められない、そんな作品でした。面白くて一気読み!神楽坂が舞台な所もゾッとする雰囲気が出ていて良かった。これ、どこまでが本当ですか?
4.芦沢央『神の悪手』プロ棋士推薦!将棋をモチーフにした短編集
あらすじ
棋士の養成機関である奨励会では、日々苛烈な対局が繰り広げられていた。所属会員の一人、岩城啓一も棋士を目指していたが、奨励会には「26歳までにプロになれなければ退会」という決まりがある。年齢制限ギリギリの崖っぷちで臨むリーグ戦最終日の前夜、ある男が啓一を訪ねてきた。男は啓一に、ある戦略を持ちかけるが——。(『神の悪手』)将棋の世界を通して人生の機微を描いた5作の短編ミステリー。
おすすめのポイント!
プロ棋士には夢を諦める線引きとしての年齢制限がありますが、作家にはそれがなく、諦め方も分からなかったという芦沢さん。自分の過去と照らし合わせた時に、何か書けるのではないかと心が動いたそうです。本作を刊行した2021年には、第34期竜王戦の現地取材に入り特別観戦記を執筆するなど、深い関心を寄せておられます。また、将棋の世界を書くだけでなく、ミステリーとして昇華させた手腕はさすがとしか言いようがありません。プロ棋士の羽生善治さんも推薦しており、将棋界からも反響のある短編集となっています。
将棋のルールはわからないのだけれど、読んでいて深く胸に刺さるものがあった。きっと将棋のことを知っていれば、もっとその奥深さを味わえるのかなと思う。しかし芦沢先生はどうしてこうも人の深いところ、根底に流れているものを取り出し、表現するのが上手いのだろうかと感じる。短編集でありどれも素晴らしいのだが、私は特に「ミイラ」「恩返し」が好きだった。
5.芦沢央『悪いものが、来ませんように』再読不可避のヒューマンミステリー
あらすじ
助産院の事務員である紗英は、自身の不妊と夫の浮気に悩んでいた。一方、奈津子も育児に非協力的な夫に対する不満を抱え、育児の孤独感を感じていた。昔からの友人である二人は互いに支え合っていたが、その関係は次第に、あまりに強固なものになりすぎ、遂にはいびつさを現してゆく。そんな折、紗英の夫の他殺死体が発見された。「犯人」は逮捕され、紗英と奈津子の関係性は劇的な変化を遂げる。
おすすめのポイント!
デビュー作の次に刊行された本作は、芦沢さんの出世作とも言われています。本作に限らずですが、タイトルが秀逸で目を惹き、つい読んでみたくなります。イヤミス新女王などと称されること事もある芦沢さんですが、本人にそのつもりはなく、自分にとっての怖いものや問題意識と向き合って執筆されているそう。本作は、「違和感は感じたけど最後まで気付けなかった」という感想を持つ方も多く、緻密な仕掛けが沢山用意されています。夢中で一気読みしてから、二度読みまでも楽しめるミステリー作品になっています。
母娘の関係って本当に難しい。娘を持つ母として身につまされる話だった。自分の経験から母とはこうあるべきという考え方にはなりがちだと思う。だからこそ気をつけたい。
デビューから10年を迎え、さらに筆力を上げている気鋭の作家・芦沢央さん。綺麗事ではないからこそ心に残る芦沢作品を、この機会にぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。