彼方の友へ

著者 :
  • 実業之日本社
4.30
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感想 : 267
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  • Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784408537160

感想・レビュー・書評

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  • 「彼方の友」とは、雑誌「乙女の友」の愛読者たちである。
    雑誌を手にする「友」に届けるため、編集者・執筆者である主人公は奮闘する。

    この本を読んでいる間、私はずっと主人公・波津子の気持ちになっていた。
    波津子が、自分は高等小学校しか出ていないことで自信が持てなかったり、「ありが主ひつ、大すき」というひらがなだらけで書いているのを有賀本人に見られて恥ずかしい思いをしたり。
    自分が若い時の自信のなさや、恥ずかしい気持ちを思い出してしまい、波津子の気持ちが痛いほど分かった。
    自信を持てないというのは、つらいことだよ。何につけても道標がほしくなるんだ。
    だから、波津子が読者との会合のあとに反響をえたとき(おーいと呼びかけたら、あとから山彦ではない別の人の声でおーいと帰ってくる)、涙が出るほど嬉しかったなぁ。
    私の気持ちは波津子になりきってしまっていたので、有賀主筆のことは一番の憧れの人として思い描きました。
    まじめそうで紳士的な有賀主筆を「乙女目線」で見たとき、生々しい実際の男性ではなく、どこまでも理想的な、宝塚の男役トップスターさんを想像してしまいました。
    波津子に対しては、有賀は最後まで美しいままだったと思うのです。

    ラストは号泣でした。
    とくに、史絵里の最期と、有賀からの2文だけの恋文。
    一緒にあんみつ食べたかった〜!と言ってた可愛い乙女だった史絵里も、戦争で筆舌に尽くしがたい、つらい悲しみ、痛みをを味わったんだろうと、想像がついた。その落差に、胸を締め付けられ、悲しかった。
    波津子の人生で一番輝いていたときの思い出、あれほど一緒にはつらつと過ごした仲間たちと離れ離れになってしまった戦争とは…言葉がなかった。


    この本は、当時直木賞候補作になったそう。
    本を全て読み終えたあと、審査員たちの評も読んでみました。
    多くの審査員は、主人公の父のこと、有賀のその後、遠縁と名乗る辰彦のことなど、回収されていない伏線があることについて、良くない評価をしていたようでした。
    しかし、言論統制され、国によって思想が縛られていた時代。何もかも明らかになることはなかったのではないだろうか・・・この当時は、むしろ明らかにならない有耶無耶なことが自然だったのかも、なんて思うのです。
    間接的な嫌がらせによる警告、監視、行方不明になる人…。当時、珍しくないこととして処理されていたのでは。
    神のような俯瞰した視点が登場する物語であれば、それらが明らかにならないことにもやもやするが、この本にそういう視点はない。登場人物たちですらすべてを知ることはできないのに、私達読者がそれを知れない(お察しすることはできても)のは、自然なのかな、と。
    私は文学についてなにか勉強をしたわけでもなく、無学の、一人の読者なので、作品の文学的価値については正直言ってわからない。
    ただ、波津子の気持ちに共感できるか=乙女心をもって読めるかどうか、でこの作品の評価が分かれるのかな?と思った。
    そういう意味で、私の中にこれほどまでの乙女心とトキメキが残っていたなんて…と、思ったのでありました。

  • 『少女の友』をモデルにした『乙女の友』をめぐる小説。『少女の友』黄金期のコンビ、内山主筆と画家の中原淳一さんの関係になぞらえて、編集部と『乙女の友』の戦中から戦後が描かれます。出版は『少女の友』を出していた実業之日本社ですので、これはフィクションも入っているでしょうが、柔らかい誌史…当時の読者や現在の愛好者へ向けてのPRでもあると思います。

    主人公の佐倉ハツは、音楽の道に進むのを諦め、仕事を探す健気な少女。でも、どうも彼女の周囲の環境はきな臭く、学校へも進まなかった彼女は、やっと見つかった勤め先、憧れの『乙女の友』編集部でもみそっかすで…といった導入。冴えないハツが、どんな経緯を辿って、お給仕から使い走り、編集の補助から作家、主筆へと変転を経てゆくのかが、老女になったハツの記憶から綴られてゆきます。

    このお話、良いところは既に皆様がレビューしてらっしゃると思うのですが、私は、ハツこと佐倉波津子が、目のさめるような才媛ではなく、苦労して、貧乏にあえいで、時局の荒波にも揉まれる、ごく普通の女性であることが読みどころだと思っています。あまりにも不器用で、冴えなくて、いつもおどおどと、失敗も多い彼女は、正直華やかな『乙女の友』には、あまり似つかわしく見えません。頑張り屋でいい子なのに、あまりに雨に打たれた小さい雑草のお花みたいで、読んでいて、もういいよと気の毒になってきたりもします。

    彼女の知らないところで回る時局や戦争の影。男女や作家同士の軋轢などは、不気味な大きい手のようです。実際、そこから守られてもいたし、自身も素直で清らな女性であったから、いざって時の大活躍が出来、ひたむきに敬慕する有賀主筆の背をみつめてもゆけたのでしょう。まるで朝の連ドラのような引き込まれ方で、一日で臥せりながらも読んでしまいました。

    焼け跡で、画家の長谷川(中原さんがモデルでしょうね)と、もう一度雑誌を作ろうと誓う場面、こうなのだろうと解っていても、当時の焼け野原で、その意気はいかに尊かったことか、空襲の場面が凄まじく、哀切であるだけに、胸に響きます。

    こうして、本の感想が自由に書ける。好きなものは好きと言える。可愛いもの、愛らしいものはたくさんある…。愛しているひとには、愛を告げる自由がある。なんてすごいことでしょう。人間の明日は、わかりません。地震があったり大雨が降ったり、自然は猛威を奮っているし、事故にあえば人の命は儚い。病を得れば幸福も崩れるかもしれない。でも、少なくとも私達は、こんな自由を享受している。明日をも知れないということは、なくていられる。幸せで、すごいことだなと思いました。少女たちに最上のものを…。その志は、きっと多くの出版人にも受け継がれているでしょう。

    中原淳一さんの画業にしても、今も愛されていて…。フローラゲームのような紙の宝石以上に、私達の胸に、宝石のような煌めく夢や優しさを、残していると思います。強く、ひたむきに。ただの私の、野辺にある人生を大事にしてねと言われたような、そんなひとときでした。

  • 「少女の友」の中原淳一さんの絵はとても素敵だ大好き。
    クリアファイル、ポストカード、いろいろ持ってます。
    最初そういうこと知らずに読んでたのだけれど、
    「少女の友」がモデルになっていると知って納得。
    そして面白さ倍増。

    小学校しか出ていないハツの健気さと
    自信のなさがちょっとかわいそうになるくらいで、
    力になってあげたいと思ったけれど
    小間使いから編集者になって作家になってと
    ハツは「友」の希望になっていったのだと思うと、
    弱いだけでないのだなと思った。

    この物語は、戦争の波に飲み込まれる
    多くの人達の悲しさと強さを表し
    そして、言葉を大切にしていた時代の人達の
    それぞれの愛が籠っている。

    私には到底できない所業だけれど、
    桐島美蘭のように愛する人に迫ることができたからこそ、
    命が繋がったと言える。
    しかしながら、私の共感を得るのは、何といっても
    ハツの五線譜の暗号による告白と
    亡くなって70年たって届く有島からの恋文。
    それも、ハツにしか理解できないとなると
    これ以上のどストライクはないのです。
    あー、でも、この恋文も桐島美蘭が命をつないだから
    ハツのもとにとどいたんだよなぁ。。

    伊吹さん、素晴らしい。
    どうやって選ぶのかは知らないけれど
    私なら直木賞だよ。

    「この国の言葉はこよなく美しく、そして魂は宿ると言われている。言霊というんだ」
    この美しい言葉の魂ははきっと繋がっていくと信じたい。

    ★磯城島の、大和の国は言霊の助くる国ぞ ま幸(まさき)くありこそ 柿本人麻呂

    といううたもでてくるのですが、
    柿本人麻呂って、いろんなとこでちょくちょく顔だすよね。

  • 「友へ、最上のものを」。乙女の読者のために、雑誌を届けようとする、編集者、画家、作家たちの姿、そして仕事、恋、生き生きとしていた。眼に浮かぶようでとてもとても素敵でした。情熱は時を越える。最後の有賀からのメッセージを含め、最後の方は切なかったねえ。ま幸くありこそ。

    • ひとしさん
      ラブレター、良かったですよね!
      それより!孤狼の血3部作なんですか⁉️それは知りませんでしたσ(^_^;)
      絶対読まなければ!
      ラブレター、良かったですよね!
      それより!孤狼の血3部作なんですか⁉️それは知りませんでしたσ(^_^;)
      絶対読まなければ!
      2018/05/21
  • 老人施設のベッドでうつらうつらしているハツに届けられたのは、赤いリボンの結ばれた黒い箱。
    その箱を開くと…昭和の戦前・戦中・戦後を生きたハツの日々があふれていく。

    ハツが、貧しい中で無知であったり卑屈であったりしながらも、好きなものを大切にしながら、少しずつ成長していく姿が、等身大な感じで良いなと思う。
    女の子らしいお洒落とは縁遠い自分でも、心が浮き立つ少女に感情移入できたし、この時代の少女雑誌「乙女の友」を作る雑誌社で働く人々の生き生きとした姿に、とても引き込まれた。
    映画や、朝ドラになりそうな、楽しく、切なく、素敵な物語だと思います。

  • 「乙女の友」は昭和、戦中戦後を通して発行され続けた少女向けの雑誌。その出版社で、小間使いとして雇われた佐倉波津子。「乙女の友」を深く愛し、勉強を重ね、次第に有賀憲一郎主筆の信頼を得て行く。「フルーツポンチ大同盟」というユーモア小説が暗い時代に密かに少女たちの協賛を得る。戦争が激化するなか、ついに主筆になった波津子。過酷な時代に押しつぶされそうになりながらも読者である一人一人の「彼方の友」へ届けたい。そのともしびを消すまいと戦った人たちの物語。
    戦争がそれぞれの人生を捻じ曲げていくが、そのことが不思議な運命を呼び寄せる。ある時、卒寿となった波津子のもとに突然訪れたものは・・・。最後に運命の糸がほどけてゆく。
    吉屋信子の小説と中原淳一の挿絵で一世風靡した「少女の友」を彷彿とさせる物語。波津子の健気な様子や、登場人物のことば遣いもレトロな少女小説の雰囲気を漂わせます。あちこちに散りばめられた秘密。ロマンスも純愛と激情。秘密や別れや愛情を、ときにさりげなく漂わせる描き方に、心地よい感動を覚えました。最後の謎解きは、待ちきれずに一気に読みました。

  • 満点です。
    日本という国が今より若かった頃、国民は純粋な夢を持ち、普通の人にまだチャンスが残されている、、そういう時代を今のお年寄りは生きていたんだということを改めて知らされた本でした。不穏な空気が忍び寄る時代の中でも理想に向かって進む若者たち。その部分では読んでいて思わず笑顔になり、勇気づけられました。自分もこの物語の登場人物になりたかったと思いました。
    一方、戦時下の国家体制の卑劣さ、陰湿さにはいつものことながらうんざりでした。
    直木賞ではほとんどの選考委員から酷評されたようですが、気にすることはありません。保身的で頭の硬い選考委員は、自民党とは仲が良くとも我々読者からは遠い存在です。
    エンディングも感動的でした。良い本に出会うことができました。

  • 現在と過去の回想での展開。
    戦中であっても、少女に夢や希望を与えることに意義を感じ “乙女の友編集部” で健気に頑張るハツの姿に心打たれる。
    表題の『彼方の友へ』の言葉に、幾つもの意味を感じて優しい気持ちに包まれました。
    つながる思いに涙腺崩壊。
    感動で胸がいっぱいになりました。

    読後の余韻に浸った大満足の1冊。
    戦争、女性の社会進出、淡い恋心と色んな表情を見せてくれる作品♪

  • 戦前戦後の激動の時代を生き抜いた人たち。
    心に希望を、愛を、豊かさを、情熱を。

  • 少女たちの夢とあこがれ。
    うつくしいもの、かわいらしいものだけで作られた『乙女の友』。
    抒情的な挿絵、少女たちが心躍らせる付録など、読んでいてわくわくする。
    女性差別がいまよりひどかった時代。
    加えて、厳しい時局の中、誇りをもって、うつくしい雑誌を作り続けた波津子が、すがすがしかった。
    におわせながらはっきりとは回収されない闇の部分が気になるものの、何度もじーんときて、ひきこまれる物語。

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著者プロフィール

1969年三重県生まれ。中央大学法学部卒。出版社勤務を経て、2008年「風待ちのひと」(「夏の終わりのトラヴィアータ」改題)でポプラ社小説大賞・特別賞を受賞してデビュー。第二作『四十九日のレシピ』が大きな話題となり、テレビドラマ・映画化。『ミッドナイト・バス』が第27回山本周五郎賞、第151回直木三十五賞候補になる。このほかの作品に『なでし子物語』『Bar追分』『今はちょっと、ついてないだけ』『カンパニー』など。あたたかな眼差しと、映像がありありと浮かぶような描写力で多くのファンを持つ。

「2020年 『文庫 彼方の友へ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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