- ピエタ (ポプラ文庫)
- 大島真寿美
- ポプラ社 / 2015年1月2日発売
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やわらかで静かな友情。かといって甘いだけではなく、「信じる」ことに支えられた女性たちの毅然とした言葉や行動が少しずつ染み入ってくるような文章だった。
当時のベネツィアの景色や風習、演奏の様子なんかをもっと詳細に描いてほしかったなあという少しばかりの不満はあるけど、楽譜探しのストーリー自体もなかなか複雑で、読み応えのある作品だった。
オーディブルの評判がいいみたいだけど、確かに音で聞いたら気持ちよさそうだなと思う。
2025年2月4日
- 婚活マエストロ (文春e-book)
- 宮島未奈
- 文藝春秋 / 2024年10月25日発売
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婚活マエストロとはぶっとんだ設定だけど、実は正統派の恋物語だと思う。婚活って何だ、鏡原さんってすごい、と追っていたはずの健人が、あるところで改行されたら、完全に恋する男になっている。そういうふうにいつの間にか恋してることってあるね。
鏡原さんではないけど、実は読者には最初から2人の未来の匂いがしている。伏線というんじゃないけど、この小説、うまくしかけてある。
宮島未奈の作品でいつも関心するのは、地元のデパートとか、サイゼリヤとか、なか卯とか、身近にあるお店やブランドが当たり前に出てくること。実際にあるお店の名前なんかを取り入れてる小説で、わざとらしかったり鼻についたりするものが多いけど、この人の小説はそんなことがない。自分の立っている地面の先にこの物語があるという、体温みたいなものが感じられる。達者な作家だと思う。
2025年1月15日
- 自転車泥棒 (文春文庫)
- 呉明益
- 文藝春秋 / 2021年9月1日発売
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自転車がなくなったという静かな出だしからは想像もできないほど、大きな荒波に飲み込まれていった。自転車だけでなく、第二次世界大戦、ゾウたちの話、蝶の話…登場人物も多く、ついていくのが大変だった。私は、おたくと言えるほどの自転車のうんちくが一番おもしろかったかな。
様々なストーリーがからみあっているんだけど、物語のどこにも戦争の影が落ちている。台湾は特に、その影に濃淡があって、とても複雑だ。その複雑さと台湾を構成する人々のアイデンティティとが重なり合って、影の存在をより強く意識させられる。
どちらかというと苦手なタイプの文章なんだけど、ひきずられていった。そこかしこにイメージの描写があり、しかもそれが延々と続いて現実なのかイメージなのかがわからなくなる。でも、たぶん、現実なのだと思う。
2024年12月25日
自分は他の人と違う。それをどう信じるのか。他の人にどう信じてもらうのか。
身元のわからない谷口の捜索と、出自や家族の問題をつきつめる城戸の思索が複雑にからみあっている。谷口とは誰なのかというシンプルな謎解きからスタートしながら、次第に読み手を「自分とは」という問いにひきずりこむ。
なかなか読み応えがあった。
難を言えば、ちょこちょこ出てくる、わかる人はわかるでしょ?みたいなジャズのうんちくはあまり好きじゃない。それと、女性の見方(特に美涼)にはちょっとしらけた。結局、女をそういうふうに見るのね。
2024年12月13日
- 英語独習法 (岩波新書)
- 今井むつみ
- 岩波書店 / 2020年12月18日発売
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私の中国語の先生は「たくさんの文章に当たって、表現をためていく」と、英語の先生は「辞書で正確な語法を理解して、ネットワークを作っていく」という言い方をしていたが、結局この考えは本書でいう「スキーマの構築」である。
外国語を教える先生が経験的にわかっていることを、学術的に明らかにしているのだと思う。自分が教えられたことを補強してくれているようで、読んでいてうなずけることが多く、楽しかった。
実践編の例文は上級者向け。いずれ改めて取り組みたい。
2024年12月2日
夜の図書館とそこでの夜食というのは面白そうだなと思って読み始めた。確かに夜食はおいしそうでよかったんだけど、タイトルの割に小説のほんの添え物程度にしか描かれない。
メインは図書館で働く人の、特に過去のあれこれが1人ずつ明らかになっていくんだけど、それだけ。同じ図書館で働いて、お互いに関わっていくことでそのあれこれがどう変化したのか、しなかったのか、広がりや深みがなかった。
なんか、がっかりした。
2024年11月3日
- 赤と青のガウン オックスフォード留学記 (PHP文庫)
- 彬子女王
- PHP研究所 / 2024年4月3日発売
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評判通り、楽しいエッセイだった。当たり前だけどとても上品で、混じり気のない暮らしぶりを読み、すがすがしかった。
エピソードが秀逸。側衛というのは堅苦しい存在ではないのだということがわかってうれしいのと同時に、宮内庁はなかなかやっかいそうだな…ということもわかったりして。
大きな発見をされたりして、研究のレベルも超一流だ。彬子さま、展覧会を企画されたりしないかな。ぜひ見てみたい。
2024年10月29日
- 愉快なる地図 台湾・樺太・パリへ (中公文庫)
- 林芙美子
- 中央公論新社 / 2022年4月20日発売
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100年近く前の女性バックパッカー(トランクだけど)の旅行記。
戦争の影がつきまとうシベリア鉄道と国家とは何かが見える樺太が特におもしろかった。
ヨーロッパは今とあまり変わらないなあと思った。たぶん、フランスやイギリスはもうその頃には成熟しきった国だったからだろう。
林芙美子には感性の柔らかさと意志の強さが常に同居していて、どちらかに傾くことがない。それを自由というのだろうか。
2024年10月20日
- 板上に咲く MUNAKATA: Beyond Van Gogh (幻冬舎単行本)
- 原田マハ
- 幻冬舎 / 2024年3月6日発売
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直接棟方を描いたものであったら、肩に力が入り、歯を食いしばってしまいそう。妻のチヤを中心に描いたこの作品は、少し距離を置いて棟方を客観的に見られて、かえって棟方がくっきり浮き彫りになったと思う。
反面、棟方が成功を勝ち取るまでの苦悩や挫折が外からのものになってしまい、私ごととして感じられなかったけど、それはしかたないか。
津軽弁がしっとりとしてよかった。自分では使わないし、身近に話す人もいないのに、方言はしみこんで来る。日本人なのだなと思う。
『釈迦十大弟子』は以前見た展覧会でも圧巻だった。人の才華とはこの高みに到達できるものなのかと思った。その時のことを思い出せたのも嬉しかった。
2024年9月14日
- ソロモンの偽証 (第3部)
- 宮部みゆき
- 新潮社 / 2012年10月12日発売
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想像していたより、期待していたより緻密で迫力のある法廷だった。誰もが責を果たしたという印象。
第Ⅱ部までで子どもが子どもなりに持つ知性や勇気を描いているのだと思ったけど、第Ⅲ部まで読んで、全編を通して子どもたちを取り巻くどうすることもできない現実が冷酷に描かれていたことに気づいた。
いじめ、厭世観、親ガチャ、形骸化した教育機関、正義と嘯くマスメディア…そしてそれに対する言い訳も慰めも示されない。
それに立ち向かうのは子どもたち自身の知性と勇気なのだ。そして宮部みゆきはそれを信じているのだろう。
2024年8月31日
- ソロモンの偽証 (第2部)
- 宮部みゆき
- 新潮社 / 2012年9月21日発売
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ついに子どもたちが主役になった。
こんなに聡明で世の中のことがよくわかっている中学生なんているの、と毒づきたいと思いたいところではあるが、そうはどうしても思えない。年齢に関係なく、人には勇気と知性がある。少なくとも子どもにはその萌芽がある。
中学生を通してそれを描いているのだと、腑に落ちながら読んだ。先が楽しみ。
2024年8月22日
- ソロモンの偽証 (第1部)
- 宮部みゆき
- 新潮社 / 2012年8月24日発売
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ストーリーのおもしろさはもとより、人物の描写がすばらしい。
自分は普段は、大人の分別とずるさを持っている大人の仲間だし、それを肯定的に受け入れてもいる。親や先生や警察やTVのやること、言うことを読んで「しかたないよね」と思う側の人間だ。
しかし読みながら子どもたちの純粋さに圧倒された。どの子も(病んでいる子、悪いことをした子であっても)、不思議と純粋だと感じる。
社会のルール、いまの世界に対して純粋なのではなく、自分に対して純粋なのだ。それが若いということなのだと思う。
その純粋さを武器にして事件に立ち向かう。続きが楽しみだ。
2024年8月17日
- 言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか (中公新書)
- 今井むつみ
- 中央公論新社 / 2023年5月25日発売
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とてもおもしろかった。
私が最初に学んだのは記述言語学である。生成文法は少しやったけど、なんとなくしっくりこない、身体に浸透してこない感覚があった。そもそも英語を前提として話されているような感じがして、中国語学習者の私は反発に似た感情も持っていた。
その後は言語学プロパーになることはなく離れてしまったが、新しい視点として認知言語学が生まれてきていることくらいは知っていた。
この本は認知から言語の本質を探り、言語の身体化(「記号接地問題」)について考察する。非常に説得力があり、緻密に、丁寧に実験を重ねて展開される論に敬意を感じた。
今井むつみ氏には多くの著作があるので、また読んでみたいと思っている。
2024年7月9日
- 成瀬は信じた道をいく 「成瀬」シリーズ
- 宮島未奈
- 新潮社 / 2024年1月24日発売
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前作で、成瀬は周りの人に支えられて自分の信念を貫けることを幸せに思っているんだなと感じたけど、今作では成瀬の周りにいる人は成瀬がいることで幸せになっているなあと感じた。
突拍子もない成瀬の行動が痛快ではあるけど、それによってみんなが幸せになっているのがこの作品の魅力なのだと思う。
それにしても成瀬のおとうさん、娘にデレデレすぎ笑。
2024年7月5日
葬儀社という舞台はおもしろかったし、各章の主人公が死とどう向き合い、次への一歩をどう踏み出すか、しみじみと描かれてたと思う。
それだけに、最後にキーパーソン2人が死に対する恐怖症でした、っていうオチはびっくり。病気じゃ乗り越えられるわけないじゃん。死を乗り越える話じゃなかったの。
あと、それ以外のエピソードや人物設定もいいとは思えなかった。社会的ジェンダー、既婚未婚、収入や地位によって人を評価する価値観を持つ人が設定され、対立からの突然の理解、みたいなストーリーが続く。最後には主人公の葛藤の論点がいつの間にか変わってて、都合がいいなと思う章もある。
いい部分とダメな部分が混在していて、評価しにくい本。この作家をまた読みたいかと言われると、もしこんな感じなら、とりあえずはもういいかな。
2024年6月30日
- 始まりの木 (小学館文庫)
- 夏川草介
- 小学館 / 2023年8月4日発売
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小説だけど学術的。日本は無宗教と言われるけど、実際には多神教だと思う。だから仏教行事も神道行事もキリスト教行事も同時に暮らしの中に存在できる。とはいえ、それが信仰ではなく、消費の対象になっているとは思う。
この本は、信仰でなくていいのだと言っていて、それはとても新鮮だった。信仰でなくていい、でもなくなってはいけないと。
こういうことが強く印象に残ったのだが、登場人物のあれこれは面白いとは思わなかった。教授はここまで言動がイヤな人物だとちょっとしらけるし、千佳はまだ学者として未熟とはいえ、傍観者でありすぎる。
小説的じゃないと思ったのはそういうわけだけど、でも本としては面白かった。
2024年5月27日
遠田に色気がある。というのが適切な表現かわからないけど、最初から最後までずっと感じていた感想がこれ。
遠田と力の友情?も、ミッキーとの友情?もあったかくて、こっちまで嬉しくなる。この小説はこの人間関係が何よりいい。
それに対して、書については書く様子も、書き上がった作品もあんまりピンとこなかった。書を言葉で表現するのは難しいなと思う。
2024年5月20日
- 語学の天才まで1億光年(集英社インターナショナル)
- 高野秀行
- 集英社 / 2022年9月5日発売
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新しく学ぶ外国語の分析に舌を巻いた。言語をこんなに的確に見ることができるなんて、本人の評価はどうあれ、天才だと思う。
私は言語そのものが好きで勉強したいタイプだし、あれこれと手を出したくないタイプなので正反対なんだけど、学ぶ過程や手段はうなずけるものばかりだった。
エピソードとしてはやっぱりアフリカ篇が一番おもしろかったかなあ。若くて無鉄砲ってそれだけでおもしろいストーリーになる。
2024年5月20日
怖いもの見たさというのか、ずっと胸に何かが詰まって吐き出したい、本を閉じたい気持ちにかられ続け、でも最後まで一気に読んだ。当分、黄色いものは見たくない。
終始花はしっかり者で、冷静に考え、適切な答えを出して周囲のためになることをしているように見えたけれど、すべてが終わってみると周囲のほうが皆まともで、花だけがおかしかったのだという気がする。
映水さん「どこでやめればよかったんだろうな」。黄美子さん「自分で自分に聞くのをやめればいいじゃんか」。蘭「ねえ、もうやめた方がいいと思うんだけど」。みんな、やめることができる、やめなきゃならないということをわかっている。わかっていないのは花だけだ。
貧乏だとか、親ガチャにはずれたとか、知的に問題があるとか、運が悪いとかが問題じゃなく、行ってはいけない世界に行かない、もし行ってしまったら戻って来なければならないことがわかっているのか、わかっていないのかの問題なのだ。
それにしても、焼けたアスファルトの上のかげろうのような物語の中で、金だけは揺るぎなかった。
2024年5月15日
- 成瀬は天下を取りにいく 「成瀬」シリーズ
- 宮島未奈
- 新潮社 / 2023年3月17日発売
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明るくて楽しい小説だった。
成瀬はエキセントリックで自分の道を自分だけで突き進んでいるようだけど、実は周りの人に支えられて大切にされている。だから突飛な行動もできる。
それに気づく成瀬も偉い。
2024年4月21日
妻をなくし、海上保安庁で仕事に生きてきた男性が退職後、姪とその夫のサポートを受けながら終活にいそしむという話。
暗いといえば暗いテーマかもしれないし、今風といえばいかにも今風のテーマ。人生100年時代、終活というのは死の準備ではなく、これまでになく長い老後をいかに生きるかを考える活動なのだと思う。
デビット・ゾペティの小説はなぜか透明感があって、だからといって絵空事ではなく、登場人物がいい人ばっかりという嫌いはあるけど、読んでいてなぜか静かになれる。
2024年2月9日
- 名画と読むイエス・キリストの物語 (文春文庫)
- 中野京子
- 文藝春秋 / 2016年12月1日発売
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元々宗教には興味があったんだけど、絵を見るようになって宗教画について知りたくなった。これはイエスが誰と何しているところ、という解説を読んでもピンとこないので、ざっくり聖書を勉強しようと思い、あれこれ手を出しては挫折し、たどりついたのがこれ。
何しろ絵を見るためのイエスの物語なので、私のニーズにどんぴしゃだったし、中野先生のムダのない語り口がとても気持ちいい。
先生自身が書いておられるように絵を理解するための手助けなので、批判はあるかもしれないけど、入口としてはとてもいい本だと思う。
2024年1月16日
- 劒岳 新装版 点の記 (文春文庫)
- 新田次郎
- 文藝春秋 / 2006年1月11日発売
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私は登山に興味はない。むしろ、なぜ好き好んで山に登る人がいるのかと思う方だ。なので、この本を読み始めたのは、単なる偶然である。でも、読み終わってみると、とても面白かった。
1番良かったのは柴崎測量官たちの剣岳初登頂の際に、ライバルだった山岳会から送られた電報。山の厳しさの中に、温かいものが急に流れ込んだような気がして、とても好きなエピソードだ。
文体がとても好みだった。登頂の瞬間でさえ、変に盛り上げようとせず、淡々と事実を述べていく。その潔さがあっけないほどで、でも、ひたひたと心の中に入り込んでくるような感覚があった。
柴崎測量官たちは好きで山に登っているわけではなく、仕事で登っていたわけだ。その意味では、山の本と言うよりは、仕事の本である。人にとって仕事とは、単に食べるためだけのものではないのだと思った。
あと、三角測量についていろいろなことがわかって、それもとても面白かった。私はこういうニッチな専門技術を知るのが、割と好きな方なのだと思う。
2024年1月9日
- 電球交換士の憂鬱 (徳間文庫)
- 吉田篤弘
- 徳間書店 / 2018年8月2日発売
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タイトルを見ておもしろそうだなと思って読んでみたけど、私の不得意なファンタジーだった。
電球とか活版とか出てくるアイテムや街の描写はなつかしくてほのぼのしていて好きなんだけど、どうもこういう小説は苦手。
2023年12月21日