妻をなくし、海上保安庁で仕事に生きてきた男性が退職後、姪とその夫のサポートを受けながら終活にいそしむという話。
暗いといえば暗いテーマかもしれないし、今風といえばいかにも今風のテーマ。人生100年時代、終活というのは死の準備ではなく、これまでになく長い老後をいかに生きるかを考える活動なのだと思う。
デビット・ゾペティの小説はなぜか透明感があって、だからといって絵空事ではなく、登場人物がいい人ばっかりという嫌いはあるけど、読んでいてなぜか静かになれる。

2024年2月9日

読書状況 読み終わった [2024年2月9日]
カテゴリ 正統派

元々宗教には興味があったんだけど、絵を見るようになって宗教画について知りたくなった。これはイエスが誰と何しているところ、という解説を読んでもピンとこないので、ざっくり聖書を勉強しようと思い、あれこれ手を出しては挫折し、たどりついたのがこれ。
何しろ絵を見るためのイエスの物語なので、私のニーズにどんぴしゃだったし、中野先生のムダのない語り口がとても気持ちいい。
先生自身が書いておられるように絵を理解するための手助けなので、批判はあるかもしれないけど、入口としてはとてもいい本だと思う。

2024年1月16日

読書状況 読み終わった [2024年1月15日]
カテゴリ まじめに学ぶ

私は登山に興味はない。むしろ、なぜ好き好んで山に登る人がいるのかと思う方だ。なので、この本を読み始めたのは、単なる偶然である。でも、読み終わってみると、とても面白かった。
1番良かったのは柴崎測量官たちの剣岳初登頂の際に、ライバルだった山岳会から送られた電報。山の厳しさの中に、温かいものが急に流れ込んだような気がして、とても好きなエピソードだ。
文体がとても好みだった。登頂の瞬間でさえ、変に盛り上げようとせず、淡々と事実を述べていく。その潔さがあっけないほどで、でも、ひたひたと心の中に入り込んでくるような感覚があった。
柴崎測量官たちは好きで山に登っているわけではなく、仕事で登っていたわけだ。その意味では、山の本と言うよりは、仕事の本である。人にとって仕事とは、単に食べるためだけのものではないのだと思った。
あと、三角測量についていろいろなことがわかって、それもとても面白かった。私はこういうニッチな専門技術を知るのが、割と好きな方なのだと思う。

2024年1月9日

読書状況 読み終わった [2024年1月9日]
カテゴリ 正統派

タイトルを見ておもしろそうだなと思って読んでみたけど、私の不得意なファンタジーだった。
電球とか活版とか出てくるアイテムや街の描写はなつかしくてほのぼのしていて好きなんだけど、どうもこういう小説は苦手。

2023年12月21日

読書状況 読み終わった [2023年12月21日]
カテゴリ のんびりと

時代”経済”小説。
前半は藩札というテーマがおもしろくてどんどん読み進めていったけど、正直、人物はいかにも時代小説に期待される人物像という感じで、言動によってその人が見えてくるようには思えなかった。なんかみんな抑制が効きすぎている。
キャラクターでというより、設定やストーリーで読ませる小説なんだけど、これでキャラ描写が凝っていたら、経済の部分が色あせるのかもしれない。

2023年11月2日

読書状況 読み終わった [2023年11月2日]
カテゴリ まじめに学ぶ

以前読んだときには「こんなに勉強するなんてすごい」と驚き、だらだらとしか勉強していない自分はダメだなあと思ったものだ。
何年もたち、私も曲がりなりにも通訳者翻訳者として仕事をしている。今読んで思うのは、勉強のプロセスは人それぞれだということ。だらだらでもプロになれました。
通訳の仕事に関しては、筆者は時代に当たったなとうらやましい部分もあるけど、じゃあ自分も同じ時代に通訳者になってたら、同じように仕事ができたかといえば、たぶんNOだ。通訳は好きな仕事だったけど、あまりにもエネルギーを取られすぎる。
もう1つしみじみ思うのは、長澤さんが中国語を単なるツールとしてではなく、文化として相対していること。私も言葉を勉強したら、根底にある文化に触れるものだという古いタイプの人間なので、しゃべれればもう終わりという最近の学び方には違和感がある。
とはいえ、自分も中国の文化や文学にじっくり向き合えているわけではない。これはずっと課題だと思っているんだけど。
再読してよかった。中国語学習者に寄り添う本ってなかなかないので、またいつか読むと思う。

2023年8月28日

読書状況 読み終わった [2023年8月13日]
カテゴリ のんびりと

『悪童日記』『ふたりの証拠』と読み進めてきて、何らかの種明かしがあるんじゃないかと思うと、さにあらず。
もしかしたら、話のつじつまが合っているという意味では、最初の『悪童日記』が一番つじつまが合っていたのかもしれない。かといって、この三部作、とくにこの『第三の嘘』が支離滅裂というわけではない。
結局のところ、この三部作は兄弟、両親、ふるさと、母語、愛した人といった何よりも離れがたい人やものからひきちぎられるように離れざるを得なかった痛みを書き続けているのだと思う。
最後に強く残ったのは、生きることは、どうしようもなく、別れることなのだということだった。

2023年5月18日

読書状況 読み終わった [2023年5月18日]
カテゴリ 正統派

『悪童日記』の続編。別れ別れになった双子の一方のその後。
戦争と退廃の街、想像を超えるようなエピソードが続く。いくつかの死と殺人があるが、その理由は語られず、少年は常に淡々としている。
強い、と思う。強いというのは大声で主張することでもなく、光をまとおうとすることでもない。強い人は静かだ。
とても印象に残ったシーンを書き出しておこう。
『リュカは見つめる。女と男が、肩を寄せ合い、目を閉じて、秋の朝の湿った冷気の中、忘れられた小さな町の全き静寂の中にいる光景を――。』

2023年5月3日

読書状況 読み終わった [2023年5月3日]
カテゴリ 正統派

私にとっては読みやすい文章ではなかった。でも読み終えたのは、ときどき垣間見える川嶋さんの心の動きがおもしろかったから。
川嶋さんは感情の起伏がなくて、喜怒哀楽すべてが薄い。描かれているのは薄い感情の起伏のわずかな凸凹の影の部分だったり、わずかな心のヒダの奥の部分だったり。
時々、自分にも同じ感情があるんじゃないかと思わされて、ヒヤッとすることがあって、その後で苦笑いした。

2023年1月30日

読書状況 読み終わった [2023年1月29日]
カテゴリ 中国を学ぶ

大好きな三浦しをんのお仕事小説。今回は学生なので、お仕事といっていいのかわからないけど。
好きな理由は、登場人物の描写がうまくて、どんな人なのか目に浮かぶような感じがするから。読んでいて、本村さんも藤丸くんもかわいくてしかたなかった。
誰も彼も、自分の仕事、自分のやるべきことにまっすぐ向き合っているのもいい。時には迷ったり、立ち止まったりはしているけど、それもまっすぐ向き合っているからこそ。
人って、一生の間にそんなにたくさんのことはできないし、一つのことをある程度徹底的にやらないと何も見えてこない。その意味で、人生の時間を有意義に過ごしているように感じられた。

2023年1月21日

読書状況 読み終わった [2023年1月19日]
カテゴリ 正統派

警察ではなく、建築士の話。相変わらず伏線が複雑で、ぐいぐい引っ張られるんだけど、読み終わってなぜか爽快感がない。
建築士という世界が遠くて共感が湧かないのかもしれないし、謎解きと建築士の世界の両方を欲張っちゃったからかもしれないし、謎の設定に(今の時代)無理があるような気がするからかもしれない。

2022年11月4日

読書状況 読み終わった [2022年11月3日]
カテゴリ 正統派

話題なので読んでみた。
13歳からの、なので地政学の知識としてはほんの入口。とはいえ、わかりやすくまとまってると思う。アメリカや中国とアフリカが同じ厚さで語られるのがよかった。
それから意外にも、まだ子どもと言える2人が少しずつ目を開き、心を開いていく様子がなんだかとても好ましかった。若いというのはこういうことなんだな。
私にとっては、地政学の本というより、若い希望に満ちた姿を味わう本でした。

2022年8月23日

読書状況 読み終わった [2022年8月20日]
カテゴリ のんびりと

札幌が舞台。以前住んでいたので、「あーあそこか…」とわかる場面があって、楽しかった。とはいえ、それはおまけの部分。
正直、最初は読みにくかった。事件が起こり、異動になったところで時系列や事件の前後関係がわからなくなり、いらいらさせられた。だんだんつながっては来たけど。
人物像は描き込みが足りない気がする。瀧本と奈良と浅野の区別がつかなくなるというか、顔が見えないというか。主人公もあまり魅力的ではない。不思議なことに、女性が描く女性の主人公って、アンドロイドみたいな感じがすることがある。
ただ事件自体は面白かった。犯人は意外な人物ではないのに、意外性があった。

2022年8月10日

読書状況 読み終わった [2022年8月9日]
カテゴリ 正統派

夫が亡くなった後の日々のエッセイ。最初はあまりにも淡々としていて、読み進める原動力みたいなものがなくて、なかなか進まなかったが、読んでいくうちに、(変な表現だが)薄紙を剥がすように痛みが出てきて、つらくてたまらなくなってきた。そして、不思議なことに、そのつらさが先を読みたい原動力になった。
いつかは私も同じ境遇になるのか。あるいは、夫に同じ気持ちを味わわせるのか。だんだん現実味を帯びてきている。だからよけいに痛いのだろう。

2022年8月10日

読書状況 読み終わった [2022年8月1日]
カテゴリ 正統派

詩人・徐志摩の最初の夫人・張幼儀の半生を、その弟の孫である張邦梅が聞き取る、という形式。
最初はさほど興味も持たずに読み始めたが、結局最後まで読んでしまった。とはいえ、面白かったかと言うと、答えに困る感じだ。
徐志摩と張幼儀は中国で初めて西洋式の離婚をした夫婦である。つまり、何かの理由で夫が妻に三行半をつきつけるという従来の離婚ではなく、双方の合意によってということだ。
張幼儀の話は抑制が効いていて、できるだけ客観的に話そうとしている。でも最初から最後まで、自分から見た徐志摩との関係をしゃべっているだけなので、読んでいてうんざりするところがある。男と女の話は一方だけから聞くのは眉唾だ。面白かったと言えないのはこういう理由。
それを除くと、(少なくともこの本を読む限りは)張幼儀は子どもを育て上げ、離婚した徐志摩の両親に最後まで頼られ、経済的にも事業を成功させた女丈夫。きっと気丈で頭がよく、責任感が強いのだろう。それこそが徐志摩が張幼儀を好きになれなかった理由のような気がする。
「小脚と西服」というタイトルは、実際には纏足はしていなかったものの、纏足しているのと同じくらい旧式観念をもった張幼儀と、早くから海外留学し、西洋の価値観を身につけた徐志摩を象徴しているように(最初のうちは)見える。でも最終的には張幼儀の方が現代的な自立した女性となり、徐志摩の方は昔の読書人というか「纨绔子弟」のままで終わった。そうするとこのタイトルはかなりの皮肉である。

2022年5月19日

読書状況 読み終わった [2022年5月19日]
カテゴリ 正統派

最初はかなり読みにくかった。でもだんだん引き込まれていって、最後はどんどん読んでしまった。
目をおおいたくなるような「悪」をパリパリに乾いた文で描く。こんな本は読んだことない。
双子なんだけど、2人が同じことをしているから、1人で行動しているように感じる。でも最後に2人は別れ別れになった。次作でどうなっていくのか、読んでみたい。

2022年5月4日

読書状況 読み終わった [2022年5月3日]
カテゴリ 正統派

新書って、複雑でよく知らないことを単純化して理解するときによく読むんだけど、この本は「ものごとを単純化してはいけない」と教えるもの。
単純化したい人たちにアーレントは誤解され続けている。それをやりたい人たちにあるのは、「複数化」によって難しくなり、わからなくなることへの恐怖かもしれない。「知」は人間の手に余るものになってしまったのか。

2022年3月4日

読書状況 読み終わった [2022年3月4日]
カテゴリ まじめに学ぶ

本当に本格的な時代小説。藤沢周平、池波正太郎の系統に続く作家だと思う。
一貫してゆったりとした時間が流れ、その中から人物の心理がくっきりと浮かび上がってくる。ふだん聞かなくなった言葉遣いが、さりげなく使われていて、格調高い。
いい脇役の出る小説はそれだけで評価できるんだけど、この作品もそうだ。弦之助、半次、余吾平。いなくてはこの小説は成り立たないと思わせる脇役たち。
読んで充実感のある本だった。世の中にあふれている本からこういう作品を見つけられると、よくやった自分、と言いたくなる。

2022年1月26日

読書状況 読み終わった [2022年1月25日]
カテゴリ 正統派

日本と中国のように「近い」文化であっても、その間にいると揺れ動くような、どちらの文化にいるかによって人が変わるような、そんな感覚がある。
まして、日本とイタリアのように「まったく違う」文化であれば、その振れ幅は大きいと感じさせるものだった。
日本のネガティブな面もポジティブな面も描いていて、偏らない人だなと感じたが、同時に「もうこの人は日本人じゃないな」とも思った。だからといってイタリア人でもないんだけど。
手作りトレーディングカード、どこにでもいるお母さんという感じがして好きなエピソード。

2021年12月28日

読書状況 読み終わった [2021年12月27日]
カテゴリ のんびりと

ドラマを見て楽しそうで、原作も。ドラマがよくできてるのか、そもそも2人のキャラなのか、雰囲気そのままで楽しかった。
驚いたのは、エリコさんの小説。ものすごくうまくて、わくわくしながら読み進めた。才能のある人なんだなあ。

2021年12月27日

読書状況 読み終わった [2021年12月26日]
カテゴリ のんびりと

考えてみれば、漢字をタイプするのは簡単な作業ではない。和文タイプの存在を知っていたので、中国語タイプも同じようにあると思っていたが、ひらがな・カタカナ・常用漢字と、日常的に使う文字がある程度絞られている日本語と比べ、中国語は事情がまったく違う。
中国語(漢字)にはそれを並べる基準がない、という指摘には虚を突かれた気がした。当然漢字にも「音」はあるわけだが、その音を表す文字がない。音節の研究はされていたのだから、反切とか考えるより、何か音を表す文字を考えた方が早かったんじゃないのかとさえ思う。そう思うと、五十音は素晴らしい。(これについては、馬渕和夫『五十音図の話』大修館書店(1993)が参考になる。)
漢字をそのままタイプするか、部品に分けるかの葛藤部分はあまり面白いと思えなかった。清書という目的があるのであれば、部品を組み合わせて作る漢字の不格好さは話にならない。漢字の数の膨大さを前にすれば、省力化を考えるのは当然なのだが。あと、もうちょっと技術的な説明がほしかった。資料の限界があるのかもしれないが、結局どういうシステムのタイプライターなのかがイメージしにくい。
現代に入り、最終的に中国語タイプライターには日本が大きく関わった。現代中国にとって、どこを見ても日本の影響のないところはないのかもしれない。
このへんからの話が私にとっては面白かった。特に最後の方で、タイピストたちが活字の配列を工夫するあたり。和文タイプがまだ現役だった頃、すり減った活字を取り替える業者がいて、一番よく減る活字はひらがなの「の」だと聞いたことがある。シャーロック・ホームズの『踊る人形』では一番多く出てくる人形は「e」だと推理する。英語で一番使う字だからだ。中国語タイプではどうだったんだろう。こういう職人ならではの裏話みたいなのが好きなので、中国語タイピストが工夫して活字を並べ替えるところは面白く読んだ。結局、道具は使う人にとって使いやすくすることで成長し、変化していくのだ。
それから、そこに定番化した共産党のレトリックが関わっているというところ、ちょっとにやり。共産党のレトリックが定番化しているのは、今も同じ。
思いもかけなかったテーマを緻密に調べて書き上げている。ただ、文がいちいちまわりくどい。この人の論述のくせなのか、アメリカ人の文の特徴なのか、訳文のせいなのかはわからない。内容はすごく面白かったが、読みやすいとは思えなかった。

2021年12月25日

読書状況 読み終わった [2021年12月24日]
カテゴリ 中国を学ぶ

ティムと織絵の物語とルソーの物語が入れ子になっているんだけど、単なる「劇中劇」という構造じゃない。ルソーの物語がなければこの小説は成り立たないし、かといってルソーの物語だけでは単純すぎて面白くもなんともない。メインはたぶんルソーの物語なんだけど、二人が解かなければならない謎がからまっている。これだけの構成を作り上げるのはすごい力量だなと思う。
とはいえ、ルソーの絵はあんまり好きじゃないので(葉っぱだけはすごいと思う)、二人がこんなに肩入れするのとか、ヤドヴィガがだんだんルソーの絵に影響されていくのを読みながら「ふうぅーん」という感じ。どうも私は、愚直に理想を追い求める人の話はつまらない。それよりも絵を奪おうとして暗躍する人たちの話の方が面白そうだなあと思ったりして。なんか、すみません。

2021年12月8日

読書状況 読み終わった [2021年12月7日]
カテゴリ 正統派

なんだろう、マリアに関する物語が嘘っぽくて感情移入できなかった。
いくらマリアが献身的に尽くしたとはいえ、女将さんが死ぬ間際にマリアに会いたがるとはやっぱりとても思えない、とか、尽くすならマリアじゃなくて与羽でしょう、とか。
それに対して若者2人(紫紋と丸弧)はいかにも若者の挫折と希望ですがすがしかった。

2021年10月16日

読書状況 読み終わった [2021年10月16日]
カテゴリ 正統派

久しぶりに小説らしい小説。
主要な登場人物は柔らかく、静かで、大きな心の動きはないのだが、周囲の環境だけが大きく変動していく。小説全体の雰囲気からすると、終わりは衝撃的だ。
タイトルはちょっと気に入らない。原作のタイトルを日本語にしたら「調律師」にしかならないから、何かつけたかったんだろうけど、「恋」って…ださい。
まああえて「恋」だとしたら、相手は誰かな、たぶんキンミョーだろうなあと思いながら読んでいて、最後の方でそれらしい雰囲気になるんだけど、でも結局、恋の相手はビルマそのものだったんだと思う。

2021年8月12日

読書状況 読み終わった [2021年8月11日]
カテゴリ 正統派
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